異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。

暁月ライト

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買取屋

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 軋む扉が開き、俺は店内に入り込んだ。

「どうも、お客さん。何を売ってくれますか?」

 出迎えたのは男だ。若いともそうでないとも言い難い、何とも曖昧な雰囲気の男だった。だが、佇まいから戦闘経験が浅くないことは確かだ。

「魔物の素材だ」

「ふむ、何の魔物を売っていただけますか?」

 俺は袋をどさりとカウンターの上に置いた。

「この中身だ」

「なるほど、確かめさせて頂きます」

 言葉通り、確かめ始めた男。どこかに座ろうかと思ったが椅子も無い。全体が木の温かみのある空間だが、若干暗く、客側のスペースが狭い。

「……そういえば、何故店の前に看板を置いてないんだ?」

「んん、何故ですか? それは、その方が面白いからですよ」

 俺が怪訝そうな目をすると、反対に男はにやりと笑った。

「お客さんは携帯で調べてここに来た口ですよね? 暗い地下への階段なんてただでさえ近寄り難いのに、その上看板も無いとなればとても入りづらいことでしょう」

「……そうだな」

 何が言いたいのかいまいち分からないが。

「別に、買い取り屋なんて探せば幾らでもあるんですよ。それなのに、態々この扉を開けて入ってきた貴方は選ばれしお客さん。ただの客と店主、普通なら記憶に留まりすらしないような邂逅ですが、しかし。その出会いが全て特別なものなら……楽しいでしょう? まぁ、私の商売は半分趣味ですから、遊びがいるんですよ」

 まぁ、言いたいことは分からなくもない。

「実際、ここに来るお客さんは面白いものを売ってくれる方が多いんです。素材以外でもね」

「そうか」

 俺は短く返事を返し、視線を逸らした。

「そんなところで、お客さんは何か面白いものは持っておりませんか? 価値の有る物でも無い物でも構いませんよ」

「……その袋の中身は面白く無かったか?」

 俺が聞くと、男は笑った。

「いいえ、とっても面白かったですよ。これらの魔物……一体どうやって殺したんでしょうか。普通、これだけの量の素材ならどれかは古くない傷が付いている筈ですが、貴方の持ってきた素材はどれもそれが無い」

「……売れる部分は傷付けずに殺すなんて、当たり前だろう」

「えぇ、それを心がけるのは当たり前のことです。しかし、全ての相手をそうして狩るのは簡単ではないですよ? 故に、貴方には興味が湧きます」

「そうか」

 俺は短く答え、話を打ち切ろうとした。

「なので、そんな貴方なら……もっと、面白い物を売ってくれると確信しているんですよ、私は」

「そうか」

 拒絶するような俺の態度に、寧ろ男は笑みを強めた。

「何でも良いので、面白い物を売ってくれたら素材を全部二倍の価格で買い取りますよ?」

「アンタ、いっつもそんな感じなのか?」

 男は笑みを浮かべたまま頷いた。

「……まぁ、面白いかは知らんが」

 このまま査定が終わるまで言われ続けるのも面倒なので、俺はポケットから取り出すフリをして折り畳み式のナイフを取り出した。

「ほう……ナイフ。しかし、切れない。鈍では無いようですが」

 魔物の素材を放置してナイフを触り出す男。カウンターを擦っても指に当てても切れないそのナイフに首を傾げる男。

「……あぁ、なるほど」

 色々試してから男は気付いた。

「金属だけが切れるナイフ、ですか」

「そうだ」

 どこからか取り出した別のナイフに俺が渡したナイフを当てると、簡単にその刃は真っ二つになった。

「ふふふ、これは確かに面白い。それに、ただの玩具という訳でもない……想像以上に価値の高い物が出てきましたね」

「まぁ、好きに買い取ってくれ」

 どうせ、魔物相手には使い物にならない代物だ。対人戦ではそこそこ使えるだろうが、対人戦の機会がこの現代日本でどの程度あるかと考えれば、微妙だな。

「えぇ、高く買い取らせて頂きますよ。金属ならば大抵のものは豆腐のように切り裂ける……他に見たことが無い、正に面白い物です」

「一応言っておくが、例え対象が金属でも魔力による耐性を持たされたものなら、それを打ち破る何かが無い限りそのナイフの効果で切り裂くことは出来ない」

 要するに、対人戦でも相手によっては無意味になる可能性がある。

「ふふ、貴方は戦闘時を常に想定しているようですが、それ以外の用途もありますよ。誰でも機械を使わずにほぼ全ての金属を加工出来るんですから、買い手は探せば幾らでも見つかりますよ。これ自体を研究したいという方も居るでしょうからね」

「確かに、そうだな」

 ……何というか、俺は意外と脳筋なのかも知れないな。

「それで、どれくらいになりそうだ?」

 今日はそこそこ狩ってきたので、良い金になる筈だ。しかも、素材は二倍で買い取ってくれるらしいからな。

「素材とナイフ、合わせて55万ですかね」

「高いな」

 思わず言葉を漏らすと、男は笑って首を振った。

「適正価格ですよ。寧ろ、ナイフの売り値によってはこれですら安い可能性もあります」

「売れる伝手はあるのか?」

 尋ねると、男は笑みを浮かべた。

「ありますよ。こんな商売の仕方でもまだ生きていますからね」

「そうか」

 この商売は趣味のような物と言っていたな。なら、これを始める前に何かしらの伝手が出来たのだろう。

「現金でよろしいですか?」

「あぁ」

 55枚の札束。俺が高校生の時には有り得なかった光景だな。

「では、またのご来店をお持ちしております」

「そうだな。また来るかもしれない」

 俺は受け取った札束を返してもらった袋に突っ込み、踵を返した。

「その汚れた袋に入れて大丈夫ですか?」

「洗えば問題ない」

 魔術でな。俺は店を後にした。
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