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#1 レツオウガ起動
Chapter03 魔狼 01-03
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驚いた冥が顔を前に向けると、そこには血相を変えた巌がドアノブを掴んでいた。
「ど、どうしたんだ巌?」
いつもは細い目を大きく見開いている巌は、巌と雷蔵を見るなり早口に告げる。
「ああ、来てたのか。なら丁度良い、冥は酒月に連絡を、雷蔵はアイスランドに跳んで、エッケザックスに連絡をとってくれ。大至急だ」
「なんだなんだ穏やかじゃないな、一体どうしたんだ巌。茶でも切れたか?」
怪訝顔ながらも軽口を忘れない冥に、しかし巌は付き合っていられる余裕が無い。
「敵の目的に予想がついた。だが――」
このままでは、間に合わないかも知れない。そんな予想を、巌はすんでの所で飲み込む。
「――とにかく事態は一刻を争う。指示は追って出すから、今はとにかく動いてくれ」
◆ ◆ ◆
遠い、遠い昔の話だ。覚えている事柄はそう多くない。
それでもあの小さな、途方も無く小さな掌の感触は、今でも鮮烈に思い出せる。
また一つ新たな夢を得た、あの瞬間は。
――そもそも彼にとって、魔術こそが夢であり、人生そのものであった。
忘却の彼方に埋もれた、太古の叡智。それを発掘し、研究し、編纂し、高みを目指す。
妻として見初めた女、ハンナにしてもそれは同じだった。
キリスト教が主文化圏を成して久しい西欧において、今なお北欧神話の伝承を色濃く残す島国、アイスランドの女。
霊地として改良しやすそうな土地を持っており、両親とは幼い頃に死別して天涯孤独。更に生来身体が弱い方であると来れば、始末や隠蔽も容易であろう。
そんな下心を胸に、彼はハンナに近づき、口説き落とし、一子を成した。
そうして、純粋な魔術師だった彼は死んだ。
ハンナと出会った頃から揺らいでいた研究者としての価値観が、息子であるディーンの誕生によって、完膚なきまでに打ち砕かれたのだ。
言わんや、愛の賜物である。
それから彼はひた走った。
妻を、息子を、家庭を守るために。彼は、それまで培ったコネと技術と情熱の全てを傾けた。
困難は少なくなかったが、彼はその都度全力でそれらをはね除け、叩き潰した。
無実の他人の生を踏み躙った事は数知れず、死屍血河を築いたのも一度や二度でない。日乃栄高校で彼がとった人質は、それから比べればまだまだかわいいものだ。
無論、そうした事柄を妻に教えた事はない。そもそも魔術師である事すら、彼は伏せていた。
だが、それでも。
時折悲しげに目を伏せる妻に、彼は胸を痛めた。
けれども、それ以上に確かな幸福が、そこにはあったのだ。
――ハンナが、病死するまでは。
「ど、どうしたんだ巌?」
いつもは細い目を大きく見開いている巌は、巌と雷蔵を見るなり早口に告げる。
「ああ、来てたのか。なら丁度良い、冥は酒月に連絡を、雷蔵はアイスランドに跳んで、エッケザックスに連絡をとってくれ。大至急だ」
「なんだなんだ穏やかじゃないな、一体どうしたんだ巌。茶でも切れたか?」
怪訝顔ながらも軽口を忘れない冥に、しかし巌は付き合っていられる余裕が無い。
「敵の目的に予想がついた。だが――」
このままでは、間に合わないかも知れない。そんな予想を、巌はすんでの所で飲み込む。
「――とにかく事態は一刻を争う。指示は追って出すから、今はとにかく動いてくれ」
◆ ◆ ◆
遠い、遠い昔の話だ。覚えている事柄はそう多くない。
それでもあの小さな、途方も無く小さな掌の感触は、今でも鮮烈に思い出せる。
また一つ新たな夢を得た、あの瞬間は。
――そもそも彼にとって、魔術こそが夢であり、人生そのものであった。
忘却の彼方に埋もれた、太古の叡智。それを発掘し、研究し、編纂し、高みを目指す。
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霊地として改良しやすそうな土地を持っており、両親とは幼い頃に死別して天涯孤独。更に生来身体が弱い方であると来れば、始末や隠蔽も容易であろう。
そんな下心を胸に、彼はハンナに近づき、口説き落とし、一子を成した。
そうして、純粋な魔術師だった彼は死んだ。
ハンナと出会った頃から揺らいでいた研究者としての価値観が、息子であるディーンの誕生によって、完膚なきまでに打ち砕かれたのだ。
言わんや、愛の賜物である。
それから彼はひた走った。
妻を、息子を、家庭を守るために。彼は、それまで培ったコネと技術と情熱の全てを傾けた。
困難は少なくなかったが、彼はその都度全力でそれらをはね除け、叩き潰した。
無実の他人の生を踏み躙った事は数知れず、死屍血河を築いたのも一度や二度でない。日乃栄高校で彼がとった人質は、それから比べればまだまだかわいいものだ。
無論、そうした事柄を妻に教えた事はない。そもそも魔術師である事すら、彼は伏せていた。
だが、それでも。
時折悲しげに目を伏せる妻に、彼は胸を痛めた。
けれども、それ以上に確かな幸福が、そこにはあったのだ。
――ハンナが、病死するまでは。
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