11 / 81
其の壱 飛竜覚醒◆予感
飛竜烈伝 守の巻
しおりを挟む
竜には、絵里が自分を振り切っていきなり走り出したのも、唇を噛み締めて一言も口をきいてくれないのも、どうしてなのか分からなかった。ひょっとしてまた何か、絵里を怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。
てか、俺、今日は何にもしてねーよな。ちゃんと部活にも出たし。
「待てよ、絵里」
絵里は振り向きもせず、逃げるように走り去ろうとしている。
「なにキレてんだよ。理由(わけ)があんなら、ちゃんと説明しろ」
「うるさい。ついてこないでよ」
必死で感情を押さえつけているような、どこか震えを帯びた絵里の声。
「ついて来んなって言ったって、バス停まで道同じだろーが。ほら、丁度バス来たぜ」
ステップに足をかけて振り返ると、絵里は何を考えてか、妙に躊躇っている。
「あにしてんだよ、乗らねーのか?」
意を決したように、クルリと後ろを向いた絵里は、通行禁止の三ノ輪山への坂道を登って行った。
「絵里?」
なんだあいつ。勝手にしろ。まったく、女の気まぐれにいちいち付き合ってらんねーっての。
そのとき、竜の内部(なか)で、何かが動いた。虫の知らせとでも言うのだろうか、これから起こる何らかの危険を警告するようなものが。
いけない、絵里。三ノ輪山のほうへ行っちゃあ。
「絵里、待て」
発車しかけたバスから強引に飛び降り、竜は絵里の後を追った。
駄目だ、戻って来い、絵里!
霧が濃く辺りを覆う三ノ輪山の奥に踏み入るに従って、胸のなかの得体の知れない緊張感が、固く、固く絞られていく。最初の石垣の前で、竜はやっと絵里を捕まえた。
「離しなさいよ、変態」
へ、ヘンタイ??
「あんたなんかと話をしたくないし顔も見たくないの。ついて来ないでってさっきから言ってるでしょう」
激しい言葉で詰(なじ)られ、竜もつい熱くなって言い返す。
「あんなあ、黙って聞いてりゃ言いたい放題言いやがって。だいたいお前はそういう性格が可愛くねーんだよ。大人しくしてりゃちっとは見れるルックスなのに」
突然、絵里が悲鳴をあげて竜に飛びついて来た。一瞬何が起こったのか分からず、それでも反射的に抱きしめてしまう。
「こいつは」
やっと辺りの異臭に気づいて足元を見渡せば、そこには無残な獣の死骸があった。ただ死んでいるというだけではない、まるで何者かが異常な情熱を籠めて一片一片、肉と臓物を選り分け、辺り一面にばら撒いたとでもいうかのようだ。
半分がぐしゃりと潰れ脳漿の飛び出した頭部が、それが犬であることを辛うじて教えている。しかも死骸は一匹ではなかった。どれも大型の野犬が五頭、或いは腹を、または頭を目茶目茶に潰されて、熟れ過ぎて落ちた果実のような惨い姿を曝していた。
「ひでえ。野良犬同士が共食いでもしやがったのか」
目線をあげると、石積にどす黒く、血らしきものが飛び散っている。
違う。共食いなんかじゃねえ。こいつはまるで、発破かなんかでバラバラに吹っ飛ばされたみてえだ。
そのときになって竜は初めて、腕のなかに絵里を抱いたままなのに気がついた。
「あッ」
我に返った二人同時に身体を引き離す。眼を見開き、頬を微かに赤く染めた絵里を見て、竜の心臓も何故か高鳴った。
「絵里、戻ろう。こんなとこにいないほうがいい」
竜の言葉に、今度は絵里も素直に頷く。
「この辺りって、変質者が出るとかいうだろ。ひょっとしたらそういうモノホンの変態の仕業かもしんねーぜ。そんなのに出くわしたかねーしな」
先刻の口喧嘩で絵里に言われた言葉を、わざとおどけて口にする。
「可哀想。酷過ぎる。動物に、なんでこんなことをする人がいるの?」
竜の腕を掴んだままの左手はまだ震えているものの、絵里も少し落ち着いたようだ。竜の後ろから恐る恐る犬の死骸を覗き込みながら、呟く。そんな絵里を、竜は好もしいと思った。普段は気の強さばかりが先に立った男勝りの性格の絵里を、初めて女だと意識した。
へえ。意外と、可愛いトコあんじゃねーの、こいつって。
そのとき。霧のなかで何か人影らしきものが動いた。絵里の小さな悲鳴が沈黙を裂く。刹那、背後の白い闇が、砕けた。
なに?
咄嗟に振り向いた竜の目に映ったものは、白く光る刃、ただそれだけだった。何を考える間もなく、ただ、瞬間的に痺れた心の片隅で意識する。突如、闇を裂いて姿を現した殺気。それが白刃と姿を変え、霧のなかに姿を隠した何者かの手によって振り下ろされたことを。
「竜」
再び絵里が、恐怖に満ちた、甲高い悲鳴を上げた。
てか、俺、今日は何にもしてねーよな。ちゃんと部活にも出たし。
「待てよ、絵里」
絵里は振り向きもせず、逃げるように走り去ろうとしている。
「なにキレてんだよ。理由(わけ)があんなら、ちゃんと説明しろ」
「うるさい。ついてこないでよ」
必死で感情を押さえつけているような、どこか震えを帯びた絵里の声。
「ついて来んなって言ったって、バス停まで道同じだろーが。ほら、丁度バス来たぜ」
ステップに足をかけて振り返ると、絵里は何を考えてか、妙に躊躇っている。
「あにしてんだよ、乗らねーのか?」
意を決したように、クルリと後ろを向いた絵里は、通行禁止の三ノ輪山への坂道を登って行った。
「絵里?」
なんだあいつ。勝手にしろ。まったく、女の気まぐれにいちいち付き合ってらんねーっての。
そのとき、竜の内部(なか)で、何かが動いた。虫の知らせとでも言うのだろうか、これから起こる何らかの危険を警告するようなものが。
いけない、絵里。三ノ輪山のほうへ行っちゃあ。
「絵里、待て」
発車しかけたバスから強引に飛び降り、竜は絵里の後を追った。
駄目だ、戻って来い、絵里!
霧が濃く辺りを覆う三ノ輪山の奥に踏み入るに従って、胸のなかの得体の知れない緊張感が、固く、固く絞られていく。最初の石垣の前で、竜はやっと絵里を捕まえた。
「離しなさいよ、変態」
へ、ヘンタイ??
「あんたなんかと話をしたくないし顔も見たくないの。ついて来ないでってさっきから言ってるでしょう」
激しい言葉で詰(なじ)られ、竜もつい熱くなって言い返す。
「あんなあ、黙って聞いてりゃ言いたい放題言いやがって。だいたいお前はそういう性格が可愛くねーんだよ。大人しくしてりゃちっとは見れるルックスなのに」
突然、絵里が悲鳴をあげて竜に飛びついて来た。一瞬何が起こったのか分からず、それでも反射的に抱きしめてしまう。
「こいつは」
やっと辺りの異臭に気づいて足元を見渡せば、そこには無残な獣の死骸があった。ただ死んでいるというだけではない、まるで何者かが異常な情熱を籠めて一片一片、肉と臓物を選り分け、辺り一面にばら撒いたとでもいうかのようだ。
半分がぐしゃりと潰れ脳漿の飛び出した頭部が、それが犬であることを辛うじて教えている。しかも死骸は一匹ではなかった。どれも大型の野犬が五頭、或いは腹を、または頭を目茶目茶に潰されて、熟れ過ぎて落ちた果実のような惨い姿を曝していた。
「ひでえ。野良犬同士が共食いでもしやがったのか」
目線をあげると、石積にどす黒く、血らしきものが飛び散っている。
違う。共食いなんかじゃねえ。こいつはまるで、発破かなんかでバラバラに吹っ飛ばされたみてえだ。
そのときになって竜は初めて、腕のなかに絵里を抱いたままなのに気がついた。
「あッ」
我に返った二人同時に身体を引き離す。眼を見開き、頬を微かに赤く染めた絵里を見て、竜の心臓も何故か高鳴った。
「絵里、戻ろう。こんなとこにいないほうがいい」
竜の言葉に、今度は絵里も素直に頷く。
「この辺りって、変質者が出るとかいうだろ。ひょっとしたらそういうモノホンの変態の仕業かもしんねーぜ。そんなのに出くわしたかねーしな」
先刻の口喧嘩で絵里に言われた言葉を、わざとおどけて口にする。
「可哀想。酷過ぎる。動物に、なんでこんなことをする人がいるの?」
竜の腕を掴んだままの左手はまだ震えているものの、絵里も少し落ち着いたようだ。竜の後ろから恐る恐る犬の死骸を覗き込みながら、呟く。そんな絵里を、竜は好もしいと思った。普段は気の強さばかりが先に立った男勝りの性格の絵里を、初めて女だと意識した。
へえ。意外と、可愛いトコあんじゃねーの、こいつって。
そのとき。霧のなかで何か人影らしきものが動いた。絵里の小さな悲鳴が沈黙を裂く。刹那、背後の白い闇が、砕けた。
なに?
咄嗟に振り向いた竜の目に映ったものは、白く光る刃、ただそれだけだった。何を考える間もなく、ただ、瞬間的に痺れた心の片隅で意識する。突如、闇を裂いて姿を現した殺気。それが白刃と姿を変え、霧のなかに姿を隠した何者かの手によって振り下ろされたことを。
「竜」
再び絵里が、恐怖に満ちた、甲高い悲鳴を上げた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
陰陽少女(仮)
岩崎みずは
キャラ文芸
□女の子アクション
□微オカルト
□微流血描写
□微百合w
■安直なタイトル付け過ぎた(;´Д`) いま初めてググったらメジャーマイナー合わせ同タイトル別作品がごろごろ見つかったので数日中に変更します
□扉イラスト描いてくださる絵師さん募集
ガダンの寛ぎお食事処
蒼緋 玲
キャラ文芸
**********************************************
とある屋敷の料理人ガダンは、
元魔術師団の魔術師で現在は
使用人として働いている。
日々の生活の中で欠かせない
三大欲求の一つ『食欲』
時には住人の心に寄り添った食事
時には酒と共に彩りある肴を提供
時には美味しさを求めて自ら買い付けへ
時には住人同士のメニュー論争まで
国有数の料理人として名を馳せても過言では
ないくらい(住人談)、元魔術師の料理人が
織り成す美味なる心の籠もったお届けもの。
その先にある安らぎと癒やしのひとときを
ご提供致します。
今日も今日とて
食堂と厨房の間にあるカウンターで
肘をつき住人の食事風景を楽しみながら眺める
ガダンとその住人のちょっとした日常のお話。
**********************************************
【一日5秒を私にください】
からの、ガダンのご飯物語です。
単独で読めますが原作を読んでいただけると、
登場キャラの人となりもわかって
味に深みが出るかもしれません(宣伝)
外部サイトにも投稿しています。
あの世とこの世の狭間にて!
みーやん
キャラ文芸
「狭間店」というカフェがあるのをご存知でしょうか。
そのカフェではあの世とこの世どちらの悩み相談を受け付けているという…
時には彷徨う霊、ある時にはこの世の人、
またある時には動物…
そのカフェには悩みを持つものにしか辿り着けないという。
このお話はそんなカフェの物語である…
御神楽《怪奇》探偵事務所
姫宮未調
キャラ文芸
女探偵?・御神楽菖蒲と助手にされた男子高校生・咲良優多のハチャメチャ怪奇コメディ
※変態イケメン執事がもれなくついてきます※
怪奇×ホラー×コメディ×16禁×ラブコメ
主人公は優多(* ̄∇ ̄)ノ
いたずら妖狐の目付け役
ススキ荻経
キャラ文芸
【京都×動物妖怪のお仕事小説!】
「目付け役」――。それは、平時から妖怪が悪さをしないように見張る役目を任された者たち。
しかし、妖狐を専門とする目付け役「狐番」の京都担当は、まさかのサボり魔だった!?
京の平和を全力で守ろうとする新米陰陽師の賀茂紬は、ひねくれものの狐番の手を(半ば強引に)借り、今日も動物妖怪たちが引き起こすトラブルを解決するために奔走する!
これは京都に潜むもふもふなあやかしたちの物語。
エブリスタにも掲載しています。
孤独な銀弾は、冷たい陽だまりに焦がれて
霖しのぐ
キャラ文芸
ある目的を果たすためにだけ生きていた主人公〈空木櫂人/うつぎ・かいと〉は、毎日通うスーパーで顔を合わせる女性〈伊吹澪/いぶき・みお〉のことをなんとなく気にしていた。
ある日の夜、暗がりで男性と揉めていた澪を助けた櫂人は、その礼にと彼女の家に招かれ、彼女のとんでもない秘密を知ってしまう。しかし、櫂人もまた澪には話すことのできない秘密を持っていた。
人を喰らう吸血鬼と、それを討つ処刑人。決して交わってはならない二人が、お互いに正体を隠したまま絆を深め、しだいに惹かれあっていく。
しかし、とうとうその関係も限界を迎える時が来た。追い詰められてしまった中で、気持ちが通じ合った二人が迎える結末とは?
秋物語り
武者走走九郎or大橋むつお
キャラ文芸
去年、一学期の終業式、亜紀は担任の江角に進路相談に行く。
明日から始まる夏休み、少しでも自分の目標を持ちたかったから。
なんとなく夏休みを過ごせるほどには子供ではなくなったし、狩にも担任、相談すれば親身になってくれると思った。
でも、江角は午後から年休を取って海外旅行に行くために気もそぞろな返事しかしてくれない。
「国外逃亡でもするんですか?」
冗談半分に出た皮肉をまっとうに受け「亜紀に言われる筋合いはないわよ。個人旅行だけど休暇の届けも出してるんだから!」と切り返す江角。
かろうじて残っていた学校への信頼感が音を立てて崩れた。
それからの一年間の亜紀と友人たちの軌跡を追う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる