Dragon maze~Wild in Blood 2~

まりの

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翼蛇の章 前編 

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 その夜。
 ルイの父親ディーン・ウォレスは、オレに三年前までの出来事ほぼ全てを語った。
 元々学者だった彼の開発した、普通の人間からA・Hに生まれ変われるその技術がA・Hを不当に取引する組織に盗み出され悪用された事から、自らオオカミのA・Hになった人だ。
 その話の内容はかなり衝撃的なものだった。なるほど素面で話せるもんじゃないな。
「そのルーって娘は、フェイといわば人工的な双子の関係にある、と」
「そう。遺伝子情報は全く同じ。体に関してはルーの方が完成度は高い」
「でもちょっとおつむが足りなかった。で、フェイは体が足りなかった」
 はあ、と二人同時にため息。
 まあな、こりゃそう簡単には公表できんわな。
「まさか子供を寄越して来るとは思いもよらなかったが」
「あげるって書いてありましたけど、血の繋がった実の母親なのなら、ちょっと納得がいかないんですよ。可愛い盛りのわが子を手放しますかね?」
「何か余程の事情があるのだろうが……メモは単に言葉が思いつかなかったんだろうな。それに本気で迷子になりそうだし、彼女なら」
 あのへたくそな字だもんなぁ。
 また、はあ×2。
「これだけは言っておくが、俺はルーを抱いてないぞ」
 どうも、この辺がフェイとの間で喧嘩の原因になったらしい。
「わかってますよ。さすがに当時十五で中身が幼児の娘を相手には……ねぇ」
 オレだってそんな倫理的に問題ありそうなことイヤだよ。でも意識ない状態で精子を採集されて人工授精ってのもかなりイヤだな。
「いくら説明してもわかってくれないんだ」
 あ、ちょっと泣き入ってますよ、狼さん。
「第一、俺は年上の女が好きだったんだ」
「あんた、それ言ったらそりゃ殴られますよ」
 段々、酔っ払い談義に場が変わってきた。
「突っ込んだ話ですが、あなたはフェイの事をどう思ってるんです、本当のところ。あいつがここまで怒るのは、あなたの事を愛してるからでしょう?」
「俺も……好きだよ」
 おお、なんかウブな小娘のように赤くなってるぞ。
「じゃあ問題ないじゃないですか。いっそルイを自分達の子供として育てれば」
「それもいいかもな」
 あまり想像はつかないけどな。この人が子育てしてる姿って。でも、一緒の支部で働いてた頃は、もっと常に何かに飢えてるみたいな尖がったイメージがあったけど、なんか角がとれたって気がする。復讐に燃えてたのがある程度達成されたからだろうか。
 結果、体はもうボロボロで、戦うどころか三年経った今でも走るのもままならない状態だが、生きていること自体が不思議だったと医局の先生も言っていた。フェイのことを思って、その気力だけで生き残ったのなら、疑う余地も無く本気で愛してるのだろう。フェイだって、彼が回復するまで一時も傍を離れなかったらしい。今でも仕事が終わったら、それこそ奥さんみたいに世話を焼きに行っている。もう誰も二人の間に割り込みようも無い。
 そうわかっていても……少しだけオレの心の中に、擦り傷みたいにちくちく痛むものがある。昼間、フェイが実は女だと聞かされた時から、それは大きくなった。
 ……それを嫉妬だと認めたくは無いのだが。
「そうだ、フェイからカード受け取りました?」
 自分を誤魔化すように、オレは話題を変える事にした。
「ああ、あれか。解除コードってやつ自体はすごく簡単だよ。何を解除するのに使うコードなのかがわからないけど」
 やっぱりこの人に見せるためのものだったんだな。簡単って、ものすごくワケわからなかったんだけど。さすがは天才と言われた学者。
「あの女の人をフェイはなんとなく知ってるって言ってましたが」
「……あれがミカだよ、さっきも少し話したけど」
「キリシマ博士の娘か。フェイとルーって娘の姉さん」
 これもなるほど。博士に記憶を消されたから、彼女を忘れていたって事か。ウォレスさんはある程度はフェイにルーとの関係も、ミカさんの事も話してはいたみたいだが、頭で知っていても直接顔を合わせていないから、はっきりとは思い出せなかったんだな。
「最初の“竜は方舟を出た”っていうのが気になってな。方舟……アークは思い当たるから、ミカのメッセージでも不思議はないとはいえ、竜というのがわからない」
「暗号にしてあなたに見せなくてはいけないくらいだから、内部で問題が起きたってことでしょうか? 助けを求めてるとか? だからルイを逃がした」
「だとしても、正確な場所は俺も知らないから助けに行き様がないしな」
「第一、闇市場に今更助けを求められてもねぇ……」
 今夜何度目かの、はぁ×2。
「あと……キリシマ博士が今も形は違っても生きているという事実だけは、フェイには言いたくないんだ」
「わかりました。そこだけは秘密にしておきましょう」
 なぜ、オレにはそこまで話してくれたのかはわからなかったが、後で考えると、彼には本人も気がつかない予感みたいなものがあったのかもしれない。
「ま、明日オレからもフェイに少し話してみますから、仲直りしてくださいよ。あいつの機嫌が悪いと仕事にも差し支えるし」
「……カイは昔から貧乏くじばかりひかされるな。すまんな」
 この人とは歳が違ってもG・A・N・Pに入ったのが同期だから、考えてみたら一番長い付き合いだな。イヌは苦手だから最初はちょっと遠巻きにしてたけど、なんだかんだ言って気になる人ではあった。
「ねえ、一つだけ訊いていいですか?」
「ん?」
「フェイとはどこまで?」
 気になってたんだよな。オレも少し酔ってるから思わず訊いてしまった。
 ぶっ、とふきだすわかりやすいリアクションを見せて、また彼が赤くなった。
「絶対教えない」
「あ、ズルいなぁ」
 なんとなくその焦り具合で想像はついたので、苛めるのはここまでにしておいた。
「また、ゆっくり飲みましょう。今度はオレの愚痴も聞いてくださいよ」
「そうだな」
 もう夜も遅い。そろそろ帰ろうかとなったので、二人で立ち上がったその時。
 ウォレスさんがちょっとぴくっとして、手を首に当てた。
「どうしたんですか?」
「いや、少しちくっときて」
 見ると首の左側が微かに赤くなっていたが、それ以外は特に変わった様子はなかった。
「さっき羽音が聞えてたから、虫にでも刺されたかな?」
 そう彼が言った数秒後、同じ場所にぼんやりと丸いものが浮かび上がってきた。
「あっ!」
 それは、メイファの胸にあったのと同じ、羽根の生えた蛇の青い印だった。


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