異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。

暁月ライト

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唸る星辰、天の龍。

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 全身に札が張り付き、氷像と化したダンタリオン。その体は重量に従って地面に落ちるも、割れはしない。一種の封印術であるそれは肉体の動作だけでなく思考すら許さない。

「よし、捕まえたッ!」

「ここからどうするのッ!?」

 叫ぶメイアの前に蘆屋が出た。

「封印する! 儀式込みの上位の封印術なら、こいつ相手でもいけるはず!」

 儀式を始めようとする蘆屋。だが、ダンタリオンの足元に転がった本が光るのをメイアは見た。

「ッ、不味いわ!」

 止めようとするメイアだが、それより早く肌を焼くような熱が広がった。

「これは……ッ!」

 無慈悲にも吹き荒れる炎の嵐。防御自体は全員間に合ったが、重要なのはそこではない。


「――――あははははははっ!!!」


 哄笑が響いた。炎の嵐が止み、氷の封印から解き放たれたダンタリオンが現れた。

「いやぁ、流石に焦ったよ。終わったかと思ったさ」

 ダンタリオンが片手を掲げると、そこに本が浮かび上がって収まった。

「この本は僕の持つ全ての魔術を捧げた魔導書。お陰で僕は何一つ魔術を使えないけど、代わりにこの子は僕から独立して魔術を構築、使用してくれるのさ。つまり、僕自身の思考能力を奪ったところでグリモワには何の効果も無いって訳だよ」

 得意げに説明するダンタリオンの言葉を、二人はただ聞いていた。

「まぁでも、それに気付かれてたら死んでたって訳だよね。いやぁ、怖い怖い」

 ダンタリオンは肩を竦め、そしてニヤリと笑った。

「だからさ……久しぶりに本気を出そうと思うんだ」

 本が浮かび上がり、そしてダンタリオンの胸元に吸い寄せられていく。

「あははっ、良いねっ! 偶には全力ってのも悪くない!」

 ダンタリオンと完全に融合した魔導書。同時にダンタリオンの背から黒い翼が生え、今までとは比にならないレベルの魔力が溢れる。

「《行こうか、グリモワ》」

 不気味に反響する声。ダンタリオンから放たれる強大な魔力に、二人は声も出せずにいた。

「……ッ、や、やばいッ!」

 ダンタリオンが片手を上げると、空に巨大な魔法陣が開かれる。

「《そうだ、先に弱点を教えてあげようか……僕のこの状態は魔力を常に消費し続け、魔力が尽きるまで終わらない。つまり、耐えきったら勝ちってことさ》」

 その言葉と同時に、空に浮かぶ巨大な魔法陣から無数の燃え盛る岩石が墜ちてくる。隕石のようなそれは、当たれば人間の体など一撃で砕いてしまうだろう。

「ッ、結界を……ッ!」

「《あはは、させると思うかな?》」

 結界を張ろうとする蘆屋。その目の前にで現れたダンタリオン。いつの間にか転移を無効化する結界は崩壊していた。

「チチチッ!?」

「アォオオオオオオオンッ!!」

「ガァアアアアアアアッ!!」

 アオの転移で逃そうとするも発動せず、イリンとフジが身を挺して蘆屋の前に立った。

「《まぁ、良いけどさ》」

 ダンタリオンの両手が黒く染まり、イリンとフジに触れる……よりも早く、二体は霊力を失い式符に戻った。

「『唸る星辰、天の龍』」

 それを為したのは蘆屋だ。二体から全ての霊力を回収し、式符に戻したのだ。

「《それはやらせな……ッ》」

「『煌めく白に、翔ける黒』」

 蘆屋を止めようとするダンタリオンにメイアが飛び込み、血の触手と共に襲い掛かる。

「《退きなよ、吸血鬼》」

「くッ!」

 血の触手に身体中を掴まれるも、魔力の波動だけで吹き飛ばし、その後に振るわれた紅い剣は素手で掴み砕いた。その傍で、蘆屋に吸い込まれるようにアオが飛び込み、霊力を残して式符に戻っていった。

「《邪魔だっての》」

「ッ!?」

「『星砕きの術喰らい、あやなすは黒きそら』」

 ダンタリオンの拳がメイアを一撃で肉塊に変えるのと同時に、白い霊力が一瞬にして黒く染まった。

「『陰星陽辰の座』」

 黒い霊力を放つ蘆屋が式符を地面に叩き付ける。すると、そこから青黒いオーラがドーム状に広がっていき、百メートル程の範囲の結界が展開された。

「結界術における僕の奥義……簡単には破れないと思った方が良いよ」

「《んー、間に合っちゃったかぁ》」

 希釈した宇宙のような青黒い空間には、白く光る星が幾つも浮かび、漆黒の龍が飛んでいる。

「《なるほど、そうなるんだ》」

 燃え盛る岩石の群れ。その内の一つが結界に触れた瞬間、結界の中できらめいている星の一つが砕け散り、代わりに岩石も消滅した。同じように、隕石たちは次々に消滅していく。

「《動きが鈍いし……魔術もダメだね。吸われちゃうよ》」

 この結界内では蘆屋の……及び、黒き龍が許可していない術は全て星と引き換えに砕け散る。更に、結界内の重力は龍が制御しており、敵対者はその動きを制限されることになる。

「《それに、魔力の消費も早い……魔力も吸われてるって感じかな》」

 考察するダンタリオン。その頭上を龍が飛び、大きな口を開いた。そこから放たれるのはさっき消滅した無数の燃え盛る岩石群。それらは一直線にダンタリオンへと飛来する。

「《へぇ、無効化した魔術は再利用されるんだ。良いね。良い技だ》」

 言いながら、ダンタリオンはその岩石たちを拳だけで砕いていく。

「《だけど、二つ弱点があるよね》」

 遂に全ての岩石を砕き切ったダンタリオンは上へ引っ張るような重力をものともせず、笑った。
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