Dragon maze~Wild in Blood 2~

まりの

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星龍の章 第二部

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 なるほどね。荒野か。確かに荒野としか言いようがないなぁ……。
 ごおおぉと吹き抜ける乾いた風。背の低い草がまばらに覆うだけの大地。遥か彼方に雪を頂いた白い山が見える。アンデス山脈の南の端っこ、あの向こう側は氷河が刻んだフィヨルド。
 パタゴニアと呼ばれるこの地方は山脈を挟んで両側は全く環境が違う。
 ぽつんと生えた木は、風の強さをそのまま形にしたみたいに枝が同じ方向に斜めに伸びているのが面白い。こんなところでも生きてるんだなぁと、妙な感慨を抱かせる造詣だ。空だけがやたら青い。
 さすがに小型機とはいえ、すぐ近くに着陸するのもなんなので、ドームから目視出来ない距離を考えてかなり離れたところに降りた。ここからは目立たないよう徒歩だ。
 まさかそこまで計算に入れた上のメッセージだったのだろうか。だとしたらミカさん……だと思うけど……は、相当頭がいい。ま、博士の娘だしな。
 ところで―――。
「お前なぁ、歩かないんなら何故ついてきた?」
 ちゃっかりオレの肩の上の定位置で、長閑に鼻歌を唄っているルイについぼやく。
「でもぉ、こうしてるとあったかいでしょ? ボクはさむいのへいきだけど」
 うん、確かにこのぽわぽわ内腿は天然の襟巻きだ。幼児は体温が高いからな。この辺の季節は春とはいえ、さすがに熱帯から来たら相当寒い。気持ちいいっちゃあ気持ちいい。なんか問題をすり替えられた気もするけどな。
「楽園には程遠い眺めだな」
 本部長……シモンズ氏が呟いた。
 本当だな。山の方は湖や有名な氷河の美しい眺めもあるし、海の方に行けば海獣の宝庫らしいけど、内陸は人の気配も無く、動物がいることすらあまり感じない。こんな所で探し物をしろと言われても困る。
 およそ五キロ。大きな道を外れ、荒野の中を歩く。そもそも人の住んでいない土地で、環境に負荷をかけない場所に造られるのがドーム都市だ。いかにパタゴニアとはいえ、ここよりちょっと南西の海峡沿いや山沿いには旧世紀から街もあって人も住んでいる。この荒野ゆえに建てられたドームなんだろう。
「きゃっ」
 凄い風が吹いてきて、ルイが飛ばされそうになっている。フェイも前に進むのがやっとみたいだ。かくいうオレも目を開いてるのがキツイ。
 風の大地……誰かがそう表現したそうな。納得出来る。
「ルイ君はおじさんが抱っこしてやろう。カイはフェイを陰にしてやりたまえ」
 むう。何でついて来たんだこいつら。釈然としないが、とりあえずシモンズ氏に従う。オレが肩を抱き寄せると、フェイが見上げて微笑んだ。うん、まあこれもいいかも? こないだのアレ以来、日に日に女の子っぽくなってきたぞ。可愛いなぁ。
 彼方に銀色に輝くドームが小さく見えてきた。海からだとしても、他のA・H達もこうやってこの風の中を歩いて行ったんだな……大昔の人が聖地を目指したように。そこが楽園であると信じて。
「あ、見て。可愛い動物がいるよ。何だろう」
 フェイが嬉しそうに指差した。乾いた草の中に数頭の動物。鹿みたいな小型のラクダみたいなのが跳ねる様に走っている。いかにも南米っぽい生き物だ。
「あれはグアナコだよ。こんなところにもちゃんと生き物がいるんだな」
 シモンズ氏の感慨深げな声。へぇ、さすが本部長、よく知ってるな。
「ねえ、じゃああれは?」
 今度はルイが指差す。思い出したようにまたちょっと背の高い風の形をした木が一本生えている所。その根元に確かに何かいるけど……。
「なあ、フェイ、あれ人間だよな?」
「そうみたい」
 おいおい、こんな荒野のど真ん中で行き倒れかよ? ひょっとしてドームを目指してたA・Hかも。慌てて皆で駆け寄る。
 近づいてみると、別に倒れている訳でもなく、ただ風を避けて座ってるだけだとわかってホッとした。
その人は、そこそこ歳はいっているみたいだけど上品そうな、身なりのいいなかなかの男前だ。
彼はオレ達の姿を確めると、杖をついて立ち上がって、何も言わずに軽く会釈した。優雅とも言えるその動きは、ここが荒野のど真ん中であると一瞬忘れてしまうほどだ。英国紳士ってカンジ。
「あ、おじちゃん!」
 ルイが嬉しそうにその人に駆け寄る。
「え? ルイの知り合い?」
「うん」
 もう一人、その人物を知っている者がいた。
「僕も実物に会うのは初めてだけど知ってる……」
 フェイがオレの後ろに隠れるように言う。そしてオレの耳元で囁く。
「……この人、闇市場の親玉だよ」
「へ?」
 ひぃええええぇ! マジですかぁあああ!!
 多分、本部長も心の中で叫んでいるだろう。でも今はG・A・N・Pとして来てるわけじゃないからこの場で捕まえるわけにもいかないしな。
 紳士の口が動いた。『もと』と言ったようだ。
「あなた、喋れないんですか?」
 オレが訊くと、無言で頷く。代わりにルイが言う。
「おじちゃんねぇ、むかしオオカミにかまれたんだって。だから声でないの」
 ほうほう。そいつはきっと、背の高い白いオオカミだったんだろうな。眼鏡かけた。
「でもやさしいからすきぃ」
 ルイがぴとっとくっついたのを抱き寄せる男の顔は、驚くほど穏やかだ。確かに優しそうだな。でもその目は鋭く、片方だけだが恐ろしく長く鋭い爪のある猛禽類の鳥を思わせる節くれだった手。こいつもA・Hなんだな。よくこんなのに噛み付いたな、オオカミさんよ。そりゃボロボロになるわ。
「クラウンイーグルだな、この爪は」
 にわか動物博士のシモンズ氏。そうか、あんたも猛禽だもんな。フクロウだけど。
 ん、待て。
「クラウン……王冠!」
 ひよっとしなくても、こいつがメッセージにあった荒野の王冠か!
 まさか人とは思わなかったぞ。しかも、元とはいえG・A・N・Pの宿敵とも言える男だぞ。昨日の敵は今日の友っていうけど、これは極端過ぎやしないか?
「で、何でこんな所に? 待っててくれたわけ? オレ達が来るのを」
 男は頷いて、ルイに耳を寄せて何か囁く。
「こうかん。くびかざり、わたす。おじちゃんから箱もらう」
 チビ通訳が間に入る。
 フェイが首に掛けていたネックレスを外して男に渡した。男はそれをそっと受け取ると、胸前で握り締めて目を閉じた。
「それ、大事なものなの?」
 フェイに訊かれ、頷いた男の顔は酷く悲しげだった。そういえば、ロンも大事だって言ってたよな。
王冠の男は、今度はルイでなくフェイに耳打ちした。何事か聞いたフェイの顔も曇った。
「そう……じゃあ大事にしてあげてね」
 何て言ったのか気にはなったが、後でフェイに聞こう。
 男がポケットから金属の小さな箱を取り出し、オレに差し出す。
 端末? 何かのスイッチ?
「止める事が出来なくて悪かったって。罪滅ぼしでは無いが、ロン達は私が最後まで大事にするからって」
 今度はフェイが通訳だ。耳のいいフェイには声の無い囁きだけでも充分だ。
「ロン? 生きてるのか?」
 オレが訊くと、男は小さく頷いた。哀しげな目で。
 『達』っていったよな。じゃあルーも? ……すごく嫌な想像はつくけど、ひょっとしたらルーにとっては幸せかもな。それも。
「この箱はどうやって使うんだ?」
 哀しい目のまま、男はオレに一枚のカードを渡した。
 その中身は……。

『迷宮の奥深く、方舟は今、ハーピィだけが護っている。人の姿をしたものは竜と共に皆外に出た。一と二の封印が解かれる時、竜が星に旅立つ時。人も獣も連れて行けない。大地から生まれたものは大地から、海から生まれたものは海からは離れられない。竜は一人で行かねばならない。そのための最後の封印を解くのは、翼の蛇から解放された者』

 なんじゃこりゃ? えらく抽象的で詩のような文面だな。説明書には程遠いぞ。何でいつもこう、相手を試す様なメッセージばかり? いい加減頭に来るんだけど。
 男はもう一度ルイを抱きしめた後、オレ達に会釈した。そのままくるりと向きを変えて荒野に向かって歩き出す。王冠の役目は終わったようだ。
「あっ待って。あんたの名前は?」
 数歩先で男が立ち止まり、少し振り返って口を動かした。
「……レイ?」
 そう読み取れた。正解だったらしく、男は再び歩き出した。
「おじちゃん! いっちゃうの?」
 振り返りはしなかったものの、背中にかかった愛らしい声に応えるように、元闇市場の親玉は持っていたステッキを軽く振った。くう、悔しいがやることがいちいちカッコいいな。
 しばらく荒野に消えていく後姿を見送って、オレはフェイの肩を再び抱き寄せた。
「なあ、さっきあの人、何て言ってたんだ? あのネックレスのこと」
「あれは……ルーが貝殻を拾って一生懸命作ったお守りなんだって。ロンのために」
 そうか……そりゃ大事だな。前にクーロンで壊してしまったのを少し後悔した。あの時、博士=ロンも大事にしていた。それはルーが作ったものだと知ってたからだろ? なのになぜ……。
「さ、オレ達も行こうか」
 日が暮れる前にドームに行かなきゃ。本人に訊けば何もかもはっきりする。
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