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邂逅
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ソロモンの指には嵌められた真鍮と鉄の指輪。その真鍮の部分が強い光を放つと同時にソロモンの体から白い光が溢れ、俺の身を守っていた背理の城塞が消失した
「油断したな、老日勇」
俺の胸に、翠緑の刃が突き立てられていた。戦闘術式が情報を収集し、この剣で付けられた傷は悪魔の脳から作った特殊な薬以外では治らないことを俺に伝えた。
「何……?」
剣を俺に突き刺したソロモン。その姿はまるで様変わりしていた。皺の入った老いた体は長い白髪だけをそのままに、青年のように若返っている。
背からは白の翼が生え、頭の上には光の輪が浮かび、全身から白い光を放っている。一言で形容すれば、天使だろう。
「鉄が悪魔を司り、真鍮が天使を司る。この指輪の力だ」
目の前のソロモンに剣を振るおうとして、刃を片手で受け止められた。戦闘術式自体が弱っている。翠緑の刃の力だ。魔術そのものを、強く阻害している。転移で逃れることも、爆破で吹き飛ばすようなことも、不可能だ。
「七十二の悪魔と……それに対抗する、七十二の天使。これを操るのがこの指輪の力。そして、我はまだ一度も天使を召喚していない」
神力を放って吹き飛ばそうとするも、白い光によって相殺される。あれも、神力に近い力らしい。
「待っていたのだ。貴様がこうしてただの魔術士を相手取るように油断して近付く瞬間を、な」
「ガハッ……そういうことか」
俺は血を吐きながら言った。思えば、これが帰って来てから最初の傷だな。
「アンタの、今の力は……その七十二体分の天使の力って訳だ」
「そうだ、老日勇。本来ならば力を取り戻した時点で天使も悪魔も纏めて召喚し、一気にこの星を支配する予定だったのだがな……貴様の存在を知って、作戦を変えたのだ」
七十二体の天使を召喚することなく、自身の強化の為に消費した。なるほど、やられたな。流石に七十二柱の力をそのまま得ている訳では無いだろうが、少なくとも神力の強化を受けた俺を抑えられる程度には強いようだ。
「この指輪の天使の力は隠匿し、貴様の障壁の解析が完了するまでは時間稼ぎに徹し、そして貴様がそれに気付いて飛び込んできた瞬間に殺す……くくッ、上手くいったな」
状況的に俺が詰んでいるからか、ソロモンは陰鬱な笑みを浮かべて離し続ける。
「思えば、ここまで本気で敵を殺そうとしたことは無かったかも知れん。冥界で誇ると良い、老日勇。貴様はこの、知恵の王たるソロモンに死力を尽くさせたのだ。くくッ、戦うことは好みではないが……少し、楽しかったぞ」
「……そうか」
「実を言えばな、障壁の解析については貴様が飛び込んで来るより前に終わっていたのだ。魔術による攻撃を殆ど行わず、解析に容量を回していたのには気付いていただろう? だが、敢えて直ぐには障壁を破らず……確実に貴様が逃げられないこの状況で障壁を無効化したのだ。気付かなかっただろう?」
「あぁ」
俺はいつ殺されるのだろうか。心臓を貫かれてはいるが、このままだと何日経っても死ぬことは無い。
「……退屈そうだな、自分が死ぬ瞬間だと言うのに」
「そんなもんだろう」
「貴様ほどの男だ。自分の死など想像すら出来なかっただろう。心が躍ることは無いにしろ、驚きくらいはあるだろう」
「……死、か」
自分の死が想像出来ない? 有り得ないな。あぁ、全く有り得ない。
「そうだ、老日勇……我と契約を結べ、貴様も我が支配を見届ける僕となれば良い。そうすれば、生かしてやろう」
「遠慮しておく」
ソロモンは目を細め、剣に籠める力を強めた。
「……良いのか、死ぬぞ」
「あぁ」
俺は短く答え、漆黒の世界の空を見上げた。何もない、黒だけだ。
「ならば……死ね、老日勇」
翠緑の剣が、俺の心臓から引き抜かれ……その刃が閃いた。
『……あれ、おかしいな』
声が、どこかで響いた。
『もう、出番は無いと思ってたんだけど……』
若い男の声だ。人好きのするような、明るい声。
『まぁでも、呼ばれたならしょうがないね』
どこか、弾むような声。期待の滲んだ声。
『行こうか、勇』
漆黒の空間、暗黒の世界。その中心に、銀色の刃が突き刺さった。
「――――悪い、ウィル」
銀色の剣。その柄を、蘇った男が握る。その瞬間に男の目と髪が銀色に染まった。
「もう一度だけ、力を貸してくれ」
何の装飾も無い無骨な銀の剣、それは持ち上げられると、光を放った。
『あはは、勿論!』
それは、聖剣。世界を救う、勇者の為の剣。
『世界を救うことこそ、僕たち勇者の役目だからね』
その剣の名は、ホーリーウィル。人呼んで、意志の聖剣だ。使い手が出会った人々の意志と力を引き継ぎ、持ち手の力とする。
『さぁ、また世界を救おうじゃないか』
その剣に宿る意思……初代の勇者は嬉しそうに言った。
「悪いな、本当に。また、起こすことになった」
『それは別に良いけどさ、何か喋り方硬くなった?』
「……かも知れん」
老日は聖剣を持ち上げ、呟いた。
「まぁ、あれだ。大人になったんだろ」
『お、今のはいつもの勇っぽいね』
邪神を絶ち、永遠の別れを告げた筈の二人が、今地球で邂逅した。
「油断したな、老日勇」
俺の胸に、翠緑の刃が突き立てられていた。戦闘術式が情報を収集し、この剣で付けられた傷は悪魔の脳から作った特殊な薬以外では治らないことを俺に伝えた。
「何……?」
剣を俺に突き刺したソロモン。その姿はまるで様変わりしていた。皺の入った老いた体は長い白髪だけをそのままに、青年のように若返っている。
背からは白の翼が生え、頭の上には光の輪が浮かび、全身から白い光を放っている。一言で形容すれば、天使だろう。
「鉄が悪魔を司り、真鍮が天使を司る。この指輪の力だ」
目の前のソロモンに剣を振るおうとして、刃を片手で受け止められた。戦闘術式自体が弱っている。翠緑の刃の力だ。魔術そのものを、強く阻害している。転移で逃れることも、爆破で吹き飛ばすようなことも、不可能だ。
「七十二の悪魔と……それに対抗する、七十二の天使。これを操るのがこの指輪の力。そして、我はまだ一度も天使を召喚していない」
神力を放って吹き飛ばそうとするも、白い光によって相殺される。あれも、神力に近い力らしい。
「待っていたのだ。貴様がこうしてただの魔術士を相手取るように油断して近付く瞬間を、な」
「ガハッ……そういうことか」
俺は血を吐きながら言った。思えば、これが帰って来てから最初の傷だな。
「アンタの、今の力は……その七十二体分の天使の力って訳だ」
「そうだ、老日勇。本来ならば力を取り戻した時点で天使も悪魔も纏めて召喚し、一気にこの星を支配する予定だったのだがな……貴様の存在を知って、作戦を変えたのだ」
七十二体の天使を召喚することなく、自身の強化の為に消費した。なるほど、やられたな。流石に七十二柱の力をそのまま得ている訳では無いだろうが、少なくとも神力の強化を受けた俺を抑えられる程度には強いようだ。
「この指輪の天使の力は隠匿し、貴様の障壁の解析が完了するまでは時間稼ぎに徹し、そして貴様がそれに気付いて飛び込んできた瞬間に殺す……くくッ、上手くいったな」
状況的に俺が詰んでいるからか、ソロモンは陰鬱な笑みを浮かべて離し続ける。
「思えば、ここまで本気で敵を殺そうとしたことは無かったかも知れん。冥界で誇ると良い、老日勇。貴様はこの、知恵の王たるソロモンに死力を尽くさせたのだ。くくッ、戦うことは好みではないが……少し、楽しかったぞ」
「……そうか」
「実を言えばな、障壁の解析については貴様が飛び込んで来るより前に終わっていたのだ。魔術による攻撃を殆ど行わず、解析に容量を回していたのには気付いていただろう? だが、敢えて直ぐには障壁を破らず……確実に貴様が逃げられないこの状況で障壁を無効化したのだ。気付かなかっただろう?」
「あぁ」
俺はいつ殺されるのだろうか。心臓を貫かれてはいるが、このままだと何日経っても死ぬことは無い。
「……退屈そうだな、自分が死ぬ瞬間だと言うのに」
「そんなもんだろう」
「貴様ほどの男だ。自分の死など想像すら出来なかっただろう。心が躍ることは無いにしろ、驚きくらいはあるだろう」
「……死、か」
自分の死が想像出来ない? 有り得ないな。あぁ、全く有り得ない。
「そうだ、老日勇……我と契約を結べ、貴様も我が支配を見届ける僕となれば良い。そうすれば、生かしてやろう」
「遠慮しておく」
ソロモンは目を細め、剣に籠める力を強めた。
「……良いのか、死ぬぞ」
「あぁ」
俺は短く答え、漆黒の世界の空を見上げた。何もない、黒だけだ。
「ならば……死ね、老日勇」
翠緑の剣が、俺の心臓から引き抜かれ……その刃が閃いた。
『……あれ、おかしいな』
声が、どこかで響いた。
『もう、出番は無いと思ってたんだけど……』
若い男の声だ。人好きのするような、明るい声。
『まぁでも、呼ばれたならしょうがないね』
どこか、弾むような声。期待の滲んだ声。
『行こうか、勇』
漆黒の空間、暗黒の世界。その中心に、銀色の刃が突き刺さった。
「――――悪い、ウィル」
銀色の剣。その柄を、蘇った男が握る。その瞬間に男の目と髪が銀色に染まった。
「もう一度だけ、力を貸してくれ」
何の装飾も無い無骨な銀の剣、それは持ち上げられると、光を放った。
『あはは、勿論!』
それは、聖剣。世界を救う、勇者の為の剣。
『世界を救うことこそ、僕たち勇者の役目だからね』
その剣の名は、ホーリーウィル。人呼んで、意志の聖剣だ。使い手が出会った人々の意志と力を引き継ぎ、持ち手の力とする。
『さぁ、また世界を救おうじゃないか』
その剣に宿る意思……初代の勇者は嬉しそうに言った。
「悪いな、本当に。また、起こすことになった」
『それは別に良いけどさ、何か喋り方硬くなった?』
「……かも知れん」
老日は聖剣を持ち上げ、呟いた。
「まぁ、あれだ。大人になったんだろ」
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