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Perfume2.過去への疑問と子供の感情。
34. 頑張りすぎです。
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マコトは家に入るやいなや新品のバスタオルを持ってミカゲに風呂に入るよう言った。
「着替えは適当に綺麗なの出しておきます」
「一緒に入ってもええよ?」
「いいから、早く入って来て」
彼の語気の強い言葉にびくりとしてすぐに風呂へと向かう。その背中は寂しそうだった。
あれ本気だったのか?
マコトは女性は難しいななどと思いながらも、とりあえず服をすべて着替えた。
髪をタオルで軽く拭いて、そのタオルを頭に乗せたままクローゼットに手を入れて小さめのスウェットを取り出す。
灰色のいかにもスウェットなそれは彼女が着るにはださいように思えたが仕方ない。
彼はそれを脱衣所に置いて、次に湯を多めに沸かし始めた。
「これはかなり苦いから、こっち多めかな」
2つの袋を見比べ、ピンク色のパッケージの袋から多めに、青色のパッケージの袋から少なめにコーヒー豆を出す。
挽いていくにつれて豆の深い香りが立ち上る。
渦巻く香りが複雑に絡み合い、そのまま彼までその中に取り込んでしまうような。
挽き終えた豆の欠片に沸いた湯を注ぎ、ゆっくりと時間をかけて黒く色付いた液体を落としていく。
彼はその液体を眺めて、「艶のある素敵な輝きだ……」とひとりつぶやいた。
「本当にコーヒー好きなんやなあ」
はっとして後ろを振り向く。
そこに灰色のスウェットを着たミカゲが立っていた。あんなに洒落ていない服だというのに彼女が着ると最先端のお洒落のように思える。
声をかけられるまでコーヒーの香りに夢中で彼女の存在にまったく気が付かなかった。
彼女の濡れた髪から一粒の水が滴り落ちそうになるが、それはすぐにバスタオルに吸い込まれる。
「コーヒー飲まれます?」
「うん、ありがとう。……ねえマコト君」
マコトはカップを2つ並べ、棚から角砂糖とミルクの入った瓶を取り出した。
彼がコーヒーを淹れながら何だかもじもじし始めたミカゲを見る。
「私のタバコの匂い、嫌やない? ごめんね、何も気を遣わずに車とか乗っちゃって」
彼女は自分のタバコの匂いを嫌がっているようだった。たしかに風呂に入ってもその匂いはまったく消えていないほど強い。
「分かると思いますが俺喫煙者なので全然平気ですよ」
「でも君は少なくともリビングでは吸ってへんよねえ」
「うーん、鋭いですね」
マコトは苦笑して瞼をぽりぽりと掻く。
実際彼はせっかくのコーヒーの芳しい香りをタバコの香りで損なうことのないように、毎回外に出て吸っていた。
ミカゲの不安そうな顔とその綺麗な瞳を見て嘘をついても仕方ないと悟り事実を話す。
「せやな、タバコの匂い強いもんな……」
さらに落ち込んだ彼女にコーヒーを差し出した。
「でも良いんです、ミカゲさんのタバコの匂いは俺好きですよ」
そう言ってマコトは彼女の肩にぽんと手を置いてすれ違い、彼のお気に入りの映画を観始める。
そんな彼の後をついて横に座り、熱いコーヒーを一口啜って「マコト君って天然たらし?」と彼には聞こえないくらい小さい声でつぶやいた。
その映画を半分くらい観たところでマコトはコーヒーを飲み終えた。
熱いときにゆっくり飲み、ぬるくなってからもあえてゆっくり飲み、冷めきってからは一気に飲む。彼が小さい頃から研究し続けてやっと発見した最も楽しめる飲み方だ。
カップをテーブルに置いて、
「風呂に入って来ますね」
と言った。
今映画、すごく良いところやで? ととっくに飲み終えたミカゲが引き止めたが、
「もう何度も観ていて台詞も暗記してるくらいなので平気です」
と笑って風呂場へ行ってしまった。
彼が風呂から上がると、そこには開いた歴史書に突っ伏して寝るミカゲの姿があった。
いかにも疲れ果てて力が抜けたような寝方だ。
「あなたは頑張りすぎですよ」
ずいぶんぐっすり眠っているようなので肩をそっと掴んでソファにそのまま寝かせてやる。そして薄手のタオルケットをかけた。
ベッドで寝かせてやったほうが良いかと考えていたが、彼女を起こすのは可哀想だ。
静かに寝る用意をしてベッドに横たわり消灯した。
翌朝ミカゲは思い切り起き上がった。悪い夢に起こされてしまった。
マコトはまだ夢と現実の間にいるような彼女に「おはようございます」と挨拶する。
ミカゲは自分がソファで寝ていたことに気付いたが、思いの外快適な目覚めだ。このソファいくらくらいするんだろう、なんてことを考えつつ挨拶を返す。
「焼き魚、食べます?」
「マコト君、料理も出来るなんて本当に完璧……! というかせっかくお泊まりしたのに何もしなかったやん、もったいないことしたわ」
「何もしませんよ、何言ってるんですか」
呆れ顔で焦げる寸前の焼き魚をグリルから取り出す。
「昨日髪乾かしてないし歯も磨いてない、マコト君に不潔な女って思われちゃうよやだよう」
「歯ブラシ、出しておいたので使ってください。でもヘアセット用品あまり持っていないです、すみません」
いろいろ言っていたが、ミカゲは元よりストレートヘアなのできっちりとポニーテールに結い上げる。
2人で焼き魚を食べ終わってから、ミカゲは感謝を繰り返し述べてこの家を去っていった。
彼女の香りはその後もずっと残っていた。
「着替えは適当に綺麗なの出しておきます」
「一緒に入ってもええよ?」
「いいから、早く入って来て」
彼の語気の強い言葉にびくりとしてすぐに風呂へと向かう。その背中は寂しそうだった。
あれ本気だったのか?
マコトは女性は難しいななどと思いながらも、とりあえず服をすべて着替えた。
髪をタオルで軽く拭いて、そのタオルを頭に乗せたままクローゼットに手を入れて小さめのスウェットを取り出す。
灰色のいかにもスウェットなそれは彼女が着るにはださいように思えたが仕方ない。
彼はそれを脱衣所に置いて、次に湯を多めに沸かし始めた。
「これはかなり苦いから、こっち多めかな」
2つの袋を見比べ、ピンク色のパッケージの袋から多めに、青色のパッケージの袋から少なめにコーヒー豆を出す。
挽いていくにつれて豆の深い香りが立ち上る。
渦巻く香りが複雑に絡み合い、そのまま彼までその中に取り込んでしまうような。
挽き終えた豆の欠片に沸いた湯を注ぎ、ゆっくりと時間をかけて黒く色付いた液体を落としていく。
彼はその液体を眺めて、「艶のある素敵な輝きだ……」とひとりつぶやいた。
「本当にコーヒー好きなんやなあ」
はっとして後ろを振り向く。
そこに灰色のスウェットを着たミカゲが立っていた。あんなに洒落ていない服だというのに彼女が着ると最先端のお洒落のように思える。
声をかけられるまでコーヒーの香りに夢中で彼女の存在にまったく気が付かなかった。
彼女の濡れた髪から一粒の水が滴り落ちそうになるが、それはすぐにバスタオルに吸い込まれる。
「コーヒー飲まれます?」
「うん、ありがとう。……ねえマコト君」
マコトはカップを2つ並べ、棚から角砂糖とミルクの入った瓶を取り出した。
彼がコーヒーを淹れながら何だかもじもじし始めたミカゲを見る。
「私のタバコの匂い、嫌やない? ごめんね、何も気を遣わずに車とか乗っちゃって」
彼女は自分のタバコの匂いを嫌がっているようだった。たしかに風呂に入ってもその匂いはまったく消えていないほど強い。
「分かると思いますが俺喫煙者なので全然平気ですよ」
「でも君は少なくともリビングでは吸ってへんよねえ」
「うーん、鋭いですね」
マコトは苦笑して瞼をぽりぽりと掻く。
実際彼はせっかくのコーヒーの芳しい香りをタバコの香りで損なうことのないように、毎回外に出て吸っていた。
ミカゲの不安そうな顔とその綺麗な瞳を見て嘘をついても仕方ないと悟り事実を話す。
「せやな、タバコの匂い強いもんな……」
さらに落ち込んだ彼女にコーヒーを差し出した。
「でも良いんです、ミカゲさんのタバコの匂いは俺好きですよ」
そう言ってマコトは彼女の肩にぽんと手を置いてすれ違い、彼のお気に入りの映画を観始める。
そんな彼の後をついて横に座り、熱いコーヒーを一口啜って「マコト君って天然たらし?」と彼には聞こえないくらい小さい声でつぶやいた。
その映画を半分くらい観たところでマコトはコーヒーを飲み終えた。
熱いときにゆっくり飲み、ぬるくなってからもあえてゆっくり飲み、冷めきってからは一気に飲む。彼が小さい頃から研究し続けてやっと発見した最も楽しめる飲み方だ。
カップをテーブルに置いて、
「風呂に入って来ますね」
と言った。
今映画、すごく良いところやで? ととっくに飲み終えたミカゲが引き止めたが、
「もう何度も観ていて台詞も暗記してるくらいなので平気です」
と笑って風呂場へ行ってしまった。
彼が風呂から上がると、そこには開いた歴史書に突っ伏して寝るミカゲの姿があった。
いかにも疲れ果てて力が抜けたような寝方だ。
「あなたは頑張りすぎですよ」
ずいぶんぐっすり眠っているようなので肩をそっと掴んでソファにそのまま寝かせてやる。そして薄手のタオルケットをかけた。
ベッドで寝かせてやったほうが良いかと考えていたが、彼女を起こすのは可哀想だ。
静かに寝る用意をしてベッドに横たわり消灯した。
翌朝ミカゲは思い切り起き上がった。悪い夢に起こされてしまった。
マコトはまだ夢と現実の間にいるような彼女に「おはようございます」と挨拶する。
ミカゲは自分がソファで寝ていたことに気付いたが、思いの外快適な目覚めだ。このソファいくらくらいするんだろう、なんてことを考えつつ挨拶を返す。
「焼き魚、食べます?」
「マコト君、料理も出来るなんて本当に完璧……! というかせっかくお泊まりしたのに何もしなかったやん、もったいないことしたわ」
「何もしませんよ、何言ってるんですか」
呆れ顔で焦げる寸前の焼き魚をグリルから取り出す。
「昨日髪乾かしてないし歯も磨いてない、マコト君に不潔な女って思われちゃうよやだよう」
「歯ブラシ、出しておいたので使ってください。でもヘアセット用品あまり持っていないです、すみません」
いろいろ言っていたが、ミカゲは元よりストレートヘアなのできっちりとポニーテールに結い上げる。
2人で焼き魚を食べ終わってから、ミカゲは感謝を繰り返し述べてこの家を去っていった。
彼女の香りはその後もずっと残っていた。
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