僕に翼があったなら

まりの

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番外編

はじめてのおつかい(ユシュアside)

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★トトイに帰って旅に出るまでの二年の間のお話


 過保護と言われようと、可愛いものは可愛い。シスは何があってもオレが守り抜くのだ。
 呪いもとけて、お姫様ご一行と一緒にトトイに着いてもう一週間。
 王都のトトアの外れで一軒屋を借りられた。
 フェドル王は城に住めば良いと、フレネイア姫は離宮に住めばいいとどちらも言ってくれたが、流石にそれは遠慮した。シスだけならともかく、オレまで一緒に甘える訳にはいかないし、何より……シスと二人っきりになりたいじゃないかっ!
 長い間探し続けて、そうだとわかっても尚、離れ離れになっていたし。ようやく気兼ねなく一緒にいられるのだ。シスだってオレの事を好きだって、ずっと一緒にいたいといってくれたし……気分は新婚さん状態。
 ふっ、馬鹿だなオレ……。
 同性同士の婚姻はさすがに公には認められてはいないが、事実上は問題無い。子を作ることはできないものの、全くもってフランクであって差別するような人間もいない。事実、この家を借りる時も大家さんはニヤニヤして「末永くお幸せに」と言ってくれたものだ。ひょっとしたらシスの事を女の子だと思っていただけなのかもしれないが。
 さて、この一軒屋。
 広さは充分だし、必要最低限の物もついているが格安物件だけあってボロい。相当直すところがありそうな気がする。仕事を始めるまでに頑張らねば。風呂付きの所を探すと、ここしか無かったのだ。庶民は共同浴場が普通のこの街。だが、シスを男湯に連れて行くのは……オレの、いや他の皆さんの精神衛生上良くない。浴場で欲情は洒落にもならん。
 道具を使えないシスをあてには出来無いので、オレが一人で修理せねば。
「一人で本当に行けるの? 買い物とかした事ある?」
「ううん、無いけど。大丈夫、まかせてっ!」
 大工仕事をはじめると、シスが一人で夕飯の買い物に行くと言い出した。気分は奥さんなのだそうだ。確かに今晩食べるものが何も無いし、仕事を始めたら覚えてもらわないと困るが……。
「いってきま~す」
 金と買い物かごを持たせたのはいいが、いざ出て行くとものすごく心配になってきた。何も手につかない。
 十四歳で初めてのおつかい……。
 幾ら何でも買い物くらいは出来るだろう。うん、大丈夫だ。お金の使い方などは晶の記憶があるだろうし、双子にも教わったそうだし。
「……」
 だがシスだぞ? めちゃくちゃ謎のフェロモン出しまくってるあの可愛い子が一人っきりで街中でお買い物。良からぬ者に追いかけられたり路地に連れ込まれたりしないだろうか?
 しまった、帽子くらいかぶせれば良かったかな? マスクも? いやいや、それは怪しすぎるな。ああ、そうだ。お兄さんもやっぱり一緒に来てもらえば良かった。こういう時一緒にいてもらえると助かるのにな。いやいや、狭いから室内で大翼鳥は無理だし、イザ事をいたす時に咥えられては大変だし。そもそも余計に目立つな、鳥を連れての買い物は。
「…………」
 うう、やっぱ心配だ。こっそり見に行こう。

 一本道だし、市場の場所は知っているはずなので行ったであろう方向に早足で向かう。
 いたいた。黒っぽい肌や髪の人の多い中で、あの金髪は目立つ。なにやら嬉しそうにスキップしてるけど。
 気付かれないように近づいて隠れて追う。こういうのは得意だ。
「お譲ちゃん、どこ行くの?」
 早速、怪しげな男に声を掛けられているではないか!
「お譲ちゃんじゃないよ。オスだし。お買い物に行くんだよ」
 そういうのは返事しなくていいからスルーしなさいっ!
「可愛いねぇ。おじさんと遊びに行こうか」
「ダメ~。お買い物なの。バイバイ」
 よしよし、いい子だ。知らない人について行ったらダメだからな。
 そっけなく立ち去ったシスの後を、おっさんがついて行こうとしているのが見えたので、しれっと足を引っ掛けておいた。
「すいません」
 一応謝って、何気なく行き過ぎようとしたが、昼間から酔ってるっぽいおっさんはお怒りだ。家と家の間で一発お見舞いして、お昼寝をしてもらう。もう、余計な時間を取らすなって。
 慌ててシスを探すが姿が見えない。ええっ? 見失った?
 市場の方へ走ると、パン屋の前でシスを発見。
「これ一つ下さい」
 大きな固焼きパンを指差してちゃんと買い物をしている。なんだ、普通に買い物出来るじゃないか。
「別嬪さんだねぇ。はい、おつりとこれオマケ」
 ……おばさん、そんな特大パンをもう一個って。何日同じパンを?
「わあい。ありがとう。嬉しいなぁ!」
 ニコニコ嬉しそうにされて、おばさんはちょっと赤くなっている。シス、ひょっとして君はとんでもない役者なのでは無いだろうか。
「また来てねぇ」
「うん!」
 少しのお金で沢山手に入ったのが嬉しいのか、シスはご機嫌だ。さて、次は八百屋だな。
 野菜や果物が並ぶ店の前で、シスが唸っている。
「この赤いのと、緑のやつください」
 おーい、オレはにんじん(名前違うけど)とイモを買ってきてと言ったのに。それ緑のやつ、ピーマンみたいな味だから!
「はいよっ。これもつけといてやるよっ」
 威勢のいいおじさんがシスの差し出した籠に何かぽいぽいっと放り込んだ。うう、ここでもオマケをもらってるよ……。
「わぁ、優しいね~! おじさん大好き」
 出た、必殺天使スマイル。おじさんメロメロになってるじゃん。
「またおいでよぉ!」
 恐るべし、初めてのおつかい。
 もうすでに籠がパンパンだが……一応肉屋にも寄るんだな。そうだな、野菜とパンだけではちょっとなぁ。
 色々な店を覗き込んで歩くシスを離れて見ていると、ふいに姿が消えた。
 え? 曲がった? いや、一本道だし。
 ころころと、細い路地とも呼べぬ隙間からオレンジみたいなのが転げて出てきた。あれはさっきシスが八百屋でもらってたやつ?
 しばらくして、シスがオレンジを追いかけるように出てきた。
 ん? 何で服のボタンを留めなおしてるんだろう?
「何だよ、もうっ!」
 え? 泣いてる?
 駆け寄りたかったが、着いてきているのがバレると煩そうだし……躊躇っていると、近くの店のおじさんが声を掛けているのが見えた。おいおい、小さい子じゃないんだから、頭撫でて口に飴くわえさせてって。
 ……ご機嫌は戻ったようだが。
 気を取り直したのか、肉屋へ向かうシス。
 さっき出てきた隙間を覗いてぎょっとした。多分相手も。
「何やってるんです? リンドさん」
「うわ、ユシュア君。いたのか」
 リンドさんの後ろに若い男が倒れている。
「この男がいきなりシスを路地に引き込んで触ろうとしたので、懲らしめておいた。大丈夫だ、シスにはみつかってない」
「……それはわかりますが、なんでここにいるんですか?」
 城下の見回りをしていたら、一人で買い物をしているシスを見つけたらしい。で、後はオレと同じで心配でこっそり見ていたとのこと。
「何で買い物一つでこんなに心配しないといけないんだろう……」
「本当だな」
 はぁ、と思わず二人で溜息をついた。
 さて何故かリンドさんも加わり、シスのはじめてのおつかいを尾行。その後は不埒な者は現れなかったが、家に帰りつくまでは気が抜けない。
 肉屋でもオマケをもらい、籠に入りきらずにパンを小脇に抱えて、飴で頬を膨らませてご機嫌で家の方に向きを変えたシスに、慌てて先回りしないといけない。
「リンドさん、時間あったら晩飯ご一緒に? まだすごく散らかってるけど。一応引越し記念ということで」
「いいのか? お邪魔じゃなければ」
「……多分あれだけの食材、二人では食べきれない……」
「どうも街の者もシスには甘いようだな……」
 再び溜息をついたオレ達だった。

「たっだいまぁ!」
 数々の戦利品を抱え、誇らしげに帰って来たシス。
「あれ、リンドさん?」
「手伝いに来てくれたんだよ」
 尾行の事は内緒にしておこう。
「ありがとうね。でも全然修理進んでないねぇ」
 ……何もしてないからなぁ。なのに走ってきて二人が息が切れてるのには気がついていないのだな、シス。
「買い物はどうだった?」
「街の人、皆親切だね~。いっぱいオマケくれたんだよ!」
 知ってるけどな。ご機嫌さんだな。
「怖い目にあわなかった?」
「全然大丈夫だったよ。僕だってちゃんと買い物くらい出来るよ」
 思わずリンドさんと顔を合わせた。
 そしてもう一度、大きく溜息をついたのだった。
 とりあえず、シスに買い物に行かせると、金は早く貯まりそうな気はする。だが、精神的に何ががすり減っていく気がしなくもない。
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