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赤咫尾燈吉

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 一切の気配が無い、背後からの声。だけど、今の俺は飽くまでプラスだ。焦って正体を露呈させる訳にはいかない。

「あ? まぁな」

 振り返った場所に居たのは黒い布で全身を覆い隠した男。直視しても存在が希薄に見えるこの異常性、恐らく異能っすね。

「お前を報告の時間以外で見るのは何か月振りか……少しは本部で交流するのも大事だ。分かっているか?」

「チッ、るっせぇな……放っとけよ」

「ハァ、お前は……まぁ良い、それで今日は何をしに来たんだ?」

「あ?」

 一日以内の記憶にこいつは居ないっすね……上手く答える必要があるっすけど、これは話を聞くチャンスでもあるっす。

「そりゃ、異能者のガキの話だろ。流石に初めて聞いたぜ、異能を千以上も持ってる奴ってのは」

「一応まだ話すなと言われている筈なんだが……まぁ、組織内なら良いか。それで、口の軽い馬鹿はどいつだ?」

「ジョッキーだ」

「アイツか……口が軽そうだからな」

 適当に口の軽そうな奴を言ったっすけど、何とかなったっすね。こっからは情報取得のターンっす。

「それで、そのガキは今どうしてるんだ?」

「今は地下房で寝てるだろうが……見に行くなよ? 許可された奴以外は近付かないように言われてるからな」

 やっぱり、地下房っすね。その上、不用意に近付くと怪しまれるって感じっすかね。

「分かってる。それと、そのガキは……」

 もう少し情報を引き出させてもらうっすよ。既に何人か気絶させてる以上、時間をかけすぎる訳にはいかないっすけど。







 情報収集は粗方済んだっすね。花房華凛は戯典と同じように洗脳処理され、地下房に収容されている。そして、両者とも近い内に犯罪で運用される。
 恐らく、その対象は……老日勇っすね。仲間がやられたとかどうとかで矢鱈と目の敵にしてる奴もいたっすし、組織全体として目先の壁って印象が強そうっす。

(さて、そろそろ起きてる奴も減って来たっすね……)

 この状態は好都合でもあり、危険でもあるっす。この夜中に人と出会えば怪しまれる可能性もあるっすけど、代わりに人が少ない分探索はしやすいっす。
 だから、今日はここで帰るか探索を続けるかっすけど……

(続行、一択っすね)

 俺が気絶させた二人も流石に昼頃には目を覚ますっす。そうしたら、当然組織内の警戒は強まるっすから、今後は潜入調査なんて殆ど不可能になるっす。タイミング的に花房華凛狙いってこともバレるっすから、救出も難しくなるっすね。

 となれば、ここで情報収集を続けてあわよくば花房華凛の救出も狙う。これがベストっす。

(そろそろ地下房に近付きたいっすね)

 俺は変装したプラスという男の立ち振る舞いで、堂々と施設の中を歩く。山の中をくりぬいて作られているらしいが、涼しくて快適ではある。

 次の曲がり角、人が来るっすね。

 俺は引き返し、見つからないように別の道で地下房へと進む。そして、気付いた。地下房の前には警備が立っている。

(まぁ、そうっすよね)

 警備が居ない訳無いっすけど、面倒ではあるっす。

 カメラの類いは、無し。ただ、魔術の気配を感じるっすね……十メートル以上は離れたここからだと、何の魔術かも分からないっす。

(地下房は無理っすね。もう少し様子を見て、情報を探ったら別の場所に向かうべきっす)

 壁際に身を隠し、階段の上から警備の男にバレないように地下房の中の様子を覗き込む。しかし、流石にこの角度じゃ何も分からない。

 ダメっすね。ここに居るだけリスクにしかならないっす。一旦別の場所を……

「ほら、来い」

 ッ! これは、僥倖っすね……!

「もう随分寝ただろう。実験の時間だ」

 地下房から白衣の男と共に花房華凛が姿を現す。俺は直ぐに階段の上から離れつつ、その背中を追う。

(待てよ……実験室っすよね)

 千載一遇のチャンス。花房華凛を取り戻すなら、ここしか無いっす。でも、しくじれば終わりっす。

(いや、やるしか無いっすよ。花房華凛が味方に戻るか、俺一人が死ぬだけか。リスクとリターンに絶大な差があるっす)

 実験、白衣の男はそう口にしていた。普通に考えれば、その行き先は……実験室。

(急いで先回りしないといけないっすね! それに、若干賭けにはなるっすけど……アレをやるしか無いっす)

 俺は人が居ない道を走り、ゆっくりと悠長に歩く男よりも先に実験室に辿り着いた。

 魔術の類いは仕掛けられて無いっすね。中にも人は居ないっす。俺は実験室に入り込み、

(これで、準備は完了っす……後は、上手くやるだけっす)

 足音が二つ、近付いて来る。さっきのままなら、男が先頭だ。それが入れ替わっていれば少し面倒だが、足音の重さからして順番は同じままだ。

「さて、何から始めよォッ!?」

 実験室に足を踏み入れた男が血を踏んだ瞬間、その首を打ってから突き飛ばし、扉を閉める。

「『魔術的な施錠マジカルロッキング』」

 これで、力任せや異能を使う以外に花房華凛が入って来る方法は無いっす。それをしてくるかどうかは、もう賭けっすね。

「『思考の散乱インコヒーレンス』」

 俺は魔術をかけながら男を起こす。

「な、ん……だ?」

 男はボーっとしたような顔で立ち上がり、俺を見る。


「『――――血の密約』」


 俺はを発動した。

「この能力の効果は、俺の血に触れた相手の操作権を奪い、少しの間ならどんな命令でも聞かせることが出来るって能力っす」

「ぐ、な……ん……」

 体が痺れたように動かない男に、俺は言葉を続ける。

「発動条件はこの能力の効果と条件を教えること、そして自分と能力の対象者以外にこの能力の発動を見た者が居ないことっす」

「……」

 条件が成立し、能力が完全に発動した。俺は支配下に入った男に命令する。

「先ず、お前の中の優先順位は俺が一番上っす。お前自身の判断で俺が危険に陥ると考えた行動は全て禁止っす。仲間への連絡は勿論、そこの花房華凛に俺を襲わせるとかっすね」

 俺はその向こう側に花房華凛が立っている扉を指差した。

「じゃあ、花房華凛をこの部屋の中に入れるっす」

「分かった」

 男が扉を開け、花房華凛を招くと部屋の中に入って来る。別々の洗脳状態の奴が二人も同じ空間に居るって中々珍しい光景っすね。

「先ず、洗脳は解除出来るっすか?」

「無理だ。サイコが居なければ洗脳は解除出来ない」

 あぁ、黒い仮面の一員の奴っすね。

「でも、命令は出来るっすよね?」

「出来る」

 となれば、後はここからバレることなく抜け出すだけっすね。
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