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番外

夏の限定品:水饅頭と錦玉糖とムース・オー・ショコラ・エトワール

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 夏とはいえ早朝は爽やかなものだ。
 前から朝には強くて四時に起きても平気だったが、最近は本当に目覚ましなど使わなくとも夜明け前に目が覚めるようになった。
「年寄りは早起きだもんね」
 弟の真はそう言いやがるが……放っておいてくれ。四十五だけどさ、まだ年寄りと呼ばれるには早いと思うんだがな。
 ああ、だがそういえば今日は店が休みだ。水汲みも焦らなくていいし、明日の仕込みも夕方からでいい。もう少しゆっくりしても良いのでは……とは思うが。
 暑い。いや、熱い。
 そして重い。
「有紀、放せ」
「う……ん」
 俺の抗議の声に、すぐ間近の小綺麗な顔が眉根を寄せたものの、少し声をあげただけで起きる気配も背中から腰にかけて乗っかっている手を動かす気も無いようだ。
 片腕を枕に、長い腕にがっしり抱きかかえられて、脚までのっている……抱き枕状態なので抜け出すに抜け出せない。
 これが服を着ているなら、何とかすり抜けられるのだろうが、肌同士というのはすべりが悪いものなのだな。アレだ、ゴムの滑り止め。密着していて離れない。くそっ、この吸い付くような求肥みたいなもっちり肌め。しかも暑いからか汗で微妙にしっとりしてるし。
 ……考えてみたら俺、なんでコイツの腕の中で寝てるんだろう。この位置というのは、普通は俺みたいなおっさんがいてはいけないポジションだと思う。十八も歳下のキラキラ金髪美男にむっさいおっさんが抱かれているとは……せめて見ため的には逆の方がまだしも見やすいと思うのだが。まぁ誰に見られるわけでないにしても、地味に恥ずかしい。
 もぞもぞしていたら、やっと有紀が薄っすら目をあけた。
「清さん、もう少し寝ようよ。いい子いい子」
 小さく欠伸をして、後頭部を撫でられたかと思うと、少し腕と脚の位置が変わっただけで更にきつく抱きしめられた。ついでに額にちゅうって。
「……」
 うむ。なぜ撫でられた際、一瞬でも手足が緩んだ隙に逃げなかったのだろうという事はこの際置いておいてだ、またしても捕まったこの状況からどうやって抜け出そうか。とりあえず何か着たい。自分の皮膚感から察するに、下まで素っ裸のようだ。勿論有紀も。寒いとき人肌は心地よいものではあるが、七月に入ったこの時期、あまりベタベタとくっついていたくはない。
 そんなに汗臭く無いどころか石鹸の匂いもするので、一応シャワーは浴びてから寝床にもぐりこんだらしいのだが、なんせ昨夜の記憶が曖昧だ。
 確かに酒は入っていたが、俺、そんなに飲んだかな?
 えーと……この布団からして俺の家だし、昨夜は有紀と一緒に晩飯を食って、自然とキスした辺りまでは覚えているのだが、この素っ裸な状況と地味に余韻の残る尻から察するに、やっぱりハードにいたしたようだし。
 意識飛ぶほどすんなよと思いつつ、密着している奴のナニが存在をアピールしているのにちょっとムカついたので、よっこらしょと手をのけて起き上がった。ううっ、腰が痛い。脚まで絡めていた有紀はころんと転がって布団から出てしまった。案の定素っ裸である。
「むぅ……乱暴」
「どっちがだ。気ぃ失うまでやっといて、人を抱き枕にして寝てたくせに」
「ちゃんと後始末もして、抱っこしてお風呂にも入れてあげたよ? 僕の星のように煌く愛にメロメロになってたじゃない、清さんも」
「……」
 なんと、おっさんは抱えられて風呂に入れられたそうだ。細っこく見えるくせに、どんだけ力持ちだコイツ。いやいや、そういう問題では無い。お前はまだ若いかもしれんが、こっちの歳を考えろ。
 今にヤリ殺されそうな気がしなくも無い……。
 転げたまんま、恥ずかしげも無く元気な乱暴者を晒している奴が、朝にもう一回などと言い出す前に下着をつける。くそぅ、体がだるくてのそのそとしか動けないのが辛い。
「残念。隠されちゃった」
「何が残念だよ……」
 休みだが、俺が仕事用の作務衣を着終わった頃には、横で有紀も既に着替え終えていた。
「まだ四時過ぎだ。お前はもう少し寝ててもいいのに」
「いいよ。目が覚めたし。ほら、笹採りに行くんでしょ? 昨日の夕方雨で行けなかったから朝行くって言ってたじゃない」
「ああ、そういえば……」
 もうすぐ七夕だ。菓子に使う笹を採りに行くんだった。

 大体、こうなったのは昨日期間限定の菓子の試作で盛り上がって甘い言葉を囁かれ続けたからだった。


 ☆

「ちょっと見て欲しいものがあって」
 有紀から電話があったのは昨日の昼だった。何気に最近は同じ水曜日が定休日になっているので、休みの日はたいがい一緒にいる。翌日が休みだからそろそろ連絡があるとは思っていたが、何やら興奮している様子。雨も降ってるし、店が終わってから来いとだけ言うと、夕方そこそこ早い時間にやって来やがった。人気パテシェの洋菓子店は今日も売り切れ御免だったようだ。
「清さーん、愛しの水も滴るいい男が来たよぉ」
 そういうのは自分で言わない。だが確かに物理的に水が滴ってるな。
「お前、雨なのに自転車で来たのか?」
「うん。雨合羽ランペルメアーブル着てきたから大丈夫」
 前に、コイツの真っ赤な黒い馬マークのイタリア車を商店街の共同駐車場に停めてたら酷く目立ったので、恥ずかしいと言ったら自転車で来るようになった。もう一年にもなるが律儀に守ってるあたり馬鹿可愛い。体力もつくから一石二鳥だとか言ってるが、雨の日までそれはどうなんだ。
 合羽を着て来たとはいえ、髪やズボンがびしょ濡れだ。慌てて座敷に上げてタオルと着替えを渡す。ちゃっかり自分の服を置いてやがるので着替えには困らない。
 まだウチは店を開けたままだが、夕刻のこの時間はぐっと暇だし結構な雨足で降ってるので客も来ないだろう。冷えた緑茶を出してやったついでに俺も座った。
「で、何だよ、見せたいものって」
「これ!」
 出されたのはちょっと湿った紙切れだった。写真?
『七夕に食べたい和菓子特集』と書かれた何かの記事のようだ。
「ネット見てて、これが目に入ったからプリントアウトして来た。清さんちパソコン無いんだもん。スマホも持って無いし」
 いや、パソコンはあるぞ。会計用に。ネットに繋がって無いだけで。
「綺麗だよね、これ」
 そこには星空を模した、夢のように美しい菓子の写真があった。これは知ってる。京都の有名な店の羊羹だ。
「ああこれ知ってる。すごいよな。芸術品だな、ここまできたら」
「こういうのって、清さんの店では出さないの? 季節限定のお菓子」
「七夕用の菓子ってことか?」
「うん、そう」
「まあ一応じいさんの代からのがあることにはあるが……」
「あるんだ! 見たい見たい!」
「あー、これ」
 一緒にショーケースまで行って七夕の菓子を指すと、有紀は明らかにがっかりした顔をしやがった。円錐に丸めた笹に包まれただけの水饅頭だもんな。あの美しい写真を見た後ではものすごく見劣りするな、確かに。
「……すごく地味」
「そう言うな。ご贔屓さんは年に一度のこれを楽しみにしている方もおいでだ。本葛と本蕨粉で作ってんだぞ」
 一応最近は星をイメージして飾りに金箔を乗せてあるんだぞ。
「おいしそうで品があるけど、華やかさが無いよね」
 ……言うと思った。実際客にも言われているしな。
「後、こんなのもある。食ってみるか?」
 七夕だけではなく年中ある事はあるのだが、夏用の錦玉糖も出してみた。中がぷりっと柔らかく外はかりかりした食感の半干菓子である。
 春は梅にはじまり、桜、次が菖蒲、梅雨は紫陽花、秋は紅葉……色々な色や形に仕上げる。通年であるデザインは一緒に小箱に詰める琥珀と白の千切りの石型。夏は金魚だが、七夕の時期だけは黄色い星型に抜いたのと、赤、青、黄色の短冊形にしたのを詰め合わせる。安いし、生菓子のついでに子供の土産に買っていく人も多いので、実は結構人気商品だったりするのだ。
「わ、エトワール(星)! すごく可愛いね。食べるのもったいない」
「いやぁ、食ってほしいが。ひねりも何も無いからこれも地味な味だぞ」
 菓子は食ってなんぼだと思う。
 しゃり、といい音を立てて噛み締めた有紀がしばらくしてにやっと笑った。
「不思議な食感だ。ブリュレとも違う、こういうのは洋菓子には無いから新鮮」
「そのままだと日持ちしない錦玉羹を、型抜きして表面を乾かしてある。ほら、さっき見てた写真の羊羹の綺麗な色の部分があっただろう、要はあれと同じものだ。乾かすと砂糖を含んだ膜が出来るからそのしゃりしゃり感が生まれるんだ。中の水分も膜で飛ばない」
 有紀はふーんと興味深げに断面をしげしげと眺めている。
「すごく透き通ってキラキラしてるね。ボゥ、ビジュ、カム……」
「日本語で頼む」
「ん、宝石みたいに綺麗って」
 最初からそう言えばいいのに。最近は日本語も達者になってきたが、ちょっと興奮してる時などはまだ時々謎のフランス語が混じる。
 茶を啜りながらまだ星や短冊を見ている有紀を尻目に、店を畳む準備をする。もう流石に他の客は来ないだろう。
「で? そういうお前の店は何か特別な物を出したりするのか?」
 七夕とケーキはあまり関係ないように思うがな。まあ一応訊いてみる。
「七月七日は七夕だけじゃなく、最近はサマー・バレンタインって言うんだって。だから一応僕の店でもショコラの限定の菓子を出すよ。試作を持ってきたんだー」
 嬉しげに背負ってきたリュックから箱を取り出した有紀。コイツの自転車には籠がついて無いので荷物は背負って運んでいるのは知ってるが、ケーキまで入れてたのか!
「よし、形崩れて無い。お皿貸して」
「……よく潰さずに持ってこれたな。しかも雨降ってたのに」
「愛だよ、清さん。愛があったら不可能は無いんだよ」
 意味がわからんが、やっぱりコイツは相当の馬鹿だと思う。
「じゃあ、清さんに愛を籠めて、サマーバレンタイン」
 自分ちの皿に載せて差し出されたのはよいが……。
「人のこと言えないじゃないか。地味だな」
 ぽこんとした薄い茶色のドーム型のぷるんぷるんに、ホワイトチョコらしい星型の薄いのと濃いチョコ色の星の二色がのっているだけのシンプルなものだった。
「むー、大人可愛いをイメージしたムース・オー・ショコラだよ。三層になってて、ドゥ、アメールの二種類のショコラムースの真ん中にサヴァイオンを入れてだね……」
 専門用語なのかフランス語なのかも謎な言葉で説明されてもさっぱりわからん。
 有紀は自分の作品をしげしげ見つめて、何故かウチの水饅頭に目をやり、そいでもってさっきまで並べて楽しんでいた錦玉糖に目をやった。
「うーん、やっぱり地味かなぁ。このしゃりしゃりの方がまだ華やかだね」
「いいんじゃないか? 美味しけりゃそれで」
「でもそうだな、もう少し清さんへの煌く星のような僕の愛を表現したい」
「……」
 よく真顔でそういう恥ずかしい言葉を言えるものだ。おっさんは思わず誰もいないか周りを見たぞ?
 うーんとしばらく唸ってから、有紀が突然皿を持って立ち上った。え? 食わしてくれるんじゃないのか?
「いいこと考えた。ちょっとこれ飾っていい? 作業場貸して」
「いいけど?」

 暖簾を入れ、完全に店を閉めると俺も一緒に作業場へ行った。
 あ、手を洗ってる有紀が職人の顔になってる。
「グラニュー糖と、水飴と……」
 好きなものを使えと言ったのに、有紀が選んだのは砂糖と水飴だけというシンプルなものだった。砂糖を鍋に入れ、ほんの少しの水で溶かし始めた。水飴も少々。
「飴細工?」
「うん。僕、これでもシュクル・ティレ引き飴では賞ももらったことあるんだよ。今からやるのはシュクル・フィレ糸飴
 そういえば店にも見事な薔薇の花の飴細工が飾ってあった。器からリボンまで全て飴だと言ってたな。馬鹿だが本当に腕はいいんだった。
「そろそろいいかな?」
 飴がほんのわずかにべっ甲色になって来たところで、火を止めた有紀。
「フォーク貸して。あとレードルも」
 言われるがままに渡すと、おたまにフォークでゆるい飴を細く掛け始めた有紀。綺麗に格子状に荒く組み上げると、冷えるまで持っててと渡された。
 次に有紀は同じ飴でペーパーの上に二つの小さな星を描いた。あーなるほど、なんかやりたい事がわかったかもしれない。
「もういっちょ」
 今度は作業用の大理石の上に直にフォークを振り回し始めた。
 うわっ何だ! ものすごい勢いで手が動いてる! ナントカ神拳の使い手みたいだな、オイ!
「シュクル・フィレはね、ふんわりさせようと思ったらスピード勝負だよっ!」
 みるみるうちに髪の毛ほどの細さの飴の糸がこんもりと盛られていく。キラキラと金色に輝く飴の糸は、作っている本人の髪の毛のようだった。
 先におたまで作った飴を外すと、ドーム状に固まっていた。
「これを、被せてっと……」
 地味なムースの上に一回りほど大きな飴の覆いが乗った。そこに、更に糸状に作ったものも短く砕きながらふわりと乗せる。最後に二つの星を飾ると、天の川で出会う二つの星が見事に表現された。細い細い飴の糸は流れる川のよう。全てが金色で、微かに透けて下のチョコの色が見えているのも上品だ。
「……すごいな、これは綺麗だ」
「でも、持ちかえり用には無理だから、これは清さん用だね。ぺしゃっとなっちゃう前に食べてみて。あ、外側の飴はおまけだから味は甘いだけだけど」
 壊すのが勿体無いほどだが……さっきの錦玉糖と同じで食べてなんぼだな。
 やや緊張しつつ匙を入れると、さくりと飴の層が割れた。中は柔らかいムースの微かな弾力。
「舌触りじゃないけど、さっきのさくさくの星のカンジに似てるでしょ?」
 なるほど。金玉羹をヒントにしたのか。
 甘みと苦味、そしてまた濃厚なクリームの味と複雑でいて繊細な味。
「美味い」
 思わず頬が緩む。相変わらず有紀の作る菓子は幸せな味だなぁ。
「ああっ、もう。その笑顔は反則だって、清さん!」
 何が反則なのかはわからないが、思いきり抱きしめられた。
 で。
 店も閉めたし、水饅頭用の笹は朝採りに行こうと言って、雨の中自転車で帰らせるのもなんなんで泊まって行けとなって、一緒に酒を飲みつつ菓子の話をしてて、じゅてーむだなんだ言われ続けて、気がつけば自分もいただかれていた……と。
 雨は上がって、洗い流したように爽やかな空気の中、痛い腰をさすりつつ、早朝に二人でいつも水を汲みに行く山寺の横で笹を取って帰った。ついでに水のタンクも持たせたよ、有紀に。
 そして七夕の夜にまた会おうと約束をして別れた。

 ☆

 地味だ地味だと言われていた水饅頭は、なんだかんだで非常に売れ行きが良く、昼過ぎにはすでに完売してしまった。錦玉糖の星もほとんど出た。
 今日は七夕。今度は俺が有紀の家に行く。いつもの寝巻きとは違って少しよそ行きの紺の浴衣は若いときに作ったものだが、たまには着てやら無いとな。
 からんからんと下駄の音。
 あちこちの軒先に子供が書いた短冊が吊るされた笹飾り。
 朝方まで雨が降ってたから天気は心配されたものの、なんとか上がってよかった。曇り空で星はあまり見えそうには無いが、雲の上では織姫と彦星が一年ぶりの逢瀬を楽しむ事は出来そうだ。
 ふと、愛する人と一年も会えないなんてどうなんだろうと考えた。
 浮かんだのはこれから会う相手。女でも歳相応の相手でも無い若い男。
 ……辛いかな、やっぱり。こうしてたった電車の一駅しか離れて無くて、自転車や徒歩でも行き来出来るほど近くにいて、間に渡れぬ川があるわけでもない。週に二度は会ってるのに、それでも会えない日は寂しい。そんな相手に一年も会えなかったら。
 なんか考えもつかないな。
 形だけでも結婚した嫁と別れて、その間も何人も相手がいたけれど、それでもこんなに深く関係を持った相手がいる事無く十五年以上一人でも平気だったのに。たった数日でも声が聞けない、顔が見えないだけで不安になるなんて思いもよらなかった。
 からんからん、下駄の音を響かせて、夕方の町を行く。

「待ってたよ」
 もうこちらも店じまいした洋館の洋菓子店の前に、有紀が立っていた。
 あまり洋館には似つかわしくない七夕飾りが立ててあるのが少し笑えた。
 それに……。
「へへへ、どう? おかしい?」
 今日は有紀も浴衣を着ている。薄青の生地の涼しげな浴衣。着付けてもらったのかきっちり着ているが、金色の髪に和装は少し微妙な感じだ。それでもなんというかその……色っぽい。
「店の子に、店長似合わない~って散々言われたんだけど」
「いや、似合うと思うぞ」
 うう、なんかちょっと雰囲気が違うから緊張するな。
「笹飾り立てたんだな」
 ウチはそこまでしなかった。商店街のがあるし。
「うん。お客さんに短冊書いてつけてもらったんだ。面白いよ、色んなお願いがあるんだよ。僕もまだ書いて無いんだ、清さんも書こうよ」
 というわけで、二人で短冊に願い事を書くことになった。
 うーん、願い事か。なんて書けばいいのかな……。
「有紀はなんて書くんだ?」
「ひ・み・つ」
 じゃあ俺も秘密にしておこう。

 芝生の庭に長椅子を出してしばらく空を見上げたが、星も見えない曇り空のまま、七夕の夜が過ぎていく。
「清さんの浴衣姿色っぽいね」
「……そうか? 俺は毎日寝巻きにしてるから特別な感じはしないんだが」
 お前の方が余程色っぽいなどとは口にしなかったが。
 肩を抱かれて自分でも驚くほどドキッとした。
 いつも思うのだが……やはり反対の方がいいと思うんだがな。それでもこの位置にホッとするのはなぜだろうか。
「何照れてるの、清さん。可愛いなぁもう」
「可愛いっていうのやめろって言っただろ。ったく……」
 そして白い顔が近づいて来る。唇が重なり、離れていくのさえもどかしい。
「なんて書いたんだ? 願い事」
「清さんと来年もこうしてずっといられますようにって」
「……」
 俺も書きたかったけど書かなかった……。
 横でふと空を見上げた有紀の横顔に見惚れた。雲の向こうの星空を映すような、そんな綺麗な目。
「別に願わなくてもずっと会えるし会ってるじゃないか」
「うん。だけどさ、人は毎日違うでしょ。今日の清さんには今日しか会えない。来年どころか明日だって違うんだよ。そう思うとひと時だって目を離したく無いんだよ」
「一期一会ってやつか」
 なんだかんだでコイツ、見た目によらずめっちゃ日本人だよな。
「清さんはなんてお願い書いた?」
「……また一年いい菓子が作れますように」
「えー? 僕の事は願ってくれなかったの?」
 願ってるよ、心の中では、ずっとな。
 でも、もし俺達が菓子を作る職人じゃなかったら、会う事はなかっただろう。そう思ったらすごく大事だと思わないか?
「逢えたかな、織り姫と彦星は」
「逢えたよ。きっと今頃いちゃいちゃしてるよ。こんな風にね」
 また強く抱き寄せられた。この場合、有紀にとってはひょっとして俺が織り姫扱いなんだろうか。おっさんだけど?
 ま、いいか。
 もう少し、こんな関係でいたって。
 というか……このままでいたいな……などと柄にもなくしんみりしていた。
「ふふふ~、浴衣っていいよね! すっごく無防備で。脱がなくても出来るよね!」
 そんな声を聞くまでは。

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