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陰陽少女(仮)
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ホント~~~に、今日はなんという日だったのだろう。
結局、五時間目の英語の授業に十五分も遅刻してしまった京子は、担当の英語教師にさんざん絞られたうえ、五枚ものプリントの提出を命じられた。
「だいたい、全部あのヘンなコが悪いのよっ。なんで他校の生徒が、他人様の校舎の屋上で偉そうに休憩してんだ、つうの」
手伝う、という優香を断ったのは、京子なりの矜持だったが、やはりこんなのは納得がいかない。ぶつぶつと独り言を呟きながらプリントと格闘している京子の机の前に、千夏と翔子がやって来た。
「なにをさっきからブツクサ言ってんのさ、京子嬢」
つけマにアイプチ。派手なネイル。いかにもリア充女子高生といった風貌の千夏。
「バカだね、麻野。あの嫌味教師の授業に遅刻するなんて。いっそサボったほうが良かったんじゃない?」
同情気味に鼻を鳴らす翔子は、千夏とは正反対。スレたところは全く無い。少々太り気味なのを気にしているが、その性格は外見とマッチして、大らかだ。
「お好み焼きの店、大当たりだったよ。2枚も食べちゃった。麻野もくればよかったのに」
「京子嬢は正義の味方だからね。シバカワさんだっけ、あの暗いコとお昼食べたんでしょ。マジに、よーやるわあ、ってカンジ。ボランティア精神に頭が下がるっての」
京子はペンを置いた。
「よしなよ、千夏。そんな言い方。暗いとかボランティアとか、優香にたいして失礼だよ。あのコ、ほんとにいいコなんだから」
千夏が肩を竦め、舌を出す。
「はいはい、麻野も千夏も、そこまでにしとき」
言い争いになるのを心配したのだろう、翔子が割って入る。翔子はいつもムードメーカーで、三人のなかではお袋さん的な存在だ。
千夏にしたって、派手な外見や挑発的な言動から誤解を受けやすいタイプではあるが、その実、本人には言葉ほどの棘はなく、性格も無邪気で接しやすい。千夏も翔子も、京子にとっては信頼できる大切な仲間で、長い付き合いの友人だ。
芝川優香には、そんな友人はいるのだろうか。
出来ることなら、何かの形で優香の力になってやりたいが、事が恋愛絡みだというだけで、そのテの経験に乏しい京子にはお手上げだ。しっかり者の翔子や、恋愛経験豊富そうな千夏に助言を求めたいが、優香のプライベートを勝手に暴露するようで、それはそれで気が引ける。
「なんかヘンだよ、麻野。なにかあったの?」
怪訝な顔つきで覗きこむ翔子が剣道部員であったことを、京子は不意に思い出した。
「あ、ねえ。翔子。剣道部に久保田さんてひとがいるでしょ?どんなひとか教えて」
取り敢えず、情報収集だ。
「クボタ?それって副主将の久保田和美【くぼた・かずみ】さんのことだよね」
翔子が首を傾げる。
「うーん、どんなひとって言われてもなあ。特別仲がいいってわけでもないし。感じのいいひとではあるよ。練習熱心だし後輩の面倒見もいいし」
久保田のファーストネームは和美というらしい。どちらかといえば、翔子は、久保田和美に好感を抱いているようだ。あのとき屋上で優香を睨んでいた和美の双眸は、執念深い蛇を思わせたというのに。
怖いな、と思った。
傍では、周りからの人望厚く、後輩の面倒見の良い「良いひと」を演じながら、その裏では恋敵に激しい嫉妬心を燃やす。そういう二面性のある人間が、いちばん怖い。
「じゃあ、その久保田さんと以前に付き合ってたっていう、タクラって男は知ってる?」
それに応えて、千夏と翔子が同時に顔を上げた。
「田倉くんと久保田さんが付き合ってるって?」
その反応からすると、田倉というのはちょっとした有名人なのだろうか。
「付き合ってる、じゃなくて付き合ってた。過去形だってば」
芝川優香と田倉が、現在進行形で交際しているという事実は伏せる。
「田倉浩一。イケてるよねー。イケメンの人材に乏しいうちのガッコのなかでは貴重な存在だわー。家、確か、うちの近所なんだよ。ときどき夜、コンビニとかで見かけるの。マジで目の保養だしー。えへへ、羨ましいっしょー」
千夏の話は相変わらず要領を得ない。田倉の自宅が千夏の近所だろうと、どこで目の保養をしようと本題には関係ない。京子は翔子に期待した。
「田倉くんも、以前は剣道部だったの。半年くらい前に辞めちゃったけど。ちょっとしたトラブルがあってね」
トラブルとは、運動部ではよくある、レギュラー争いのようなことらしかった。団体戦の出場枠を巡って、一年生の新入部員に敗れたらしい。
「もともと、あんまり真面目に部活に打ち込んでるってタイプでもなかったし。それに引き換え、久保田さんはスゴいよ。個人戦でもいい成績残しているし、怪我さえしなきゃ、来週の交流試合でも大将で出場決まっていたくらいなんだから」
「怪我?」
そう言えば、屋上で見かけた久保田和美の足首に、白い包帯が巻かれていたような気がする。
「うん。駅の階段だかどこかで転倒したとかで踝を捻挫したらしいんだけど。それにしても田倉くんのカノジョが久保田さんだったなんて意外。久保田さんみたいな体育会系より、田倉くんみたいなオレサマちっくなワガママ星人だったら、なんでも言うこと聞きそうなお人形っていうか、お嬢様タイプが似合いそうだもん」
翔子の意見を参考にするなら、芝川優香なら田倉の彼女にぴったりだということだろうか。
昼間、屋上で出会った少女、流咲のことが不意に頭に浮かんだ。
温室育ちの花のような優香とはまた違う、どこかミステリアスな魅力を持った美少女。流咲の横になら、どんな男の子を並べたら釣り合いが取れるだろう。いや、流咲の隣に男の子なんか置きたくはない。あの娘の横には。
何故、こんなにも流咲のことが気にかかるのか。そして何故、優香の心配よりも、あの流咲の不可解な言動のほうが、いま、自分の心の領域を重く占めているのだろうか。
京子は頭を振って、妙な考えを追い出そうとした。自分が同性に、春崎流咲に惹かれ始めているなどと、断じて認めるわけにはいかなかった。
結局、五時間目の英語の授業に十五分も遅刻してしまった京子は、担当の英語教師にさんざん絞られたうえ、五枚ものプリントの提出を命じられた。
「だいたい、全部あのヘンなコが悪いのよっ。なんで他校の生徒が、他人様の校舎の屋上で偉そうに休憩してんだ、つうの」
手伝う、という優香を断ったのは、京子なりの矜持だったが、やはりこんなのは納得がいかない。ぶつぶつと独り言を呟きながらプリントと格闘している京子の机の前に、千夏と翔子がやって来た。
「なにをさっきからブツクサ言ってんのさ、京子嬢」
つけマにアイプチ。派手なネイル。いかにもリア充女子高生といった風貌の千夏。
「バカだね、麻野。あの嫌味教師の授業に遅刻するなんて。いっそサボったほうが良かったんじゃない?」
同情気味に鼻を鳴らす翔子は、千夏とは正反対。スレたところは全く無い。少々太り気味なのを気にしているが、その性格は外見とマッチして、大らかだ。
「お好み焼きの店、大当たりだったよ。2枚も食べちゃった。麻野もくればよかったのに」
「京子嬢は正義の味方だからね。シバカワさんだっけ、あの暗いコとお昼食べたんでしょ。マジに、よーやるわあ、ってカンジ。ボランティア精神に頭が下がるっての」
京子はペンを置いた。
「よしなよ、千夏。そんな言い方。暗いとかボランティアとか、優香にたいして失礼だよ。あのコ、ほんとにいいコなんだから」
千夏が肩を竦め、舌を出す。
「はいはい、麻野も千夏も、そこまでにしとき」
言い争いになるのを心配したのだろう、翔子が割って入る。翔子はいつもムードメーカーで、三人のなかではお袋さん的な存在だ。
千夏にしたって、派手な外見や挑発的な言動から誤解を受けやすいタイプではあるが、その実、本人には言葉ほどの棘はなく、性格も無邪気で接しやすい。千夏も翔子も、京子にとっては信頼できる大切な仲間で、長い付き合いの友人だ。
芝川優香には、そんな友人はいるのだろうか。
出来ることなら、何かの形で優香の力になってやりたいが、事が恋愛絡みだというだけで、そのテの経験に乏しい京子にはお手上げだ。しっかり者の翔子や、恋愛経験豊富そうな千夏に助言を求めたいが、優香のプライベートを勝手に暴露するようで、それはそれで気が引ける。
「なんかヘンだよ、麻野。なにかあったの?」
怪訝な顔つきで覗きこむ翔子が剣道部員であったことを、京子は不意に思い出した。
「あ、ねえ。翔子。剣道部に久保田さんてひとがいるでしょ?どんなひとか教えて」
取り敢えず、情報収集だ。
「クボタ?それって副主将の久保田和美【くぼた・かずみ】さんのことだよね」
翔子が首を傾げる。
「うーん、どんなひとって言われてもなあ。特別仲がいいってわけでもないし。感じのいいひとではあるよ。練習熱心だし後輩の面倒見もいいし」
久保田のファーストネームは和美というらしい。どちらかといえば、翔子は、久保田和美に好感を抱いているようだ。あのとき屋上で優香を睨んでいた和美の双眸は、執念深い蛇を思わせたというのに。
怖いな、と思った。
傍では、周りからの人望厚く、後輩の面倒見の良い「良いひと」を演じながら、その裏では恋敵に激しい嫉妬心を燃やす。そういう二面性のある人間が、いちばん怖い。
「じゃあ、その久保田さんと以前に付き合ってたっていう、タクラって男は知ってる?」
それに応えて、千夏と翔子が同時に顔を上げた。
「田倉くんと久保田さんが付き合ってるって?」
その反応からすると、田倉というのはちょっとした有名人なのだろうか。
「付き合ってる、じゃなくて付き合ってた。過去形だってば」
芝川優香と田倉が、現在進行形で交際しているという事実は伏せる。
「田倉浩一。イケてるよねー。イケメンの人材に乏しいうちのガッコのなかでは貴重な存在だわー。家、確か、うちの近所なんだよ。ときどき夜、コンビニとかで見かけるの。マジで目の保養だしー。えへへ、羨ましいっしょー」
千夏の話は相変わらず要領を得ない。田倉の自宅が千夏の近所だろうと、どこで目の保養をしようと本題には関係ない。京子は翔子に期待した。
「田倉くんも、以前は剣道部だったの。半年くらい前に辞めちゃったけど。ちょっとしたトラブルがあってね」
トラブルとは、運動部ではよくある、レギュラー争いのようなことらしかった。団体戦の出場枠を巡って、一年生の新入部員に敗れたらしい。
「もともと、あんまり真面目に部活に打ち込んでるってタイプでもなかったし。それに引き換え、久保田さんはスゴいよ。個人戦でもいい成績残しているし、怪我さえしなきゃ、来週の交流試合でも大将で出場決まっていたくらいなんだから」
「怪我?」
そう言えば、屋上で見かけた久保田和美の足首に、白い包帯が巻かれていたような気がする。
「うん。駅の階段だかどこかで転倒したとかで踝を捻挫したらしいんだけど。それにしても田倉くんのカノジョが久保田さんだったなんて意外。久保田さんみたいな体育会系より、田倉くんみたいなオレサマちっくなワガママ星人だったら、なんでも言うこと聞きそうなお人形っていうか、お嬢様タイプが似合いそうだもん」
翔子の意見を参考にするなら、芝川優香なら田倉の彼女にぴったりだということだろうか。
昼間、屋上で出会った少女、流咲のことが不意に頭に浮かんだ。
温室育ちの花のような優香とはまた違う、どこかミステリアスな魅力を持った美少女。流咲の横になら、どんな男の子を並べたら釣り合いが取れるだろう。いや、流咲の隣に男の子なんか置きたくはない。あの娘の横には。
何故、こんなにも流咲のことが気にかかるのか。そして何故、優香の心配よりも、あの流咲の不可解な言動のほうが、いま、自分の心の領域を重く占めているのだろうか。
京子は頭を振って、妙な考えを追い出そうとした。自分が同性に、春崎流咲に惹かれ始めているなどと、断じて認めるわけにはいかなかった。
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