異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。

暁月ライト

文字の大きさ
上 下
188 / 328

鬼を殺すのは

しおりを挟む
 巨大な鬼に向けて、蘆屋は式符を放り投げる。

「『転解氷呪』」

 ゆらゆらと緩慢な動作で鬼に向かって行く紙の札。霊力の溢れるそれに当然鬼は気付き、切り裂いてやろうと風の刃を放つ。

「チチチッ!」

 しかし、その札は風の刃が触れる前にそこから消え失せ、アオの能力によって転移され、鬼の額に直接貼り付けられた。

「つ、冷た、い……ッ」

「やっちゃって、シロ」

 その札は一瞬にして鬼の頭を凍らせた。すると、額に付いた札が増殖し、全身に広がっていく。

「『狼煙の石、焼け落ちた木、酸の粉』」

 いつの間にか全身を白い紙札に変化させていたシロは、その身から式符を一枚分離させる。

「『砕いて、挽いて、粉としろ』」

 全身に札が張り付き、全身が凍り付いた鬼。だが、その身から溢れる妖力が少しずつ氷を溶かしていく。

「『爆ぜよ』」

 鬼の体を覆う氷が砕けた瞬間、式符の文字が赤く燃えた。

「『燃灼焼灸』」

 瞬間、凄まじい爆音と赤い光がその場に溢れた。

「ぬぉおおおおおおおおおおおおお――――ッ!」

 深く広く抉れた地面。その範囲を埋め尽くすように燃え上がる炎。一面を火の海に変えたその術は、塵も残さずに巨大な鬼を消し飛ばした。

「良し、今度こそ一丁上がりかな。ナイス、皆」

「ッ、お褒めに預かれるとは……ありがたき幸せです。主様ッ!」

 蘆屋はアオとは反対の肩に乗ったシロの頭を雑に撫で、次の獲物を探した。



 ♢



 御日が相対していたのは、背丈が四メートルを超える大柄な鬼だった。

「なんだァ? 女のガキが俺に勝てると思ってんのかァ?」

 虎のような輝く目、炎のように長く伸びた赤い髪と髭。

「天日流、暁光」

 鬼の言葉への返答は無く、代わりに黄金の刀身が閃いた。

「ぬぉっとッ、危ねェなガキィ……ッ!」

 しかし、鬼は油断していた状態からでも斬撃を見切り、刃を躱した。

「ぶっ殺してやるよォ! ぶっ殺されてェみてェだからなァ!」

「咲いて」

 鬼の両拳が燃え上がり、赤い炎を纏う。それと同時に御日の刀から四枚の黒い花弁が飛び出し、宙を舞う。

「クソガキィ、名前なんだァ?」

「八研御日」

 御日は短く告げると、花弁を鬼に向かわせ、刀を鞘に納めながら走った。

「そうかァ、俺は温羅うらだァッ!!」

 返すように名を名乗った温羅に四枚の花弁が迫る。

「チィッ、なんだこの黒いのはよォッ!」

「天日流、日脚」

 周囲をひらひらと舞いながら体を切り裂く花弁を温羅が掴もうとするが、花弁は温羅の手を擦り抜け、その間に足元を駆け抜けた御日が温羅の足を切り裂く。

「ッ、いってェなァ!?」

「天日流……ッ!」

 足に付けられた傷を気にすることもなく、温羅は御日へと拳を振り下ろした。

「刀を振るう隙なんて与えねえよォッ!!」

「ッ!」

 鬼の拳を避ける御日。幾度となく振るわれる拳に、御日は反撃する機を見出せない。ひらひらと舞う四枚の花弁は温羅の体を傷付けてはいるが、浅い傷しか付けられず、それも直ぐに再生してしまう。

「おォおおおらァァッ!!」

 御日が回避すると、拳が地面に突き刺さり、爆炎が溢れる。一瞬にしてここら一帯の地面に亀裂が走り、その亀裂から炎が噴き出した。

「天日流、赤鴉の舞」

 噴き出す炎の間を擦り抜けて、御日が現れる。即座に拳を振り下ろす温羅だが、御日は舞うような動きでひらりと回避し、懐に潜り込んだ。

「天日流、烈日」

「ぐぉッ!?」

 強烈な勢いで横に振るわれる刃。それが温羅の腹を切り裂き、血を噴き出させる。

「ま、てェッ!」

「天日流、駕炎威光」

 伸ばされる温羅の手を避け、空中を舞う花弁を足場にしながら温羅の頭上で一回転し、刃を振るう。

「くッ、テメェ……ッ!」

 頭上を見上げた温羅は刃によって増幅された太陽の光に目を焼かれ、斬撃を防ぐことは出来なかった。

「ヒヒッ、ギャハハッ! 中々やるじゃねェかよ……おもしれェ」

 頭を切り裂かれ、ぼたぼたと血を垂れ流す温羅。しかし、まだまだ倒れる気配は無い。

「本気で殺してやるよォ……ッ!」

 燃え盛る両の拳をガチンと合わせ、打ち付ける。

「『炎烈暴鬼、虎眼爛々』」

 温羅の体に亀裂が走り、そこから赤い炎が溢れる。橙色の眼は燃えるように輝き、妖力を漏れ出させる。

「さァ、来いよクソガキッ!!」

「……天日流」

 御日は深く息を吐き出し、その身から闘気を溢れ出させる。

「奥義」

 顔を上げる御日。吐き出される息から、鞘の隙間から、神力が溢れ出す。


「――――天陽閃」


 赤く染まった黄金の刃が抜き放たれ、噴き出す紅蓮の炎と共に温羅を斬り付けた。

「ぐぉおおおおおおおおおおおおおッッ!!?」

 腹部を切り裂かれた温羅。そこから神力と闘気の入り混じった炎が噴き出し、温羅は膝を突く。

「ふ、ぅ……ッ」

「ヒヒッ、何だよ……テメェもただじゃ済んでねェみてェだなァ?」

 荒く息を吐く御日、温羅も大量の血を流しながら立ち上がる。

「あァ、傷が全然治りゃしねェ……だが、構わねェなァ」

 地面を揺らしながら、その巨大な体が御日に迫る。

「どうしたァ、もう動けねェかァッ!?」

「すぅ……ふぅ」

 温羅は御日の前に立つと、ゆらりと拳を振り上げた。

「だったら、ここで死んどけェッ!!」

「天日流、紅鏡」

 振り下ろされた拳。御日はそれを待っていたかのように刃を振り上げ、垂直に合わせた。

「ッ、なァッ!?」

 威力が反射され、後ろに仰け反る温羅。驚いて開いた口の中に黒い花弁が入り込む。

「ぐ、ぐぼァッ!? が、ガハッ、くッ」

 体内を蹂躙される温羅は膝を突き、胸を抑える。そして、その隙を御日が見逃す筈もない。

「天日流、落陽」

 振り落とされた刃が、差し出すように項垂れた首を斬り落とした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

元勇者のデブ男が愛されハーレムを築くまで

あれい
ファンタジー
田代学はデブ男である。家族には冷たくされ、学校ではいじめを受けてきた。高校入学を前に一人暮らしをするが、高校に行くのが憂鬱だ。引っ越し初日、学は異世界に勇者召喚され、魔王と戦うことになる。そして7年後、学は無事、魔王討伐を成し遂げ、異世界から帰還することになる。だが、学を召喚した女神アイリスは元の世界ではなく、男女比が1:20のパラレルワールドへの帰還を勧めてきて……。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

ダンジョン配信 【人と関わるより1人でダンジョン探索してる方が好きなんです】ダンジョン生活10年目にして配信者になることになった男の話

天野 星屑
ファンタジー
突如地上に出現したダンジョン。中では現代兵器が使用できず、ダンジョンに踏み込んだ人々は、ダンジョンに初めて入ることで発現する魔法などのスキルと、剣や弓といった原始的な武器で、ダンジョンの環境とモンスターに立ち向かい、その奥底を目指すことになった。 その出現からはや10年。ダンジョン探索者という職業が出現し、ダンジョンは身近な異世界となり。ダンジョン内の様子を外に配信する配信者達によってダンジョンへの過度なおそれも減った現在。 ダンジョン内で生活し、10年間一度も地上に帰っていなかった男が、とある事件から配信者達と関わり、己もダンジョン内の様子を配信することを決意する。 10年間のダンジョン生活。世界の誰よりも豊富な知識と。世界の誰よりも長けた戦闘技術によってダンジョンの様子を明らかにする男は、配信を通して、やがて、世界に大きな動きを生み出していくのだった。 *本作は、ダンジョン籠もりによって強くなった男が、配信を通して地上の人たちや他の配信者達と関わっていくことと、ダンジョン内での世界の描写を主としています *配信とは言いますが、序盤はいわゆるキャンプ配信とかブッシュクラフト、旅動画みたいな感じが多いです。のちのち他の配信者と本格的に関わっていくときに、一般的なコラボ配信などをします *主人公と他の探索者(配信者含む)の差は、後者が1~4まで到達しているのに対して、前者は100を越えていることから推察ください。 *主人公はダンジョン引きこもりガチ勢なので、あまり地上に出たがっていません

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜

早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。 食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した! しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……? 「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」 そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。 無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!

処理中です...