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肆式

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 俺は幾つかのプリセットの中から、幾度となく使用してきたそれを選択した。

「換装、戦闘用」

 俺の言葉によって認証され、俺の纏っていた服が入れ替わる。青みを帯びた銀色の液体金属が鎧のように体に纏わりつき、その上から黒い布の服を纏う。首元が分厚くマフラーのようになっている赤いマントをたなびかせれば、あの頃とほぼ同じだ。
 外からは手と足を除いてほぼ金属の部分は見えず、黒い服を着ているようにしか見えないだろう。

「後は、剣か……」

 聖剣は出来るだけ使いたくない。何か、丁度良い奴は無いだろうか。

「随分と余裕そうだな?」

 チャクラムが俺の背後から振り下ろされ、更に強化された背理の城塞ゼノン・アルチスの障壁に阻まれる。それでも、第二障壁までは突破しているようだが。

「これにするか」

 俺はルキフグスを無視し、中心に赤い宝石の埋め込まれた黒い剣を引き抜いた。銘はバルバリウス。臆病者を嫌い、恐れ無き者に力を与える剣だ。
 能力は身体性能の強化の他に、斬り殺した相手の魂を剣の中に閉じ込める力がある。こいつを選んだのは主に後者の能力の為だ。

「さぁ、始めるか」

 俺は振り向きながらバルバリウスを振るい、ルキフグスのチャクラムを弾いた。

「ッ!」

「終わりか?」

 そのままルキフグスに斬撃を食らわせようとするが、その姿が忽然と消え失せる。転移か。

「ぬぅんッ!!」

「あぁ」

 俺が剣を振った瞬間を狙ったのか、背後からアスモデウスの槍が振り下ろされた。だが、今の俺にそれは通用しない。

「な――――ッ」

 振り向きざまに振るう刃、バルバリウスがアスモデウスに直撃し、一撃で全身を破壊した。そして、その魂はバルバリウスの赤い宝石の中へと吸い込まれて消えた。

「先ず、一体目だな」

 消滅させなかったのは、こいつが操られているだけの立場に過ぎないからだ。他の悪魔と違って、こいつが邪悪な悪魔で無いのは戦闘術式による情報収集によって分かっていた。

「……しかし」

 妙だな。ここまで消極的に戦う理由があるのか? 前線に立つのはルキフグスとアスモデウスのみで、立ち回りも生存優先だった。これだけの戦力差があるにも関わらず、一息に俺を潰そうとしないのが少し気になる。それに、アスモデウスがやられても焦る様子はない。

「少し、調べるか」

 戦闘術式の情報収集範囲を拡大し、離れた場所に居るソロモン達まで範囲に収めた。当然、流される情報量も爆増するが、この程度ならまだ余裕だ。

「……あぁ、なるほどな」

「ッ!?」

 俺は振り下ろされたルキフグスのチャクラムを障壁を纏う手で掴み、独り言ちた。

「急がないとな」

 相手の狙いは分かった。人数差を前に少し尻込みしていたかも知れない。魔術士を相手に時間を与えるなど、どうやら俺もかなり鈍ってしまっているらしい。

「相手は魔術士だ……障壁は、無敵じゃない」

「ッ、待てッ!」

 魔術士が魔術の痕跡を残すのを嫌う理由、それは敵の魔術士に解析され、対策されるからだ。特に障壁や結界型の魔術はそうだ。解析され、無効化されれば終わりだろう。こっちにそれが出来る程優秀な魔術士が居なかったからか、忘れていた。


「――――殺しに来たぞ」


 ソロモン達の前に一瞬で移動し、剣を振り上げる。

「異常な魔力だな、老日勇……ッ!」

 無数の魔術が俺の動きを止めようとするのが分かるが、戦闘術式により無効化されていく。

「『迷いの磁針、示すは――――』」

 魔術を紡ぎながら薙ぎ払うように剣を振るうが、詠唱はトランペットの音色に掻き消され……

「障壁か、奇遇だな」

「ッ、ルキフグスッ! アレを使えッ!」

 五体の悪魔とソロモンによって展開されていた結界型の障壁が俺の斬撃を防いだ。だが、この分だと攻撃し続ければ壊せるな。

「分かった。後悔は無いな?」

 ルキフグスが自身の体内に拳より大きい闇の結晶を取り込む。内側から透けて見えるそれは黒紫色の光を放つと、ルキフグスの体に同化する。

「強化か」

「その通りだ、人間」

 随分と惜しそうにしていたのを見ると、貴重品なようだ。闇の魔力がルキフグスの全身から溢れている。

「今の俺ならば……こんなことも、容易だ」

 ルキフグスの影のような体がブレ、三つに分かれる。

「本体、影、闇。似て非なる性質を持つが、全員が俺だ」

「そうか」

 ルキフグスが一瞬で俺を囲むように移動し、全員がその手に持ったチャクラムを振りかぶった。

「なるほどな」

 俺は三方向から迫るチャクラムを一度に弾き、ソロモン達を守る障壁に剣を振り下ろした。

「ッ、こっちを向けッ!」

「必要が無いな」

 俺は自身を取り囲む三体のルキフグスのチャクラムを無視し、障壁に何度も剣をぶつけて行く。

「……バエルッ、パイモンッ!」

 ソロモンが焦ったように言うと、王冠を被った二体の悪魔が俺に向けて動き出した。

「ふん、漸くか」

「ふふ、行きましょう」

 俺の目の前に現れたバエルとパイモン。放たれる強烈なプレッシャーだけで、普通の人間なら心臓が止まってしまうだろう。

「『我は神奴に非ず。神の頭蓋を穿ちて砕く』」

「『来たれ、虚天の軍勢よ』」

 バエルの体に電紋のようなものが走り、青白く光る。パイモンがラクダに乗ったまま喇叭を吹き、天に門が開く。

「『撃退する雷鳴の棍アィヤムル追放する稲妻の槍ヤグルシュ』」

「『邪霊宿りの隷天門ベバル・アバラム』」

 バエルの両手に稲妻が迸る棍棒と槍が握られ、パイモンの頭上に開いた門から鉄の首輪を付けられた無数の天使が現れる。

「我はバエル、雷の神にして悪魔の王。この我に人の身で相対するのだ、覚悟を持って挑め」

「ふふ、私はパイモン。今からでも私の奴隷になれば許してあげる」

 俺は溜息を吐き、剣を向けた。

「寝言は寝て言え」

 バエルとパイモン、二体の悪魔から殺意が溢れた。
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