異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。

暁月ライト

文字の大きさ
上 下
96 / 328

全員、計画通りに。

しおりを挟む
 佐渡島で起きた事件は解決された。話を聞く限り、公爵級の悪魔相手に相当良いところまで行ったようで、本の秘密にさえ気付けていれば二人だけで倒せていたかも知れない。

「……何というか、アレだな」

 昨日の出来事を思い返し、微妙な気分になる。向こうでは俺もそうやって敵の秘密や弱点を探りながら戦っていたんだが、今は殆ど力押しだ。まぁ、力押しでどうにかなる相手しかいないと言えばそれまでなんだが。
 そういえば、こっちに帰って来てから傷すら負っていないかも知れない。犀川のラボで血を採った時くらいか?

「まぁ、良いことだ」

 平穏な暮らしを望むなら自分より強い相手なんて居ない方が良いに決まってる。強者との戦いを望むなんて、俺がして良いことじゃない。

 それに、人類滅亡の危機みたいに告げられたソロモンの復活だが、公爵級を相手に善戦した蘆屋とメイアを見ると、案外俺が居なくてもこの世界はどうにでもなる気がしてきた。あの忍者とかなら、多分ダンタリオンにも普通に勝てるはずだ。

「……帰るか」

 北陸付近のソロモンの手勢は殆ど処理できたらしく、今の俺にはやることが無かった。故にこうして外で手掛かりが無いか調査していたのだが、無駄な気がしてきたので帰ることにした。
 丁度、日も暮れたところだからな。

「ケーキでも買って行ってやるか」

 アイツらが帰ってきた時に喜ぶかも知れない。ステラに関しては流石に飯を食うことは出来ないが……まぁ、今回の件が片付いたら本格的に肉体型の端末でも作るか。ホムンクルスを作る要領でやれば、まぁいけるだろう。

「……ッ」

 溢れ、俺の体を突き抜けて行った魔力の波動。これは、いや、一つじゃない。幾つもの悪魔の気配が、混ざっている。

「始まったか」

 ケーキは、明日だな。

『マスター、始まりました』
『ボス、この気配……分かるだろ?』
『主様、ソロモンが復活したかと思われます』

 どうやら、使い魔達も気付いたらしい。まぁ、全員情報収集用に調整してあるので当然と言えば当然だが。

『全員、計画通りに。行ってくる』

 俺は気配と魔力が起こった方を向き、その位置を確かめた。

『ご武運を』
『あぁ、任せたぜ』
『どうか、ご無事に帰ってきてくださいませ』

 混乱が広がっていく街の中、俺は虚空から仮面を装着し、飛んだ。



 ♢



 陸から見える富山湾。そこには、逆向きの教会が宙に浮いていた。更に、教会の周囲には数十体の悪魔が浮遊している。その内の幾らかは公爵級だろう。

「まだ、誰も居ないか」

 富山湾の付近に居るのは俺と悪魔。そして、教会の中に潜んでいるであろうソロモンだけだ。周辺に住んでいた民間人は必死に逃げている。


『――――来たか』


 声が響いた。嗄れた声だ。

「アンタがソロモンか?」

『如何にも。そして、貴様が老日勇か』

 ソロモンか、こいつが。

「あぁ。紀元前の人間に会う機会があるとは思わなかった」

 ソロモンは三千年くらい前の人間らしいが、少なくとも地球の純人でそれだけ昔の人間と会うことがあるとはな。

『一つ、提案がある』

「何だ」

 悪魔達はこちらを見つめたまま動かない。ソロモンの制御下にあることは間違いないだろう。

『教会の中へ入って来い。そこから先は我の領域だ。当然、我に有利な領域ではあるがな』

「……どう考えても俺にメリットが無いんだが」

『ここで我と貴様が本気で戦えば人間と都市に対する被害は抑えきれぬ。だが、我が用意した領域の内側で戦えば別だ』

「それは、そうかも知れないな」

『それに……貴様は自分の身元を隠そうとしているのだろう? 我が領域に入れば外からは一切観測できない。その上、魔力の痕跡を残すことも無い訳だ』

「確かに、そうだな」

 ここでは出せない全力が出せると考えれば良いかも知れない。

「だが、アンタの領域に頼らずとも俺が自分で結界を構築すれば良い話だ」

『結界を構築する以上、貴様の魔力は観測されるだろう。そして、その結界の規模が大きく、効果が強い程貴様の情報は熱心に探られるだろうな』

「……確かに、そうかも知れないな」

 まぁ、良いか。

「じゃあ、それで良い」

『ほう。本当に良いんだな?』

 試すような口振りで聞いてくるソロモンに、俺は頷く。

「あぁ」

 最悪、聖剣でどうにでもなるだろう。


「――――戦闘術式、展開」


 俺の体内に刻まれた魔術達が起動するのと同時に、俺は教会に向けて駆け出し……その途中で油断していた三体の公爵の首を落とした。

「じゃあ、行くか」

 悪魔達が慌てて戦闘態勢に入るのを尻目に、俺は逆向きの教会の中に入り込んだ。



 そこは真っ暗な空間だった。どこまでも広がっていると錯覚するようなだだっ広い空間。俺の戦闘術式によってこの空間の詳細が脳内に伝わってくる。

「当たり前だが、初手で殺す気だったのか」

 真空状態で極低温と極高温を交互に繰り返している意味不明で危険な空間だ。しかし、戦闘術式を展開している俺にとっては無意味だ。

「次はそれか?」

 俺の周囲から一斉に魔術が放たれる。顕在型のものは勿論、俺に直接効果を及ぼすものもある。

「この魔力、ソロモンか」

 俺は魔術の波を背理の城塞ゼノン・アルチスの障壁によって全て受け切っていく。特に問題は無さそうだな。


「――――少し、驚いたぞ」


 暗闇の中、さっきよりも明瞭に声が聞こえる。嗄れた声ではあるが、明確に肉声であると言えるような声だ。

「小手調べとはいえ、その障壁……まだ余裕があるな」

「そこか」

 特殊な暗黒の空間に適応した俺の肉体はソロモンの姿を明瞭に映し出した。白髪を伸ばし、少し皺の入った老年の男だった。その手に嵌められた指輪は真鍮と鉄で作られた例の指輪なのだろう。

「生身で出てきて大丈夫か?」

 ソロモンの懐まで一瞬で迫り、剣を振り下ろそうとした瞬間、俺の戦闘術式の精密感知範囲内に何かが割り込んできた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

元勇者のデブ男が愛されハーレムを築くまで

あれい
ファンタジー
田代学はデブ男である。家族には冷たくされ、学校ではいじめを受けてきた。高校入学を前に一人暮らしをするが、高校に行くのが憂鬱だ。引っ越し初日、学は異世界に勇者召喚され、魔王と戦うことになる。そして7年後、学は無事、魔王討伐を成し遂げ、異世界から帰還することになる。だが、学を召喚した女神アイリスは元の世界ではなく、男女比が1:20のパラレルワールドへの帰還を勧めてきて……。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

ダンジョン配信 【人と関わるより1人でダンジョン探索してる方が好きなんです】ダンジョン生活10年目にして配信者になることになった男の話

天野 星屑
ファンタジー
突如地上に出現したダンジョン。中では現代兵器が使用できず、ダンジョンに踏み込んだ人々は、ダンジョンに初めて入ることで発現する魔法などのスキルと、剣や弓といった原始的な武器で、ダンジョンの環境とモンスターに立ち向かい、その奥底を目指すことになった。 その出現からはや10年。ダンジョン探索者という職業が出現し、ダンジョンは身近な異世界となり。ダンジョン内の様子を外に配信する配信者達によってダンジョンへの過度なおそれも減った現在。 ダンジョン内で生活し、10年間一度も地上に帰っていなかった男が、とある事件から配信者達と関わり、己もダンジョン内の様子を配信することを決意する。 10年間のダンジョン生活。世界の誰よりも豊富な知識と。世界の誰よりも長けた戦闘技術によってダンジョンの様子を明らかにする男は、配信を通して、やがて、世界に大きな動きを生み出していくのだった。 *本作は、ダンジョン籠もりによって強くなった男が、配信を通して地上の人たちや他の配信者達と関わっていくことと、ダンジョン内での世界の描写を主としています *配信とは言いますが、序盤はいわゆるキャンプ配信とかブッシュクラフト、旅動画みたいな感じが多いです。のちのち他の配信者と本格的に関わっていくときに、一般的なコラボ配信などをします *主人公と他の探索者(配信者含む)の差は、後者が1~4まで到達しているのに対して、前者は100を越えていることから推察ください。 *主人公はダンジョン引きこもりガチ勢なので、あまり地上に出たがっていません

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜

早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。 食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した! しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……? 「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」 そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。 無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!

処理中です...