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prologue:佐藤文也(56)
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両手にこびりついた赤い液体が、月明かりに照らされて、不気味に光っている。
じっとりとした触感と、生臭いにおいに私は小さい悲鳴をあげる。反射的に飛び上がった拍子に、足元の木の葉がガサッと音を立てた。
ハッと前方を見やると、男性が一人うつぶせで倒れているのが目に入った。何一つ音を立てずに、大の字になっている。木の葉の揺れる音だけが、この森らしき場所に響いていた。
「これ、どうしよう」
あたりを見渡すと、数メートル後方に長い柄のスコップが落ちていた。あれが必要だ。足元に積もる落ち葉を蹴散らし、一直線にスコップへと向かう。スコップを握ると、柄には赤いものがべったりと付いたが、それにかまっている時間はない。何度も何度も周りの土を掘り、男性の上へ土を被せた。早く、早く目の前から消えてくれ。私は汗が額から顎までつたっていくのを感じながら、土を盛り続けていった。最後に枯れ葉を被せると、視界に白いもやがかかったようにぼやけていく。
時間だ。
けたたましい目覚まし時計の音。私は勢いよく時計を叩き、深いため息をついた。また、私はやってしまった。なんで、毎晩こんな目に遭わなければならないのだろう。自分の何一つ汚れのない両手を見て、「でも、本当に夢でよかった」とひとりつぶやく。ああ、こんな夢さえ見なければ、爽やかな朝の始まりを迎えられるのに。
「ゆみー、朝ごはんできてるわよー」
一階から母の声がする。私は「はあい」と大きく返事をして、階段を駆け下りていく。リビングに入ると、母は「着替えてから来なさい」と顔をしかめたが、「今日は2限からだから」と意味もなく口答えした。
「おはようございます!『あさテレ』のお時間です」
テレビから男性アナウンサーのはつらつとした声。私はそれを背中で聞きながら、ゆっくりと目玉焼きに醤油を回しかける。ニュースは動物園のパンダ誕生やら、皇族の方のご結婚やらと次々に変わっていく。
「次のニュースです」
母が心配そうに画面を見つめる。
「あら、どうしたのかしら」
「都内在住の佐藤文也さん56歳が、昨晩から行方不明になっています」
56歳。はっと後ろを向くと、テレビには中年男性の写真が映し出されていた。全身の写真もある。どこにでもいるおじさん、佐藤さん。でも、どこかで見たことがあるような気がする。近所?駅?それとも電車?自分の記憶を手繰り寄せるが、何も思い当たらない。
1分近く考えた挙句、一つの考えに至った。
「まさかね」
あれは夢、私の脳が作り出した架空の世界。
現実と混同するなんてもってのほか。私はどうかしている。でも。
目玉焼きにフォークを刺し、とろとろと流れ出る黄身を私はじっと見ていた。
じっとりとした触感と、生臭いにおいに私は小さい悲鳴をあげる。反射的に飛び上がった拍子に、足元の木の葉がガサッと音を立てた。
ハッと前方を見やると、男性が一人うつぶせで倒れているのが目に入った。何一つ音を立てずに、大の字になっている。木の葉の揺れる音だけが、この森らしき場所に響いていた。
「これ、どうしよう」
あたりを見渡すと、数メートル後方に長い柄のスコップが落ちていた。あれが必要だ。足元に積もる落ち葉を蹴散らし、一直線にスコップへと向かう。スコップを握ると、柄には赤いものがべったりと付いたが、それにかまっている時間はない。何度も何度も周りの土を掘り、男性の上へ土を被せた。早く、早く目の前から消えてくれ。私は汗が額から顎までつたっていくのを感じながら、土を盛り続けていった。最後に枯れ葉を被せると、視界に白いもやがかかったようにぼやけていく。
時間だ。
けたたましい目覚まし時計の音。私は勢いよく時計を叩き、深いため息をついた。また、私はやってしまった。なんで、毎晩こんな目に遭わなければならないのだろう。自分の何一つ汚れのない両手を見て、「でも、本当に夢でよかった」とひとりつぶやく。ああ、こんな夢さえ見なければ、爽やかな朝の始まりを迎えられるのに。
「ゆみー、朝ごはんできてるわよー」
一階から母の声がする。私は「はあい」と大きく返事をして、階段を駆け下りていく。リビングに入ると、母は「着替えてから来なさい」と顔をしかめたが、「今日は2限からだから」と意味もなく口答えした。
「おはようございます!『あさテレ』のお時間です」
テレビから男性アナウンサーのはつらつとした声。私はそれを背中で聞きながら、ゆっくりと目玉焼きに醤油を回しかける。ニュースは動物園のパンダ誕生やら、皇族の方のご結婚やらと次々に変わっていく。
「次のニュースです」
母が心配そうに画面を見つめる。
「あら、どうしたのかしら」
「都内在住の佐藤文也さん56歳が、昨晩から行方不明になっています」
56歳。はっと後ろを向くと、テレビには中年男性の写真が映し出されていた。全身の写真もある。どこにでもいるおじさん、佐藤さん。でも、どこかで見たことがあるような気がする。近所?駅?それとも電車?自分の記憶を手繰り寄せるが、何も思い当たらない。
1分近く考えた挙句、一つの考えに至った。
「まさかね」
あれは夢、私の脳が作り出した架空の世界。
現実と混同するなんてもってのほか。私はどうかしている。でも。
目玉焼きにフォークを刺し、とろとろと流れ出る黄身を私はじっと見ていた。
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