陰陽少女(仮)

岩崎みずは

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陰陽少女(仮)

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 何故、流咲が自分を神社に再び連れて来たのか、京子には分からなかった。それに、和美に付き添い病院に行っている筈の優香が、目の前に居る理由も。
「あなたが探しているのは、これでしょう?」
 流咲が手にしているのは、五角の星のペンダントだった。
「どうしてあなたがここにいるのよ?」
 優香の問いは、流咲にではなく、京子に向けられていた。答えようとした京子を制して、流咲が言葉を継いだ。
「まったく、たいした女優ね、優香さん。単純で信じやすい京子さんを騙すなんて、あなたにとっては造作もないことだったろうけれど。足を怪我して見せたのだって、血糊と針金でも使った、単純なトリックでしょう?」
 京子は、流咲が何を言っているのか分からなかった。騙す?トリック?なんのことだろう。優香は被害者なのに。
「京子ちゃん、なんなの、このひと。どうして私にこんな酷いことを言うの?でも、京子ちゃんは私の味方よね。信じてくれるわよね」
 迎え入れるように、優香が広げた両手を差し延べる。白く美しいその手に導かれるように、思わず京子は一歩を踏み出した。
 女神のように美しい、優香の微笑。しかし、次の瞬間、京子は凍り付いた。
 白くたおやかな手。火傷をした筈のその手には包帯はなく、なんの傷跡もなかったのだ。
「田倉くんのバイクに細工したのも、あなたよね。ねえ、教えてもらえるかしら。優香さん、あなたの標的は、もともと田倉浩一だったの、それとも久保田和美だったの?」
 優香が、ニヤリと唇を歪ませた。それは、京子の知る、あのはにかんだような、穏やかな優香の表情ではなかった。
「芝川優香さん、私の考えが間違っていたら、そう言って。久保田和美さんは、田倉浩一と交際していたけれど、数ヶ月前に別れた。きっと、田倉の本性に気づ いたのね。田倉は、それでも和美さんを諦めきれずに追い回した。あの男は、おそらく、ロクでもないストーカーで、思いつめると歯止めのきかなくなるタイプ なんじゃないかしら」
 優香は微動だにせず、無言のまま和美の言葉を聞いている。京子もまた、何も言えなかった。何を言えばいいのか、分からなかった。状況がまったく呑みこめない。
「あなたは要領のいい言葉で、田倉浩一に近づいた。きっと和美さんへの復讐の協力者になるとかなんとか言ったのね?田倉も、あなたの本質が自分と同類だっていうことは、すぐに見抜いた筈よ」
「ふうん、それで?」
「和美さんの性格からして、自分から田倉をフッたなんてことは言わない。その確信があったから、あなたは、田倉を和美さんから奪ったという架空の事実を でっち上げて、そのうえで、和美さんを悪質な嫌がらせの犯人に仕立てようとした。少なくとも、田倉にはそう吹き込んだんでしょう、本当は和美さんを殺すつ もりだということを隠して」
 優香は、声をたてて笑った。
「馬鹿馬鹿しい、なんなの、それ。妄想はそのへんにしておいてくださらない?そんなこと私に出来る筈がないじゃない。だいたいどうして、私が久保田さんを殺さなきゃいけないのよ?それに、ひとを殺すなんてそんな物騒なことを軽々しく口にするもんじゃないわ」
 その言葉は、とても優香の口から出たものとは思えなかった。まるで金属のように低く響く、ひどく冷たく抑揚のない喋り方。
「出来ない、なんていうことは無いでしょう?少なくとも、あなたは、他人を操る術に長けている。現に、ここにいる麻野京子さんは、完全にあなたの術中に嵌まって、たった今まで和美さんを悪役だと本気で信じ込んでいたくらいですもの」
 バラバラだったパズルのピースが、あるべき場所に収まって行く。押し寄せてくるその目まぐるしいイメージに、京子は気が遠くなりそうになった。
 言われてみれば、優香の言葉を鵜呑みにして信じる以外、和美が優香に嫌がらせをしていたなどという証拠はどこにもない。
「でも。でもね、聞いて、流咲さん」
 京子の声は、悲鳴に近かった。
「あたしは見たの。久保田さんは、確かに優香を狙って、つけ回していたのよ」
 優香が和美を陥れようとしていたなんて、田倉を事故にあわせた犯人も優香だなんて、そんなこと信じない。信じたくない。
 流咲は、悲しそうに目を伏せた。
「本当につけ回していたのかしら。こうは考えられない?和美さんは、ただ優香さんのことが心配だっただけ。田倉のストーカー行為に辟易していた和美さん は、いつか優香さんが同じ目に遭うのではないかと心配し、優香さんに忠告したいと思っていた。でも、優香さんと田倉がどこまで本気で交際しているのかが分 からないから、余計なことを言うのを躊躇していた。悪意があって優香さんを見ていたとは、私には思えない」
 半ば呆然としたまま、京子は流咲の言葉を聞いていた。
 あたしは、優香の言葉をそのまま信じて、久保田さんのことを毛嫌いしていた。あの醒めた眼つきと、きつい口調だけで、酷いひとだと決めつけていた。
 和美と同じ剣道部に所属する翔子が、和美を好意的に評していたことを思い出す。
 芝川さんのお友達なら、彼女の身の回りに気を配ってあげてね。 
 あれは、田倉に優香が傷つけられないように守ってやって欲しいとの、和美の優しさだった。
「嘘なの?」
 京子は、流咲の隣を離れ、優香に歩み寄った。足元がよろける。視界が霞むのは、涙のせいだ。
「毎晩、悪夢のなかに久保田さんが出てくるって言っていたのも、あたしに助けてって言ったのも。あれって、全部、嘘だったの?」
 優香のことが好きだった。綺麗で優しくて女らしくて上品な優香に憧れていた。
「あたし、ほんとうに優香と友達になりたかったんだよ。友達になれたと信じてたのに」
 優香はけたたましく笑った。甲高い、嘲るような哄笑だった。
「バカじゃない?なにが友達になりたかった、よ。いつも寂しそうにしているクラスメイトに声を掛けてあげる親切な自分、ていう役割に勝手に酔ってただけじゃない。そういうのって偽善者っていうのよ。私、あんたみたいな正義ヅラした奴が、いちばん嫌いなのよ」
 両足の力が抜け、京子はその場にしゃがみこんだ。両手で耳を塞ぐ。これ以上、聞きたくなかった。
「都合のいいときはお友達ごっこ、そうでないときは耳を塞ぐ。ねえ、これで分かったでしょう?そろそろ、自分の本性に気づいたらどうなの」
「やめなさい」
 流咲が怒りの籠った低い口調で、優香の台詞を遮った。
「いま、やっと分かったわ。優香さん、あなたが和美さんを憎む理由が。あなたがいつも一人でいるのは、周りの人間を完全に見下して、寄せ付けないから。で も、和美さんは違う。一人でいることが多くても、ちゃんと周りの人たちへの配慮や協調性がある。あなたは確かに綺麗だし、成績も良くてお家も裕福で、ひと が欲しがるものはほとんど兼ね備えている。でも、そんなあなたが唯一持っていないものを、和美さんは持っていた。だから、あなたは和美さんを殺したいほど に憎んだ」
 優香が、くぐもった声で低く呟く。
「あんたなんかに、何が分かるもんか」
 視線をあげた京子は、そこに鬼の顔を見た。噴き上がる怒りに歯を食い縛り、瞼を痙攣させて流咲を睨み据える、凶暴な鬼女と化した優香の貌を。
「そのペンタントを、返してよ」
 橋姫は、優香のほうだったのだ。
「ペンダントを返せ」
 流咲は、それを無視して言葉を続けた。
「ちょうど、京子があなたに憧れたように、あなたは和美さんに憧れていた。その気持ちが、いつしか嫉妬に変わり、そして憎悪になった。このペンダントは、以前に田倉くんが和美さんに贈ったものでしょう。どこで手に入れたのか知らないけれど、もともとは和美さんのものよ」
 優香が、怪鳥の如き叫び声をあげた。
「うるさい。うるさいんだよ。和美も田倉も京子もおまえも、みんな、みんな殺してやる」
 空気が動いたような気がした。ひどい耳鳴りがして、京子は呻いた。
「来る。逃げるわよ、京子」
 流咲が、京子の腕を掴んで強引に立ちあがらせ、引っ張った。
「なに、あれ?」
 ざわめいた空気の塊が目にみえるなにかに姿を変え、引き寄せられるように優香の周りに集まっていく。幻覚ではない、四肢を強張らせたままの優香の服が、胸の辺りから裂けていった。優香の繻子のように滑らかな肌、白い腹が、可憐な両の乳房が剥き出しになる。
 次の瞬間、その胸を内側から突き破るようにして、なにかが飛び出した。
「見てはダメ」
 流咲が叫ぶ。だが遅かった。京子は見てしまった。優香の身体を内側から喰い破って血塗れの姿を現した、幾つもの頭を持つ、巨大な蛇のような物体を。
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