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異世界転移
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故郷を離れてから、俺は恐らく親戚の顔も知らない中年の男……時夫に引き取られた。ラーメン屋を営んでいる時夫は、手伝いが欲しかったらしい。俺は時夫のことをオヤジと呼び、俺はボウズと呼ばれていた。
そこでの生活は、随分マシだった。オヤジが作る飯は今まで食べてきたどの飯よりも美味かったし、寝床も綺麗では無いが体が痛くなることは無かった。
「オヤジ、スープは出来てんだな?」
「あぁ、出来とる……いたッ」
ふくらはぎを抑えて立ち止まるオヤジ。俺が高校生になった辺りから、オヤジはこうなることが増えた。
「大丈夫か? 一回、店閉じてちゃんとした病院行った方が良いんじゃねぇ?」
「アホ言うな、ボウズ。楽しみにしとるお客さんがおるのに休める訳ないやろうが」
俺は溜息を吐きながらオヤジの肩を支えに行った。糖尿病らしいオヤジは、日に日に症状が悪化しているのが目に見えていた。
「それ、に……ぐッ」
開店する十分前。突然、オヤジが地面に倒れて胸を抑えだした。
「ぐ、ぅ、ぉお……」
「は? おい、オヤジッ!? 大丈夫か? やばいかッ!? 救急車、呼ぶからなッ!?」
手を伸ばして止めようとするオヤジを無視し、俺は直ぐに救急車を呼んだ。凄く、嫌な予感がしていた。
「ぉ、い……聞け」
「ッ、何?」
救急車を呼んだ後、次はどうするべきか混乱している俺の足をオヤジが掴んだ。
「もう、多分……助からん」
「ッ! 何言ってんだよッ、救急車呼んだから大丈夫だって!」
オヤジはふっと笑い、力なく首を振った。
「勇……悪かったなぁ。結局、一人にしちまった」
「ふざけんなよ……死ぬなって」
頭を埋め尽くしていたのは焦りか、絶望か。確かなのは、両親を殺した時よりも俺の感情は激しく揺れ動いていた。
「ぐ、ぅ……お前の親は、クソだったかも知らんが……名前だけは、良いじゃねぇか。その通りに、育ってるから、なぁ」
「おい……遺言のつもりかよ」
オヤジの手を握ると、その冷たさが伝わって来る。
「お前と、過ごしてる時間は……楽しかった。人生で、一番だ」
「ッ!」
俺の手を握り返そうとするオヤジの力が、ふっと弱まった。
「悪かった。今まで……ありがと、なぁ」
「……オヤジ」
オヤジの目が、こちらを見る。
「ありがとな」
頷くように、オヤジの目が閉じた。
♢
辿り着いた救急車は、オヤジの容態を確認すると暗い表情でその体を運び、俺と共に救急車へと連れて行った。
だが、予想通りオヤジは間に合わなかった。
「急性心筋梗塞です」
冷たく告げる医者は、俺の目を見ようとはしなかった。動脈硬化が原因の狭窄がどうとか、色々と説明されたが俺の頭には入ってこなかった。
病院からの帰り道、俺は考えていた。
「……意味は、あるのか?」
俺がこれから生きていく意味は、あるのだろうか。やりたいことも無い。オヤジの為にラーメン屋を継ぐか? そんな気力が残っているとも思えない。
「死ぬ、か?」
本当はきっと、俺はあの車の中で死ぬ筈だった。今、生きていることの方がきっと不自然だ。俺はふらふらと帰路を外れ、遠くに見える山の方へ歩き始めた。
「最後に……」
瑠奈に会いに行くか? 一瞬思い浮かんだ考えも直ぐに打ち消した。きっと、迷惑になるだけだ。それに、今どこに居るかすら分からない。
ここで、終わろう。
もう、頭の中には何の思考も無かった。亡霊のように、死体のように、ボーっと死に場所を目指していた。
「ぁ」
ふらり、体が揺れた瞬間。俺は意識を失っていた。
♢
目を覚ますと、そこは真っ白く光り輝く空間だった。
「こんにちは、私は女神です」
「……」
目の前に現れたのは、見たことも無いような美人の女。女神と呼ぶに相応しい何者かが現れ、俺に声をかけるも、何も答える気にはなれなかった。
「あの……大丈夫ですか?」
「……あぁ」
夢か、幻覚か。そんな思考すらどうでも良くなっていた。
「老日勇。貴方に、お願いがあります」
目線を合わせると、女は真っ直ぐに俺を見た。今まで見たことも無いような、綺麗な黄金色の目だった。
「勇者となって、私達の世界を救ってくれませんか?」
「……意味が、分からん」
ただの高校生の、それにもう死ぬ寸前のような俺に、何を言ってるのか。一切、意味が分からなかった。
「貴方には、勇者の資格があります。聖剣を操り、きっと世界を救うことが出来ます」
「……そう、見えるか?」
睨みつけるように言うと、女神は困ったような表情をした。
「……召喚魔術の対象となるのは、勇者の素質を持つ、最も適性のある者の筈です」
「筈って、何だ」
俺は溜息を吐き、目を瞑った。その空間は、眩しすぎた。
「本来なら、快諾してくれるような心優しい人物しか呼び出されない筈だったんですが……」
「だから、筈って何だよ」
現に、俺が呼び出されているんだが。そういう意図をもって女神を睨むと、女神は目を伏せた。
「……本当に、困っているんです。世界が、滅びるかも知れないんです。召喚のやり直しは出来ないんです……どうか、お願いします」
深々と頭を下げた女神に、俺は溜息を吐いた。
「俺は、何をすれば良い?」
「……え?」
困惑したようにこちらを見る女神に、俺は繰り返した。
「俺は、何をすれば良い」
「受けて、下さるということですか?」
俺は嫌気が差したような表情をしながら、答えた。
「そう言ってんだろ」
「……ありがとうございます。老日勇」
また深く頭を下げた女神から、俺は視線を逸らす。
「どうせ、死んだようなもんだからな」
「……最後に、確認しておきます」
女神は俺の手を握り、無理やり目線を合わせに来た。
「勇者としての旅路は、きっと……いえ、絶対に楽しいものではありません。寧ろ、苦難に満ちたものとなるでしょう。きっと、沢山の友が死に、幾つもの滅びを見ることになります。例え勇者になっても、貴方が全てを救えることはありません。それでも……」
女神の、黄金色の瞳が俺を見る。
「それでも、貴方は世界を救いますか?」
「どうでも、良い」
予想もしていなかったであろう返答に、女神は硬直する。
「俺は、死体だ。それをどう使われようが、何も思わない」
「……強制することは、出来ません」
首を振る女神を、俺は睨みつけた。
「強制してくれよ、女神サマ。アンタが決めるんだ」
「…………老日勇。貴方は、今日から勇者です」
苦渋の表情で、女神は俺を勇者にした。
そこでの生活は、随分マシだった。オヤジが作る飯は今まで食べてきたどの飯よりも美味かったし、寝床も綺麗では無いが体が痛くなることは無かった。
「オヤジ、スープは出来てんだな?」
「あぁ、出来とる……いたッ」
ふくらはぎを抑えて立ち止まるオヤジ。俺が高校生になった辺りから、オヤジはこうなることが増えた。
「大丈夫か? 一回、店閉じてちゃんとした病院行った方が良いんじゃねぇ?」
「アホ言うな、ボウズ。楽しみにしとるお客さんがおるのに休める訳ないやろうが」
俺は溜息を吐きながらオヤジの肩を支えに行った。糖尿病らしいオヤジは、日に日に症状が悪化しているのが目に見えていた。
「それ、に……ぐッ」
開店する十分前。突然、オヤジが地面に倒れて胸を抑えだした。
「ぐ、ぅ、ぉお……」
「は? おい、オヤジッ!? 大丈夫か? やばいかッ!? 救急車、呼ぶからなッ!?」
手を伸ばして止めようとするオヤジを無視し、俺は直ぐに救急車を呼んだ。凄く、嫌な予感がしていた。
「ぉ、い……聞け」
「ッ、何?」
救急車を呼んだ後、次はどうするべきか混乱している俺の足をオヤジが掴んだ。
「もう、多分……助からん」
「ッ! 何言ってんだよッ、救急車呼んだから大丈夫だって!」
オヤジはふっと笑い、力なく首を振った。
「勇……悪かったなぁ。結局、一人にしちまった」
「ふざけんなよ……死ぬなって」
頭を埋め尽くしていたのは焦りか、絶望か。確かなのは、両親を殺した時よりも俺の感情は激しく揺れ動いていた。
「ぐ、ぅ……お前の親は、クソだったかも知らんが……名前だけは、良いじゃねぇか。その通りに、育ってるから、なぁ」
「おい……遺言のつもりかよ」
オヤジの手を握ると、その冷たさが伝わって来る。
「お前と、過ごしてる時間は……楽しかった。人生で、一番だ」
「ッ!」
俺の手を握り返そうとするオヤジの力が、ふっと弱まった。
「悪かった。今まで……ありがと、なぁ」
「……オヤジ」
オヤジの目が、こちらを見る。
「ありがとな」
頷くように、オヤジの目が閉じた。
♢
辿り着いた救急車は、オヤジの容態を確認すると暗い表情でその体を運び、俺と共に救急車へと連れて行った。
だが、予想通りオヤジは間に合わなかった。
「急性心筋梗塞です」
冷たく告げる医者は、俺の目を見ようとはしなかった。動脈硬化が原因の狭窄がどうとか、色々と説明されたが俺の頭には入ってこなかった。
病院からの帰り道、俺は考えていた。
「……意味は、あるのか?」
俺がこれから生きていく意味は、あるのだろうか。やりたいことも無い。オヤジの為にラーメン屋を継ぐか? そんな気力が残っているとも思えない。
「死ぬ、か?」
本当はきっと、俺はあの車の中で死ぬ筈だった。今、生きていることの方がきっと不自然だ。俺はふらふらと帰路を外れ、遠くに見える山の方へ歩き始めた。
「最後に……」
瑠奈に会いに行くか? 一瞬思い浮かんだ考えも直ぐに打ち消した。きっと、迷惑になるだけだ。それに、今どこに居るかすら分からない。
ここで、終わろう。
もう、頭の中には何の思考も無かった。亡霊のように、死体のように、ボーっと死に場所を目指していた。
「ぁ」
ふらり、体が揺れた瞬間。俺は意識を失っていた。
♢
目を覚ますと、そこは真っ白く光り輝く空間だった。
「こんにちは、私は女神です」
「……」
目の前に現れたのは、見たことも無いような美人の女。女神と呼ぶに相応しい何者かが現れ、俺に声をかけるも、何も答える気にはなれなかった。
「あの……大丈夫ですか?」
「……あぁ」
夢か、幻覚か。そんな思考すらどうでも良くなっていた。
「老日勇。貴方に、お願いがあります」
目線を合わせると、女は真っ直ぐに俺を見た。今まで見たことも無いような、綺麗な黄金色の目だった。
「勇者となって、私達の世界を救ってくれませんか?」
「……意味が、分からん」
ただの高校生の、それにもう死ぬ寸前のような俺に、何を言ってるのか。一切、意味が分からなかった。
「貴方には、勇者の資格があります。聖剣を操り、きっと世界を救うことが出来ます」
「……そう、見えるか?」
睨みつけるように言うと、女神は困ったような表情をした。
「……召喚魔術の対象となるのは、勇者の素質を持つ、最も適性のある者の筈です」
「筈って、何だ」
俺は溜息を吐き、目を瞑った。その空間は、眩しすぎた。
「本来なら、快諾してくれるような心優しい人物しか呼び出されない筈だったんですが……」
「だから、筈って何だよ」
現に、俺が呼び出されているんだが。そういう意図をもって女神を睨むと、女神は目を伏せた。
「……本当に、困っているんです。世界が、滅びるかも知れないんです。召喚のやり直しは出来ないんです……どうか、お願いします」
深々と頭を下げた女神に、俺は溜息を吐いた。
「俺は、何をすれば良い?」
「……え?」
困惑したようにこちらを見る女神に、俺は繰り返した。
「俺は、何をすれば良い」
「受けて、下さるということですか?」
俺は嫌気が差したような表情をしながら、答えた。
「そう言ってんだろ」
「……ありがとうございます。老日勇」
また深く頭を下げた女神から、俺は視線を逸らす。
「どうせ、死んだようなもんだからな」
「……最後に、確認しておきます」
女神は俺の手を握り、無理やり目線を合わせに来た。
「勇者としての旅路は、きっと……いえ、絶対に楽しいものではありません。寧ろ、苦難に満ちたものとなるでしょう。きっと、沢山の友が死に、幾つもの滅びを見ることになります。例え勇者になっても、貴方が全てを救えることはありません。それでも……」
女神の、黄金色の瞳が俺を見る。
「それでも、貴方は世界を救いますか?」
「どうでも、良い」
予想もしていなかったであろう返答に、女神は硬直する。
「俺は、死体だ。それをどう使われようが、何も思わない」
「……強制することは、出来ません」
首を振る女神を、俺は睨みつけた。
「強制してくれよ、女神サマ。アンタが決めるんだ」
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苦渋の表情で、女神は俺を勇者にした。
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