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三明の剣

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 展開された巨大な結界に玉藻は険しい表情を浮かべた。

「……なるほどの」

「ハハッ、分かんだろ? テメェなら……これがどういう状況かってよォ」

 天地を繋ぐ鎖。この結界は触媒を必要とするタイプのもので、その触媒となっているのが小通連だ。

「解除不能の結界という訳じゃな」

「正解だァ、頭が良いなァ狐」

 そして、この特殊な結界を破壊するには触媒を破壊するしかない。だが、触媒となっているのは神剣たる小通連だ。正に神器と呼ぶに相応しいこの刀を破壊することは不可能だ。

「図体の割に小狡いな、鬼」

「ハッ、誰にどう思われようが構わねェなァ」

 大嶽丸はその手に残った大通連を片手で構え、玉藻前に向ける。

「さァ、狩りの終わりだ」

 大嶽丸の体が一瞬にして玉藻の眼前まで迫る。

「死ね」

「ッ!」

 振り下ろされる太刀。しかし、結界の影響で玉藻は転移することが出来ない。神器である大通連の斬撃は霊体となっても擦り抜けることは出来ない。


「――――紅鏡」


 大嶽丸と玉藻の間に割り込んだ霧生。紅蓮に燃える刀を合わせ、大嶽丸の太刀を弾いた。

「ッ、有り得ねェ……大通連は弾けねェ筈だァ」

 大通連、その神剣の能力は勝利そのもの。具体的には、敵の攻撃とかち合った際、その押し合いに確実に打ち勝つというもの。
 故に、敵の刀に弾かれる等と言うことは本来有り得ないのだ。

「知らぬが、弾いてなどおらん」

 だが、霧生のそれは言わば反射だ。自身の刀をまるで鏡のように、与えられた力をそのまま流し返す。つまり、そもそも力の押し合いすら発生していないのだ。


「『――――霊冥砲』」


 そして、混乱する大嶽丸の隙に青白い霊力の波動が直撃した。

「ぐッ!?」

 触れた箇所から溶かし、消滅させる恐ろしい攻撃を大嶽丸は圧倒的な妖力と闘気で防御するが、体を咄嗟に庇った腕は半分以上がドロドロと溶けて崩壊している。

「陰陽師。土御門天明、ここに参上」

 名乗りを上げた白髪の男は、天を舞う赤い龍に乗っている。

「霧生義鷹、助太刀する」

 大嶽丸の前に堂々と立つ霧生も、続けて名乗った。大嶽丸はその形相を怒りに歪ませる。

「調子に乗んなよォ、雑魚どもが」

 大嶽丸は大通連を持つ腕を下ろし、反対の腕を天に伸ばした。

「『三明差すは遍知の証、観行経ては自在の境地』」

「『蒼炎結槍』」

 その手に握られるは神力を濃く放つ刀。大きさとしては小通連よりも大きく、大通連よりは小さい。放たれる緑の光、それは顕明連だ。玉藻前は蒼い炎を集めて槍にして放つが、振り下ろされた顕明連によって切り裂かれ、霧散する。

「『知慧を集めて三明通ず、遍く見通す神妙の剣』」

「行くぞ」

「応」

 飛び出した霧生と鬼一が同時に前後から斬りかかるが、大嶽丸は天高く跳んで斬撃を逃れる。

「『三明神通』」

 大嶽丸は小通連の隣に着地すると、足先で軽くそれに触れ……その身に神器の力が接続された。

「あァ、気持ち良いが気色悪ィ……懐かしい感触だァ」

 大嶽丸の額には第三の眼とでも呼ぶべきものが開眼しており、瞬きすることも緑の瞳を動かすこともなく世界を見渡している。

「どっからでも来いよ」

 背後から振り下ろされる刃、正面から迫る蒼炎、体の奥底から溢れ出す闇。

「残念だったなァ、もう終わりだ」

 刃を回避し、蒼炎を切り裂き、闇を掻き消す。大嶽丸はどうすれば良いか、全て分かっていたかのように動いた。

「俺にはァ、全てが見える。見ようと思えば、三千大千世界の全てがなァ」

「……六神通の三明か。まさか、未来まで見えるのか?」

 大嶽丸は笑い、首を振る。

「良いや、見えるのは俺が生き残る道筋と……テメェらを殺す道筋だァ」

 緊張が走る戦場。大嶽丸は満足そうにそれを見渡した。

「一切衆生の生死を見通す、天眼通。これがある限り、テメェらは俺を殺すことも出来ず、俺から逃れて生き残ることも出来ねェ」

 直後、玉藻の眼前まで転移する大嶽丸。慌てて放たれた蒼炎だが、大嶽丸はそれを避けようともしない。

「そして、過去を見通す宿命通。俺への攻撃は、二度は通じねェ」

 蒼炎を正面から受け止めた大嶽丸。その背後から霧生の刀が振り下ろされるが、大嶽丸は振り返ることも無く回避する。

「俺の力から逃れられるのは、神だけだ。他は誰一人、逃れられはしねェ」

 神の力を防げるのは、神だけだ。大嶽丸はニヤリと笑う。

「最後に漏尽通。これは、死なない奴でも殺す力だ。輪廻も転生も許さず、終わりを告げる力」

「ッ!」

 息を呑む玉藻に大嶽丸は大通連を振り上げ……

「『三魂消費』」

 白い炎が溢れた。大嶽丸はその場から飛び退き、目を見開く。

「あァ?」

 大嶽丸には、それを殺す方法が見えなかった。代わりに、その身から溢れる神力の炎だけは目に焼き付いていた。

「九尾の狐……完全顕現じゃ」

 九つの残機の全てを燃やし、巨大な狐が現れた。その力は、老日と戦った時よりも上だ。

「復活が封じられるのならば、全て燃やしてしまった方が得じゃろう。不慮の事態には備えられんが……まぁ、言うておる場合でも無いのでな」

「テメェ……神か」

 九尾はふんと鼻を鳴らし、黄金色に輝く巨大な九つの尾を揺らした。

「神では無いが、神のようなものじゃ。崇め奉られ、畏れ祀られる……それが、吾の力となったのじゃ」

 三明の力が通じない。大嶽丸はさっきまでの笑みを消し、ただ冷静に目の前の存在を観察した。
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