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1巻
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しおりを挟む「一度に尋ねられても困るし、話せばかなり長くなる。とにかく奥の『扉』への通路が閉ざされてしまった今、すぐに帰るのは無理だとだけ言っておこう。あー……それよりだ、トモエとやら」
神官さんが難しい顔で私の手元を見る。
「その剣……」
「あっ」
しまったぁ! まだ剣を持ったままだった。
ここ、神殿だそうだし、そこに祀られていたということは、やはり大事なものなのだろう。
私は勢いよく頭を下げ、謝った。
「そこに刺さっていた剣を、好奇心で触ってみたら抜けてしまいまして。やっぱり触ってはいけないものでしたか。ごめんなさいごめんなさい!」
しかし神官さんは怒るでもなく静かに言う。少し声が呆れている気がする。
「私に謝ることはない……。これより、ここにいる若者十人の中から、黒竜王を倒しに行く勇者を選ぶ試練を行うところだったのだが――神に選ばれし者だけが抜くことのできる、その聖なる剣で」
うっ、やっぱりこの剣は、選ばれし者にしか抜けないアイテムだったのか。
「抜けたということは、そなたが勇者なのか?」
神官さんが私に向けた言葉に、後ろの男の人達からどよめきが起こった。
「ちょっと待ってください! まだ試練すら受けていないのに!」
必死の形相で神官さんに訴える、一人の若い男の人。彼に続くように、他の人達も一斉に口を開きはじめた。
「こんなのは認められません!」
「異界から来たばかりの、そんなぱっとしない女が勇者などと冗談だろう!」
「そうだそうだ! しかもその女、よくわからん服を着ている!」
皆さん、ごもっともです。ぽっと出のジャージ女が選ばれし者だなんて、納得できないですよね。ホントすみません。
私も一緒になって神官さんに訴える。
「いやいやいや、私、勇者なんかじゃないですから!」
「隣の部屋での神官殿の説明が長すぎたんだ。もう少し早ければこんなことには……」
しまいには神官さんまで責められている。そうか、儀式に際して説明会をやってたのか。
「しかし……この事実をどうすればよいか」
神官さんが困り果てたように言うと、男性陣が一斉に私の手元の剣を見る。その視線が痛い。
そこで、ふと思い出したように、神官さんは私に聞いた。
「トモエ殿、聖剣を抜くときに神の台座は輝いたか?」
「神の台座? 剣が刺さってた岩のことですか? 光ってません。普通にずぼっと抜けただけで」
ちょっぴり岩がメキメキいったことは、内緒にしておこう。
「ずぼっと? ま、まあいい。台座が光ってないなら、まだ決定ではないということだな」
……妥協しましたか、神官さん。それでいいのかと思わなくもないけれど……
勇者候補の皆さんから「おぉーっ」と明るい声があがった。なんとか私が勇者ではないということになったらしい。
すると今度は、どうやって本物の勇者様を選ぶか、という議論が始まった。その隙に、剣を元の位置に戻しておこう。
「えっとぉ……剣、戻しておきますので、どうぞ普通に儀式を続けてください」
簡単に抜けてはいけないので、ぐぐっと力いっぱい刺しておく。ダイヤみたいに硬そうに見えるわりに、岩はやっぱり柔らかいのか、しっかり刺さる。私が抜く前はもう少し刃が見えてた気がするけど、柄しか見えなくなった。
まあいいや。これで動かないし。
「……なんとなく、前より深く刺さっているような気がするのだが……」
神官さんからツッコミが入ったけれど、細かいことは気にしてはいけない。
「気のせいです。ささ、今までのことはなかったことにして、本物の勇者様を選んでください。私は隅で、邪魔にならないように見てますので。神官さん、終わったら話をさせてください」
そんなわけで勇者選定の試練は仕切り直しになった。
それにしても、ここは異世界――つまり地球じゃない世界らしい。本当にこんなゲームのような世界があるんだな。傍観者として見ている分には面白いかもしれない。
待っている間は暇なので、勇者候補という男性達を観察してみる。若くてカッコよくて強そうな人ばかり。
そんな中、私は一人の青年に目を奪われた。新緑の葉を思わせる髪の色で、とても美しい知的な顔立ちの人。少し冷たそうな印象だけど、彼の周りだけ空気が違うような気がする。他の人に比べたら細身だけど、男らしさのある体つきだ。
あの人、素敵だな。あの人が勇者様とやらに選ばれたらいい。こういう、一見強そうじゃない感じで、実はすごいという勇者様の方が、心を掴まれる。あくまでゲームやアニメの話だけど。
「ぐおおぉ!」
筋肉マッチョなお兄さんが雄叫びをあげつつ、顔を真っ赤にして剣を引っ張っている。でも剣はビクともしない。この人は勇者じゃないみたい。
「次、前へ」
神官さんの合図で次の候補が剣に挑むも、これまた失敗。その後に挑む人々も、やはり結果は同じ。
その様子を見て、私は首を傾げる。岩は柔らかくて、剣は軽くて、私は片手で抜けた。なんでみんな、一生懸命引っ張っても抜けないのだろう。
本物の選ばれた人だと岩が輝くと神官さんが言ってたから、魔法でもかかってるのかな?
「次、ハピエルド・ターク、前へ」
残るはあと二人という時、あの緑色の髪の人に順番が回ってきた。
「竜狩りの名家ターク一族の嫡男か。選ばれるとしたらやっぱりこいつだろ」
「だよな……」
駄目だった人達が囁く声が聞こえた。へぇ、本命なんだこの人。
彼はすぅ、と息を大きく吸い込み、ほんの少し緊張した顔で剣に手を伸ばす。
そしてその時は訪れた。
岩――神の台座がキラキラと金色の光を放ち、すーっと剣が抜けたではないか。
おおっ! 本物はこんな感じでメキメキと音が鳴ったりしないんだ。私の時と全然違う!
抜いた剣を高く掲げるその人のカッコよさと言ったらもう!
「神はこの者を選ばれた」
「おおっ!」
神官さんの高らかな宣言に、他の候補の人達からも拍手と喝采が上がる。私も思いっきり拍手した。
そんな中、当の本人はニコリともせずに、ぼそりと呟く。
「俺が選ばれるのは当然のことだが、変な女に先を越されたのは面白くない」
変な女とは失礼な。でも、その心情は理解できるので、私は『スミマセンでした……』と心の中でイケメンに謝る。
それにしても『俺が選ばれるのは当然』って、結構な自信家だ。この人、俺様?
候補はもう一人残っていたものの、これにて選定の試練は終了。跪く候補者の面々に、神官さんが声をかける。
「此度は聖剣に選ばれなかった他の者も、選ばれし勇士。旅立つことはなくとも、暴竜の災禍より故郷の民を守るために力を尽くされよ」
「はっ!」
こうして、新しい勇者が誕生し、他の候補は神殿から去って行った。
やっと神官さんと話ができるかと思ったが、彼は勇者様と話していて私なんて眼中にない。
「あの……」
そっと声をかけると、反応したのは勇者様の方だった。
「なんだ、まだいたのかお前」
まだいたのかって、本当に失礼な人だ。空気を読んで隅っこの方で静かにしていただけで、ずっといました!
「神官さんに話を聞こうと待ってたんです」
「フン。俺の旅立ちの準備で、神官様は忙しい。それが落ち着くまで待ってろ」
コ、コイツ……! イケメンだからさっきは見惚れちゃったし、個人的に応援してたけど、超性格悪い! なんで神様はこんな男を選んだんだ。
一方、神官さんは優しい方だった。
「まあまあ、勇者様。トモエ殿、お待たせして申し訳ない。いきなり違う世界に飛ばされて、さぞ心細いであろう。それに、トモエ殿も剣を抜いた特別な方。私の勘が正しいとすれば、此度の黒竜王討伐に関係がないわけでもない。では少し話をさせていただこう」
神官さんはまずこの世界について教えてくれた。
私達が住んでいる星を『地球』と呼ぶように、ここの人達はこの世界のことを『ルーテル』と呼ぶ。大陸や島、海、山もあるらしい。陸地がたくさんの国に分かれていて、いろいろな民族が住んでいるのも、私の世界と同じ。
このルーテルには、地球だけでなく他の世界とも行き来できる穴みたいなものがあちこちにあり、それを『扉』と呼ぶのだという。
『扉』は常時開かれているわけではない。だが数年、数カ月に一度など、決まった時期にほぼ同じ場所に現れるそうだ。この神殿の奥の私が潜ってきた『扉』は、かなりの頻度で現れる繋がりの深いものらしい。
「しかし、ここ最近、黒竜王が現れたことで、他の世界との間に歪みが生じ、様々な弊害が起きておる。その一つが、トモエ殿が潜ってきた『扉』のように、繋がりが不安定になることだ。決まった周期が失われ、扉が現れない可能性すら出てくる」
うーん、難しい。理解が追いつかないが、それよりも基本的な用語がわからない。
「あの、黒竜王って誰なんですか?」
さっきの勇者選定の理由は、その黒竜王とやらを倒しに行く者を選ぶためだった。
ちなみにその選ばれし勇者様は、神官さんの横で面白くなさそうに目を閉じて、腕組みしている。喋る気もないみたい。ひょっとして寝ているの?
そんな勇者様をよそに、神官さんは私に説明してくれた。
「黒竜王とは、トモエ殿が来た世界とはまた違う異界――ラーテルからの侵略者。人間でありながら竜を祖に持ち、強大な力を持つ非常に恐ろしい存在」
お、おおぅ! それはゲームで言うところの、魔王みたいなものだろうか。
そう思っていると、神官さんの説明はさらに続く。
「このルーテルにも竜はたくさんいて、いつもは上手く人と共存している。しかし、黒竜王が近づいてくると話は変わる。竜はその昔、ラーテルから来たと言われており、同じ血を持つ黒竜王が近づくと豹変するのだ。常の穏やかさを忘れて暴れ、被害を出す。それを打破するため、そして世界の歪みをおさめるためには、元凶である黒竜王を倒さねばならん。先ほどは、その役目を負う勇者を選定したのだ」
「……確かにそれは勇者様の出番ですね」
そうか。その侵略者が来ていろいろ問題が起きている……と。
――つまり、黒竜王とやらを倒さないと、私の帰り道がいつ出てくるかわからないということ?
しかも、気になることがほかにも……神官さん、この世界にも竜がたくさんいると言った?
「あの、また基本的なことを聞いていいですか? このルーテルには竜がいるんですか?」
神官さんはあっさり答える。
「普通におる。先にも言ったように暴れさえしなければ怖いものではない」
うう、帰りたい……。この世界の竜がどんなものかは知らない。しかし、恐竜しかり、ゲームやアニメの竜しかり、私のイメージでは爬虫類の仲間である。しかも大きそう。
私、爬虫類は大の苦手なのだ。そんなものが闊歩する世界に、一時もいたくない。
けれど、話を聞く限り、すぐには帰れないみたいだ。
「勇者様、ぜひ頑張ってください」
一通り話を聞き終え、私はゲンナリしつつ激励する。
すると、ずっとダンマリだった勇者様が目を開いた。寝てなかったんだね。
「そういえば、お前はどうやってこの剣を抜いたのだ?」
そんなこと私の方が聞きたい。私の代わりに答えたのは、神官さんだった。
「トモエ殿は力業で剣を抜いたのではなかろうか。神の台座が少し欠けておった」
うっ、剣が刺さっていた岩が欠けたの、バレてたのか……
それにしても、私は怪力というわけではない。剣道経験者で、今でも毎日腕立て伏せをしてるから、他の女子よりはほんの少し鍛えている。でも、力業で岩を破壊できるほどではない。
「あの、確かに台座を欠けさせてしまいましたが、たまたまです。私、そんなに力は強くないので……」
「では試しにこの石を握り潰してみなさい」
神官さんは私に小さな石ころを渡した。それはおそらく神の台座と同じ石。キラキラと透き通ったダイヤモンドみたいな石で、硬そうだ。
「えぇ? 潰すなんて絶対無理ですよ」
そんなことできたら化け物だ。そう思いつつ、力一杯石を握ってみる。
するとなんと、石は簡単に粉々に砕け、私の指の隙間からパラパラとこぼれ落ちた。見た目に反して、石は駄菓子のラムネくらいの硬さだった。
イケメン勇者様が明らかにビビった様子で後ずさる。
「ど、どんな力だよお前……! 化け物か?」
「失礼ですね、私は普通の人間ですよ。石が元々脆かったんじゃないですか?」
私が呆れ半分で言うと、神官さんは首を横に振る。
「いや、鋼の槌で打とうと巨竜に踏まれようと砕けぬ石のはず」
「へ、へぇー……」
私と勇者様は、同時に平坦な声を漏らした。
「……その力、間違いない。やはり私の勘は正しかったようだな」
勘って何? なんだか、嫌な予感しかしない。
神官さんはしたり顔になって胸に手を当て、言葉を続ける。
「前回――五十年ほど前にも黒竜王が現れて、この世界を苦しめた。その時、先代の勇者ラッキーは、とても力の強い女戦士の助けを借りて撃退したらしい。その女戦士は、異なる世界より『扉』を潜ってやってきたのだ。この度トモエ殿は勇者選定の日に現れた。これはもう偶然ではないだろう。つまりは勇者と女戦士は対でなければならんとの神の思し召し」
え? それは、私に女戦士になれってこと?
私は戸惑って口をぽかんと開ける。一方の勇者様は、納得がいかないみたい。
「ちょっと待て。では黒竜王討伐の旅に出るのに、俺はこの怪力女と一緒に行かねばならんということか?」
不満げな勇者様の問いかけに、神官さんはあっさり頷く。
「そうなりますな」
「くだらん。俺は一人で行くぞ。女の手など借りなくてもよい」
勇者様は腹立たしげにぷいっと顔を背けた。
私だって、異世界に来ていきなり魔王みたいなのを倒しに行くなんて、御免こうむりたい。
それよりも、神官さんの説明の中で私はあることが気になった。
「あの……そんなに何度も来てるんですか? その侵略者」
「ああ、黒竜王はくり返し現れる。ここルーテルとラーテルは、他の異世界より近しく、一枚の布の表と裏、あるいは光と影のような関係。その二つの世界の境が希薄になる時期が定期的に訪れる。その時、黒竜王は空に浮かぶ城でルーテルに現れては、この世界を自分達のものにしようと攻めてくるのだ」
世界の境とか、またも普通のOLには理解できないことを……
とにかく、定期的に攻めてくる黒竜王を、その度に撃退しているってことか。
先代の勇者様は、どうしてトドメを刺さなかったんだろう。意図的にしなかったのか、できなかったのか……
私が首を傾げていると、勇者様は舌打ちする。
「ちっ、歴代の勇者は大したことがない。俺なら二度とルーテルに現れないよう完膚なきまでに叩き潰してやる。城ごとやってしまえばいい」
「ものすっごく自信満々ですね」
かなりの自信家なんだな、この人。そのくらいでないと、勇者なんて務まらないのかもしれない。
「話は戻るが――どうかな、トモエ殿。その力を活かして、勇者と共に黒竜王を倒しに行ってはくれないだろうか。いずれにせよ、黒竜王を撃退して世界の歪みを正さない限り、ここの『扉』はいつ現れるかわからない。つまりトモエ殿は元の世界に帰れない」
うーん。遺品整理の途中に、ジャージ姿でいきなり知らない世界にトリップしただけでも散々なのに、その上、旅に出ろ? しかも魔王的な存在を倒さないと、元の世界に戻れない?
「そんなことを言われても……」
帰りたい。とはいえ、ただのOLの私に、勇者と一緒に侵略者を倒すことなんてできるとも思えない。
戸惑う私に向けて、神官さんは言葉を重ねる。
「きっとこの出会いは運命。互いに引かれ合ったということでしょうな」
「えぇ?」
またも、勇者様と私は声が揃ってしまった。
「真似すんな」
「そっちこそ!」
険悪なムードになっている私達をよそに、神官さんはニコニコと笑みを浮かべている。
「やはり気が合うようですな、二人は。さぞよい旅の伴侶となるでしょうな」
「どこが!?」
また声が揃っちゃったし! なんなのよ!
とにかく、抵抗しておかなければ。
「で、でも、私、この世界のことは何もわかりません。旅に出るにしても準備もできないし……着の身着のままの一文なしですし?」
「そうだ、俺はともかく、こいつには何もない。ましてや女はいろいろと大変だろう?」
勇者様……気をつかっているようにも聞こえるけど、そうじゃないんだろう。私と一緒に行きたくないという気持ちが、言葉の端々に滲み出ている。
まあ、得体の知れないど素人が旅の供になるのは、足手まといだろう。
それでも神官さんは、私達の気持ちを察してくれない。
「その点は心配無用。勇者の装備とともに、トモエ殿の分も旅の用意をさせていただく。また、各地方の神殿に寄れば、寝泊まりや食事にも不自由はせぬと思いますぞ」
「……うっ」
なんて準備万端なのか。なに、このゲームのオープニングみたいな、至れり尽くせり感は?
「まずは空に浮かぶ黒竜王の城を見つけていただきたい。城は一つ所に留まらずに常に動いておる。現時点では、城の場所を知ることはできないが、知る術がないわけではない。西の森に先代勇者ラッキーが隠居しておいでだと聞く。彼に会えば何かしらの助言をもらえるだろう。それから地方にも神殿があり、それぞれに神官がいる。新しくわかったことがあれば神官同士で情報を共有しているので、神殿に近づいたら寄ってくだされ。先代勇者の助言、我々神官の情報を得た上で、さらにお二人が協力すれば、上手くいくと信じておりますぞ」
「は、はあ……」
もう、何も言い返せなくなってしまった。神官さんの中では、私達は一緒に行くものと決定しているようだ。
「ハピエルド・タークは勇者として、トモエ殿は女戦士として、どうか黒竜王を倒してほしい」
――ん? 女戦士? それはなんというか、響きが強すぎない? そんなに私に期待しないでもらいたい。
「あ、あの、女戦士って呼ばれるのがふさわしいほど、私にできることがあるかわからないんですけど!」
慌てて主張すると、神官さんは「ふうむ」と唸った。
「まぁ、呼び名なんてなんでもいいのだが……」
なんでもいいって、なげやりすぎやしませんか?
私と勇者様が呆れた目になる。
それに気がついた神官さんは、コホンと咳払いをして口を開いた。
「では、トモエ殿。女戦士改め、聖女として勇者を守って――いや、助けてくれんか。元の世界に戻るために」
私が世界に戻るために必要なことだと言われたら、いやですなんて言えない。土曜と日曜のうちに、というのは難しそうだけど、私はとにかく元の世界に帰りたいのだ。
私は「はあ」と曖昧な返事をすることしかできない。
私の返事を了承と受け取った神官さんは、「よかった」とにっこり笑った。
それから神殿の人達が旅の準備をしてくれたのだけど、その早さといったらもう! ほんの三十分ほどで、勇者様の装備が整えられ、旅の支度の品がキッチリ二人分用意された。
私が呆気にとられていると、勇者様は準備を終えて神殿の出口のそばから声をかけてきた。
「おい、怪力女。行くぞ」
「え? ちょっと待って!」
なんだかんだで私と旅をすることを了承しちゃったんだね、勇者様。まあ、拒否できる雰囲気じゃないもんな……
私は慌てて勇者様を追いかけ、とりあえず気になったことを言う。
「私はトモエです。怪力女などと呼ばないで」
「フン。足手まといにだけはなるなよ」
勇者様はやはり感じが悪いが、気にしている暇もなく、半ば追い出されるようにして神殿を出る。
「お二人に神のご加護を。まあ仲良くやってくだされ」
神官さんはそう言って、頭を下げた。
仲良くかぁ……。そう言われても、フレンドリーな感じじゃないしなぁ、このハピエルドさんは。
いっそのこと愛称をつけちゃおう。嫌がるかな?
ハピエルドってなんとなく言いにくいし、祖母がしていたみたいに愛称をつけた方が距離が近づく気がする。これからどのくらいかわからないけど、彼と一緒に旅をしなきゃいけないみたいだから、仲がいいに越したことはない。
そうだな、少し可愛い感じに。はっちゃん? それともハピさん?
あ、そうだ。先代勇者さんはラッキーだったよね。それに近い感じで――
「ねえ、ハッピーって呼んでいい?」
「……俺はハピエルドだ」
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