陰陽少女(仮)

岩崎みずは

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陰陽少女(仮)

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 こんな時代に呪いなど信じたくもなかったが、なにもない場所で優香の足が傷つけられ、血が噴き上がるのを目の当たりにしてしまった今となっては、否定することは出来ない。
 一刻の猶予も無かった。
 京子は、優香を説き伏せ、田倉と和美を呼び出して決着をつけることを了解させた。優香と和美の間の問題には関わりたがらないという田倉にしても、大切な恋人の命がかかっているのだ。協力しないわけにはいくまい。
 優香がメールしてすぐ、田倉はバイクで駆けつけた。京子が居るのを見て、あからさまに不快そうな顔をする。
「同じクラスの麻野京子さん。色々、相談に乗ってもらっているの」
「知ってるよ。確か、もと弓道部だろ」
 京子を紹介しようとする優香の台詞を乱暴に遮って、田倉はライダースジャケットの胸ポケットから煙草のケースとライターを取り出した。
「止めてよ、煙草なんて。京子ちゃんが居るのに」
 優香に窘められた田倉は、むくれた表情で煙草を足元に放り投げた。
 それを見て、京子は、やはり田倉を好きになれそうもないと思った。出血の割にそれ程の傷ではなかったとはいえ、包帯が巻かれた優香の足の怪我に労りの言葉一つかけない。
「言われた通り、久保田は呼び出してあるよ。こいつも来るのか?」
 こいつ、とは、京子のことだろう。それに対しては京子は何も言わなかったが、心のなかで、当り前よ、と叫んでいた。優香のことは田倉なぞに任せておけない。
 久保田和美との待ち合わせ場所は、田倉の家から程近い神社だった。石段の最上部で、和美を待つ。通りを何本か隔てたそこに明るい光に溢れた商店街があるとは思えないほど、辺りは暗く、寂れている。
「お前ら、呪いなんて、んなくだらねえ話を本気で信じてるのかよ」
 ライターを弄びながら、田倉がぼそりと言う。真っ暗ななかで、点いたり消えたりを繰り返す焔が、鬼火のように見えた。
 崩れかけた石段を登りきった正面奥に境内、さらにその向こうに小さな祠が見える。が、その祠へ辿り着くまでには、さらに鬱蒼と葉の茂った樹木の間を通り抜けねばならなかった。祠の背後にも、背の高い木々が連なっているのが見える。
 陰鬱とした空気のなかで、京子は不意に、宇治の橋姫伝説で知られる京都の貴船神社を思い出した。自分を裏切って若い女に走った夫を怨み、鬼神と化して呪い殺さんと、夜毎、夫とその愛人に見立てた藁人形に釘を打ち付けたという、丑の刻参りの逸話。
 もしかしたら、和美は、現代の橋姫なのだろうか。
 こんな場所を話し合いの場に選んだのは、田倉か、和美か。どちらにしても、怯えきっている優香への嫌がらせ、圧力としか思えない。京子の傍らで俯いたままの優香の肩がまだ小さく震えているのが、憐れだった。
「ビビってんなら帰ったら?あんた、もともと関係ないんだし」
 不満を露わにした京子の表情に反応したのだろう、田倉が嘲るように言う。
 京子は、田倉の言葉を無視した。こんな男のためにイヤな思いをするなんて、絶対に間違っている。こんな、思いやりの欠片もない、見てくれだけのくだらない男なんか、熨斗(のし)をつけて久保田和美にくれてやればいいのだ。
 約束の20時を5分程過ぎて、和美が石段の下に姿を現した。ゆっくりと登って来る。途中で、優香と田倉のほかに京子の姿があることに気づいた和美は、驚いたようだった。
「一体、なんの用なの?」
 きつい眼差し、鋭く尖った口調。
「田倉くん。これが最後だって言うから、私は来たのよ。話があるんだったら、さっさと終わらせて」
 田倉は、和美の視線を避けるように、京子と優香を振り返った。
 やはり、田倉なんて、なんの頼りにもならない。
 京子は優香を後ろに庇うようにして、一歩前に出た。手には、優香の家から持ち出した、本の入った紙袋を抱えている。和美が言い逃れでもしようものなら、嫌がらせの証拠として目の前に突き付けてやるつもりだった。
「久保田さん、優香と田倉くんの代理であたしが話をさせてもらう。いい加減に気が済んだでしょう。これ以上の優香への嫌がらせは、いい加減、もうやめて」
 和美は、露骨に眉を顰めた。
「いい加減にもうやめて欲しいのは、こっちのほうよ。なんで麻野さん、あなたがいちいちしゃしゃり出てくるの?」
 そのときだった。
 それまで、ずっと黙っていた優香が、いきなり飛び出したのだ。
「お願い、久保田さん」
 優香は、その場に両手をついた。
「ごめんなさい、ごめんなさい。あなたの気持ちはよく分かる。でも、許して」
 その後の一連の出来事は、まるで悪夢のようだった。
「芝川さん。あなたってひとは、いったい、どこまで」
 和美の顔色が変わった。階段を駆け上がって来る。優香に掴みかかろうとでもいうのか。
 危ない。叫ぼうとした京子の前で、それまで全く動かなかった田倉が、優香と和美の間に割って入った。田倉の腕が、押し戻すように、和美の身体を突き飛ばした。
 あっという間の出来事だった。
 低い叫び声と共に、和美が、スローモーションのように、ゆっくりと石段を転げ落ちて行く。優香が声にならない悲鳴を上げた。
 初めて耳にする、と同時に二度と聞きたくはない、鈍い音がした。
 下を覗きこむと、遥か下の石畳の上に和美が俯せに倒れている。手足を投げ出したその姿は、放り出された人形のようだ。
「救急車。救急車よ」
 真っ先に我に返ったのは、京子だった。優香は同じ場所で、まだしゃがみこんだまま震えている。その隣で、田倉が、和美を突き落としてしまった自分の両の手を呆然と見つめている。
 京子は、スマートフォンを握り締めたまま、頭の隅にどこか痺れたような感覚を覚えながら、近づいて来る救急車のサイレンの音を聞いていた。
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