僕は人々が嗅覚を奪われた世界で、アロマセラピストをしています。

梅屋さくら

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Perfume2.過去への疑問と子供の感情。

33. 歴史を学ばないと。

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 青みがかったガラス張りの建物を見上げる。
白い柱が外から透けて見えて青と白の色合いが爽やかさを感じさせるが、その一方でガラスに写った黄味がかった太陽が寂しさを演出している。
 中に入ると木が組み合わされた暖かい色味の本棚が彼らを囲んだ。中央にある螺旋階段がずっと上まで伸びていて、この図書館にある本の多さを象徴している。
 マコトはつい数日前にここに来ていた。
“読書の秋”とは良く言ったもので、彼もその言葉の通り秋に入ってから無性に本を読みたくなって何冊か借りていたのだ。
 この間貸出中だった本が返ってきてるな、と1冊の本に向かって近寄ったが、今日は目的が違う。
目移りしちゃだめだと頭を振って歴史書のコーナーへ方向転換した。

「やっぱりトウキョウすごいなあ。あ、これ読みたいと思ってた小説だ」

 再び大きなツバの帽子を被ったミカゲは先に走って奥へ行ってしまう。
そちらは歴史書コーナーとは反対方向だ。

「いやあなたが目移りしてどうするんですか」

 呆れて、どこかへ行ってしまうミカゲをよそに階段を上った。回りながら階段を上るのは足に変な負荷がかかる。
 比較的人の少ない歴史書コーナーの前に立ってから、『世界の歴史』などの歴史書か、『アロマを知る』などの嗅覚に関する書物か、どちらを当たれば良いのか悩んだ。
 すると横から綺麗な細い指が伸びてきて、マコトの目の前の本を引き抜く。

「まずは歴史を学ばないと、その奥にある嗅覚の歴史には辿り着けへんと思う」

 たしかにそれは一理ある。
 ミカゲはオオサカにはなかった本を3冊抱えて近くのテーブルについた。1冊が700ページくらいある分厚い本なので、この3冊を読み終わるのにどれくらいの時間がかかるのか、考えただけでくらくらする。
 しかし当然だが読み始めなければ読み終わらない。自分の頬をパチンと叩いて表紙を捲った。
 マコトは歴史は知っているほうなので入門と書かれている本ではなく、より深く歴史に踏み入っている本を選んで手に取った。
 ミカゲに向き合って席についたが、彼もまた憂鬱な気持ちになる。彼も同じように頬を叩いて本に目を通し始めた。

 彼らは同時に手に取った本を読み終わる。
そのときにはもう図書館の閉館時間を迎えようとしていた。

「何冊か借りていきましょうか」
「せやな、夜寝る時間も惜しい」

 今度も3冊取って貸出カウンターへ持っていく。
 分厚い歴史書を何冊も抱えている若い2人に司書が「歴史に興味おありなんですね」と声をかけたが、2人は曖昧な返事だけをした。

 重い本をバッグに入れて図書館を出ると、空を厚い雲が覆っていた。

「雨降りそうですね、車まで急ぎましょう!」

 走って駐車場に向かうが駐車場は案外遠く、非情にもひどい雨が降ってきた。
 パシャッパシャッ……一歩ごとに水の音が鳴る。

「まずい、もうずぶ濡れ。せめて本だけでも守らないとあかん」

 自分の身体を傘にしてバッグを腹に抱え走る。
 やっと車まで着いたときには、彼らはシャワーでも浴びたかのように全身が濡れていた。
 あまりの濡れように車に乗るのを躊躇うミカゲに、マコトは先に乗り込みながら言う。

「気にしないで乗ってください、早くしないと風邪引きますよ」

 彼女は「ごめん!」と断ってから思い切って車に乗った。
 2人とも髪から冷たい雨粒を滴らせている。

「早く帰らないと。今日滞在予定のホテルはどこですか? 送って行きますよ」

 マコトに見られ、彼女はその視線から逃れるように目を窓の外に向けた。
指先をつんつんと合わせたり離したりして、小さい声でつぶやく。

「今日日帰りの予定でどこも予約してない……」
「え?」
「今日は泊まるところがありません!」
「ええ⁉︎」

 それから慌てて近くのビジネスホテルを調べるも、どこも空きがない。そうしているうちに、ミカゲがくしゃみをした。
 マコトはそれを見てしばらく「んー」と変な声を出して逡巡する。
そしてミカゲを横目で見て、先程の彼女と同じくらい言い出しづらそうに口を開いた。

「あの、俺の家すぐそこなんです。そこそこ広いし布団もあるのでうちに泊まっていかれますか?」
「ええの⁉︎ マコト君が良いならお邪魔したいな、もっとお話したいし」

 思いの外、ミカゲは乗り気だ。むしろマコトが圧される形になっている。
 車を発進させてからもマコトはひとりで話していた。

「別にあの、変なことは絶対しないので安心してくださいね。俺そんなやつじゃないので」
「マコト君のことそんな野蛮やと思ってへんし、別に私は嫌じゃないで」
「ちょっとやめてくださいそういうこと言うの」

 慌てるマコトに、彼女は「わはは」と声を出して笑い始める。
ペースを乱され続け、マコトはもうすっかり疲れていた。
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