陰陽少女(仮)

岩崎みずは

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陰陽少女(仮)

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 なんて、後味の悪い結末だったのだろう。
 京子は、暗い裏通りを、駅の方に向かって歩いていた。
 優香の身に降りかかった一連の出来事が、本当に呪いだったのかそうでないのか、それは分からない。肝心の和美は、その問いに答えることはおろか、優香に何かすることももう出来ないのだから。
 頭を強く打ったらしい和美は、意識不明のまま救急病院に搬送された。優香は気丈にも、病院に付き添うと言って、一緒に救急車に乗り込んだ。
 田倉がどこへ姿を消したのか京子は知らないし、興味もない。どのみち、呼び出しがあれば、三人とも明日には警察に行って事情聴取を受けなければならないだろう。
 また返しそびれてしまった本の包みが、ズシリと手に重かった。
 コートのポケットのなかでスマートフォンが鳴る。かけてきたのは、千夏だ。
「もしもし、京子嬢?いま、どこにいるの?アタシら、いつものコンビニの前に溜まってるんだけどさ、ヒマしてたら来ない?一緒に遊ぼうよ」
 能天気に明るい千夏の声が、いまの京子には有り難かった。
 行く、とも行かない、とも返事をする前に、通話の相手は翔子に代わった。
「麻野?ねえ、大変だよ」
 なにが大変だというのか、普段は落ち着いた翔子らしくもなく、声が興奮に弾んでいる。
「さっき、この先の交差点のところで、バイクが陸橋に突っ込んだって。しかもそれ、うちの学校の生徒かもしれないんだって。いまも、パトカーが何台も通って行った」
 京子は電話を切った。
 立ち尽くす京子のすぐ横を、二台のパトカーがサイレンの音もけたたましく通り過ぎて行く。そう言えば、千夏が普段よく利用しているというコンビニエンスストアはこの近所の筈だ。
 じゃあ、事故の起きた交差点と言うのは?
 目の前の大通りに、いま通り過ぎたばかりのパトカーと、他にも何台かの車両、それと救急車が停まっている。サイレンの音に惹かれるように次々と野次馬が集まって来るなかで、人垣の隙間から、ハンドルとタンク部分が無残に潰れたバイクが一瞬だけ見えた。
 一瞬で十分だった。
 京子は踵を返すと、もと来た方へと走り出した。それ以上、事故の光景を見ていられなかった。
 見覚えのある、鮮やかな彩色を施したフルカウルのバイク。間違いなく、田倉のものだった。
 一体、どうしてこんなことになってしまったんだろう。
 事故現場に背を向けて、どのくらい走っただろうか。明るい商店街からもかなり離れた裏通りで、京子は足を止めた。街灯の力弱い灯りすら届かない影のなかに、塀に身をもたせかかるようにして立っている、流咲の姿を見つけたからだ。
 流咲は、落ち着いた足取りで歩み寄って来ると、京子の目の前でピタリと止まった。
「これで三回目ね。暗いところや物陰から姿を現すの。それ、いつになったらやめてくれるの?」
 荒い息をつきながら、流咲を睨み据える。
「流咲さん、何を知ってるの?あなたが予言した通りになった。初めから全部分かってたの?一体、何者なの?」
 自分でも思いがけない程に尖った、攻撃的な口調になってしまう。だが、流咲は悲しそうな顔をして、首を横に振った。
「予言なんか出来ない。もし、未来が分かっていれば、なんとか止めることが出来たかもしれないけど。ただ、私は、『魔の波長』を感じ取ることが出来る。そしてそれを鎮める術を持っている。それが私の仕事なの。あなたたちの学校に行ったのは、不穏な波長を感じたからよ」
「ふざけないでよ」
 思わず、流咲の襟元を掴んでいた。
「ひとを馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ。そんなこと、信じると思うの?」
 流咲は京子に襟元を締め上げられたまま、その手を振りほどこうともせず、静かに微笑んだ。
「信じなくても構わない。でも、あなたのことを放っておけない。今度は、京子さん、あなたの身が危ないの。少なくとも、そんな本は読まないほうがいいわ」
 京子の指先から力が抜けた。気がついたとき、京子が持っていた筈の紙袋は、流咲の手に移っていた。
 返してよ。そう言う間もなかった。流咲は当然のように紙袋のなかから本を取り出し、少しお道化た口調でタイトルを読み上げる。
「闇の系図。呪殺。古代の神々と呪法。それと、邪教読本。タイトル並べただけでも凄まじいわね。あなたみたいな単純で暗示にかかりやすいひとがこんなものに毒されたら、ロクなことにならない」
 流咲は、手品師のように、本を全て宙に放り投げた。
「ちょっと、何するの?」
 受け止めようと手を差し延べた京子の目の前で、四冊の本が突然、炎に包まれた。文字通り、本が火を噴き出したのだ。本は全て、空中で見る間に燃え尽き、足元に落ちたときにはただの黒い煤の塊と化していた。
 なにをしたのよ?なんなのよ、これ。
 そう言おうとした。だが、唇が動くだけで、声が出ない。
 流咲が背後から、京子の肩を優しく叩いた。
「あなたはなにも分かってないわ、京子さん。これで終わりじゃないの。本当に危険な部分は、これから始まるのよ」
 振り向いた京子の視線が、流咲のそれとまともにぶつかった。流咲の瞳は限りなく澄んでいて、そしてどこまでも優しかった。
 京子のなかで、張り詰めていた何かがぷつりと切れた気がした。泣きたい、と思った。
 流咲が、京子の肩をそっと抱いた。
「ひとを疑うことを知らない純粋な性格を利用されたのね。でも、もう決めた。あなたは、私が守ってあげる」
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