陰陽少女(仮)

岩崎みずは

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陰陽少女(仮)

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 翌日、優香が学校を休んだ。
 担任教師や、クラスの誰に訊いても、皆、曖昧な表情で首を横に振る。優香には親しい友達、心配してくれる人間が、クラスに一人もいないのだと改めて思い知らされた。
 帰りに授業のノートを届けてやろうと京子は決めた。何より、昨日の和美の言葉が気にかかる。まさか本当に優香によからぬことを仕掛けるとは思えないが、人間の本性など表面上の見た目では計れない。
 遊びに行こうという千夏や翔子の誘いを断り、片手に担任に書いてもらった優香の家への地図を握り締めて教室を出た。 
 自宅へ帰るのとは反対方向の電車に乗り、目的の駅に着いたら道を真っ直ぐ。信号を渡り、次の角を左へ。本町の三丁目。この辺りはよく知られる高級住宅街だ。見知らぬ街の風景と、手書きの地図に走り書きされた番地とを照らし合わせながら足を進める。
 さすがに冬だ、陽が落ちるのが早い。
 十六時を回る頃には辺りは既に薄暗くなりかけていた。逢う魔が時。そう言うのは、確かこのくらいの時間のことだったろうか。
 緑に囲まれた閑静な住宅街、という羨望にも似た呼び方が見合うのは、朝や昼間の光溢れる時間帯に限られるのだ、と京子は初めて思った。
 人気(ひとけ)のない住宅街の奥に入るほど、白々とした塀は高くそびえ、余所者の侵入を冷たく拒んでいるような気がする。静まり返った石畳も、背景を飾る洋風のお洒落な街灯も、余りにも生活感が無い。それは絵葉書のなかでのみ通用するもので、現実の世界では、路を照らすというより、そのぼやけた灯りで周囲の闇を余計に色濃く感じさせるだけだ。
 何故か、背中がぞくりとした。誰かの視線を感じる。それも気のせいだろうか。
「なにしているの、こんなところで」
 突然、声をかけられ、京子は飛び上がりそうになった。電柱の陰から出て来た声の主は、流咲だった。
 京子は胸に手を当てたまま、荒い息をついた。まだ、声が出ない。
「いきなり驚かさないでよ」
 ようやく絞り出した声が震えている。
 流咲は軽く肩を竦めた。表情を要約すると、それはどうもごめんあそばせ、とでもいうところだろう。
 流咲は昨日見たときと同じ、他校の制服と思しきセーラー服と紺色のハイソックスを身につけている。昨日と違い、随分と寒い一日だというのに、流咲は寒さを感じないのか、カーディガンもコートも着ていない。
「なにしてるって、大きなお世話よ。自分こそなにしてるの。あなたの家って、この近くなの?」
 流咲が無言で首を横に振る。
「昨日といい今日といい、なんで物陰からいきなり姿を現すの?そういうのって、心臓に悪いんだけど。こそこそと、ストーカーじゃあるまいし」
 言ってから、ハっとした。こんな憎まれ口を叩くつもりではなかった。自己嫌悪が苛立ちに変わり、京子は流咲を無視して先へ進もうとした。
「もしかして、昨日の優香さんの家へ行くの?」
 まるで口笛でも吹くように、天気の話でもするように、擦れ違いざまに流咲が呟いた。口調こそ質問の形ではあるものの、そこにあるのは、ただの、事実の確認。途端に、京子の頭のなかに黄色いランプが点る。
「ちょっと、あなた。もしかして」
 まさかまさか、本当に優香をストーカーしているのだろうか。ひょっとして、春崎流咲は、あの久保田和美の仲間?共謀して、優香になにかしようとでも?
 思わず叫ぼうとした京子を軽く手で制し、流咲は言葉を継いだ。
「違う、違う。誤解しないで。優香さんのことが気になってるのは確かだけど、ここにいるのはバイトの帰り。あなたの想像しているようなことなんか、なにもないったら」
 後半は、面白がっているような口調だ。
 また、表情を読まれた!
 京子は手で顔を覆った。流咲が、喉の奥でくつくつ笑っている。情けないのと恥ずかしいので、泣き出したい気分だ。
 それに、これだけは、絶対に気持ちを読まれるわけにはいかないが、京子は、初対面のときから流咲に好意を抱いていた。本音を言えば、再会が嬉しかったのだ。
 ようやく顔をあげた京子の前で、流咲は、先程の笑顔が幻ででもあったかと思わせるほどの無表情で、緩い坂になった道の向こうを指した。
「芝川優香さんの家は、真っ直ぐに坂を上って、青いタイルが貼ってある門よ」
 多分、何を言っても流咲にははぐらかされるのだろう。京子は諦めて頷いた。
「気をつけてね、京子さん」
 京子はほんの一瞬、なにか別の言葉と聞き間違えたのかと思った。流咲を振り返ると、無表情のままだ。否、表情がないというより、何かを思案しているような厳しい顔つき、と言い換えるべきだろうか。そして淡々と言った。まるで独り言を呟くように。
「私としては、本当はあなたに芝川優香に近づいて欲しくないの。なにかが起きてからじゃ、遅いから」
 流咲が、わけの分からないことを口にするのは、これが二度目だ、昨日は、優香のペンダントが良くないとかどうとか。
「あたしが優香の側にいると、邪魔だって言いたいの?」
 意外なことに、京子のその質問に対して、流咲ははっきりと頷いた。京子のなかで、疑問と苛立ちが瞬時に怒りに変わり、爆発した。
「なに、それ。意味分かんない。なにかが起きてからじゃって、どういうことよ。やっぱりあなたが優香を狙っていて、なにかヘンなことをするって意味じゃないの?あなた、久保田さんとどういう関係なの?」
 流咲が、困ったような目で京子を見つめる。
「どうしたの?そんなに怒らせるようなことを言った?」
 京子のほうも困り果てていた。言葉に出して投げつけられたわけではないが、たったいま、流咲ははっきりこう言ったも同然なのだ。麻野京子、あんたは邪魔者よ、と。それが、なんでこんなにショックなのか自分でも分からない。心が痛くて悲しくて、涙が零れそうで、それを回避するには、コントロール出来ない感情を、目の前の相手に、駄々をこねる子供みたいにぶつけるしかなかった。
「だいたい、バイトの帰りでここにいるなんていうのも嘘でしょう。バイトってなんなのよ。言えないでしょ。あなたの言っていることって、意味不明なことと、嘘ばっかり」
 流咲は、京子の質問には答えなかった。ただ、悲しそうな顔をした。
「なにか誤解があるようだけど、久保田和美さんは私のことなんて名前すら知らないわ。余計なことを言ってイヤな想いをさせるつもりはなかったの。ごめんなさい、悪く取らないでね」
 傷つけてしまって、ごめんなさい。もう一度呟くと、流咲は軽く手を振り、拍子抜けするほどにあっさりと踵を返す。
 流咲は、また謎を残した。
 久保田和美さんは私の名前すら知らないわ。久保田和美さんは。
 久保田は流咲の名前も存在も知らない、でも、流咲は、明らかに久保田を知っている。何故なら、京子は流咲の前で、久保田のフルネームを一度も口にしてはいないから。
「いったい、どういうこと?ホントに、何者なのよ、あなたは」
 暗がりに吸い込まれるように消えて行く流咲の後姿を、京子は見送った。きつく唇を噛みしめたまま。
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