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火龍の章 後編
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しおりを挟む2133年 ホンコン
「だから待ってろって言ったのに」
「ボクもママをお助けするの! それに、にいちゃんのパートナーでしょ!」
ちゃっかりついて来たルイが威勢よく言った。そのわりに、着くなり暗いだの怖いだの言いっぱなしじゃないか。幼児が来る所じゃ無いんだぞ。
危ないから絶対待ってろって言ったのに……ここは普通の場所じゃない。
暗黒の迷宮の街、グレート・クーロン。
大昔にも同じような九龍城ってのがあったらしいが、現在のこの街は間をおいての二代目だ。前世紀半ばにこの辺りが大きな地震と津波で壊滅した後、もう一度この暗黒の街が形成された。前の何倍ものスケールで。
何階建てだとか、どこからどこまでが一つの建物だとか、そんなことはお構い無しに積み重ねられ、一塊になって要塞みたいになったモノが、人がすれ違うのがやっとってカンジの細い路地の両側に聳えていて、各建物を上でも好き勝手に橋を掛けて繋いであるものだから下まで陽の光もほとんど届いてこない。薄暗くて、そう鼻の利く方でないオレでも異様に感じるニオイが立ち込めている。
湿った石畳の路地は、ゴミやワケのわからないケーブルやらで相当気をつけないと転びそうだし、頭上もいつ物が落ちてきてもおかしくないカンジ。時折見かける、無造作に張り出した店の看板も、見たことも無い漢字で書かれていて何の店なのかもわからない。
ホントに独特の雰囲気を持つ場所だな。馴染みの深いNYのスラムにもちょっとは似てるけど、もっと違った圧迫感や不気味さを感じる。
「だぁれもいないねぇ……」
ルイが頭の上で呟いた。
「下も危ないから肩車はいいけどさ、看板で頭打つなよ」
「はあい」
腕の通信機に目をやる。フェイの発信機のシグナルはまだもっと先だ。
ここには犯罪に関与したA・Hも多く逃げ込んでるので、G・A・N・Pの制服はマズイってことでオレもルイも私服だ。一応、麻酔銃も持ってきているものの、隠してある。
「しかし、本当に人の気配が無いな。話だと結構な人口だって聞いてたのに」
「しっ」
突然ルイがオレの口を塞いだ。
「どうした?」
「なんか、人、いっぱい来る」
そうか、こいつは聴覚が優れてるんだったな。ある意味連れてきて正解だったか。
ルイに言われてしばらくすると、本当に大勢の人の気配が近づいて来た。数人って感じじゃない。何十人、いや百人単位かも。
とりあえずルイを抱っこして、横の建物と建物の間の隙間に身を隠す。
足音が近づいて来る。細い路地に一列に人が並んで歩いている。皆、無言で虚ろな表情で。そのほとんどが一目で……しかもあからさまに非合法とわかる異形のA・H達。
一体何の行進だ? これって尋常じゃないぞ。皆、何かに操られてるか、ヤバイ薬でもやってるかってカンジだ。
息を殺して一団が通り過ぎるのを待ってたオレ達だったが、真ん中辺りにいたイヌっぽい顔をした女がこっちを向いた。くんくん鼻を鳴らしたところを見ると、ニオイに気付いた様だ。
「あら、こんなところに可愛らしいチビちゃんが」
優しい口調だったが、目つきがおかしい。女はオレが見えていないみたいに、ルイだけを見ている。
「迷子? お姉さんと一緒に行く?」
手を伸ばされたルイが怯えてオレに貼りついた。
「ボ、ボクはにいちゃんと……」
「そう。じゃあ早くいらっしゃいね。もうすぐ船が来るわ」
先に行った者に追いつくように、くるりと向きを変えた彼女の大きく背中の開いた色っぽい服から覗いた肌には……。
「あっ」
あの印! 羽根の生えた蛇の印が!
よく目を凝らして見ると、他の者も手の甲や、頬、首筋……どこかに印がある。
「これは……」
流石にここの非合法のA・HにまではG・A・N・Pも手が回らなかったからな。報告が無かっただけで、あの後も着々と進んでいたんだな。良かった、ルイに眼鏡を掛けさせてて。
船が来るとか言ってたな。何の事だ? いや、気になるけどそれどころじゃない。今はフェイを助け出すのが先決だ。くそっ、何人いるんだよ。早く行く過ぎてくれよ。
やっと一団が行き過ぎるのを確認して、オレ達はもう一度路地へ出た。
「えらいぞルイ、静かにしてたな」
「なんかこわかったねぇ……」
だが、息つく暇も無く、今度は怒鳴り声が聞えた。
「まだいたぞ!」
今度は明らかにノーマルタイプとわかる数人の男。手に棒を持ってるのもいる。あまり友好的な雰囲気では無いな。
「この恩知らず達が!」
「あ、あの、オレ達、さっきの人達と関係ないから」
「その耳、どうみたってお前らもA・Hだろうが」
う~ん、状況がのみこめないまま一方的に責められてもなぁ。
「にいちゃん、コワイ」
「とりあえず逃げるか」
ルイが泣く前に、オレはとにかく走り出した。別に悪いこともしてないのに何故逃げなきゃいけないのかはわからないけどな。
何だよ、どうなってるんだ? ここはノーマルとA・Hの関係が一番良好な街なんじゃ無かったのか? だから条約機構も警察も、ここには長らく不干渉でいたはずなのに……酷く険悪なムードだぜ?
「こら、待て!」
男達が追いかけて来てる。もう、早くフェイを探したいのに邪魔すんなって!
その時、横の更に細い路地から手が伸びてきた。
「こっちだ」
オレは一瞬迷ったが、追いつかれる前に声に従って横の路地に身を隠した。男達はそのまま行き過ぎた。
「ったく、どうなってるんだよ……」
とりあえず、助けてくれた人にまだ礼も言っていなかった。ってか、あれ? いない。
「ここだよ、ここ」
声はかなり下から聞えてきた。見下ろすと、小さな男がそこに立っていた。
「あ、ありがとうございました。助かりました」
「あんた、G・A・N・Pのカイさんか?」
え? なんでオレの名前を?
「……はい。あなたは?」
「この街で薬屋をやっとる爺さんだ。シモンズさんから連絡を受けた。急ぎかもしれんが、一旦ワシの家へ」
本部長の知り合いか。とにかくどうなっているのか話を聞かないと、フェイを助けにも行けないな。
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