5 / 62
Perfume1.アロマセラピストは幸せ?
4. 今日は休め。
しおりを挟む
「ちょっと2人ともどうしたの!」
マコトが薄目を開けると、そこにはイノウエが心配そうな表情をして顔を覗き込まれていた。
動こうとすると腰や脚がぎしっと軋んだような音を立て、彼は自分の状況をどんどん理解していった。
昨日ヒカルに引き止められたまま、ベッドの横の地面に座って寝ていたのだ。
そういえばヒカルは、と思い当たって後ろを向くと、彼の手はもうマコトの服にはなく、彼の顔はもうこちらを向いていなかった。
向こうに顔を向けてはいるが、腹が規則正しいリズムで大きく膨らんだり、へこんだりしていて、普段よりもいくらか遅い呼吸音が聞こえるので、今も眠っているのだということがわかる。
イノウエはいつも遅めにくるので、どうやら開院時間の30分くらい前らしい。
先にいるはずの形式上での院長2人がいないので二階を探しにきたのだろう。
「昨日ヒカルが体冷やして熱出して、さらに人の匂いで気分悪くなったみたいで付き添ってたんです」
「せっかくセラピストなんだから薬あげたら良かったじゃない?」
純粋な目でそういうイノウエに、マコトは笑顔で答えた。
「イノウエさん、セラピストは香りでは治療出来ないですよ。治療する術がまったくない、と言ったほうが正しいかもしれませんが」
イノウエは自分の言葉を撤回するように口の前で手を2回振って、そのまま蓋をするようにその手で口を塞いだ。
マコトは「そう思うのは当然です、気にしないでください」と笑って、重い腰を上げた。
「今日は俺1人で診療します」
寝癖がひとつもついていない髪を撫でながら、寝室の隣にある洗面所へと入って行った。
ヒカルが目を覚ましたのはその日の昼過ぎだった。
真上にのぼった太陽の暑さと、朝、昼食べていないぶんの空腹感に起こされたようなものだ。
元は朝食はほとんど食べないのだが、昨夜は診療の合間に半分ほど菓子パンを齧《かじ》っただけだったのですごく腹が減ってしまっていた。
起き上がろうとするとまだ熱が脳内の奥深くに潜んでいるようななんとも言えぬ不快感が強くなった。
くらくらする頭を気休め程度に手で抑えながらどうにかゆっくりと起き上がる。
しばし続く目眩《めまい》をやり過ごしたかと思えば、窓から差し込む強い日差しに目が慣れず、今度は目をしっかり開けるのに苦労した。
太陽にも慣れてくると、ベッドの脇にある小さなテーブルにメモが置いてあることに気が付いた。
『今日は休め。診察は俺1人に任せて。マコト』
そのときヒカルはようやく、自分が昨日熱を出して倒れたこと、そして帰ろうとするマコトを引き止めたことを思い出した。
息を吸うと、男性特有のオレンジの香りと、ヒカル特有のローズの香りが混じり合って寝室に残っていて、あのままベッドにいてくれたことがわかる。
マコトは髪色派手だしぶっきらぼうだけど、なんだかんだ面倒見良くて優しいんだよな……ヒカルはそう思いながら、彼の言葉に甘えて再び布団の中へ戻った。
一階から聞こえてくるガラス瓶同士が触れ合う小気味良い軽い音や、ざわざわした人の声の重なった音が、ヒカルを眠りへと導いた。
マコトが薄目を開けると、そこにはイノウエが心配そうな表情をして顔を覗き込まれていた。
動こうとすると腰や脚がぎしっと軋んだような音を立て、彼は自分の状況をどんどん理解していった。
昨日ヒカルに引き止められたまま、ベッドの横の地面に座って寝ていたのだ。
そういえばヒカルは、と思い当たって後ろを向くと、彼の手はもうマコトの服にはなく、彼の顔はもうこちらを向いていなかった。
向こうに顔を向けてはいるが、腹が規則正しいリズムで大きく膨らんだり、へこんだりしていて、普段よりもいくらか遅い呼吸音が聞こえるので、今も眠っているのだということがわかる。
イノウエはいつも遅めにくるので、どうやら開院時間の30分くらい前らしい。
先にいるはずの形式上での院長2人がいないので二階を探しにきたのだろう。
「昨日ヒカルが体冷やして熱出して、さらに人の匂いで気分悪くなったみたいで付き添ってたんです」
「せっかくセラピストなんだから薬あげたら良かったじゃない?」
純粋な目でそういうイノウエに、マコトは笑顔で答えた。
「イノウエさん、セラピストは香りでは治療出来ないですよ。治療する術がまったくない、と言ったほうが正しいかもしれませんが」
イノウエは自分の言葉を撤回するように口の前で手を2回振って、そのまま蓋をするようにその手で口を塞いだ。
マコトは「そう思うのは当然です、気にしないでください」と笑って、重い腰を上げた。
「今日は俺1人で診療します」
寝癖がひとつもついていない髪を撫でながら、寝室の隣にある洗面所へと入って行った。
ヒカルが目を覚ましたのはその日の昼過ぎだった。
真上にのぼった太陽の暑さと、朝、昼食べていないぶんの空腹感に起こされたようなものだ。
元は朝食はほとんど食べないのだが、昨夜は診療の合間に半分ほど菓子パンを齧《かじ》っただけだったのですごく腹が減ってしまっていた。
起き上がろうとするとまだ熱が脳内の奥深くに潜んでいるようななんとも言えぬ不快感が強くなった。
くらくらする頭を気休め程度に手で抑えながらどうにかゆっくりと起き上がる。
しばし続く目眩《めまい》をやり過ごしたかと思えば、窓から差し込む強い日差しに目が慣れず、今度は目をしっかり開けるのに苦労した。
太陽にも慣れてくると、ベッドの脇にある小さなテーブルにメモが置いてあることに気が付いた。
『今日は休め。診察は俺1人に任せて。マコト』
そのときヒカルはようやく、自分が昨日熱を出して倒れたこと、そして帰ろうとするマコトを引き止めたことを思い出した。
息を吸うと、男性特有のオレンジの香りと、ヒカル特有のローズの香りが混じり合って寝室に残っていて、あのままベッドにいてくれたことがわかる。
マコトは髪色派手だしぶっきらぼうだけど、なんだかんだ面倒見良くて優しいんだよな……ヒカルはそう思いながら、彼の言葉に甘えて再び布団の中へ戻った。
一階から聞こえてくるガラス瓶同士が触れ合う小気味良い軽い音や、ざわざわした人の声の重なった音が、ヒカルを眠りへと導いた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

スローライフとは何なのか? のんびり建国記
久遠 れんり
ファンタジー
突然の異世界転移。
ちょっとした事故により、もう世界の命運は、一緒に来た勇者くんに任せることにして、いきなり告白された彼女と、日本へ帰る事を少し思いながら、どこでもキャンプのできる異世界で、のんびり暮らそうと密かに心に決める。
だけどまあ、そんな事は夢の夢。
現実は、そんな考えを許してくれなかった。
三日と置かず、騒動は降ってくる。
基本は、いちゃこらファンタジーの予定。
そんな感じで、進みます。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる