僕は人々が嗅覚を奪われた世界で、アロマセラピストをしています。

梅屋さくら

文字の大きさ
上 下
44 / 62
Perfume3.悲痛な決断と伯剌西爾での三日間。

43. 嫌よ嫌よも好きのうち。

しおりを挟む
「ペドロは大きい病院の跡取り息子なんだ。おい、ミスターヒロセを病院に案内したらどう?」

 ヴィトールは陽気にペドロと肩を組んでそう言う。俺とペドロの祖父がスクールの同級生で彼が小さい頃から知っている、とヴィトールが言った通り、彼らは本当に親子のようだ。
 ペドロは乗り気ではない様子だったものの、ヒカルの頼みもあって病院を案内してくれることになった。

 ここです、と指し示した病院はヒカルが思っていたよりも大きく豪華だった。
病院というよりホテルのような外装をしている。
 裏口で念入りな消毒を受けて、まずは院長であるペドロの祖父に挨拶に向かう。

「まだ昼休みだからいると思います」

 という彼の言葉の通り、重厚な扉を開けた先には革張りの大きな椅子に深く座り新聞を広げる男性の姿があった。
年齢としては80を超えたくらいのはずなのに威厳があり老人とはいえない見た目をしている。
奥まった目がギラギラとヒカルを見つめていて、ヒカルは身が引き締まる。

「彼がヒロセヒカルさん、ほらあのニッポンの……」

 ペドロがここまで言ったところで彼ははっとした顔をして椅子から勢い良く立ち上がった。持っていた新聞が手と机の間に挟まれてくしゃくしゃだ。

「君があの“ヒカル”か! 会いたかったよ、ようこそこの病院へ!」

 新聞を床に投げ捨て、カツカツと音を立てて大股でこちらへやって来る。身長の高い彼の威圧感に思わず怯んだ。
 しかし彼はただヒカルに強くハグをした。
ガルバナム、日本では楓子香《ふうしこう》とも呼ばれる自然的でスパイシーな香りがヒカルを包む。
 腕の行き場がなくなって彷徨わせるだけのヒカルをよそに、院長はペドロたちにヒカルと二人きりにするよう命じる。 
戸惑うペドロも何も言わず、大きな部屋に大きな院長とヒカルのみが残された。
 ようやく彼の腕から解放されて言われるがまま客人用らしき椅子に腰掛けた。それでさえ深く沈み込む高級そうな椅子なので、先ほど彼が座っていたあの大きな椅子は果たしてどれほどの座り心地なのだろうと想像してしまう。
 正面にどかっと腰を下ろしてにかっと白い歯を見せる。

「本当に私は君のファンなんだ! ほら、こちらでも売っている雑誌はすべて買っているんだよ」

 椅子の後ろにある本棚を開けるとそこにはヒカルが以前取材を受けたセラピスト雑誌が並んでいた。
 しかしヒカルはなぜ伯剌西爾でこんなに大きい病院の院長をしている彼が自分にここまで興味を持ってくれるのか分からない。
そんな様子に気付いたのか、院長は微笑んで言った。

「ペドロも特殊能力を持たないことは聞いたかい? だからだよ、彼が……その、ああいうようになったことに家族である私たちも責任を感じているんだ」

 途中言い澱んだのは能力のない人を失敗作のように言おうとしたがヒカルもまた“そう”だったと気付いたからであろう。

「特殊能力は持たずとも君はニッポンでも特に優れたセラピストだと聞いている。将来この病院を継ぐペドロにも君のような素晴らしいセラピストになって欲しいと思っているんだよ。あいつにいろいろと教えてやってくれ、お願いだ」
「ペドロさんも優秀だと聞きましたし、先ほど少し会話して彼の知識の深さに圧倒されました。私のほうこそ彼に様々なことを教わるかと思います、よろしくお願い致します」
「互いに有意義な交流になると嬉しいね。では、自由にここを見て行ってくれ」

 ヒカルが一礼して退室しようとしたとき、院長は思い出したように、

「ヴィトールを呼んでくれるかい? 久しぶりに会ったというのに挨拶も適当に済ませてしまって怒っているだろうから」

 と言った。
 再び重厚な扉を出て真っ直ぐ歩いたところでペドロたちに会う。彼らは待っている間どうやら紙コップに入ったコーヒーを買って会話していたようだ。
 院長が言った通りヴィトールは怒っていて、とは言っても仲の良い者同士のじゃれ合いのようなものであるが、彼が呼んでいることを伝えると何やらぶつぶつ不平を漏らしながらそちらへ行ってしまった。
 その様子を見ていたペドロは、

「嫌よ嫌よも好きのうち、ってやつですかね。では僕の研究室にご案内します」

 と呆れて苦笑しつつも、病院の横にある無機質な建物に繋がる廊下を歩いて行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スローライフとは何なのか? のんびり建国記

久遠 れんり
ファンタジー
突然の異世界転移。 ちょっとした事故により、もう世界の命運は、一緒に来た勇者くんに任せることにして、いきなり告白された彼女と、日本へ帰る事を少し思いながら、どこでもキャンプのできる異世界で、のんびり暮らそうと密かに心に決める。 だけどまあ、そんな事は夢の夢。 現実は、そんな考えを許してくれなかった。 三日と置かず、騒動は降ってくる。 基本は、いちゃこらファンタジーの予定。 そんな感じで、進みます。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀
ファンタジー
 雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。  場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

処理中です...