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星龍の章 第三部
終話
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痛てっ。誰だ、おでこを何か尖ったモンで突くのは。
「皆さーん、お目覚めみたいですわよ」
あ、この声。
オレが重い瞼をこじあけると、とても美しい顔が覗き込んでいた。半分だけ。
「……あのぉ、デリアさん? なぜいつもドリルで?」
「お目覚めにならなかったら、開頭手術しようかと」
微笑んで言われた言葉に、思いきりハッキリ目が覚めました。はい。ってか、なんであんたがいるんだ。
頭だけはしっかり睡眠をとった後みたいにスッキリしているのに、体が異常にだるくて重い。とりあえず体を起こしてみる。なんとか座れたけど、やっぱり脇は痛かった。
「カイ!」
一番聞きたかった声がして、すごい勢いで飛びついてきた。
ぐはっ、痛い。嬉しいけど加減してくれ、フェイ。
「……良かった」
「ごめんな、心配かけて」
「パパ~!」
ちっこいのも飛びついてきた。うぉっ、これも響くねぇ。ルイ。
オレ、もう一回寝込んでしまいそう。
「はいはい、嬉しいのはわかるけど、もう少し優しくしてやりなさいな。肋骨折れてるし、あちこち打撲もあるから」
医局の先生の声だ。ってことは……。
「ここってバンコク? オレそんなに寝てたの?」
「そりゃもう。丸っと二日寝てたわよ。怪我は骨折以外は大したこと無いけど、相当長いこと溺れてたみたいだし、疲れも溜まってたんでしょ」
まあな。そりゃ疲れもするわな。宇宙に行って来たんだし。
「方舟が飛んで行った時、もう会えないって思った……」
フェイ、ちょっと涙声だ。
よく顔見せて。ああ、やっぱり可愛い。愛おしい。こんなに大事なもの残して行っちゃうわけ無いだろ?
「絶対帰るって約束したじゃん」
「うん、そうだよね」
人目があろうが、チビの前だろうがもう何でもいいや。思いきりキスした。
もう一度言うよ。
「ただいま」
突如海底から現れて、飛び立ったと思ったら帰って来た謎の巨大な物体……方舟は世界中を驚かせた。
乗っていた本人は全く知らなかったのだが、方舟が水蒸気の尾を引いて空に上がって行くさまは、地上から見ればあたかも翼を広げた蛇か竜が空に舞い上がるみたいに見えたという。
こうして、新しい神話が生まれた。
キリシマ博士を解放した元闇市場の科学者達は捕まったものの、彼等の信奉する博士が星になった事で真実はうやむやになり、結局今回の事態の首謀者は世間的には誰にもわからないという結果に終わった。
勿論、ロンもルーもキリシマ博士だったということなど誰も知らないし、また真実を明かしたところで信じる者もいない。博士は十年前に死んでいる事になってるし、学者達も語ることは無いだろう。彼等の中で、リューゾー・キリシマの名前は神に等しいのだから。
例の独立宣言放送により、ちょっとワリを喰ったのはフェイだったが、一日警察で事情を聞かれただけですぐに解放された。地球の反対側にいたことはすぐにわかることだ。
ズルイとは思うけど、G・A・N・Pとしても真相は隠しておかなければいけない。創始者であるキリシマ博士の起こした今回の騒動は、組織存続の危機だ。闇市場はなくなっても、今後もA・Hにとっての新しい脅威はいくらでも現れるだろう。そのためにG・A・N・Pもまだ無くなってはいけないのだ。
占拠されたドームは、独立国家としては正式に認められないものの、このまま非合法のA・H達に開放する形でおさまった。条件として、近くにもう一つドームを造るということになったらしい。集められたA・H達の雇用にもつながるし、これはいい案だと思う。本部長あたりが、かなり頑張って上部に交渉したみたいだ。
帰りたい者は帰り、来たい者は来られる出入り自由の本当の楽園となったわけだ。
突然現れた翼の蛇の印は、結果闇に埋もれていた非合法のA・H達に光を当てるきっかけになった。いつ何時弾けるかわからない危険性もあるとはいえ、オレが大丈夫だったように、簡単な外科手術で剥がせるし、シールでも防げる。全員の印を無くすまで何年かかるかわからなくても、今後少しづつ減っていくだろう。
また、水槽の中の動物達のうち、戻せるものはミカさんの望み通り、細胞サンプルと遺伝子情報だけを残して野に、海に放たれた。それ以外はどうしようも無かった知識の方舟の中の博士達と共に、以後条約機構や中央政府により保護されることとなる。
闇市場の造ったアークは、今後G・A・N・Pが管理を任せられ、本当の意味で地球上の生き物達の命の種を保管する方舟になるのだ。しばらくは一つの島として海に浮かんでいるだろうが、有事にはまた飛び立つ事があるかもしれない。
もう誰も傷つかない、人々が描き続けたキリシマ博士の幻想も壊さない終わりってのはまあまあ上手く行ったんじゃないかな。
今頃、ミカさんは少女の姿の父に愚痴を言ってるのだろうか? それとももう星になったのかな。本人がこれが一番幸せな終わりだと言ったのだから、オレは可哀想だなんて思わない。
博士だってそうだ。最後に完全とは言えないまでもやりたいことをやって、喧嘩別れした娘と仲直りできたんだからさ。でも、詳しいことはフェイには内緒にしておくよ。多分、これからもずっとね。
ロンになったルーはどうしてるんだろうな。きっと彼女も幸せだと思うけど。
命の危険も無くなった事だし、デリアさんも普通の(?)外科医に戻るかと思いきや、何故かまだG・A・N・Pの医療センターにいる。腕はいいし、優しい人なのでとても重宝がられているのに、本部長はどうしてもあの外見に慣れないらしく、今でも怖がっている。オールマイティな親父にも苦手なものがあったんだな。
何だかんだで一番活躍したアイザック・シモンズ氏も、そろそろ次に本部長を譲って楽になりたいとこぼしてるが、オレに言わせりゃこれ以上の人材はいないだろうから、もう少し頑張ってもらいたいところだ。
全てはこれでいいよな。きっと……そうあって欲しいと思う。
一年後。
フェイは惜しまれつつもG・A・N・Pから引退した。ルイもだ。
結局クビにはならなかったので、オレはまだもうしばらく頑張る。本部から北米支部にもう一度出戻りはしたけどさ。すっげー責任を負わされて嫌だけど今度は支部長として。
週末しか帰れないとはいえ、家には家族が待っている。血の繋がりも無い、歳もバラバラの、ちょっと変わった構成であっても大事なオレの家族。彼等のためにもオレはちゃんと稼いで強い男にならなきゃいけない。
バンコクはいいところだったが、ウチの家族には暑すぎる。もう少し過ごし易い方がいいだろうと、北米の湖の近くに家を買って移り住んだ。
まあ、冬は結構寒いから、これはこれで問題もあるけど、空気もいいし、緑の深い森も美しい自然豊かなところだ。
オレは一家のパパだからな。えっへん。
「いいお天気だね。みんなで外を散歩してきたら? 僕はお昼の用意しておくから」
最近、少しだけ料理が上手になったフェイが言った。
フェイはママだ。只今育児と家事の修行中。すっかり女らしくなってきた。
……戸籍の上では他人だけど、事実上はフェイとオレは夫婦なのだ。
ルイもちょっとだけお兄ちゃんらしくなってきた。甘えん坊なのは変わらないけど。
ウチの末っ子は元々頭がいいから、言葉も沢山覚えたし、文字も少し書けるようにもなった。そう、いつぞやの会議の関係はまだ続いてるのだ。一番年上でのっぽな末っ子。
カナダのディーンのお父さんが、彼とルイを故郷に連れて帰るのを止めたのはオレだった。
唯一の肉親だし、ルイにしてみたら本当のおじいちゃんだ。でも、フェイとルイを引き離すのも可哀想だし、だからといってディーンと引き離すのもルイが望まなかった。バンコクより近いここに家を買ったのはそういう事情もあるのだ。好きな時に会いに行けるから。
初めて孫を見た時のお父さんの顔、もうメロメロだったもんな。ちなみにお父さんも背が高くて渋カッコいい人だ。
「息子も娘も増えて嬉しいよ。孫まで見られるなんて」
そう言って月に一度は必ず会いに来てくれるし、こっちからも行く。研究所育ちで親を知らないオレも、父さんが出来て嬉しい。
そんなわけでヘンテコで複雑な人間関係の、でも幸せな家庭だったりするのだ。
「トンボさん待ってぇ!」
柔らかな緑の草原を、ルイが嬉しそうに空に向かって手を伸ばして走っている。
暑くも無く寒くも無い、とても気持ちのいい季節の、いいお天気の午前。
「ルイ、上を向いてあんまり走ると転ぶぞ」
そう言ったオレの横で、ゆっくりと空に向かって白い手が伸びた。
「蜻蛉、見えた?」
「……」
「大きくて色がキレイだな」
「……コモングリーンダーナー……Anaxjunius」
「え?」
「あれの名前」
にっこり笑った顔は、子供みたいに無垢で穏やかなまま。
でも最近、時折こうやって一瞬だがふと昔の面影が浮かぶ事がある。
ミカさんの最後の伝言を渡せる日も遠くないのかもしれない。
その時は、今のそれなりに楽しい家族の形は変わってしまうだろう。本来あるべき姿に戻ってしまうかもしれない。その時は唯一の他人であるオレは、一人ぼっちになっちまうかもしれない。
少し怖くもあるけど、覚悟も出来ている。それに、フェイをもう離す気は無いから。
「今度生まれ変わったら、一番最初に逢えるといいわねって伝えて」
ミカさんはそう言った。
オレもそう思うよ。フェイに一番最初に逢いたい。
そして今まで出会った全ての人に、もう一度逢いたい。
蜻蛉は湖の方に消えていった。
「みんなー! お昼にしようよ!」
弾むような声が掛かり、一斉に振り返ると、湖畔の大きな木の下でシートを広げてフェイが手招きしている。
もう少し、こんな幸せな日々が続くといいな。
守りたい人がいて、笑顔で過ごせる穏やかな日々が……。
ENDofALL
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