僕は人々が嗅覚を奪われた世界で、アロマセラピストをしています。

梅屋さくら

文字の大きさ
上 下
29 / 62
Perfume2.過去への疑問と子供の感情。

28. ばかな理由だな。

しおりを挟む
 ロープウェイが静かに進んでいくにつれて、ヒカルたちの下に赤い絨毯が敷かれていった。
そして、それと同時にイノウエの息子、イオリが「わあ」だとか「綺麗」だとか歓声を上げる。

「これからメープルが採れるの⁉︎」
「うん、この木からメープルウォーターっていうさらさらした液体を採って、それを煮詰めてメープルシロップにするんだって」

 木から出来てるって何度言われても信じられないなあ、と言って、入場口で受け取ったパンフレットを再び開く。
 同様にロープウェイから外を見て声を上げていたヒカルが、後ろから彼に近付いて隣に座り肩を組んだ。

「あのゴール地点のログハウスで採取体験するんだって。楽しみだね!」
「はい! でも着いたらまずお昼ご飯食べるってママ言ってましたよ」
「ええー待ちきれないなあ」

 ログハウスを見て目を輝かせるヒカルと丁寧に敬語で話すイオリを見て、マコトとイノウエはひそひそと話していた。

「あらあらヒカルくん、イオリよりきらきらしちゃって……」
「10も歳下の子に落ち着かされて、あいつはいつまで子供っぽいんだ」

 マコトは怒っているように言ってはいるものの、実際は子供の成長を見守る親のような気持ちだった。イノウエもイオリを見るのと同じような眼差しである。
 ヒカルのほうがマコトより1つ歳上だというのにまったくそれを感じさせない。それが天然なのか意図的なのか、マコトは常々不思議に思っていた。
 彼が複雑なことについて思考を巡らせ始めたとき、ヒカルが「うわあ!」と大声を出した。
 はっと我に返り声のほうを見ると、逆さまになったペットボトルがヒカルの白いカットソーを濡らしていた。
もうすっかり緑茶の色に染まっている。

「メープルの匂いがした気がしてつい手を離しちゃった」
「ばかな理由だな……」
「ばかって言うほうがばかだ!」

 ハイハイ、と適当に返事をして、マコトは自身が着ている青地に白のストライプ柄のシャツを脱ぎ始めた。
自分は中に着ていた白いTシャツ1枚という薄着になり、青いシャツをヒカルに渡した。

「これ1枚でも着られるから着なよ、その代わりカーディガン貸して」

 ヒカルは言われるがままに幸い緑茶を浴びていないマスタードカラーのカーディガンを脱いでマコトに手渡す。
そして申し訳なさそうに髪を指でいじりながらマコトの顔を覗き込んだ。

「あ、ありがと……でも中のTシャツのほうが服装変わらなくて良いんじゃない?」
「良いんだよ、早く着ろ」

 戸惑いつつ「う、うん」と素直に返事をして、マコトから受け取ったシャツをイオリに渡す。
カットソーの裾に腕をクロスさせて指をかけ、

「イノウエさん、すみません」

 と言ってから服を脱いだ。
ヒカルの白く、筋肉のほとんどついていない細い身体が露わになる。
 隣のロープウェイの中を少し窺ってそこに誰も乗っていないことを確認して安心した。
 ロープウェイの中で上半身裸になっているなんて周りから見られたら変態に思われちゃうかな。
 そんなことを考えてからイオリからシャツを受け取って身に纏った。

「オーバーサイズシャツだったからぴったりだな、悔しいけど」
「あはは、マコトは小さいくらいが丁度良いよ」

 そう笑うと、マコトのげんこつが飛んできた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スローライフとは何なのか? のんびり建国記

久遠 れんり
ファンタジー
突然の異世界転移。 ちょっとした事故により、もう世界の命運は、一緒に来た勇者くんに任せることにして、いきなり告白された彼女と、日本へ帰る事を少し思いながら、どこでもキャンプのできる異世界で、のんびり暮らそうと密かに心に決める。 だけどまあ、そんな事は夢の夢。 現実は、そんな考えを許してくれなかった。 三日と置かず、騒動は降ってくる。 基本は、いちゃこらファンタジーの予定。 そんな感じで、進みます。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...