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Perfume2.過去への疑問と子供の感情。
31. どうしてトウキョウに?
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その日マコトは皆を家まで送っていった。
「今日は楽しかったです、ありがとうございました!」
そう言って深くお辞儀をし、マコトが車を発進させると顔を上げて手をひらひらと振るイオリ。
イオリに「良かったね」と声をかけて感謝を述べるが未だヒサシの体調を心配している様子のイノウエ。
ヒサシを心配して浮かない顔をしていたのが嘘のように元気を取り戻し、再びメープルシロップの瓶を見てうっとりとしているヒカル。
マコトは自宅へ帰ってからも今日の思い出とベッドに横たわるヒサシと彼らの別れるときの表情を思い返していた。
秋といえども外にいると汗をじわっとかくような微妙な季節。
マコトはこの季節が苦手で、不快感に耐え難く家に着いた途端風呂場へ向かう。
「そういえば服そのままだったな」
ヒカルの白いカットソーを脱ぎ、それを他の衣類とは分けておいて、後でネットに入れて色移りを防ごうと考えながら、次々と下着まで脱いでいく。
そして自らの何も纏っていない身体を鏡に写し、全身を眺め、ため息をついた。
翌朝、マコトは休みの予定ではあったが、ヒカルに服を返すためにクリニックへ向かう。
クリニックの前にはドアの札を“OPEN”の側に裏返している見慣れたヒカルの姿が見えた。
マコトの車に気が付き、手を振る。
きっとどこかへ買い物に行くと思っているのだろう。
クリニック裏の駐車場に車を停め戻ると、そこにはまだ立て看板を触るヒカルがいた。
「あれ、今日休日だったよね?」
「そうだけど、これ返しにきた。で、どうしてまだ外にいるんだ。もしかして、立て看板出し忘れたとか……」
「あーありがとう! 俺もマコトに借りた服取ってくる」
マコトは一瞬表情がびくりと固まったのを見逃さなかったが、ヒカルはすぐにクリニックへ入って行ってしまう。
なんでこんなにその仕事やってきたのに忘れるんだ……そう思いつつも1人でクリニックの前で手持ち無沙汰でいると、肩に手を置かれた。
患者かと思い振り返ると、大きなツバのついた帽子を被った女性が立っていた。
マコトより背が低く初めは誰かわからなかったが、ぱっと顔を上げたその女性と目が合って思わず叫ぶ。
「ミカゲさん⁉︎」
「ミカゲでええよ、もっと心開いてくれてもええやんか」
ミカゲはブイサインをしてウインクまでして見せた。この仕草は彼女の癖なのかよく見るように思える。
この日はノースリーブのカーキのニットに黒の膝下丈のタイトスカートを履いていた。
スタイルの良さが強調され、まるでモデルのようだ。
「どうしてトウキョウに?」
彼女はそれに答えずマコトの腕を意外と強い力で引っ張る。
まだヒカルの服を返していないので行くわけにいかないのだが、女性には抵抗できずクリニックからずいぶん遠ざかってしまう。
「ヒ、ヒカル!」
ちょうど彼の呼ぶ声が聞こえたようにヒカルがクリニックから出て来た。
こちらに気付くと走って追いかけ、笑顔で親指を立てて無言で服を交換して戻っていってしまう。
何の親指だ。
そう言いたいのは山々だったが、マコトは大人しくミカゲについていった。
クリニックの駐車場まで来ると、
「マコト君、車どれや」
と並んだ車を見回す。
俺が運転させられるのか、という言葉を飲み込んで、自分の水色の車へ真っ直ぐ歩いていく。
「髪色と同じ色なんや、水色大好きなん?」
「まあ、はい、そうですかね」
「なーんか歯切れ悪いなあ」
それにマコトはただ笑みを返した。そしてキーを回し、エンジンをかける。
「どうしてここに? あとどこへ行けば良いんです?」
そう問われた彼女は、ふふ、と意味ありげに笑ってマコトの頬を指でつついた。
「1つ目の質問はそこの大きな道を真っ直ぐ行ったところにあるカフェで答えるから、そこに行ってくれるかな」
「……はい」
彼女の言うカフェは駐車場から10分ほどの場所にあった。
途中、車で流れるロック調の音楽を聴いて「お洒落やなあ」など感想を述べていたが、マコトは当たり障りのない言葉を発していた。
早足で店内へ入っていった彼女は暖簾《のれん》で仕切られた半個室とでもいうような席を選ぶ。暖簾の奥へ入ると帽子を脱いで髪を整える。
小腹が空いたというミカゲは豆腐サラダに決め、マコトは朝食を摂ったばかりなのでコーヒーに決めた。
それらが運ばれるまで彼らは他愛のない話のみをし続けた。
ミカゲはまだ本題に入りたくはなさそうだったのでマコトもそれに合わせた形である。
それらはあまり手のかからないものであるからか比較的早く来た。
コーヒーをゆっくりと香りから味わうマコトを見て、サラダに味噌ドレッシングをかけながら彼女は、
「ヒカルとコーヒーの飲み方似てるね」
と言った。
「むしろヒカルが俺の飲み方を真似した、というか、俺がヒカルに教えたので」
「ほお、コーヒーの飲み方を教えるなんてやっぱりマコト君かっこええわあ」
うっとりとして、マコトの顔をじっと見たままレタスと豆腐を口に入れる。そしてその一口を飲み込み水を一口だけ含むと、彼女はフォークを置いて真面目な顔付きになった。
その顔をマコトのほうにぐいと近付ける。
「今日は楽しかったです、ありがとうございました!」
そう言って深くお辞儀をし、マコトが車を発進させると顔を上げて手をひらひらと振るイオリ。
イオリに「良かったね」と声をかけて感謝を述べるが未だヒサシの体調を心配している様子のイノウエ。
ヒサシを心配して浮かない顔をしていたのが嘘のように元気を取り戻し、再びメープルシロップの瓶を見てうっとりとしているヒカル。
マコトは自宅へ帰ってからも今日の思い出とベッドに横たわるヒサシと彼らの別れるときの表情を思い返していた。
秋といえども外にいると汗をじわっとかくような微妙な季節。
マコトはこの季節が苦手で、不快感に耐え難く家に着いた途端風呂場へ向かう。
「そういえば服そのままだったな」
ヒカルの白いカットソーを脱ぎ、それを他の衣類とは分けておいて、後でネットに入れて色移りを防ごうと考えながら、次々と下着まで脱いでいく。
そして自らの何も纏っていない身体を鏡に写し、全身を眺め、ため息をついた。
翌朝、マコトは休みの予定ではあったが、ヒカルに服を返すためにクリニックへ向かう。
クリニックの前にはドアの札を“OPEN”の側に裏返している見慣れたヒカルの姿が見えた。
マコトの車に気が付き、手を振る。
きっとどこかへ買い物に行くと思っているのだろう。
クリニック裏の駐車場に車を停め戻ると、そこにはまだ立て看板を触るヒカルがいた。
「あれ、今日休日だったよね?」
「そうだけど、これ返しにきた。で、どうしてまだ外にいるんだ。もしかして、立て看板出し忘れたとか……」
「あーありがとう! 俺もマコトに借りた服取ってくる」
マコトは一瞬表情がびくりと固まったのを見逃さなかったが、ヒカルはすぐにクリニックへ入って行ってしまう。
なんでこんなにその仕事やってきたのに忘れるんだ……そう思いつつも1人でクリニックの前で手持ち無沙汰でいると、肩に手を置かれた。
患者かと思い振り返ると、大きなツバのついた帽子を被った女性が立っていた。
マコトより背が低く初めは誰かわからなかったが、ぱっと顔を上げたその女性と目が合って思わず叫ぶ。
「ミカゲさん⁉︎」
「ミカゲでええよ、もっと心開いてくれてもええやんか」
ミカゲはブイサインをしてウインクまでして見せた。この仕草は彼女の癖なのかよく見るように思える。
この日はノースリーブのカーキのニットに黒の膝下丈のタイトスカートを履いていた。
スタイルの良さが強調され、まるでモデルのようだ。
「どうしてトウキョウに?」
彼女はそれに答えずマコトの腕を意外と強い力で引っ張る。
まだヒカルの服を返していないので行くわけにいかないのだが、女性には抵抗できずクリニックからずいぶん遠ざかってしまう。
「ヒ、ヒカル!」
ちょうど彼の呼ぶ声が聞こえたようにヒカルがクリニックから出て来た。
こちらに気付くと走って追いかけ、笑顔で親指を立てて無言で服を交換して戻っていってしまう。
何の親指だ。
そう言いたいのは山々だったが、マコトは大人しくミカゲについていった。
クリニックの駐車場まで来ると、
「マコト君、車どれや」
と並んだ車を見回す。
俺が運転させられるのか、という言葉を飲み込んで、自分の水色の車へ真っ直ぐ歩いていく。
「髪色と同じ色なんや、水色大好きなん?」
「まあ、はい、そうですかね」
「なーんか歯切れ悪いなあ」
それにマコトはただ笑みを返した。そしてキーを回し、エンジンをかける。
「どうしてここに? あとどこへ行けば良いんです?」
そう問われた彼女は、ふふ、と意味ありげに笑ってマコトの頬を指でつついた。
「1つ目の質問はそこの大きな道を真っ直ぐ行ったところにあるカフェで答えるから、そこに行ってくれるかな」
「……はい」
彼女の言うカフェは駐車場から10分ほどの場所にあった。
途中、車で流れるロック調の音楽を聴いて「お洒落やなあ」など感想を述べていたが、マコトは当たり障りのない言葉を発していた。
早足で店内へ入っていった彼女は暖簾《のれん》で仕切られた半個室とでもいうような席を選ぶ。暖簾の奥へ入ると帽子を脱いで髪を整える。
小腹が空いたというミカゲは豆腐サラダに決め、マコトは朝食を摂ったばかりなのでコーヒーに決めた。
それらが運ばれるまで彼らは他愛のない話のみをし続けた。
ミカゲはまだ本題に入りたくはなさそうだったのでマコトもそれに合わせた形である。
それらはあまり手のかからないものであるからか比較的早く来た。
コーヒーをゆっくりと香りから味わうマコトを見て、サラダに味噌ドレッシングをかけながら彼女は、
「ヒカルとコーヒーの飲み方似てるね」
と言った。
「むしろヒカルが俺の飲み方を真似した、というか、俺がヒカルに教えたので」
「ほお、コーヒーの飲み方を教えるなんてやっぱりマコト君かっこええわあ」
うっとりとして、マコトの顔をじっと見たままレタスと豆腐を口に入れる。そしてその一口を飲み込み水を一口だけ含むと、彼女はフォークを置いて真面目な顔付きになった。
その顔をマコトのほうにぐいと近付ける。
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