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Perfume2.過去への疑問と子供の感情。
32. ある特定の香り。
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「マコト君はどうしてこの世界のほとんどの人が嗅覚を奪われたのか、知ってる?」
キスでもされるのかと思っていたが、彼はその素振りも見せず顎に手を当てて過去の記憶を探るように視線を上に向ける。
何かに思い当たり、ミカゲの目を見てゆっくりと口を開いた。
「それ小さい頃に疑問に思って周りの大人に聞き回ったことがあるんですけど、たしか誰も何も知らなかったと思います。不思議だなってそのときは思ったのに何で今まで調べなかったんだろう……」
そういうマコトに、ミカゲは険しい顔を見せた。
髪を掻き上げて頬杖をつく。
「実は私も同じやねん。小さい頃は親に怒られても『なんでなんで』って聞いてたのに、図書館でちゃんと調べられるようになってからはまったく疑問に思わへんかった。おかしいと思わない?」
それから彼女はヒカルに話したのと同じように、今まで自分が調べてわかったことを話した。
“生贄”なるものの存在や、その“処刑”の存在はやはりマコトも一度も聞いたことのない話であり、何だかファンタジーの世界に入り込んだ気分になる。
マコトは世界の歴史に強く興味を引かれ、自分なりの考察を脳内で展開していた。
彼の考え込む様子を見て、ミカゲは彼に問いかける。
「どういう条件でその“生贄”を選んでいたと思う?」
それは既にこの短時間で彼の中で考察し終えた問題 であるため、すぐに答えを口に出す。
「ある特定の香りを持った人、とか。その特定の香りが何かは見当も付かないけど」
「それはすごく可能性高いよね。その香りを嗅ぎ分けられないように嗅覚を奪った……神か何かが」
最後の言葉の語気がやけに強く、彼女が無神論者であることを匂わせる。
この考察は彼女の考察と一致していた。
これが最も現状に繋がり得る理由だと2人はその後のいくつかの会話で語り合い、それを第一の仮説とした。
「俺も自分で調べてみますね。何かわかったことがあったら連絡します」
「うん、ここで想像を膨らませていても真実はわからへんし。よろしく」
2人は握手をして、ミカゲはフォークを、マコトはカップを手に取る。
ミカゲはもうまったく歴史に関して思考しておらず、まだ一口しか食べていなかった豆腐サラダをむしゃむしゃと口に放り込んでいた。
一方、マコトはコーヒーを啜りながらも、その瞳はまた上に向けられていた。資料も何もない状態で想像しても意味はないとわかっていても、思考が進んで止められない。
やっと思考をやめた彼は、そういえば、と話を切り出す。
「どうしてトウキョウに来たのか聞いていません」
「ああ、マコト君にさっきの話をしたかっただけ。トウキョウ行くなんて院長に見つかったら殴られるから、患者さんに混じって出て来たんやで」
「それで大きなツバの帽子を?」
「いえーす!」
もちろんマコト君にただ会いたかったっていうのも理由やで! と慌てて付け加えていたが、それはマコトに対して何の効果もなかった。
思うがままに動く自由さとそんな成功率の低そうな作戦を実行する行動力。
マコトはもう彼女に突っ込む気も失せ、むしろ憧れまで抱き始めていた。
「すごい人ですね……」
呆れて言った言葉も、ミカゲには褒め言葉に聞こえたようだ。喜んでいる彼女を横目に、マコトはバッグを探る。
手にこつんと当たった冷たい瓶を取り出し、ミカゲに差し出した。
「これ昨日サイタマに行って作ったメープルシロップです。俺あんまり甘いの好きではないのでお好きならお土産にどうですか」
「えっマコト君が私にプレゼントを⁉︎ 私も院長も甘いの大好きだからええんやったらもらうで」
彼女は指を伸ばして瓶を手に取り、それをしばらく眺めて、鼻歌を歌いながらバッグに入れた。
そして人差し指を1本立てて、祈るように瞼に力を入れてぎゅっと瞑った。
「優しいマコト君にもうひとつだけお願いがあるんや。トウキョウの図書館に連れて行ってくれへん……?」
薄目を開けてマコトの様子を窺う。するとマコトは目を丸くして、何がお願いなのだと言わんばかりに首を傾げる。
「もちろん良いですよ。ああでも少し待ってください、コーヒーが半分も残ってるので」
ミカゲは瞳を輝かせて手を組み、笑顔で何度も首が痛くなるほど頷いた。
「うん、うん、ゆっくり飲んでや。それは私からの感謝の気持ちだから!」
彼女の声は自然と大きくなっていて、マコトは慌てて「しー」と子供にやるようにして彼女を落ち着かせる。
それから2人は1時間くらいカフェで話をした。
ヒカルといるときと同様にその会話の半分以上はミカゲが話していたが、マコトは聞き手としてはかなり優秀なので2人ともその時を楽しんだ。
ミカゲはますます楽しそうに話を聞いてくれる彼に惹かれ、本当に彼を振り向かせようと決意する。
しかしマコトは自分から話題を出したり笑顔を見せたりしてはいるものの、ミカゲのどんな言葉ものらりくらりとかわし、手強い相手だなと彼女に思わせた。
キスでもされるのかと思っていたが、彼はその素振りも見せず顎に手を当てて過去の記憶を探るように視線を上に向ける。
何かに思い当たり、ミカゲの目を見てゆっくりと口を開いた。
「それ小さい頃に疑問に思って周りの大人に聞き回ったことがあるんですけど、たしか誰も何も知らなかったと思います。不思議だなってそのときは思ったのに何で今まで調べなかったんだろう……」
そういうマコトに、ミカゲは険しい顔を見せた。
髪を掻き上げて頬杖をつく。
「実は私も同じやねん。小さい頃は親に怒られても『なんでなんで』って聞いてたのに、図書館でちゃんと調べられるようになってからはまったく疑問に思わへんかった。おかしいと思わない?」
それから彼女はヒカルに話したのと同じように、今まで自分が調べてわかったことを話した。
“生贄”なるものの存在や、その“処刑”の存在はやはりマコトも一度も聞いたことのない話であり、何だかファンタジーの世界に入り込んだ気分になる。
マコトは世界の歴史に強く興味を引かれ、自分なりの考察を脳内で展開していた。
彼の考え込む様子を見て、ミカゲは彼に問いかける。
「どういう条件でその“生贄”を選んでいたと思う?」
それは既にこの短時間で彼の中で考察し終えた問題 であるため、すぐに答えを口に出す。
「ある特定の香りを持った人、とか。その特定の香りが何かは見当も付かないけど」
「それはすごく可能性高いよね。その香りを嗅ぎ分けられないように嗅覚を奪った……神か何かが」
最後の言葉の語気がやけに強く、彼女が無神論者であることを匂わせる。
この考察は彼女の考察と一致していた。
これが最も現状に繋がり得る理由だと2人はその後のいくつかの会話で語り合い、それを第一の仮説とした。
「俺も自分で調べてみますね。何かわかったことがあったら連絡します」
「うん、ここで想像を膨らませていても真実はわからへんし。よろしく」
2人は握手をして、ミカゲはフォークを、マコトはカップを手に取る。
ミカゲはもうまったく歴史に関して思考しておらず、まだ一口しか食べていなかった豆腐サラダをむしゃむしゃと口に放り込んでいた。
一方、マコトはコーヒーを啜りながらも、その瞳はまた上に向けられていた。資料も何もない状態で想像しても意味はないとわかっていても、思考が進んで止められない。
やっと思考をやめた彼は、そういえば、と話を切り出す。
「どうしてトウキョウに来たのか聞いていません」
「ああ、マコト君にさっきの話をしたかっただけ。トウキョウ行くなんて院長に見つかったら殴られるから、患者さんに混じって出て来たんやで」
「それで大きなツバの帽子を?」
「いえーす!」
もちろんマコト君にただ会いたかったっていうのも理由やで! と慌てて付け加えていたが、それはマコトに対して何の効果もなかった。
思うがままに動く自由さとそんな成功率の低そうな作戦を実行する行動力。
マコトはもう彼女に突っ込む気も失せ、むしろ憧れまで抱き始めていた。
「すごい人ですね……」
呆れて言った言葉も、ミカゲには褒め言葉に聞こえたようだ。喜んでいる彼女を横目に、マコトはバッグを探る。
手にこつんと当たった冷たい瓶を取り出し、ミカゲに差し出した。
「これ昨日サイタマに行って作ったメープルシロップです。俺あんまり甘いの好きではないのでお好きならお土産にどうですか」
「えっマコト君が私にプレゼントを⁉︎ 私も院長も甘いの大好きだからええんやったらもらうで」
彼女は指を伸ばして瓶を手に取り、それをしばらく眺めて、鼻歌を歌いながらバッグに入れた。
そして人差し指を1本立てて、祈るように瞼に力を入れてぎゅっと瞑った。
「優しいマコト君にもうひとつだけお願いがあるんや。トウキョウの図書館に連れて行ってくれへん……?」
薄目を開けてマコトの様子を窺う。するとマコトは目を丸くして、何がお願いなのだと言わんばかりに首を傾げる。
「もちろん良いですよ。ああでも少し待ってください、コーヒーが半分も残ってるので」
ミカゲは瞳を輝かせて手を組み、笑顔で何度も首が痛くなるほど頷いた。
「うん、うん、ゆっくり飲んでや。それは私からの感謝の気持ちだから!」
彼女の声は自然と大きくなっていて、マコトは慌てて「しー」と子供にやるようにして彼女を落ち着かせる。
それから2人は1時間くらいカフェで話をした。
ヒカルといるときと同様にその会話の半分以上はミカゲが話していたが、マコトは聞き手としてはかなり優秀なので2人ともその時を楽しんだ。
ミカゲはますます楽しそうに話を聞いてくれる彼に惹かれ、本当に彼を振り向かせようと決意する。
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