絶望姦~不老姫の輪廻~

蒼ノ雀

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輪廻? 民に慕われし美しき姫君

祭りの影に蠢く陰謀 2

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 カトレア王国の姫とその専属護衛を穴が空く程見つめ、いや睨み付けていた男がクルリと踵を返す。

(まだだ......今はまだ......)

 触れれば焼け焦げるような憎悪の炎を身に纏いながら、しかし今はそれを胸の内に押さえ込む。

(建国を祝う宴が始まる時、それがお前等の地獄の始まりだ......)

 クツクツと不気味な引き笑いをしながら黒塗りのフードコートを目深に被り直し、その場を離れる。

(俺が味わった屈辱、無念、憤慨、怒りその全てをお前等にぶつけ、本物の絶望を味わわせてやるぞ......)

 男は思い出す。

 心に刻まれたあの地獄の日々を......

 一日たりとも、いや一分たりとも忘れた事のないあの空間を......





 闇、闇、闇、闇、闇、闇闇、闇、闇、闇、闇闇、闇、闇闇、闇、闇、闇、闇闇闇闇闇闇闇......

 心が闇色に塗り潰されていった。

 愛すべき家族を失い、我が家が赤い炎に包まれ燃えているのを見ながら。

 守るべきものも失うものも無くなったと知る。

 自分はこのまま、この訳の分からない世界で魂が朽ちるのを待つだけだと思った。

 そして、男の予想はそのまま現実のものとなる。

 あの絶望の瞬間から後、その空間には何一つとして変化は訪れなかった。

 男はただただ、空間を漂う魂の屍となっていた。

 一年?二年?あるいは十数年?

 昼も夜もないその世界で時間感覚など持てる筈もない。

 ともかく気の遠くなるような長い時間。

 男は空間を漂い続けた。

 最初の頃は、ここから脱出しようと様々な事を試みた。

 見えない壁を何とかしてやろうと殴ったり蹴ったり噛み付いたり。

 だが、結局皹一つ入れる事は出来なかった。

 というか衝撃を与えているという感触がまるでない。

 湖面の水を必死になって殴っているような、そんな不毛な感覚。

 ならば何処かに脱出出来るような抜け穴はないかと探してみた。

 しかし、蟻一匹通れるような隙間すらない。

 隈無く回って分かった事と言えば、この空間がどうやら球体らしいという事だけだった。

 どのくらいそうして足掻いていたか分からなかったが、思い付く限りの事を試した結果、途方に暮れた。

 何故自分がこんな理不尽にと涙に暮れる時もあれば、こんな目に合わせた奴らに必ず復讐してやると怒りに震える時もあった。

 だが、永遠にも感じる静寂の時が男の心を擦り減らし、全てを無感動なものへと変えていった。

 何かを考えている時間も徐々に減っていき、いつしか男は考える事を止めた。

 何を思っても、何を考えても無意味だったからだ。

 男は結局、この空間は地獄だと結論付けた。

 人は皆死ねばこの世界に来るのだと。

 何も起こらず、何も起こせず、何も出来ず、何の希望もない。

 地獄の世界とはもっとおどろおどろしいものだと思っていたが、そうではなかったのだと。

 針の山も灼熱の鉄板も腐敗の沼も怖い獄卒も必要ない。

 何故なら、何も無いという事が人間にとって最上の苦痛だからだ。

 腹が減るというのなら、いずれ飢餓によって死ねるだろう。

 喉が渇くというのなら、いずれ脱水によって死ねるだろう。

 それすらも無い。

 死という概念を奪われた時、人は本当の意味で絶望する。

 死ねるという事が、実はとても幸せな事だと知った。

 そして、当然の帰結として、――男は発狂した。

 狂う、自棄を起こす、自我を失う。

 色んな言葉で表現出来るが、要は”何も無い”という事に心が耐え切れず崩壊したのだ。

 体を掻きむしり、のたうち回りながら絶叫する。

 自身の舌を噛み千切り、目玉をくり抜き、頸動脈に深く爪を立てる。

 それは切実に”死”を願ったゆえの行動だったのかもしれない。

 しかし、男は死ぬ事は無かった。

 時間の経過と共に体は回復し、壊れた心までも回復した。

 だが、正気に戻ったとしても男に出来る事は何もなく、また状況も変わってなどいない。

 脱出する為に動き、何も出来ず絶望し、また狂う。

 ただそれを繰り返す。

 何十回、何百回と......

 そうして数え切れない位の発狂を繰り返した後、――それは起きた。

 ――ビキッ!ビキビキビキビキッ!!

 耳をつんざくような轟音。

 物音一つ無い世界において、ただ音が聞こえたという事がもう異変であり異常。

「――ッ!!」

 その瞬間、男は閉じていた目をカッと見開いた。

 異変の正体はすぐに分かった。

 見据える先の空間に大きな皹が入っていたのだ。

 男は躊躇わなかった。

 考えるよりも先に体が、いや意識が動いた。

 驚きも疑問も、悦びも期待も、感情の全てを置き去りにして。

 何しろこれまで、藁にもすがる機会すら与えられなかったのだ。

 カンダタに垂らされた糸のように、その希望を掴む事に迷いは許されない。

 男にとって最も幸いだった事は異変が起きた時に発狂状態で無かった事、これに尽きる。

 壊れた状態では異変に気付けなかったかもしれないし、また気付いたとしても何も出来なかっただろう。

 何はともあれ、男は動いた。

 行動した。

 と言っても動かしたのは体の方ではない。

 意識の方だ。

 繰り返し脱出の方法を探る為に、一心不乱に動き回った事がここにきてようやく功を奏した。

 この空間での動き方を骨の髄まで熟知していた。

 体を動かそうとするのではなく、意識を動かす。

 正確には意識を飛ばすと言った方が正しいかもしれない。

 念じるのだ。

 あそこに行きたいと。

 空間に皹が入り、男が目を開け、意識を飛ばすまで僅かコンマ一秒。

 まさに神速の勢いで異変の起きた箇所へと突っ込んでいく。

 空間の裂け目に向かって意識を捩じ込み、滑り込ませる。

 その結果、何処に飛ばされそして何が起きるかなど考えたりしない。

 分かっているのはこの空間に居るよりは遥かにマシだろうと、それだけ。

 いや、男はそれすらも考えていなかっただろう。

 反射的に動いた事に対しては、理屈も感情も後付けに過ぎないのだから。

 自分の子供が崖から落ちそうになっていたら手を伸ばす、それぐらい男にとっては当たり前の行動だった。

 割れ目に意識を捩じ込んだ瞬間、男の全身を眩い光が覆った。

 目も開けていられない程の光量。

 しかしそれも一瞬の事。

 次に男が目を開けた時。

 恋い焦がれ、待ち望み、そして完全に諦めていた”外の世界”が広がっていた。

「――ッ!?...............おぉ......おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!」

 月明かりに照らされて、まず海が見えた。

 そして山が見え、森が見えた。

 遠くの方に点々と灯る明かりが見えた。

 これまで見た事のない視点から、外の世界を見ている事に気付いた。

 男の体は、意識は遥か上空に位置していたのだ。

 何故自分が宙に浮いているのか?などと考える余裕も無かった。

 見渡す景色が間違いなく外の世界だと分かるだけで十分だった。

「うおぉ、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 男の心は感喜に震え、至上の幸福に満たされる。

 瞳から大粒の涙が際限なく零れ落ち、両手両足が小刻みにブルブル震えた。

 生きているのか死んでいるのかすらも判別出来なかったが、あの空間から出られたのだ。

 今はそれ以上の望みなどない。

 男は夜空に浮かび上がったまま、いつまでも泣き叫んだのだった。
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