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其の弐 因果流転◆孤独
飛竜烈伝 守の巻
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飛竜を殺すと大見得を切って出掛けた怪士が戻らない。しばらく前から、その思考波すら捉えることが出来なくなった。おそらくは返り討ちにされたのだろう。
高い木の枝に腰を降ろし、月を見上げながら、慈童は密やかな笑い声をたてた。
まったく持って、いいザマだ。
冷酷で残忍な性根の怪士を、慈童は嫌悪していた。
奴は、紹巴さまの復活など、本心ではどうでもよかったのだ。現世に甦り再び手にした力を、弱いものを思う存分に引き裂くという下劣な愉しみに用いたかっただけだ。
では、ほかの仲間はどうだ?
慈童は首を横に振った。仲間だと?俺は奴らの誰一人、仲間だなどと思っていない。
例えば、師子王。
紹巴への忠儀心を振り立て、清廉潔白な君子ヅラをしているが、かつて飛竜とは親友同士だったという。裏切り者の友が、自身もそれを繰り返さぬという保証がどこにあろう。いざとなれば、飛竜に刃を向けることを、師子王は躊躇うかも知れぬ。
それに橋姫。
慈童は、橋姫が女だということを知っていた。そして、紹巴に寄せている想いも。
馬鹿な女だ。下賤の出の分際で、身の程知らずの恋情に狂うとは。忠義ではなく己れの身勝手な思惑で動いている忍びなど、軽蔑に値する。
では、俺は?
俺は、本当に、忠義心から紹巴さまの復活を願っているのか。分からない。
かつて、お館さまのおためにならば死すら厭わぬ思いで、俺は戦い抜いて来た。最強の忍び、闇隠弐衆に身を置いているという誇りもあった。だが、一度死んで甦った今、その想いはもはや過去のものとして色褪せている。
俺は何故、何のためにここに居るのか、一体、何を求めて?
考えるだに、全てが虚しかった。
それでも、ほかに望むものなど持たぬ故に、俺はここに居る。
「実のところ、お前は羨んでいるのではないのか?」
足元から聞こえてきた声に、慈童の思索は中断させられた。
「如何に下らぬ動機であろうと、自身の望みで動いているあいつらを」
己れの思考は完全に遮断している筈だった。その壁を易々と破って入ってくることの出来る超常能力者は、慈童の知る限り、一人しかいない。
「不動か」
舌打ちし、枝から飛び降りる。
「何用だ、不動」
出来るだけ冷たい声で、問う。
「何のつもりか知らぬが、俺は貴様の手下などではないと言った筈だ」
不動はわざとらしく、その言葉に驚いたような表情で、両手を広げた大袈裟な身振りで近づいて来る。それが、相手が決して拒めぬ態度だと知った上なのだ。
「お前のことを、俺の手下だなどと、誰が言った?」
不動の手が、身を固くした慈童の肩に触れた。
「慈童、お前も知っていよう。怪士が飛竜に消されたことを」
慈童は息を詰めた。濡れた輝石のように刻々と色を変える不動の瞳、それと親しげに肩に置かれた手に催眠にかけられたように、自分が身動き出来なくなるのを感じた。
「助けて欲しいのだ、慈童」
面の奥から不動の目を見つめ返し、慈童は、やっとの思いで頷いた。
「師子王も橋姫も、当てにはならぬ。飛竜を倒すことが出来るのは」
俺が頼りにしているのは、お前だけなのだ、慈童。
決して信じたわけではない不動のその言葉が、ある種の心地よさを持って、慈童の胸に沁みた。
俺は、不動の手下ではない。この男の命令に従わねばならぬ理由など、何一つ、ない。
誰かのために見る夢など、一度で事足りる。
そう喉奥で自分自身に言い聞かせながらも、心が違う言葉を呟いている。
でも、もしかしたら。
もしかしたら、もう一度くらい、信じてみてもいいのかも知れない。
不動が、本当に俺の力を必要だと言うのなら。何より、それで俺自身が、存在しているという実感を得られるのなら。
それならば俺は、賭けてみよう。
暗い海原にあてもなく、ただ独り漂流しているような空虚さを埋めるものを、慈童は探し求めていた。その答えを握るのが不動であるのかどうかは分からぬが、構うことはない。
不動が差し延べた手を取ったのは、かれがそこに居たからだった。
高い木の枝に腰を降ろし、月を見上げながら、慈童は密やかな笑い声をたてた。
まったく持って、いいザマだ。
冷酷で残忍な性根の怪士を、慈童は嫌悪していた。
奴は、紹巴さまの復活など、本心ではどうでもよかったのだ。現世に甦り再び手にした力を、弱いものを思う存分に引き裂くという下劣な愉しみに用いたかっただけだ。
では、ほかの仲間はどうだ?
慈童は首を横に振った。仲間だと?俺は奴らの誰一人、仲間だなどと思っていない。
例えば、師子王。
紹巴への忠儀心を振り立て、清廉潔白な君子ヅラをしているが、かつて飛竜とは親友同士だったという。裏切り者の友が、自身もそれを繰り返さぬという保証がどこにあろう。いざとなれば、飛竜に刃を向けることを、師子王は躊躇うかも知れぬ。
それに橋姫。
慈童は、橋姫が女だということを知っていた。そして、紹巴に寄せている想いも。
馬鹿な女だ。下賤の出の分際で、身の程知らずの恋情に狂うとは。忠義ではなく己れの身勝手な思惑で動いている忍びなど、軽蔑に値する。
では、俺は?
俺は、本当に、忠義心から紹巴さまの復活を願っているのか。分からない。
かつて、お館さまのおためにならば死すら厭わぬ思いで、俺は戦い抜いて来た。最強の忍び、闇隠弐衆に身を置いているという誇りもあった。だが、一度死んで甦った今、その想いはもはや過去のものとして色褪せている。
俺は何故、何のためにここに居るのか、一体、何を求めて?
考えるだに、全てが虚しかった。
それでも、ほかに望むものなど持たぬ故に、俺はここに居る。
「実のところ、お前は羨んでいるのではないのか?」
足元から聞こえてきた声に、慈童の思索は中断させられた。
「如何に下らぬ動機であろうと、自身の望みで動いているあいつらを」
己れの思考は完全に遮断している筈だった。その壁を易々と破って入ってくることの出来る超常能力者は、慈童の知る限り、一人しかいない。
「不動か」
舌打ちし、枝から飛び降りる。
「何用だ、不動」
出来るだけ冷たい声で、問う。
「何のつもりか知らぬが、俺は貴様の手下などではないと言った筈だ」
不動はわざとらしく、その言葉に驚いたような表情で、両手を広げた大袈裟な身振りで近づいて来る。それが、相手が決して拒めぬ態度だと知った上なのだ。
「お前のことを、俺の手下だなどと、誰が言った?」
不動の手が、身を固くした慈童の肩に触れた。
「慈童、お前も知っていよう。怪士が飛竜に消されたことを」
慈童は息を詰めた。濡れた輝石のように刻々と色を変える不動の瞳、それと親しげに肩に置かれた手に催眠にかけられたように、自分が身動き出来なくなるのを感じた。
「助けて欲しいのだ、慈童」
面の奥から不動の目を見つめ返し、慈童は、やっとの思いで頷いた。
「師子王も橋姫も、当てにはならぬ。飛竜を倒すことが出来るのは」
俺が頼りにしているのは、お前だけなのだ、慈童。
決して信じたわけではない不動のその言葉が、ある種の心地よさを持って、慈童の胸に沁みた。
俺は、不動の手下ではない。この男の命令に従わねばならぬ理由など、何一つ、ない。
誰かのために見る夢など、一度で事足りる。
そう喉奥で自分自身に言い聞かせながらも、心が違う言葉を呟いている。
でも、もしかしたら。
もしかしたら、もう一度くらい、信じてみてもいいのかも知れない。
不動が、本当に俺の力を必要だと言うのなら。何より、それで俺自身が、存在しているという実感を得られるのなら。
それならば俺は、賭けてみよう。
暗い海原にあてもなく、ただ独り漂流しているような空虚さを埋めるものを、慈童は探し求めていた。その答えを握るのが不動であるのかどうかは分からぬが、構うことはない。
不動が差し延べた手を取ったのは、かれがそこに居たからだった。
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