139 / 266
爪
しおりを挟む
異界から帰り、今日は久々に例の買取屋に来ていた。暗い地下への階段を下り、軋む木の扉を開けて店の中へ入り込む。
「どうも、お客さん……おや、貴方ですか」
少し暗いが、木の温かみがある店内。カウンターに立つのは、若いともそうでないとも言い難い、曖昧な雰囲気の男だ。
「あぁ、買い取りを頼む」
そう言って、俺は袋をカウンターの上に置いた。
「えぇ、承りました……ところで」
店主の男は表情に浮かんだ笑みを消した。
「最近は物騒な世の中です。ソロモン王の復活、悪魔の発生、異界の崩壊……本当に、色々と」
「あぁ、そうだな」
当然だが、ソロモン関連の騒動は世界的なニュースになっていた。知らない者は居ないだろう。
「そして、九尾の狐」
「……何だ、それは?」
取り敢えず俺は惚けることにした。
「封印されていた九尾の狐、玉藻前が蘇った……そんな噂を、耳にしましてね」
「何故、それを俺に?」
尋ねると、店主は不思議そうな顔をした。
「心配というか、警告以上の理由はありませんが」
「あぁ、そうか。いや、何でも無い」
ちょっと、被害妄想染みてたな。また助力を乞われるかと思ってしまった。だが、冷静に考えればこいつは俺の強さについて正確には知らない筈だ。
「まぁ、お互い気を付けましょう。ソロモン事件程の大事には流石にならないと思いますが……それでも、避難の準備くらいはしておくべきでしょうね」
「どこに出るとか、そういう話も無いんだよな?」
「今のところはないですね。どこも、全力で捜索しているようですが」
やはり、まだ発見には至ってないのか。
「……ところで」
店主はニヤリと笑みを浮かべ、俺を見た。
「何か、面白い物……ありますか?」
あぁ、そうだったな。
「その場合、素材は二倍の値段で買い取るって話だったよな?」
「おや、あれはあの時限定のつもりだったのですが……良いでしょう」
言ってみるものだな。しかし、あっさりと素材を二倍で買い取るような買取屋は古今東西探してもここだけだろうな。
「しかし、そこまで言うのですから……今回も、相当に面白い物を見せて下さると考えてもよろしいですね?」
「さぁな。面白いかどうかなんてのは、アンタの感性次第だ」
しかし、何を見せたものか。面白い物で言うなら死ぬ程あるが、見せても良い物という条件が付くと一気にその数が減る。
「……どうだ?」
俺は鞄から取り出すフリをして、人の指ほどある大きさの爪を取り出した。形状は鷹や鷲のものに近い。
「ほう、これは……竜ですか」
「良く分かったな」
そう、これは竜の爪だ。しかし、その形状から察せられる通り、かなり小さい。
「まさか……幼竜の?」
「そうだ。中々、見ないだろう?」
成体の竜の爪となれば、探せば見つかる程度だが、幼竜のモノともなれば希少性は格段に上がる。基本的に、子供は親の竜が命を賭けてでも守るからだ。
かく言う俺も自力でこれをもぎ取った訳では無く、ただの貰い物だ。珍しい石をやるくらいの感覚で貰ったものなので、質に出しても問題無いだろう。
「確かに、これは面白い……いや、本当に凄い……この業界も短く無いですが、流石に初めて見ましたよ」
「あぁ。と言っても、素材としての価値は成竜のモノと比べ物にならないがな。勿論、加工しやすい上に、アクセサリーにも使いやすいって利点はあるが」
もう少し大きければ、そのまま小ぶりな武器に加工することも出来たかも知れない。
「いや、予想以上……百万でも安すぎるくらいです、これは」
道具を使って詳しく観察する度に、店主の男は声を出す。
「あんまりアレなら、違う奴にするが」
「とんでもない! これを換えるなんてとんでもないですよ、お客さん」
「……そうか」
カウンターから飛び出さんばかりの勢いの店主に、俺は身を引きながら交換を諦めた。
「しかし、竜とは言え幼体だぞ。長所もあるが、素材としての価値は成竜のモノには全く及ばないだろう」
「普通ならそうかも知れませんが、この竜は特別です。雷や電気に対して強い親和性がある……恐らく、雷竜だったのでしょう。それも、相当高位の」
「……そうか」
俺は諦めたように天を仰いだ。木製の天井が視界に入る。
「とはいえ……これだけの品です。もし、売りたくないというのであれば無理強いはしませんよ」
俺は視線を下に戻した。
「そうだな、やっぱり止め……どうしてもというなら、売っても良いが」
未練がましそうに竜の爪を見る店主に、俺は屈した。
「ふふふ、どうしても!」
まぁ、良いだろう。
「但し、条件がある」
「ほう、何でしょうか」
流石に、聞く前に頷くようなことはしないらしい。
「それを売ったのが俺であるという情報を漏らさないこと、俺のことを誰にも話さないこと、この二つについて契約すること、これが条件だ」
「その程度であれば、勿論……というか、言われずとも話しませんよ。お客様の情報には守秘義務がありますからね」
「それでも、契約だ」
店主は躊躇うことなく頷いた。守秘義務と言っても、警察等の公的機関を相手に機能するかは怪しいからな。
「では、少々お待ち下さい」
店主は竜の爪を大事そうに包み、部屋の奥へと消えていった。
「どうも、お客さん……おや、貴方ですか」
少し暗いが、木の温かみがある店内。カウンターに立つのは、若いともそうでないとも言い難い、曖昧な雰囲気の男だ。
「あぁ、買い取りを頼む」
そう言って、俺は袋をカウンターの上に置いた。
「えぇ、承りました……ところで」
店主の男は表情に浮かんだ笑みを消した。
「最近は物騒な世の中です。ソロモン王の復活、悪魔の発生、異界の崩壊……本当に、色々と」
「あぁ、そうだな」
当然だが、ソロモン関連の騒動は世界的なニュースになっていた。知らない者は居ないだろう。
「そして、九尾の狐」
「……何だ、それは?」
取り敢えず俺は惚けることにした。
「封印されていた九尾の狐、玉藻前が蘇った……そんな噂を、耳にしましてね」
「何故、それを俺に?」
尋ねると、店主は不思議そうな顔をした。
「心配というか、警告以上の理由はありませんが」
「あぁ、そうか。いや、何でも無い」
ちょっと、被害妄想染みてたな。また助力を乞われるかと思ってしまった。だが、冷静に考えればこいつは俺の強さについて正確には知らない筈だ。
「まぁ、お互い気を付けましょう。ソロモン事件程の大事には流石にならないと思いますが……それでも、避難の準備くらいはしておくべきでしょうね」
「どこに出るとか、そういう話も無いんだよな?」
「今のところはないですね。どこも、全力で捜索しているようですが」
やはり、まだ発見には至ってないのか。
「……ところで」
店主はニヤリと笑みを浮かべ、俺を見た。
「何か、面白い物……ありますか?」
あぁ、そうだったな。
「その場合、素材は二倍の値段で買い取るって話だったよな?」
「おや、あれはあの時限定のつもりだったのですが……良いでしょう」
言ってみるものだな。しかし、あっさりと素材を二倍で買い取るような買取屋は古今東西探してもここだけだろうな。
「しかし、そこまで言うのですから……今回も、相当に面白い物を見せて下さると考えてもよろしいですね?」
「さぁな。面白いかどうかなんてのは、アンタの感性次第だ」
しかし、何を見せたものか。面白い物で言うなら死ぬ程あるが、見せても良い物という条件が付くと一気にその数が減る。
「……どうだ?」
俺は鞄から取り出すフリをして、人の指ほどある大きさの爪を取り出した。形状は鷹や鷲のものに近い。
「ほう、これは……竜ですか」
「良く分かったな」
そう、これは竜の爪だ。しかし、その形状から察せられる通り、かなり小さい。
「まさか……幼竜の?」
「そうだ。中々、見ないだろう?」
成体の竜の爪となれば、探せば見つかる程度だが、幼竜のモノともなれば希少性は格段に上がる。基本的に、子供は親の竜が命を賭けてでも守るからだ。
かく言う俺も自力でこれをもぎ取った訳では無く、ただの貰い物だ。珍しい石をやるくらいの感覚で貰ったものなので、質に出しても問題無いだろう。
「確かに、これは面白い……いや、本当に凄い……この業界も短く無いですが、流石に初めて見ましたよ」
「あぁ。と言っても、素材としての価値は成竜のモノと比べ物にならないがな。勿論、加工しやすい上に、アクセサリーにも使いやすいって利点はあるが」
もう少し大きければ、そのまま小ぶりな武器に加工することも出来たかも知れない。
「いや、予想以上……百万でも安すぎるくらいです、これは」
道具を使って詳しく観察する度に、店主の男は声を出す。
「あんまりアレなら、違う奴にするが」
「とんでもない! これを換えるなんてとんでもないですよ、お客さん」
「……そうか」
カウンターから飛び出さんばかりの勢いの店主に、俺は身を引きながら交換を諦めた。
「しかし、竜とは言え幼体だぞ。長所もあるが、素材としての価値は成竜のモノには全く及ばないだろう」
「普通ならそうかも知れませんが、この竜は特別です。雷や電気に対して強い親和性がある……恐らく、雷竜だったのでしょう。それも、相当高位の」
「……そうか」
俺は諦めたように天を仰いだ。木製の天井が視界に入る。
「とはいえ……これだけの品です。もし、売りたくないというのであれば無理強いはしませんよ」
俺は視線を下に戻した。
「そうだな、やっぱり止め……どうしてもというなら、売っても良いが」
未練がましそうに竜の爪を見る店主に、俺は屈した。
「ふふふ、どうしても!」
まぁ、良いだろう。
「但し、条件がある」
「ほう、何でしょうか」
流石に、聞く前に頷くようなことはしないらしい。
「それを売ったのが俺であるという情報を漏らさないこと、俺のことを誰にも話さないこと、この二つについて契約すること、これが条件だ」
「その程度であれば、勿論……というか、言われずとも話しませんよ。お客様の情報には守秘義務がありますからね」
「それでも、契約だ」
店主は躊躇うことなく頷いた。守秘義務と言っても、警察等の公的機関を相手に機能するかは怪しいからな。
「では、少々お待ち下さい」
店主は竜の爪を大事そうに包み、部屋の奥へと消えていった。
22
お気に入りに追加
192
あなたにおすすめの小説
元勇者のデブ男が愛されハーレムを築くまで
あれい
ファンタジー
田代学はデブ男である。家族には冷たくされ、学校ではいじめを受けてきた。高校入学を前に一人暮らしをするが、高校に行くのが憂鬱だ。引っ越し初日、学は異世界に勇者召喚され、魔王と戦うことになる。そして7年後、学は無事、魔王討伐を成し遂げ、異世界から帰還することになる。だが、学を召喚した女神アイリスは元の世界ではなく、男女比が1:20のパラレルワールドへの帰還を勧めてきて……。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話
kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。
※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
異世界帰りのオッサン冒険者。
二見敬三。
彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。
彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。
彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。
そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。
S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。
オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?
超激レア種族『サキュバス』を引いた俺、その瞬間を配信してしまった結果大バズして泣いた〜世界で唯一のTS種族〜
ネリムZ
ファンタジー
小さい頃から憧れだった探索者、そしてその探索を動画にする配信者。
憧れは目標であり夢である。
高校の入学式、矢嶋霧矢は探索者として配信者として華々しいスタートを切った。
ダンジョンへと入ると種族ガチャが始まる。
自分の戦闘スタイルにあった種族、それを期待しながら足を踏み入れた。
その姿は生配信で全世界に配信されている。
憧れの領域へと一歩踏み出したのだ。
全ては計画通り、目標通りだと思っていた。
しかし、誰もが想定してなかった形で配信者として成功するのである。
元探索者のおじいちゃん〜孫にせがまれてダンジョン配信を始めたんじゃが、軟弱な若造を叱りつけたらバズりおったわい〜
伊藤ほほほ
ファンタジー
夏休み。それは、最愛の孫『麻奈』がやって来る至福の期間。
麻奈は小学二年生。ダンジョン配信なるものがクラスで流行っているらしい。
探索者がモンスターを倒す様子を見て盛り上がるのだとか。
「おじいちゃん、元探索者なんでしょ? ダンジョン配信してよ!」
孫にせがまれては断れない。元探索者の『工藤源二』は、三十年ぶりにダンジョンへと向かう。
「これがスライムの倒し方じゃ!」
現在の常識とは異なる源二のダンジョン攻略が、探索者業界に革命を巻き起こす。
たまたま出会った迷惑系配信者への説教が注目を集め、
インターネット掲示板が源二の話題で持ちきりになる。
自由奔放なおじいちゃんらしい人柄もあってか、様々な要因が積み重なり、チャンネル登録者数が初日で七万人を超えるほどの人気配信者となってしまう。
世間を騒がせるほどにバズってしまうのだった。
今日も源二は愛車の軽トラックを走らせ、ダンジョンへと向かう。
底辺ダンチューバーさん、お嬢様系アイドル配信者を助けたら大バズりしてしまう ~人類未踏の最難関ダンジョンも楽々攻略しちゃいます〜
サイダーボウイ
ファンタジー
日常にダンジョンが溶け込んで15年。
冥層を目指すガチ勢は消え去り、浅層階を周回しながらスパチャで小銭を稼ぐダンチューバーがトレンドとなった現在。
ひとりの新人配信者が注目されつつあった。
異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。
異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。
せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。
そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。
これは天啓か。
俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる