僕は人々が嗅覚を奪われた世界で、アロマセラピストをしています。

梅屋さくら

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Perfume4. セラピストの不幸と歴史の秘密。

49. ヒサシからの手紙。

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 一日以上飛行機に乗り続けやっと着いた三日ぶりのニッポンで、ヒカルはそのあまりの寒さに驚いた。自然と肩が怒り、身体が縮こまる。
 ムービングウォークに運ばれながらガラスでできた壁一面に広がる青空を見る。伯剌西爾と同じように飛行機の離着陸を見て、伯剌西爾のほうが綺麗だという発言を撤回しようと思った。伯剌西爾は鋭く輝くような空、ニッポンは温かく灯るような空で優劣つけがたい。
 ゲートを出てすぐに目に入ったのは明るい水色の髪の男性だった。

「ヒカル、おかえり」
「ただいま!」

 手を振るマコトに駆け寄り、不思議なテンションのままハイタッチを交わす。
 彼の車に向かいながら、伯剌西爾で何があったかを話す。左頬には未だ切り傷が残っていて、傷を隠していた絆創膏を剥がして指し示したそのときだけその痛そうな傷に顔をしかめて見せ、あとはただ頷いて話を聞いていたマコトは、車に乗り込むときようやく口を開いた。

「ヒカルは今、嗅覚が鈍いんだな?」
「うん、いつもこの車に乗り込むと鼻に流れ込むローズの香りがまるで感じない」
「しばらく診察は出来ないだろうだから、明日からも俺ひとりで診察する日が続くな」

 申し訳ない、と謝ると、

「いいや、伯剌西爾から大量に本を持ってくるよう頼んだのだろう? 海外の文献まで当たれたら俺らの疑問もぐっと解決に近付くはずだ」

 と、マコトは希望に満ちた瞳をした。
 ヒカルはトラブル連続だった旅行の話をしたというのに、嗅覚が鈍いかどうかだけを尋ねたマコトを意外に思ったが、彼はそういう男であったと思い出した。
 ヒカルがペドロを許した。それだけでトラブルは終わったことなのだ。マコト自身が気になるのは、今がどうか、たったそれだけ。
 ロックミュージックが流れる車内で、マコトは思い出したように「あっ」と言い、

「そういえばヒサシさんから手紙が来てたぞ。院長の座を現副院長に渡して、ご自身はセラピストを引退するそうだ」

 と手紙の内容を告げる。
 このときヒカルはピンと来た。

「じいちゃんのモモンガはまだクリニックに留めたまま?」
「うん、今朝来たばかりだからね」
「帰ったらすぐに返信を出そう。良いアイデアがある」

 マコトは頭上にクエスチョンマークを浮かべたままクリニックに向かった。
 昼休みはもう終わりの時間。午前は休診にしていたが、午後からは診察を始める。
 エプロンを着けて診察室に入るマコトとイノウエを横目に、ヒカルはペンと紙を手に筆を走らせていた。

 スーツケースの荷物を解く暇もなく受付で患者の案内をしていると、ドアのベルの音とともにヒサシが現れた。心なしか、白髪が増え、痩せこけたように見える。
 当然のように受付台に入り予備のエプロンを引っ張り出し、マコトのいる診察室を確認するとその部屋に入っていった。

「失礼します」

 とだけ言って、目を丸くするマコトの隣に腰を下ろす。

「少し見学です、お気になさらず続けてください」

 ヒサシの視線を意識してか、マコトはイノウエの目から見ても明らかに動きがぎこちなくなる。
 しかしヒサシは本当にただの見学であった。
 マコトが病名や処方に悩んでいても、彼は自らの見解を述べず静かに見ていた。そして患者が診察室を出て三人だけになった部屋の中で、「正解だ」と言うかのように肩に手をぽんと置くのだ。

 この日の診察時間を終えて、マコトはようやく聞けるといった調子で、

「先生、どうしてここに?」

 と尋ねると、ヒサシはヒカルを指差して、

「あいつに呼ばれたんだ、手紙でな」

 と笑った。
 ヒカルは彼が院長を辞めたと聞いて、嗅覚が鈍くなった自分に代わって診察出来ないかといった旨の手紙を返していたのだ。彼は手紙を返さずに、現れることで承諾の返事とした。

「このクリニックでの診察の流れは見せてもらったから、明日以降は私もセラピストとして診察をするよ。それと私のクリニックから看護師をひとり呼んでこようかな」

 給料は私のほうから払うから気にしなくて良い、と手をひらひら振って、自らのクリニックに看護師の派遣を要請する手紙を送る。
 あっという間にエプロンを脱いで荷物を纏めたヒサシを、ヒカルたちは呆気に取られて見ていた。

「じいちゃん、ああ見えて行動早くてアクティブなんだよなあ」

 そんなことを言われているとも知らず、ヒサシは手を叩いて皆の片付けを催促する。

「この後ご飯でも行かないかな?」

 彼の誘いに皆が乗り、近くの喫茶店に入った。
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