10 / 62
Perfume1.アロマセラピストは幸せ?
9. ようこそ。
しおりを挟む
翌日ヒカルが目覚めたとき、なにかがジュージューと弾けるような音が鼓膜を揺らし、食欲をそそられる香りが部屋中に漂っていた。
いつもと違う天井をぼんやり見つめているうちに、今自分がマコトの家にいることを思い出す。
そして自分が頭を預けている枕からマコトのローズの香りがとても強くしていることに気が付くと同時に、目覚めの良さに驚いた。
ヒカルはマコトのベッドで寝ていた。
近くにある黒い革張りのソファにふわふわしたブランケットが置いてあるのでマコトがそこで一夜を明かしたことはすぐにわかる。
しかしどうしてその位置になったのか、その経緯がまったく思い出せなかった。
思い出そうとすると頭がぐるぐると絡んだように動かなくなる。
マコトのベッド、適度な反発とフィット感があって良いなあ。
たぶん高級ベッドなんだろうなあ。
そう思いながらとりあえず起き上がって音と香りがする方へ行くと、そこにはベーコンを焼くマコトがいた。
朝だからかいつもはコンタクトを着けている彼が黒縁の眼鏡を掛けている。
ヒカルと目が合うと、微笑んでベーコンを指差した。
「おはよう。朝はベーコンと卵を乗せたトーストでいい?」
ヒカルは「うん」と頷いて、おずおずとなぜ自分がベッドに寝ていたのかを尋ねた。
「お前飲みすぎたんだよ、風呂出てきたらもう真っ赤だしまともに歩けてなかった。酔っ払いはベッドに寝かせてあげたいだろ」
だからベッドで寝ていた経緯を思い出せなかったのか、と合点した。
ベッドで寝かせてもらい、朝には食事を作ってもらい、挙句これからマコトの運転でヒサシの元へ送ってもらう。
ヒカルは自分の不甲斐なさを感じずにはいられず、頭を垂れた。
「ありがとう、何から何まで……」
「いいから出掛ける準備して来い、その髪とか」
たしかにヒカルの癖っ毛はいつもよりもひどく絡まって彼の頭は綿毛のようになっていた。
洗面所で顔を洗い、髪を梳《と》かしたり、髭を剃ったりしているうちに、洗面所にまでベーコンやトーストの匂いが漂ってきた。
ちょうど着替えが終わり、支度が整ったときにマコトの「ご飯!」という声がした。
返事をする前に腹の音が返事の代わりをして、ヒカルはすぐにリビングに戻る。
朝食が済み、2人は家を出た。
エンジンの音とともに、ここから1時間くらいの場所にあるヒサシの植物園へと出発する。
やはり“先生”であるヒサシに会うからか、マコトは青いシャツに夏用の薄手で七分袖のブラウンのセットアップという少々堅めの服装をしていた。
それに対しヒカルは半袖の白いTシャツに黒いスキニージーンズというラフな格好である。
首にはリングがひとつついたネックレスまでかけてある。
その格好を見てマコトは、本当にヒカルはあの著名なセラピストの孫なのだと実感していた。
車内にはマコトが好きな、洒落たジャズ調の音楽がかけられていた。
ヒカルはあまり音楽には詳しくないが、マコトの選ぶ曲はどれも好きだった。
2人が昨夜の議論をもう一度することはなかった。
その代わり、ヒカルの父の話をしていた。
「父さんはじいちゃんの息子ってだけでセラピストだろうって勝手に期待されてた。それで違うって分かった途端、妙に会いに来ていた客人たちがぱたりと来なくなったらしいんだ。それで父さんはセラピストって言葉に良いイメージがないんだろうね、自分はその言葉のせいで辛い思いをしたんだから」
「セラピストに生まれつくかどうかなんて運でしかないのにな」
ほんとだよね、と言いながらヒカルは鼻をひくひくさせた。
「そろそろ植物園だ。匂いがする」
マコトは自分も匂いに集中してみたが、やはり何も感じ取れなかった。
「この国唯一の2親等以内にセラピストを持つセラピスト……か」
それはヒカルのことだった。
少なくともこのニッポンでは彼だけ、らしい。
確率的にもそうそう生まれるものではない。
「はは、そのせいかこの国唯一の能力なしになっちゃったけど」
「でもお前の嗅覚は鋭すぎる、それが能力って言っても良いんじゃないか?」
「まあそうなんだけど、ね。ははは」
マコトはなんだかきまりの悪い返事に引っ掛かった。
以前ヒカルが面と向かって、一部のセラピスト……主に高齢で地位の高い人物らに特殊能力がないことを揶揄《やゆ》されたと聞く。
これは彼本人ではなくセラピスト仲間から伝え聞いた噂話であったが、あながち否定はできない。
マコトは実際にヒカルの異端さを良く思っていない一派がいることは知っていた。
そのことについてまず真偽を問おうとしたのだが、今度はマコトにもわかるくらい植物の香りが強くなり、あっという間に到着してしまった。
彼らが車から降りるより先にヒサシは植物園の前で待っていた。
ヒサシは車にゆっくりと近寄ると、
「2人の匂いが懐かしいよ。ようこそ」
としわがれた声で言って、植物園の中へ進んでいった。
いつもと違う天井をぼんやり見つめているうちに、今自分がマコトの家にいることを思い出す。
そして自分が頭を預けている枕からマコトのローズの香りがとても強くしていることに気が付くと同時に、目覚めの良さに驚いた。
ヒカルはマコトのベッドで寝ていた。
近くにある黒い革張りのソファにふわふわしたブランケットが置いてあるのでマコトがそこで一夜を明かしたことはすぐにわかる。
しかしどうしてその位置になったのか、その経緯がまったく思い出せなかった。
思い出そうとすると頭がぐるぐると絡んだように動かなくなる。
マコトのベッド、適度な反発とフィット感があって良いなあ。
たぶん高級ベッドなんだろうなあ。
そう思いながらとりあえず起き上がって音と香りがする方へ行くと、そこにはベーコンを焼くマコトがいた。
朝だからかいつもはコンタクトを着けている彼が黒縁の眼鏡を掛けている。
ヒカルと目が合うと、微笑んでベーコンを指差した。
「おはよう。朝はベーコンと卵を乗せたトーストでいい?」
ヒカルは「うん」と頷いて、おずおずとなぜ自分がベッドに寝ていたのかを尋ねた。
「お前飲みすぎたんだよ、風呂出てきたらもう真っ赤だしまともに歩けてなかった。酔っ払いはベッドに寝かせてあげたいだろ」
だからベッドで寝ていた経緯を思い出せなかったのか、と合点した。
ベッドで寝かせてもらい、朝には食事を作ってもらい、挙句これからマコトの運転でヒサシの元へ送ってもらう。
ヒカルは自分の不甲斐なさを感じずにはいられず、頭を垂れた。
「ありがとう、何から何まで……」
「いいから出掛ける準備して来い、その髪とか」
たしかにヒカルの癖っ毛はいつもよりもひどく絡まって彼の頭は綿毛のようになっていた。
洗面所で顔を洗い、髪を梳《と》かしたり、髭を剃ったりしているうちに、洗面所にまでベーコンやトーストの匂いが漂ってきた。
ちょうど着替えが終わり、支度が整ったときにマコトの「ご飯!」という声がした。
返事をする前に腹の音が返事の代わりをして、ヒカルはすぐにリビングに戻る。
朝食が済み、2人は家を出た。
エンジンの音とともに、ここから1時間くらいの場所にあるヒサシの植物園へと出発する。
やはり“先生”であるヒサシに会うからか、マコトは青いシャツに夏用の薄手で七分袖のブラウンのセットアップという少々堅めの服装をしていた。
それに対しヒカルは半袖の白いTシャツに黒いスキニージーンズというラフな格好である。
首にはリングがひとつついたネックレスまでかけてある。
その格好を見てマコトは、本当にヒカルはあの著名なセラピストの孫なのだと実感していた。
車内にはマコトが好きな、洒落たジャズ調の音楽がかけられていた。
ヒカルはあまり音楽には詳しくないが、マコトの選ぶ曲はどれも好きだった。
2人が昨夜の議論をもう一度することはなかった。
その代わり、ヒカルの父の話をしていた。
「父さんはじいちゃんの息子ってだけでセラピストだろうって勝手に期待されてた。それで違うって分かった途端、妙に会いに来ていた客人たちがぱたりと来なくなったらしいんだ。それで父さんはセラピストって言葉に良いイメージがないんだろうね、自分はその言葉のせいで辛い思いをしたんだから」
「セラピストに生まれつくかどうかなんて運でしかないのにな」
ほんとだよね、と言いながらヒカルは鼻をひくひくさせた。
「そろそろ植物園だ。匂いがする」
マコトは自分も匂いに集中してみたが、やはり何も感じ取れなかった。
「この国唯一の2親等以内にセラピストを持つセラピスト……か」
それはヒカルのことだった。
少なくともこのニッポンでは彼だけ、らしい。
確率的にもそうそう生まれるものではない。
「はは、そのせいかこの国唯一の能力なしになっちゃったけど」
「でもお前の嗅覚は鋭すぎる、それが能力って言っても良いんじゃないか?」
「まあそうなんだけど、ね。ははは」
マコトはなんだかきまりの悪い返事に引っ掛かった。
以前ヒカルが面と向かって、一部のセラピスト……主に高齢で地位の高い人物らに特殊能力がないことを揶揄《やゆ》されたと聞く。
これは彼本人ではなくセラピスト仲間から伝え聞いた噂話であったが、あながち否定はできない。
マコトは実際にヒカルの異端さを良く思っていない一派がいることは知っていた。
そのことについてまず真偽を問おうとしたのだが、今度はマコトにもわかるくらい植物の香りが強くなり、あっという間に到着してしまった。
彼らが車から降りるより先にヒサシは植物園の前で待っていた。
ヒサシは車にゆっくりと近寄ると、
「2人の匂いが懐かしいよ。ようこそ」
としわがれた声で言って、植物園の中へ進んでいった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
【完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる