陰陽少女(仮)

岩崎みずは

文字の大きさ
上 下
3 / 12
3

陰陽少女(仮)

しおりを挟む
 その日の放課後、偶然にも京子は田倉浩一【たくら・こういち】の姿を目にする機会に恵まれた。
 プリントのせいで遅くなり、正門は既に閉められていた。仕方なく裏門から帰ろうとしたとき、優香となにか話をしている、派手な彩色のフルカウルのバイクに乗った男がそれだと気づいたのだ。ヘルメットを外した顔を、少し遠くからじっくりと検分させて貰う。
 ちょおイケてる、と言った千夏の台詞も、あながち的ハズレではない。剣道部を退部してから髪を延ばしはじめたのだろう、少し茶色めに染めた髪に甘いマスク。ドラマで人気のイケメン若手アイドルに、横顔が少し似ている。
 声を掛けようとして、京子は躊躇った。二人がなにか言い争っているようすなのに気づいたからだ。言い争い、というよりは、田倉が一方的に優香を詰(なじ)り、優香は俯いたまま、黙ってそれに耐えているように見える。田倉が叩きつけるように乱暴に優香にヘルメットを渡す。優香を後ろに載せたバイクは、けたたましい 排気音と土煙を残して京子の視界から消えた。
 なによ、あれ。
 京子は呆気に取られて見送った。がっかりした気分だった。
 あれが芝川優香の彼氏なんて、信じられない。
 優香の彼氏なら、外見だけではなく中身も洗練された素敵な男性であって欲しかった。優香のような、ちょっとでも乱暴に接したら壊れてしまいそうな繊細な少女にたいして、どうすればあんな雑な扱いが出来るのだろう。確かにあの男なら、自分の元カノが優香に嫌がらせをしたところで、何の手助けもしてくれそう もない。
 やり場のない怒りを噛み締めながら帰ろうとした京子の視界の隅で、人影が動いた。
「ちょっと待って。久保田さん」
 咄嗟に声を掛けていた。校舎の影に隠れようとしたのが久保田和美であることに、気づいたのだ。
 名前を呼ばれた久保田和美は、渋々と言った表情で振り返り、京子の前に向きなおった。
「剣道部の副主将、久保田和美さんでしょう。一応、初対面だから挨拶しておくわね。あたしは」
 名乗ろうとした京子の台詞を、和美は冷淡に遮った。
「知ってるわ。麻野京子さん、でしょう。元弓道部員。剣道部の宮沢祥子さんのお友達」
 そのふてぶてしいとも言える態度に、京子は改めて怒りを覚えた。剣道部が大切な試合を控え練習中なのは分かっている。怪我で試合出場できない身とはい え、副主将という立場でありながら部活をサボってまでこんなところに居るというのがまずおかしい。和美は優香をつけ回していたとしか思えない。
 いきなり直接対決になるとは想定外だったが、これも致し方ない。
「久保田さん、ハッキリ言わせてもらうけど、あたし、陰湿な行動をとるひとって大嫌いなの。芝川優香さんに言いたいことがあるんだったら、今ここで代わりに聴いておくから、それで終わりにしてくれない?」
 和美は驚いたような表情で京子を見つめる。これが演技ならば、たいしたものだ。
「そう。あたしも、陰湿なヤツは大嫌いよ。意見が合うじゃない」
 コートのポケットに手を入れたまま、傲然と言い放つ。久保田和美は背が高く、スタイルもいい。少し吊り上がり気味の鋭い目つきをしているが、美人と言えないこともない。だが、冷めた口調と冷たい微笑は、春の陽だまりのような優香のそれとは正反対だ。
 そんなだから、田倉くんにフラれるのよ。さすがにそうは言えないものの、精一杯に和美を睨んでいないと、迫力に気圧されそうだ。
「麻野さん、あなた、芝川さんとお友達なら、せいぜいかの女の身の回りに気をつけてあげるのね」
 吐き捨てるようにそれだけ言うと、和美は包帯を巻いた足を軽く引き摺りながら、剣道場のほうへと戻って行った。
 どういう意味よ。優香の身の回りに気をつけろ、って?
 凍りついたような、冷たい和美の瞳。
 濡れた、ざらついた感触のなにかに首筋に触れられたような悪寒が走り、全身の毛が逆立った。まるで、これから優香になにか危害を加えるとでもいいたげな、暗い害意を秘めた予告じみたあの台詞。
 帰りの電車に乗り込んでからも、久保田和美の視線が後ろから追いかけてくるような気がして、京子は落ち着かなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

パーフェクトアンドロイド

ことは
キャラ文芸
アンドロイドが通うレアリティ学園。この学園の生徒たちは、インフィニティブレイン社の実験的試みによって開発されたアンドロイドだ。 だが俺、伏木真人(ふしぎまひと)は、この学園のアンドロイドたちとは決定的に違う。 俺はインフィニティブレイン社との契約で、モニターとしてこの学園に入学した。他の生徒たちを観察し、定期的に校長に報告することになっている。 レアリティ学園の新入生は100名。 そのうちアンドロイドは99名。 つまり俺は、生身の人間だ。 ▶︎credit 表紙イラスト おーい

ルナール古書店の秘密

志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。  その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。  それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。  そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。  先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。  表紙は写真ACより引用しています

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる

釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。 他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。 そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。 三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。 新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。   この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

高校生なのに娘ができちゃった!?

まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!? そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

処理中です...