25 / 42
火龍の章 後編
4
しおりを挟む
「また会えましたね、カイ・リーズ」
長身、黒い長髪、白い肌に薄青の目。気味が悪いくらいにウォレスさんにそっくりなその顔。ロン。
「……オレは……会いたく無かったけどな」
う~ん、何かまたちょっと計算が狂ってきた。動けるようにはなって来たけど、流石に今こいつを相手にするのはちょっとなぁ。どれだけ強いか知ってるだけに厳しい。
「あ、大丈夫ですよ。そいつは今動けませんから」
得意げに男の方がロンに言った。こらこら、お前は何もしてないだろ。
「まあいいでしょう。どうせ私はこちらのネコさんにも用がありましたから。手間が省けました。しかし、自信満々に言っていたわりにG・A・N・Pの追手の来るのが少々早すぎるでは無いですか。だから予告などというお遊びも大概にしておきなさいと忠告して差し上げたのに。で? あれは手に入ったのでしょうね?」
ロンに尋ねられ、女の方が気まずそうに言う。
「……持っていませんでした」
ロンの表情が一気に厳しくなった。
「これは考え直さねばなりませんね。やはりあなた方を連れて行くのは……」
「ま、待ってください!」
「ほら、ちゃんともう一つのお宝は用意しました!」
サラマンダーは二人とも大慌てだ。何だ? このやりとり。
連れて行くって……そうか、こいつらは『選ばれて』ないんだ。きっと、手柄をたてればあの印をもらえると思ったのだな。少しだけ形が見えてきたぞ。
だが、ここで事態が一変した。
ロンの視界を遮るように立っていた男の方が、やや誇らしげに横に退く。
薄青の目が、ベッドの上のフェイの姿を確かめた途端、大きく見開かれた。
「フェイ!」
慌てて駆け寄って手首の戒めを解く表情が、口惜しいくらいウォレスさんそっくりだ。冷たい無表情な白い顔に突然人間らしい感情が通ったように。
ロンはぐったりと力の抜けたフェイの裸体に自分のコートを脱いで掛け、抱きしめた。
「大丈夫か? ああ、可哀想に……なんという酷い事を」
「……だい……じょうぶ……」
ぼうっとしたフェイの目には、奴は誰に映っているんだろう。
「待ってなさい」
もう一度、そっと壊れ物でも扱うようにフェイを横たえて、ロンが立ち上がる。
サラマンダーの二人に向き直ったロンの低い声は、心持ち震えていた。
「これはどういうことです? 大切なフェイを……随分な扱いではありませんか」
ただでさえ大きなロンの体が、一層大きく見える。
すごく怒ってる?
表情はそんなに変わってないが、ぐるる……と低く獣の唸り声が聞える。長い髪が逆立つほどの怒り。息が止まりそうな捕食獣の殺気が部屋にたちこめはじめた。
フェイの事はこいつがやらせたんじゃないのか? なんでそんなに怒ってる?
「逆鱗に触れる、という言葉を知っていますか?」
「……あの……」
一歩踏み出したロンの只ならぬ気迫に、男の方が後ずさる。
「私は解除コードが欲しかっただけだ。誰もフェイをこのように辱めろと言っていない。失敗した上、最もやってはいけない事をしましたね」
「な、何もしてませんよ! 触りもしてません」
「聞きたくも無い!」
姿さえ見えないほどのスピードでロンが動いたと思うと、次の瞬間にはサラマンダーの男の方の首から血が飛沫いた。
「イアっ!!」
女の方が慌てて駆け寄る。馬鹿、行くな! お前も……。
広がっていく血溜まりの中で、イアの体がぴくぴく痙攣している。確実に頚動脈を掻き切られてるな。たぶん、もうそう長くない。
「なぜ!? 約束が違うじゃない! よくも弟を!」
泣き叫ぶような女の声とは対照的に、ロンの目はどこまでも冷めている。
「約束? そんな物をした覚えは無い。君達が勝手にやった事だ」
「だからってそこまでする事無いだろ!」
オレは思わず割って入った。毒の影響はもうほとんど抜けたみたいだ。すんなりとはいかないが、なんとか立ち上がれた。
アイスブルーの冷たい目が、今度はオレを捉えた。
「君はどこまでも首を突っ込みますね。カイ・リーズ」
突き刺さるような殺気と唸り声。さっきのイアの血のついた爪を軽く振って、ロンがゆっくりとオレの方に歩いてきた。
「カイ……!」
フェイが起き上がろうとしたが、ふらついてベッドから滑り落ちたのが視界の端に見えた。
「おい、ミアとかいったな。弟みたいになりたくなかったら、フェイを連れて離れてろ」
サラマンダーの女に言うと、彼女は素直に頷いた。ロンの問答無用の殺気を感じたらしい。
くう、まだちょっとふらつく。でも、こうなったらやるしか……。
「なあ、教えてくれ。フェイを誘拐させたのはお前じゃないのか?」
オレは一応ロンに問うてみた。
「答える必要がありますか?」
「あるね。オレはフェイを取り戻しにきただけだ。オレだって正直、フェイを酷い目に遭わせたその男を殺してやろうと思った。本当にやるとは思わなかったがな。だが、もしこれが元々はお前が命令してやらせた事なのなら、オレはその男以上にお前を許せない」
自分でも何言ってるかわからなくなってきたけど、ロンも少し頭に上ってた血が引いたみたいだ。やや、落ち着きを取り戻したかに見えた。
吐き捨てるようにロンが言う。
「私がこのような事を命令するものですか。折角の能力を無駄にするこの下衆な輩を、私の楽園に連れて行く気など端から無かった。だが、理想を完成させるにはフェイに託された解除コードがどうしても必要。だから取引に応じただけ。それを……」
「解除コード? あのワケのわからない言葉が並んでるやつ?」
オレが尋ねると、ロンの表情が変わった。
「知っているのですか?」
「ちらっと見たけど覚えちゃいないし、今どこにあるのかは知らない」
本当にどこにあるのか知らない。フェイは知ってるかも知れないし、たぶんウォレスさんがどこかに隠したのだと思うけど、彼の研究室にも部屋にも無かった。名前を出すと今度は彼にも危険が及ぶ。あれはそんなに大事な物だったのか。
それにしても、ロンは何でこんなにフェイを大事にするんだろう。フェイはコイツのことを知らないって言ってたのに。オレにはその方が大きな謎だよ。
「……知らないなら君に用は無い。やはり消えていただきましょう。目障りだ」
目障りって。えらい言われようだな。考えてみたら別にオレ、何もしてないんだけど。ひょっとして何か? オレがフェイと一緒にいるのが気にくわないのか?
こいつは逃れようが無さそうだな。やっぱ、やるしかないか。
喰うか喰われるかの緊迫した空気がたちこめる中、黒い狼がオレに牙を剥いた。
長身、黒い長髪、白い肌に薄青の目。気味が悪いくらいにウォレスさんにそっくりなその顔。ロン。
「……オレは……会いたく無かったけどな」
う~ん、何かまたちょっと計算が狂ってきた。動けるようにはなって来たけど、流石に今こいつを相手にするのはちょっとなぁ。どれだけ強いか知ってるだけに厳しい。
「あ、大丈夫ですよ。そいつは今動けませんから」
得意げに男の方がロンに言った。こらこら、お前は何もしてないだろ。
「まあいいでしょう。どうせ私はこちらのネコさんにも用がありましたから。手間が省けました。しかし、自信満々に言っていたわりにG・A・N・Pの追手の来るのが少々早すぎるでは無いですか。だから予告などというお遊びも大概にしておきなさいと忠告して差し上げたのに。で? あれは手に入ったのでしょうね?」
ロンに尋ねられ、女の方が気まずそうに言う。
「……持っていませんでした」
ロンの表情が一気に厳しくなった。
「これは考え直さねばなりませんね。やはりあなた方を連れて行くのは……」
「ま、待ってください!」
「ほら、ちゃんともう一つのお宝は用意しました!」
サラマンダーは二人とも大慌てだ。何だ? このやりとり。
連れて行くって……そうか、こいつらは『選ばれて』ないんだ。きっと、手柄をたてればあの印をもらえると思ったのだな。少しだけ形が見えてきたぞ。
だが、ここで事態が一変した。
ロンの視界を遮るように立っていた男の方が、やや誇らしげに横に退く。
薄青の目が、ベッドの上のフェイの姿を確かめた途端、大きく見開かれた。
「フェイ!」
慌てて駆け寄って手首の戒めを解く表情が、口惜しいくらいウォレスさんそっくりだ。冷たい無表情な白い顔に突然人間らしい感情が通ったように。
ロンはぐったりと力の抜けたフェイの裸体に自分のコートを脱いで掛け、抱きしめた。
「大丈夫か? ああ、可哀想に……なんという酷い事を」
「……だい……じょうぶ……」
ぼうっとしたフェイの目には、奴は誰に映っているんだろう。
「待ってなさい」
もう一度、そっと壊れ物でも扱うようにフェイを横たえて、ロンが立ち上がる。
サラマンダーの二人に向き直ったロンの低い声は、心持ち震えていた。
「これはどういうことです? 大切なフェイを……随分な扱いではありませんか」
ただでさえ大きなロンの体が、一層大きく見える。
すごく怒ってる?
表情はそんなに変わってないが、ぐるる……と低く獣の唸り声が聞える。長い髪が逆立つほどの怒り。息が止まりそうな捕食獣の殺気が部屋にたちこめはじめた。
フェイの事はこいつがやらせたんじゃないのか? なんでそんなに怒ってる?
「逆鱗に触れる、という言葉を知っていますか?」
「……あの……」
一歩踏み出したロンの只ならぬ気迫に、男の方が後ずさる。
「私は解除コードが欲しかっただけだ。誰もフェイをこのように辱めろと言っていない。失敗した上、最もやってはいけない事をしましたね」
「な、何もしてませんよ! 触りもしてません」
「聞きたくも無い!」
姿さえ見えないほどのスピードでロンが動いたと思うと、次の瞬間にはサラマンダーの男の方の首から血が飛沫いた。
「イアっ!!」
女の方が慌てて駆け寄る。馬鹿、行くな! お前も……。
広がっていく血溜まりの中で、イアの体がぴくぴく痙攣している。確実に頚動脈を掻き切られてるな。たぶん、もうそう長くない。
「なぜ!? 約束が違うじゃない! よくも弟を!」
泣き叫ぶような女の声とは対照的に、ロンの目はどこまでも冷めている。
「約束? そんな物をした覚えは無い。君達が勝手にやった事だ」
「だからってそこまでする事無いだろ!」
オレは思わず割って入った。毒の影響はもうほとんど抜けたみたいだ。すんなりとはいかないが、なんとか立ち上がれた。
アイスブルーの冷たい目が、今度はオレを捉えた。
「君はどこまでも首を突っ込みますね。カイ・リーズ」
突き刺さるような殺気と唸り声。さっきのイアの血のついた爪を軽く振って、ロンがゆっくりとオレの方に歩いてきた。
「カイ……!」
フェイが起き上がろうとしたが、ふらついてベッドから滑り落ちたのが視界の端に見えた。
「おい、ミアとかいったな。弟みたいになりたくなかったら、フェイを連れて離れてろ」
サラマンダーの女に言うと、彼女は素直に頷いた。ロンの問答無用の殺気を感じたらしい。
くう、まだちょっとふらつく。でも、こうなったらやるしか……。
「なあ、教えてくれ。フェイを誘拐させたのはお前じゃないのか?」
オレは一応ロンに問うてみた。
「答える必要がありますか?」
「あるね。オレはフェイを取り戻しにきただけだ。オレだって正直、フェイを酷い目に遭わせたその男を殺してやろうと思った。本当にやるとは思わなかったがな。だが、もしこれが元々はお前が命令してやらせた事なのなら、オレはその男以上にお前を許せない」
自分でも何言ってるかわからなくなってきたけど、ロンも少し頭に上ってた血が引いたみたいだ。やや、落ち着きを取り戻したかに見えた。
吐き捨てるようにロンが言う。
「私がこのような事を命令するものですか。折角の能力を無駄にするこの下衆な輩を、私の楽園に連れて行く気など端から無かった。だが、理想を完成させるにはフェイに託された解除コードがどうしても必要。だから取引に応じただけ。それを……」
「解除コード? あのワケのわからない言葉が並んでるやつ?」
オレが尋ねると、ロンの表情が変わった。
「知っているのですか?」
「ちらっと見たけど覚えちゃいないし、今どこにあるのかは知らない」
本当にどこにあるのか知らない。フェイは知ってるかも知れないし、たぶんウォレスさんがどこかに隠したのだと思うけど、彼の研究室にも部屋にも無かった。名前を出すと今度は彼にも危険が及ぶ。あれはそんなに大事な物だったのか。
それにしても、ロンは何でこんなにフェイを大事にするんだろう。フェイはコイツのことを知らないって言ってたのに。オレにはその方が大きな謎だよ。
「……知らないなら君に用は無い。やはり消えていただきましょう。目障りだ」
目障りって。えらい言われようだな。考えてみたら別にオレ、何もしてないんだけど。ひょっとして何か? オレがフェイと一緒にいるのが気にくわないのか?
こいつは逃れようが無さそうだな。やっぱ、やるしかないか。
喰うか喰われるかの緊迫した空気がたちこめる中、黒い狼がオレに牙を剥いた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
Wild in Blood ~episode Zero~
まりの
SF
Wild in Bloodシリーズの外伝。ディーン・ウォレスがG・A・N・P本部に移籍する前、『Wild in Blood』へと続く若き日の記録。
狼さんの眼鏡~Wild in Blood番外編~
まりの
SF
Wild in Bloodの番外編。G・A・N・Pの研究班に所属する学者のマルカは美人で頭が良いが自覚の無い天然さん。ちょっとしたミスから「憧れの彼」とデート?する事に。運の悪い彼を殺さずに、無事一日を終わる事ができるのか。★本編で一人称だと主人公の容姿や顔がわかりづらかったので、違う視線から見てみました。女性主人公です
Wild in Blood
まりの
SF
宇宙・極地開拓の一端として開発が進んだ、動植物の能力遺伝子を組み込んだ新人類A・H。その関連の事件事故のみを扱う機関G・A・N・Pに所属する元生物学者ディーン・ウォレスは狼のA・Hに自らを変え、様々な事件に挑みながら自分から全てを奪った組織への復讐の機会を待っていた――約二十年書き続けているシリーズの第一作。(※ゲームやVRの要素は全くありません)
龍の錫杖
朝焼け
SF
バイオテクノロジーの研究者として普通の家庭を築き普通の人生を送っていた普通の男、花咲 九山。
彼が長い眠りから覚めるとそこは謎の巨大建造物を中心とした広大な未来都市、「龍の錫杖」だった。
大切な家族と五十年間の記憶を失い狼狽する九山が何故か携えていたのは最強の改造人間「青鬼」に変身する力!
未来都市で暴れまわる規格外の化物「害獣」をその青鬼の力で打ち倒す!
ハードSF&バトルアクション!!
ヒトの世界にて
ぽぽたむ
SF
「Astronaut Peace Hope Seek……それが貴方(お主)の名前なのよ?(なんじゃろ?)」
西暦2132年、人々は道徳のタガが外れた戦争をしていた。
その時代の技術を全て集めたロボットが作られたがそのロボットは戦争に出ること無く封印された。
そのロボットが目覚めると世界は中世時代の様なファンタジーの世界になっており……
SFとファンタジー、その他諸々をごった煮にした冒険物語になります。
ありきたりだけどあまりに混ぜすぎた世界観でのお話です。
どうぞお楽しみ下さい。
MMS ~メタル・モンキー・サーガ~
千両文士
SF
エネルギー問題、環境問題、経済格差、疫病、収まらぬ紛争に戦争、少子高齢化・・・人類が直面するありとあらゆる問題を科学の力で解決すべく世界政府が協力して始まった『プロジェクト・エデン』
洋上に建造された大型研究施設人工島『エデン』に招致された若き大天才学者ミクラ・フトウは自身のサポートメカとしてその人格と知能を完全電子化複製した人工知能『ミクラ・ブレイン』を建造。
その迅速で的確な技術開発力と問題解決能力で矢継ぎ早に改善されていく世界で人類はバラ色の未来が確約されていた・・・はずだった。
突如人類に牙を剥き、暴走したミクラ・ブレインによる『人類救済計画』。
その指揮下で人類を滅ぼさんとする軍事戦闘用アンドロイドと直属配下の上位管理者アンドロイド6体を倒すべく人工島エデンに乗り込むのは・・・宿命に導かれた天才学者ミクラ・フトウの愛娘にしてレジスタンス軍特殊エージェント科学者、サン・フトウ博士とその相棒の戦闘用人型アンドロイドのモンキーマンであった!!
機械と人間のSF西遊記、ここに開幕!!
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる