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火龍の章 後編
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「あらま。あんた、誰?」
若い男がゆっくり顔を上げて長閑な声で言った。
フェイの両膝の間で。
「お前……何を……」
「別に。何もしてないよ。大事なお宝だもの、ただ眺めてただけ。隅々までじっくりと」
「何もって、なんで裸にしてんだよ!」
そう広く無い部屋に古びたベッドが一つ。その上に両手を手摺に縛られた形でフェイがいた。
一枚の着衣も無く――――。
やっとフェイを見つけたのに、なんだよ、これ!
心の中で、ぶつん、と何かが音をたてて切れた気がした。
「逃げられないようにする方法ってさ、裸にするのが一番だろ? 基本だよ、基本」
悪びれた風も無く言う男の声に、吐き気がするほどの怒りが込み上げて来る。
「よくも……!」
自分でも頭に血が上っていたと思う。他にもう何も見えなくなって、オレは男に殴りかかりに行った。
だが何かに躓き、オレは床に転んだ。コケた勢いで少しだけ頭が冷え、それが足を払われたのだと理解した。
「いきなり入って来て何よ、あんた?」
そうだ、もう一人いたのを忘れていた。
声の方を見上げると、思ったより若い、フェイと同じくらいのまだ少女といっていい年頃の女だった。その顔は、目を逸らしたらどんな顔だったか忘れそうなほど印象の薄い顔。男の方もだ。確かにこれならどんな顔にも化けられそうだ。
女はオレを見おろして言う。
「答えなよ。あんた何者?」
「誰だっていいだろ。そいつを返してもらいに来た」
「あらら。どうしてここがわかったのよ」
「教えるかよっ!」
オレは起き上がって引っ掻きに跳んだが、女から白っぽい霧みたいなものがめらっと噴き上がったのは爪が届く前だった。
慌てて躱したつもりだったが、霧状のものがほんの少し肌に触れた。おまけにちょっと吸ったかも。
途端にオレの心臓がバクバク鳴りはじめた。
「なんだ……?」
動けない! 毒なのか、これ?
「威勢よく入ってきたわりに他愛ないわねぇ」
息が苦しい。自分でも過呼吸になってるのがわかる。
こいつらの名前は、本物の*ファイヤーサラマンダーの事だったのか!
オレはもう一度勢いよく床に倒れた。その痛みも感じないほど、全身が強張って痙攣してる。
「カイ……」
そこにフェイがいるのに! 泣きながら見てるのに! オレを呼んでるのに!
「……フェ……イ……」
フェイに向けて伸ばしたオレの腕を、サラマンダーの女が踏みつける。
「お兄さん、この子の彼氏気取り? その様子じゃきっとそうよね。確かに綺麗な顔してるけどさぁ、物好きだね。こんな出来損ないの―――」
「言う……な!」
「ふうん、まだ喋れるんだ。もうちょっと浴びせてあげようか?」
「ミア、やめときな。殺しちゃったら可哀想でしょ」
長閑に言う男の声も聞こえていないように、女が吐き捨てる。
「大体、調べじゃこの子の彼氏ってあの病室で寝てた人でしょ? ったく、皆なんでこの子なの。イアも夢中になっちゃってるし、あの人だって……」
「なんだミア、この子が自分より可愛いからって妬いてんだ」
「ちがうわよ。大体、こんなの女じゃないじゃない」
「でも、ちゃんとできそうだよ」
くそっ、こいつら! 言いたい放題言いやがって! もう怒りを通り越して、本気で殺してやりたいとすら思う。なのに動けない。ああ、もうホントに情けない。自分にも殺意を覚えるよ。
女はオレの帽子を毟り取った。
「ああ、あんた。G・A・N・Pのカメラに映ってたわね。アタシらがどうやったのかあっさり言い当てちゃってさ。結構自信あったのに。とんだ名探偵さんだわ。おまけにアタシのカワイイ蛇ちゃん達まで捕まえちゃって、頭にくるったら。でもどうしてここがわかったのよ?」
「……」
やっぱり、誘拐の手口はあれで正解だったのか。あの蛇のロボットはこいつらの?
あれ、じゃあ今回のは蛇の印の事件とは関係ないって事? ああ、もうややこしい!
オレが答えずにいると、男の方が面白くないことを言い出した。
「この子に発信機でもついてるんじゃない? おかしいなぁ、調べて服は脱がしたし……まさか体の中だとか?」
フェイの長めの髪が邪魔で小さなピアスまでは見えなかったんだな。でも良くない。イアと呼ばれた男の方が、確かめようとフェイに手を伸ばした。やめろ! 触るな!
「さわら……ない……で」
フェイもこの毒にやられてるのか、それとも他の薬かもしれないが、声を出すのもやっとの様子。目も虚ろだし動けないようだ。足でも動いたらこんな奴らの首の骨くらい簡単に折れるほどのキック力があるのに……。
この状況を救った音があった。いや、救われたってより更に悪化させる音。
コンコン。
ドアはさっき壊してしまったので、横の壁をノックしたのか低い音。誰か来た。
「あの人よ。イア、その子から離れて。おりこうにね」
……こいつら姉弟なのかな。よく似てる。女のほうが偉いみたいだけど。
オレを一蹴りしておいて、ミアとかいう女が玄関に出迎えに行った。
オレはといえば、少し息が楽になって体の強張りもマシになってきた。受けた毒が少なかったからか、そんなに長時間は効かないみたいだ。だが今、中途半端に動くと余計ややこしくなりそうだし、下手をすればフェイに危険が及ぶといけない。もう少し回復するのを待とうと床に倒れたままでいる。
足音が近づいてくる。訪問者は誰なのだろう。あの人とか言ってたな。こいつらにフェイを誘拐させた奴? じゃあやっぱり上がいるのか?
ってことはひよっとたら……。
「こちらです」
嬉し気に案内するサラマンダーの女の声。それに尋ねた声は―――。
「わざわざ呼び出しただけの事はあるのでしょうね?」
おいおい、この声!
「おや、先客がいるとは」
そいつは入り口近くに倒れているオレを見て、わずかに眉をひそめた。
やっぱりお前かよ、ロン。
*ファイアーサラマンダー(Salamandrasalamandra)
両生網有尾目イモリ科サラマンドラ属
首・および背中に毒腺を持ち、身を守るためにサマンダリンというアルカロイド系の神経毒を噴出する。その様子が炎が立ち上る様に見えるためこの名がついたとか
若い男がゆっくり顔を上げて長閑な声で言った。
フェイの両膝の間で。
「お前……何を……」
「別に。何もしてないよ。大事なお宝だもの、ただ眺めてただけ。隅々までじっくりと」
「何もって、なんで裸にしてんだよ!」
そう広く無い部屋に古びたベッドが一つ。その上に両手を手摺に縛られた形でフェイがいた。
一枚の着衣も無く――――。
やっとフェイを見つけたのに、なんだよ、これ!
心の中で、ぶつん、と何かが音をたてて切れた気がした。
「逃げられないようにする方法ってさ、裸にするのが一番だろ? 基本だよ、基本」
悪びれた風も無く言う男の声に、吐き気がするほどの怒りが込み上げて来る。
「よくも……!」
自分でも頭に血が上っていたと思う。他にもう何も見えなくなって、オレは男に殴りかかりに行った。
だが何かに躓き、オレは床に転んだ。コケた勢いで少しだけ頭が冷え、それが足を払われたのだと理解した。
「いきなり入って来て何よ、あんた?」
そうだ、もう一人いたのを忘れていた。
声の方を見上げると、思ったより若い、フェイと同じくらいのまだ少女といっていい年頃の女だった。その顔は、目を逸らしたらどんな顔だったか忘れそうなほど印象の薄い顔。男の方もだ。確かにこれならどんな顔にも化けられそうだ。
女はオレを見おろして言う。
「答えなよ。あんた何者?」
「誰だっていいだろ。そいつを返してもらいに来た」
「あらら。どうしてここがわかったのよ」
「教えるかよっ!」
オレは起き上がって引っ掻きに跳んだが、女から白っぽい霧みたいなものがめらっと噴き上がったのは爪が届く前だった。
慌てて躱したつもりだったが、霧状のものがほんの少し肌に触れた。おまけにちょっと吸ったかも。
途端にオレの心臓がバクバク鳴りはじめた。
「なんだ……?」
動けない! 毒なのか、これ?
「威勢よく入ってきたわりに他愛ないわねぇ」
息が苦しい。自分でも過呼吸になってるのがわかる。
こいつらの名前は、本物の*ファイヤーサラマンダーの事だったのか!
オレはもう一度勢いよく床に倒れた。その痛みも感じないほど、全身が強張って痙攣してる。
「カイ……」
そこにフェイがいるのに! 泣きながら見てるのに! オレを呼んでるのに!
「……フェ……イ……」
フェイに向けて伸ばしたオレの腕を、サラマンダーの女が踏みつける。
「お兄さん、この子の彼氏気取り? その様子じゃきっとそうよね。確かに綺麗な顔してるけどさぁ、物好きだね。こんな出来損ないの―――」
「言う……な!」
「ふうん、まだ喋れるんだ。もうちょっと浴びせてあげようか?」
「ミア、やめときな。殺しちゃったら可哀想でしょ」
長閑に言う男の声も聞こえていないように、女が吐き捨てる。
「大体、調べじゃこの子の彼氏ってあの病室で寝てた人でしょ? ったく、皆なんでこの子なの。イアも夢中になっちゃってるし、あの人だって……」
「なんだミア、この子が自分より可愛いからって妬いてんだ」
「ちがうわよ。大体、こんなの女じゃないじゃない」
「でも、ちゃんとできそうだよ」
くそっ、こいつら! 言いたい放題言いやがって! もう怒りを通り越して、本気で殺してやりたいとすら思う。なのに動けない。ああ、もうホントに情けない。自分にも殺意を覚えるよ。
女はオレの帽子を毟り取った。
「ああ、あんた。G・A・N・Pのカメラに映ってたわね。アタシらがどうやったのかあっさり言い当てちゃってさ。結構自信あったのに。とんだ名探偵さんだわ。おまけにアタシのカワイイ蛇ちゃん達まで捕まえちゃって、頭にくるったら。でもどうしてここがわかったのよ?」
「……」
やっぱり、誘拐の手口はあれで正解だったのか。あの蛇のロボットはこいつらの?
あれ、じゃあ今回のは蛇の印の事件とは関係ないって事? ああ、もうややこしい!
オレが答えずにいると、男の方が面白くないことを言い出した。
「この子に発信機でもついてるんじゃない? おかしいなぁ、調べて服は脱がしたし……まさか体の中だとか?」
フェイの長めの髪が邪魔で小さなピアスまでは見えなかったんだな。でも良くない。イアと呼ばれた男の方が、確かめようとフェイに手を伸ばした。やめろ! 触るな!
「さわら……ない……で」
フェイもこの毒にやられてるのか、それとも他の薬かもしれないが、声を出すのもやっとの様子。目も虚ろだし動けないようだ。足でも動いたらこんな奴らの首の骨くらい簡単に折れるほどのキック力があるのに……。
この状況を救った音があった。いや、救われたってより更に悪化させる音。
コンコン。
ドアはさっき壊してしまったので、横の壁をノックしたのか低い音。誰か来た。
「あの人よ。イア、その子から離れて。おりこうにね」
……こいつら姉弟なのかな。よく似てる。女のほうが偉いみたいだけど。
オレを一蹴りしておいて、ミアとかいう女が玄関に出迎えに行った。
オレはといえば、少し息が楽になって体の強張りもマシになってきた。受けた毒が少なかったからか、そんなに長時間は効かないみたいだ。だが今、中途半端に動くと余計ややこしくなりそうだし、下手をすればフェイに危険が及ぶといけない。もう少し回復するのを待とうと床に倒れたままでいる。
足音が近づいてくる。訪問者は誰なのだろう。あの人とか言ってたな。こいつらにフェイを誘拐させた奴? じゃあやっぱり上がいるのか?
ってことはひよっとたら……。
「こちらです」
嬉し気に案内するサラマンダーの女の声。それに尋ねた声は―――。
「わざわざ呼び出しただけの事はあるのでしょうね?」
おいおい、この声!
「おや、先客がいるとは」
そいつは入り口近くに倒れているオレを見て、わずかに眉をひそめた。
やっぱりお前かよ、ロン。
*ファイアーサラマンダー(Salamandrasalamandra)
両生網有尾目イモリ科サラマンドラ属
首・および背中に毒腺を持ち、身を守るためにサマンダリンというアルカロイド系の神経毒を噴出する。その様子が炎が立ち上る様に見えるためこの名がついたとか
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