僕は人々が嗅覚を奪われた世界で、アロマセラピストをしています。

梅屋さくら

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Perfume1.アロマセラピストは幸せ?

4. 今日は休め。

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「ちょっと2人ともどうしたの!」

 マコトが薄目を開けると、そこにはイノウエが心配そうな表情をして顔を覗き込まれていた。
動こうとすると腰や脚がぎしっと軋んだような音を立て、彼は自分の状況をどんどん理解していった。
 昨日ヒカルに引き止められたまま、ベッドの横の地面に座って寝ていたのだ。
 そういえばヒカルは、と思い当たって後ろを向くと、彼の手はもうマコトの服にはなく、彼の顔はもうこちらを向いていなかった。
向こうに顔を向けてはいるが、腹が規則正しいリズムで大きく膨らんだり、へこんだりしていて、普段よりもいくらか遅い呼吸音が聞こえるので、今も眠っているのだということがわかる。
 イノウエはいつも遅めにくるので、どうやら開院時間の30分くらい前らしい。
先にいるはずの形式上での院長2人がいないので二階を探しにきたのだろう。

「昨日ヒカルが体冷やして熱出して、さらに人の匂いで気分悪くなったみたいで付き添ってたんです」
「せっかくセラピストなんだから薬あげたら良かったじゃない?」

 純粋な目でそういうイノウエに、マコトは笑顔で答えた。

「イノウエさん、セラピストは香りでは治療出来ないですよ。治療する術がまったくない、と言ったほうが正しいかもしれませんが」

 イノウエは自分の言葉を撤回するように口の前で手を2回振って、そのまま蓋をするようにその手で口を塞いだ。
マコトは「そう思うのは当然です、気にしないでください」と笑って、重い腰を上げた。

「今日は俺1人で診療します」

 寝癖がひとつもついていない髪を撫でながら、寝室の隣にある洗面所へと入って行った。

 ヒカルが目を覚ましたのはその日の昼過ぎだった。
 真上にのぼった太陽の暑さと、朝、昼食べていないぶんの空腹感に起こされたようなものだ。
元は朝食はほとんど食べないのだが、昨夜は診療の合間に半分ほど菓子パンを齧《かじ》っただけだったのですごく腹が減ってしまっていた。
 起き上がろうとするとまだ熱が脳内の奥深くに潜んでいるようななんとも言えぬ不快感が強くなった。
くらくらする頭を気休め程度に手で抑えながらどうにかゆっくりと起き上がる。
しばし続く目眩《めまい》をやり過ごしたかと思えば、窓から差し込む強い日差しに目が慣れず、今度は目をしっかり開けるのに苦労した。
 太陽にも慣れてくると、ベッドの脇にある小さなテーブルにメモが置いてあることに気が付いた。

『今日は休め。診察は俺1人に任せて。マコト』

 そのときヒカルはようやく、自分が昨日熱を出して倒れたこと、そして帰ろうとするマコトを引き止めたことを思い出した。
息を吸うと、男性特有のオレンジの香りと、ヒカル特有のローズの香りが混じり合って寝室に残っていて、あのままベッドにいてくれたことがわかる。
 マコトは髪色派手だしぶっきらぼうだけど、なんだかんだ面倒見良くて優しいんだよな……ヒカルはそう思いながら、彼の言葉に甘えて再び布団の中へ戻った。
一階から聞こえてくるガラス瓶同士が触れ合う小気味良い軽い音や、ざわざわした人の声の重なった音が、ヒカルを眠りへと導いた。
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