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異界接触現象

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 眉を顰める俺だが、女は構わず話を続ける。

「クラスファイブの異界接触現象により、この世界は取り返しのつかないレベルで別世界と混ざってしまいました」

「……そういうことか」

 この世界は……地球という意味ではなく、この全宇宙という意味でのこの世界は、常に揺れ続けている。空間内部の揺れではなく、空間自体が揺れているので内部の俺たちがその揺れの物理的影響を受けることはない。

「異界接触現象っていうのは、揺れによるもので合ってるか?」

「はい。次元の揺らぎによって並行次元と接触することがあります。それが異界接触現象です。今までも実はそれによって様々な問題が発生していたらしいのですが、公的な機関によってそれは秘匿され、秘密裏に対処されてきました……が、クラスファイブの異界接触現象により、その努力も無に帰しました」

 つまり、俺が日本に居た頃から異界接触現象自体は起きてたって訳だな。

「クラスファイブの並行次元との接触はこの地球を大きく変質させました。具体的には異常なまでの魔力濃度の上昇。現在の濃度は元の地球の数千倍と言われています」

 なるほどな……この濃度で魔物が湧かないものかと不思議に思っていたが、こうなったのは最近のことなのか。

「待てよ。じゃあ、今は魔物も普通に湧いて来るってことか?」

「管理されていない場所ではそうですね。勿論、人間の居住区では湧かないように処置がされています」

 ですが、と女は続ける。

「昔は当然、そんな処置もされていなかったので普通に魔物が湧き始めました。全世界に、一斉にです」

「……恐ろしいな」

 殆どの人間が魔力さえ知らない地球に突如無数の化け物が湧き出してくる。安全な筈の居住区からも、だ。

「いえ、この異界接触現象は事前に感知されていました。なので、備えはありました。各国は軍を国の至る所に散らばらせ、その日には全国民を安全な避難所に誘導しました」

「流石に人類は偉大だな」

「まぁ、それだけやっても沢山死にましたけどね」

 沢山、か。

「その犠牲を上に、全世界が協力し研究を進めて何とか魔物の発生への対処を見つけ、都市部では完全に危険が無くなりました。ですが、それまでに数日の時間を要しました。当然ですがその数日間、国民は避難所から動くことは出来ませんでしたから、当然色々と問題は起きます。それに伴って人も一杯死にましたが……そのイレギュラーは、結果的に人類が全滅する危険性を排除することになりました」

 ふん、と俺は相槌を打った。

「避難所から抜け出し、魔物と相対する一般市民達……彼らの中には、ただ殺されるままでない者が一部居ました。空間に満ちた魔力を直感的に扱える者達が居たのです」

 あぁ、なるほどな。

「魔法使い、か」

 魔術士とは別だ。魔法使いは空気中の魔力を直接操作し、変化させることが出来る。それぞれ属性の得意不得意はあるが、基本的には魔力を自由自在に扱えるのだ。そこに理論なんてものは無く、圧倒的な力技でしかない。が、忌々しいことに魔法というのは大抵の魔術よりも大きな効果を簡単に得られる。

「魔法使い、という呼び方は分かりませんけど……異能者と呼ばれた彼らは軍隊を上回る速度で一斉に溢れた魔物を排除していきました。彼らの発生が無ければ人類は滅びていた可能性もあると言われています」

 なるほどな。今の地球があるのはそいつらのお陰って訳か。気が向いたら感謝しておこう。

「軍隊からは異能者は出なかったのか?」

「ゼロではありませんが、一般市民から覚醒したものが殆どでした」

 まぁ、そうか。魔法使いの殆どは馬鹿か楽天家だからな。真面目な軍人からはあまり出現しないのも頷ける。

「……聞きたいことは大体聞けたな」

「もう終わりです?」

 俺は頷こうとして、一つ思い出した。

「身分証明書も金もコネも無くて金を稼げる方法とか無いか?」

「勇さん、腕っぷしには自信ありますよね?」

「あぁ」

 俺は即答した。女はニヤリと笑う。

「特殊狩猟者になったらどうです?」

 なんだそれ。冒険者みたいなもんか?

「特殊狩猟者って言うのは、魔物を狩猟する許可を持つ人のことです。つまり、魔物を狩ってその素材を売って稼げます」

 俺は思わず乾いた笑いを零した。

「結局、こっちでも同じって訳か」

「こっち、とは?」

 俺は手を振り、答える気が無いと示した。

「勿論、特殊狩猟者になるには免許が必要です。つまり、試験を受ける必要があります」

「その試験には、幾ら必要になる?」

 女は指を一本立てた。

「千円か?」

「……一万円ですよ」

 呆れたような目をする女。俺は手を顎に当てて考えた。

「まさか、無いんですか?」

「今、俺の所持金は約四千円だ」

 女は額に手を当て、溜息を吐いた。それから、バッグに手を突っ込み財布を取り出した。

「いや、それは流石に……」

 学生から恵んでもらうのは、流石の俺も遠慮するところだ。

「貸すだけです。絶対、返しに来てください」

「今、財布の中に十枚以上見えたな」

 こいつ、ガキの癖にどんだけ金持ってるんだ。

「言った通り、私は優秀なのでお金も沢山持ってるんです。でも、返しに来てくださいね」

「いや、流石に子供から借りるのはな……」

 俺が渋ると、女は目を細める。

「じゃあ、誰が貴方にお金を貸してくれるんですか? 多分、私以外に貸してくれる人なんていないと思いますけど」

 身分証無しじゃ、借金も難しいか……借りる、か。

「分かった。借してくれ。倍にして返す」

「それ、絶対返さない人のセリフですね。別に倍じゃなくても良いので返しに来て下さいね」

 そこまで言われて、気付いた。彼女の目的は、俺にもう一度会うことだ。実際、一万円が返ってくるかどうかなんてどうでも良いのだろう。

「これ、私の連絡先です。あと、私の通ってる高校とか試験を受けられる場所とかについても書きました。それじゃ、質問は終わりで良いです?」

「あぁ、問題ない」

 俺が答えると、彼女は黙って目を閉じた。

「じゃあ、悪いが……三十分以内の記憶を消させてもらう」

 質問に答えてもらった礼にはならないだろうが、記憶を好き勝手に見るのはやめておいた。

「はい、どうぞ」

 俺は彼女の頭に手を当てた。そのまま、魔術を行使する。それだけでここまで三十分間の彼女の記憶が消滅し、彼女の意識は一分間だけ停止することになった。その間に俺はお暇させてもらう。

「……悪いな」

 胸の内の罪悪感を言葉にして吐き出してから、俺は会計に向かった。
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