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~イントロダクション~
絶望より生まれしモノ 1
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「......うっ、あがっ......げほっ......」
意識を戻した時、男は苦しみと孤独の中にある事を自覚した。
体の中で痛くない箇所など何処にもない。
血に濡れていない箇所など何処にもない。
全身を鋭い槍で刺され続けているようなそんな感覚。
いや、実際にその両手両足には地面に縫い付ける様に杭が打ち据えられている。
眼球はとうの昔にくり抜かれ、男の世界から光というものは失われていた。
頬を地に付けるとヒヤリと冷たく、そして硬い。
頭の中に深い地下牢獄のイメージがありありと浮かんだ。
全身は痛みのせいで燃えるように熱いが、体の芯はとても冷たい。
恐らく体中から血液が流れ落ちているのが原因だろう。
もう自分の命はそう長くない。
そう予感出来る程の冷え方だった。
「.........なん.....で......?」
何故こんな事になったのか?暗闇が支配する世界の中で男は考える。
虫の息という状態にあって尚、それは分からずにいた。
男の疑問に答える者はおらず、永遠にも思える苦痛の時間がただただ続いている。
(俺は......普通に暮らしていただけなのに......)
男は小さな村で農夫をしていた。
小さいながらも自分の畑というものを持ち、日々農作業に明け暮れていた。
器量良しとは言えないが、良く気の利く明るく朗らかな女性を嫁に迎える事が出来た。
子宝も授かり、目に入れても痛くないと思える程の可愛い娘が生まれた。
この子の為にこれからの生を全うするのだという固い決意と生き甲斐が出来た。
なのに何故自分は何処かも分からない場所に幽閉され磷付にされ、こんな痛みと苦しみと絶望を味わわなければならなくなったのか?
ある日、家に訪ねて来た鎧を身に纏った数人の男達に有無を言わさず殴り倒され、気が付いたらこの場所に居た。
罪人のように扱われるような罪を犯した覚えはない。
国に対して反逆めいた思想を抱いた事など一度もない。
自分で言うのもなんだが、至極真っ当な生き方をしてきたつもりだ。
こんな拷問じみた事を受け、命を落とすような人生を歩んできたつもりはなかった。
自分の何がいけなかったのか?
――いくら考えても答えは出なかった。
ふいに扉の開く気配がし、男はそちらに向けて顔を上げた。
目が見えなくてもそうした行動を取ってしまうのは本能に依るものかもしれない。
また自分を痛めつける拷問官か何かが来たのだろうと思い男は身を固くする。
今までもここに来たのは自分を苦しめていく人間だけだったからだ。
(また......殴られるのか......)
深い絶望が男の心をじわじわと染め上げていく。
一体何の目的があって痛めつけられているのか皆目分からない。
いくら拷問めいた事をされたとしても、自分が話せる事など何も無いのだ。
また、相手の方も男から何か情報らしきものを引き出そうという気配すら無い。
定期的に現れては地獄の様な痛みと苦しみを無言のまま男に与えて去っていくのだ。
怒りや憤りはとっくの昔に無くなった。
諦観にも似た、絶望の方が強い。
男に出来るのはこの苦しみが早く終わってくれと祈る事だけだった。
今日は一体何をする気だろうか?
殴るのか、蹴るのか、それとも鋭利な刃物で突き刺すのか。
指の爪という爪は全て剥がされた。
一枚、一枚、男に痛みを与える為だけにペンチのようなものでベリベリと剥がされた。
激痛が全身に走り、何枚か剥がされた後、絶叫の中意識を手放した。
あれ以上の痛みはないだろう。
男に恐怖を与える為だけに眼球はくり抜かれた。
フォークを上下に二枚重ね合わせた様な器具を上瞼と下瞼に当てられ、そのまま一気に押し込まれ眼球を引き摺り出された。
あれ以上の恐怖はないだろう。
男に絶望を与える為だけに逃げられぬ様、足の腱はズタズタに引き裂かれた。
おかげで足の指の感覚は既に無い。
ズキズキとした鈍痛と共に、自分の体が足の先から腐敗していく感覚。
これ以上の絶望はないだろう。
これからの自分の運命は殺されるのを待つか、あるいは失血か腐敗による絶命。
いずれにしろ死ぬ事は避けられない。
どんなにもがいても逃げも隠れも出来ない。
この状況で諦めるなという方が無理だった。
ならば――
(......さっさと.....殺してくれ......)
頭の中にあるのはそれだけ。
この絶望と苦しみから逃れるには、最早それ以外になかった。
男はもうそろ襲い来るであろう、痛打へのせめてもの抵抗として歯の根を合わせグッと力を込める。
しかし、
「...............?」
いつまで経っても男を痛めつけようという気配を感じない。
最初に入って来た人間はその場からほとんど動いていないように思える。
男を痛めつける準備に手間取っているのだろうか?
いや、それよりも――
(......何かを、待っている?)
そのように感じた。
身じろぎ一つ聞こえない静寂が包む中、遠くの方からコツン、コツンという足音が響いてきた。
(......一人......いや、二人......?)
耳をすまして聞く限り、足音は二つ聞こえる。
光を奪われてから幾分か聴覚が鋭くなったので恐らく間違いないだろう。
その音はどんどん大きくなり、どうやら自分がいる場所に来ている事が分かる。
(一体.......どういう事だ......?)
男が疑問に感じるのは仕方の無い事だった。
これまでこの場所には自分を痛めつける人間が一人、それ以上来た覚えが無かったからだ。
痛めつける人間が毎回違うのかどうかは分からなかったが、いずれの時も一人だったのは間違いない。
二つの足音はやがて、ピタリと止まり辺りは再び不気味な程の静寂に包まれる。
どうやら男の居る部屋の前で止まったのだろう。
(もしかして......複数人で俺を痛めつける気か......?)
だが今更人数を増やした所で何の意味も無いような気がした。
どうせもう自分は虫の息なのだ。
吹けば飛ぶ様な命に、人数を多く割く意味が分からない。
尖った槍で心の臓でも一突きすればそれまでだ。
首を一思いに切り落とすのもいいだろう。
いずれにしてもそう手間は掛からない。
最後はリンチでトドメを刺したいと考える悪趣味な人間が居れば話は別だが。
いや、ひょっとすると十字架のようなものに磷付けられて、街中に晒されるのかもしれない。
ならば、それを運ぶのに人手がいる。
男が何か重大な罪を犯したのであればそれもあり得る話だった。
しかし、ここで男は全く予想だにしていない事態に遭遇する事になる。
この場で聞くには最も相応しくない、最もありえないと思える”声”だった。
「......パ、パパァ!!パパァァァッ!!」
絶叫とも悲鳴とも言える悲痛さを伴ったその声。
それは聞き紛う事も無い、愛しの愛娘の声だった。
「......う......がっ......アン、ジー......?」
幾度となく苦悶の絶叫をあげたせいでまともに出せなくなった掠れ声で娘の名前を呼ぶ。
「――パパッ!!なんでこんなっ!?なんでぇぇぇぇぇっ!?」
変わり果てた父親の姿を見て狂った様に叫ぶアンジー。
すぐ傍で聞こえる悲鳴に返事をする事も出来ない。
その姿を視界に収める事も出来ない。
体が揺さぶられている気がするが、それを感じるだけの感覚も男には残っていなかった。
何故ここに娘が?という疑問だけが頭の中ををグルグルと巡った。
死に逝く男に対して、娘と最後の別れをさせてやろうというせめてもの情けなのか?
それとも自分に掛けられた何らかの罪が、実は無罪だと証明されここから解放するついでに娘が呼ばれたのだろうか?
ほんの僅かに生まれた微かな希望。
死を待つだけの男に、絶望に打ち拉がれる男にとって、愛する娘の声は希望という光を灯すだけの力があった。
しかし、それはすぐに打ち砕かれる事となる。
しかも男にとって最悪な形となって......
意識を戻した時、男は苦しみと孤独の中にある事を自覚した。
体の中で痛くない箇所など何処にもない。
血に濡れていない箇所など何処にもない。
全身を鋭い槍で刺され続けているようなそんな感覚。
いや、実際にその両手両足には地面に縫い付ける様に杭が打ち据えられている。
眼球はとうの昔にくり抜かれ、男の世界から光というものは失われていた。
頬を地に付けるとヒヤリと冷たく、そして硬い。
頭の中に深い地下牢獄のイメージがありありと浮かんだ。
全身は痛みのせいで燃えるように熱いが、体の芯はとても冷たい。
恐らく体中から血液が流れ落ちているのが原因だろう。
もう自分の命はそう長くない。
そう予感出来る程の冷え方だった。
「.........なん.....で......?」
何故こんな事になったのか?暗闇が支配する世界の中で男は考える。
虫の息という状態にあって尚、それは分からずにいた。
男の疑問に答える者はおらず、永遠にも思える苦痛の時間がただただ続いている。
(俺は......普通に暮らしていただけなのに......)
男は小さな村で農夫をしていた。
小さいながらも自分の畑というものを持ち、日々農作業に明け暮れていた。
器量良しとは言えないが、良く気の利く明るく朗らかな女性を嫁に迎える事が出来た。
子宝も授かり、目に入れても痛くないと思える程の可愛い娘が生まれた。
この子の為にこれからの生を全うするのだという固い決意と生き甲斐が出来た。
なのに何故自分は何処かも分からない場所に幽閉され磷付にされ、こんな痛みと苦しみと絶望を味わわなければならなくなったのか?
ある日、家に訪ねて来た鎧を身に纏った数人の男達に有無を言わさず殴り倒され、気が付いたらこの場所に居た。
罪人のように扱われるような罪を犯した覚えはない。
国に対して反逆めいた思想を抱いた事など一度もない。
自分で言うのもなんだが、至極真っ当な生き方をしてきたつもりだ。
こんな拷問じみた事を受け、命を落とすような人生を歩んできたつもりはなかった。
自分の何がいけなかったのか?
――いくら考えても答えは出なかった。
ふいに扉の開く気配がし、男はそちらに向けて顔を上げた。
目が見えなくてもそうした行動を取ってしまうのは本能に依るものかもしれない。
また自分を痛めつける拷問官か何かが来たのだろうと思い男は身を固くする。
今までもここに来たのは自分を苦しめていく人間だけだったからだ。
(また......殴られるのか......)
深い絶望が男の心をじわじわと染め上げていく。
一体何の目的があって痛めつけられているのか皆目分からない。
いくら拷問めいた事をされたとしても、自分が話せる事など何も無いのだ。
また、相手の方も男から何か情報らしきものを引き出そうという気配すら無い。
定期的に現れては地獄の様な痛みと苦しみを無言のまま男に与えて去っていくのだ。
怒りや憤りはとっくの昔に無くなった。
諦観にも似た、絶望の方が強い。
男に出来るのはこの苦しみが早く終わってくれと祈る事だけだった。
今日は一体何をする気だろうか?
殴るのか、蹴るのか、それとも鋭利な刃物で突き刺すのか。
指の爪という爪は全て剥がされた。
一枚、一枚、男に痛みを与える為だけにペンチのようなものでベリベリと剥がされた。
激痛が全身に走り、何枚か剥がされた後、絶叫の中意識を手放した。
あれ以上の痛みはないだろう。
男に恐怖を与える為だけに眼球はくり抜かれた。
フォークを上下に二枚重ね合わせた様な器具を上瞼と下瞼に当てられ、そのまま一気に押し込まれ眼球を引き摺り出された。
あれ以上の恐怖はないだろう。
男に絶望を与える為だけに逃げられぬ様、足の腱はズタズタに引き裂かれた。
おかげで足の指の感覚は既に無い。
ズキズキとした鈍痛と共に、自分の体が足の先から腐敗していく感覚。
これ以上の絶望はないだろう。
これからの自分の運命は殺されるのを待つか、あるいは失血か腐敗による絶命。
いずれにしろ死ぬ事は避けられない。
どんなにもがいても逃げも隠れも出来ない。
この状況で諦めるなという方が無理だった。
ならば――
(......さっさと.....殺してくれ......)
頭の中にあるのはそれだけ。
この絶望と苦しみから逃れるには、最早それ以外になかった。
男はもうそろ襲い来るであろう、痛打へのせめてもの抵抗として歯の根を合わせグッと力を込める。
しかし、
「...............?」
いつまで経っても男を痛めつけようという気配を感じない。
最初に入って来た人間はその場からほとんど動いていないように思える。
男を痛めつける準備に手間取っているのだろうか?
いや、それよりも――
(......何かを、待っている?)
そのように感じた。
身じろぎ一つ聞こえない静寂が包む中、遠くの方からコツン、コツンという足音が響いてきた。
(......一人......いや、二人......?)
耳をすまして聞く限り、足音は二つ聞こえる。
光を奪われてから幾分か聴覚が鋭くなったので恐らく間違いないだろう。
その音はどんどん大きくなり、どうやら自分がいる場所に来ている事が分かる。
(一体.......どういう事だ......?)
男が疑問に感じるのは仕方の無い事だった。
これまでこの場所には自分を痛めつける人間が一人、それ以上来た覚えが無かったからだ。
痛めつける人間が毎回違うのかどうかは分からなかったが、いずれの時も一人だったのは間違いない。
二つの足音はやがて、ピタリと止まり辺りは再び不気味な程の静寂に包まれる。
どうやら男の居る部屋の前で止まったのだろう。
(もしかして......複数人で俺を痛めつける気か......?)
だが今更人数を増やした所で何の意味も無いような気がした。
どうせもう自分は虫の息なのだ。
吹けば飛ぶ様な命に、人数を多く割く意味が分からない。
尖った槍で心の臓でも一突きすればそれまでだ。
首を一思いに切り落とすのもいいだろう。
いずれにしてもそう手間は掛からない。
最後はリンチでトドメを刺したいと考える悪趣味な人間が居れば話は別だが。
いや、ひょっとすると十字架のようなものに磷付けられて、街中に晒されるのかもしれない。
ならば、それを運ぶのに人手がいる。
男が何か重大な罪を犯したのであればそれもあり得る話だった。
しかし、ここで男は全く予想だにしていない事態に遭遇する事になる。
この場で聞くには最も相応しくない、最もありえないと思える”声”だった。
「......パ、パパァ!!パパァァァッ!!」
絶叫とも悲鳴とも言える悲痛さを伴ったその声。
それは聞き紛う事も無い、愛しの愛娘の声だった。
「......う......がっ......アン、ジー......?」
幾度となく苦悶の絶叫をあげたせいでまともに出せなくなった掠れ声で娘の名前を呼ぶ。
「――パパッ!!なんでこんなっ!?なんでぇぇぇぇぇっ!?」
変わり果てた父親の姿を見て狂った様に叫ぶアンジー。
すぐ傍で聞こえる悲鳴に返事をする事も出来ない。
その姿を視界に収める事も出来ない。
体が揺さぶられている気がするが、それを感じるだけの感覚も男には残っていなかった。
何故ここに娘が?という疑問だけが頭の中ををグルグルと巡った。
死に逝く男に対して、娘と最後の別れをさせてやろうというせめてもの情けなのか?
それとも自分に掛けられた何らかの罪が、実は無罪だと証明されここから解放するついでに娘が呼ばれたのだろうか?
ほんの僅かに生まれた微かな希望。
死を待つだけの男に、絶望に打ち拉がれる男にとって、愛する娘の声は希望という光を灯すだけの力があった。
しかし、それはすぐに打ち砕かれる事となる。
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