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全てを一つに
真夜中の決闘
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しゅっと冷たい音がした。
フィランさんが剣を鞘から抜いた音。
細くて長い剣はとても鋭くて月の光を浴びて銀色に輝いている。髪の色と同じ。冷たくてぞっとするけど綺麗。
ユシュアさんの幅の広いものすごく大きな剣は片刃で反った形をしてる。一度触らせてもらったけど、僕には重くて持ち上げられなかった。それを片手で振り回してしまうのだからユシュアさんはすごい力だし、怖い魔物でも簡単にやっつけてしまう。
どう考えたってユシュアさんが負けるはずが無い。でもやっぱりフィランさんは怖い。だって魔法が使えるんだもの。
というか……僕を巡って戦うってどういうこと?
なんだか昔そういうお話を読んだ事がある。美しいお姫様を自分の物にするために、二人の騎士が決闘するの。
でも僕は綺麗なお姫様じゃないし、二人とも大事な人だから戦わないで欲しい。どちらかに傷ついて欲しくなんか無い。
「オレが勝ったら文句を言わずにシスを返してもらうぞ」
ユシュアさん、何だかちょっと怖いよ?
「イラエルがやっとこの手に返って来た。魔物などにくれてやるか」
フィランさんもそんな事言わないで。
「二人ともやめてよ!」
飛び出したけど、二人とも剣を納める気配は無い。同時にすいっと手が伸びてきて、横に押しやられてしまった。
「危ないから退けてなさい」
ちょっとっ! 争ってるわりに息がぴったりってどういう事っ?
「リンドさんもルイドも止めてよ」
「止められないだろ。男としては。私もあれに参加出来ないのが悔しい」
「つがいの相手を決めるためにオスは戦うものだぞ」
もしも~し? 何言ってるんだよっ、リンドさんもルイドも。
しかもルイド、つがいとか普通に言わないでよ。
ここそんなに狭くは無いけど、ルイドもいるし立ち回り出来るほどのスペース無いと思うよ?
……じゃなくってっ!
そうこうしてるうちに睨みあってた二人が動きだす。
まず剣を突き出したのはフィランさん。それをユシュアさんが剣で受ける。
「王子様のわりにそこそこ経験あるようだな」
嘴だから表情はいま一つわからないけど、ユシュアさんは余裕のカンジだ。笑ってる様にも見える。
僕はルイドとリンドさんに引っ張られ、部屋の隅っこの方に避難した。とりあえずこのまま裸なのも嫌なので脱がされて放置されてた自分の服を着る。むう、自分だけさっさと服を着てたフィランさんのいけず。
カン、カン、と剣が打ち合う音。必死のフィランさんに対して、ユシュアさんはまだ余裕がある。
「くそっ……!」
フィランさんはとっても怒ってる。でもこのままユシュアさんが強いってわかってくれたら止めてくれるかもしれない。
「男としてはわかるぞ、寸止めされてキツかっただろうなぁ」
リンドさん……。
まあ、何となく僕にもわからなくも無いけど。そういや僕はイかされちゃったけど、フィランさんギンギンで放置だったしなぁ。せめて出しておけば……って、そういう理由で怒ってるんじゃないと思うよ?
「大丈夫だ。ユシュア君は強いから、王子を傷付けずに適当に相手してくれる。気が済むまでやらしておいたほうがいい」
リンドさんが余裕で見ているのはユシュアさんを信じてるから。僕もそれは信じてるけど、でも……。
「この部屋の物はフィランさんの魔法がかかってる。見たでしょ? 紐が剣を持ってきたり、人を縛ったりするの。だから幾らユシュアさんが強いって言っても安心は出来無いよ」
怖いのはそこ。
ユシュアさんは完全アウェイだもの。フィランさんはちょっと頭が混乱しちゃってるから、追い詰められると何をするかわからない。
もしもユシュアさんが怪我の一つでもしたり、万が一の事があったりしたら、僕きっと立ち直れないくらい辛いと思う。
フィランさんにも優しいお兄ちゃんに戻って欲しい。
「飛べるんだからさっさと逃げてしまってもいいが、相手は一国の王子だからな。ここで決着をつけておかないと後々また追いかけられるぞ」
「う……わからなくも無いけど」
本当はすぐにでも止めたいところだ。なのに真夜中の青い月の光の中、剣を翻してうち合う二人の姿に僕は目を奪われた。
銀の長い髪を靡かせて剣を振るう、均整のとれたほっそりした長身。それを身軽にかわして巨大な剣を力強く片手で振るう有翼の異形のシルエット。華麗な舞いを舞っているような優雅とさえ思える動き。
二つの月が飾る空を背景にしたバルコニーさえも舞台装置のよう。
……見惚れてる場合じゃない。
「ホントにもうやめてってば!」
一生懸命叫んでみたけど、駄目。
少し疲れてきたのか、フィランさんの動きが鈍くなってきた。ユシュアさんの大剣が受け止めた刃をぐいと押すと、そのままよろめいて後ろに下がってしまう。
絶好のチャンスだけど、ユシュアさんは自分からは斬りかからなかった。彼はとても優しい。そして強い。きっとリンドさんが言った様に、傷付けずに諦めてくれるまで付き合うだけのつもりみたい。
でもフィランさんは必死。自分でも言った様に、もう堕ちてしまったならどんな事でも出来る。
そして恐れていた事が現実になってしまった。
二人が移動し、ユシュアさんがあの大きな鏡を背にした時の事。
フィランさんが何か呟いた気がした。その直後にユシュアさんの動きが止まった。
「なに?」
鏡からいっぱいの手が! にゅっと生えてきた手が、剣を持った手を、足首を掴んでる。
「捕まえた」
無邪気にも聞えるフィランさんの声。
「離せ! 卑怯だ」
「それは僕の手だもの。卑怯なんかじゃないよ」
ユシュアさんが逃れようと必死にもがいてるけど、手は離れそうにない。にゅっと肘くらいまで伸びてきた新しい手がユシュアさんの剣をもぎ取った。
「ふふ、勝負あったね」
細い剣を構えなおしたフィランさん。
本気だ、この人は本気でユシュアさんを刺すつもり!
きらっと冷たく剣が光った。
「やめて――――!」
僕は思わず飛び出していた。
今まで普通に歩いてても転ぶくらいトロくて、ドジな僕からは想像もつかないほど、速かったと思う。
あと一歩という所までは辿りつけた。でもやっぱりトロかったみたいで。
「シス!!」
みんなの叫び声と、床に躓いたのとは同時だった。
その半瞬後、火を押し当てられたみたいな熱さが肩を貫いた気がする。
あれ? 痛い……かも?
景色が傾いて来た。僕ってドジなんだな。やっぱ何にも無い所で転ぶんだね~そう情け無い事を思いながら倒れていくのが、スローモーションみたいに長く感じられた。
でもいつもみたいにべちゃっと床に打ちつけられる事は無かった。ユシュアさんが受け止めてくれたみたい。
いつの間にか鏡の手は無くなっていた。
「イラエル!」
「シス! 何て事を!」
え~っと……肩、ものすごく痛いな。剣が刺さったんだね、うん。
フィランさんの手の方を止めるつもりではいたけど、間に合わなかった所を転ぶ勢いでつんのめったので、結果ユシュアさんの盾になったみたいだ。
け、結果オーライ?
「ユシュアさん、怪我無い?」
「ああ、でも! でもっ!」
ユシュアさん泣いてる? すごく慌ててる?
座り込んだユシュアさんに抱っこされてると、段々痛いのが酷くなってきた。怪我した時って結構後で痛かったりするでしょ? そんな感じ。特に鋭い切れ味のものとかって……どうでもいいけどそんな事でも考えてないと気が遠くなる。どくどく血が流れてる感触がある。
横でからん、と音がした。
「……僕は……なんて事を……」
目を遣ると、フィランさんが床に膝をついて崩れ落ちた。さっきの音は剣を落とした音だったんだね。
「良かった、もう止めてくれるよね?」
こくこく頷くのが見えた。良かった。
「つっ……!」
首を動かしただけでズキっとして、思わずユシュアさんの服を握った。僕を抱きしめてるユシュアさんの手が震えてて、ぽたぽた涙が落ちてくる。こんなにおろおろしたユシュアさんはじめて見た。
「とにかく止血を!」
リンドさんがベッドからシーツをひっぺがして持ってきたみたい。びーって布を裂く音がして、傷口をぐっと押さえられて悲鳴を上げた。
「ほら、二人ともどけ!」
もうどうしていいかわからないというユシュアさんとフィランさんを押しのけて、リンドさんがてきぱき手当てをしてくれる。ルイドが横で布を咥えて待機している。どうなの、この名コンビ。
「ゴメン……本当にゴメン」
「イラエル、死なないで……」
いえ、死なないから。このくらいでは。
同時に手が伸びてきてナデナデされた。泣いてるし、二人とも。
すごく痛いけど、ケンカをやめてくれて良かったよ。
「胸に刺さったわけじゃないから死なないよ」
「そんな事言って。少しズレてたら危なかったぞ。シス、無茶しすぎ」
それにリンドさんがいてくれて良かった。僕、このうろたえた二人に放置されたままだったら、たとえ肩だったってもう一度出血多量で死んじゃうところだったかも……。
フィランさんが剣を鞘から抜いた音。
細くて長い剣はとても鋭くて月の光を浴びて銀色に輝いている。髪の色と同じ。冷たくてぞっとするけど綺麗。
ユシュアさんの幅の広いものすごく大きな剣は片刃で反った形をしてる。一度触らせてもらったけど、僕には重くて持ち上げられなかった。それを片手で振り回してしまうのだからユシュアさんはすごい力だし、怖い魔物でも簡単にやっつけてしまう。
どう考えたってユシュアさんが負けるはずが無い。でもやっぱりフィランさんは怖い。だって魔法が使えるんだもの。
というか……僕を巡って戦うってどういうこと?
なんだか昔そういうお話を読んだ事がある。美しいお姫様を自分の物にするために、二人の騎士が決闘するの。
でも僕は綺麗なお姫様じゃないし、二人とも大事な人だから戦わないで欲しい。どちらかに傷ついて欲しくなんか無い。
「オレが勝ったら文句を言わずにシスを返してもらうぞ」
ユシュアさん、何だかちょっと怖いよ?
「イラエルがやっとこの手に返って来た。魔物などにくれてやるか」
フィランさんもそんな事言わないで。
「二人ともやめてよ!」
飛び出したけど、二人とも剣を納める気配は無い。同時にすいっと手が伸びてきて、横に押しやられてしまった。
「危ないから退けてなさい」
ちょっとっ! 争ってるわりに息がぴったりってどういう事っ?
「リンドさんもルイドも止めてよ」
「止められないだろ。男としては。私もあれに参加出来ないのが悔しい」
「つがいの相手を決めるためにオスは戦うものだぞ」
もしも~し? 何言ってるんだよっ、リンドさんもルイドも。
しかもルイド、つがいとか普通に言わないでよ。
ここそんなに狭くは無いけど、ルイドもいるし立ち回り出来るほどのスペース無いと思うよ?
……じゃなくってっ!
そうこうしてるうちに睨みあってた二人が動きだす。
まず剣を突き出したのはフィランさん。それをユシュアさんが剣で受ける。
「王子様のわりにそこそこ経験あるようだな」
嘴だから表情はいま一つわからないけど、ユシュアさんは余裕のカンジだ。笑ってる様にも見える。
僕はルイドとリンドさんに引っ張られ、部屋の隅っこの方に避難した。とりあえずこのまま裸なのも嫌なので脱がされて放置されてた自分の服を着る。むう、自分だけさっさと服を着てたフィランさんのいけず。
カン、カン、と剣が打ち合う音。必死のフィランさんに対して、ユシュアさんはまだ余裕がある。
「くそっ……!」
フィランさんはとっても怒ってる。でもこのままユシュアさんが強いってわかってくれたら止めてくれるかもしれない。
「男としてはわかるぞ、寸止めされてキツかっただろうなぁ」
リンドさん……。
まあ、何となく僕にもわからなくも無いけど。そういや僕はイかされちゃったけど、フィランさんギンギンで放置だったしなぁ。せめて出しておけば……って、そういう理由で怒ってるんじゃないと思うよ?
「大丈夫だ。ユシュア君は強いから、王子を傷付けずに適当に相手してくれる。気が済むまでやらしておいたほうがいい」
リンドさんが余裕で見ているのはユシュアさんを信じてるから。僕もそれは信じてるけど、でも……。
「この部屋の物はフィランさんの魔法がかかってる。見たでしょ? 紐が剣を持ってきたり、人を縛ったりするの。だから幾らユシュアさんが強いって言っても安心は出来無いよ」
怖いのはそこ。
ユシュアさんは完全アウェイだもの。フィランさんはちょっと頭が混乱しちゃってるから、追い詰められると何をするかわからない。
もしもユシュアさんが怪我の一つでもしたり、万が一の事があったりしたら、僕きっと立ち直れないくらい辛いと思う。
フィランさんにも優しいお兄ちゃんに戻って欲しい。
「飛べるんだからさっさと逃げてしまってもいいが、相手は一国の王子だからな。ここで決着をつけておかないと後々また追いかけられるぞ」
「う……わからなくも無いけど」
本当はすぐにでも止めたいところだ。なのに真夜中の青い月の光の中、剣を翻してうち合う二人の姿に僕は目を奪われた。
銀の長い髪を靡かせて剣を振るう、均整のとれたほっそりした長身。それを身軽にかわして巨大な剣を力強く片手で振るう有翼の異形のシルエット。華麗な舞いを舞っているような優雅とさえ思える動き。
二つの月が飾る空を背景にしたバルコニーさえも舞台装置のよう。
……見惚れてる場合じゃない。
「ホントにもうやめてってば!」
一生懸命叫んでみたけど、駄目。
少し疲れてきたのか、フィランさんの動きが鈍くなってきた。ユシュアさんの大剣が受け止めた刃をぐいと押すと、そのままよろめいて後ろに下がってしまう。
絶好のチャンスだけど、ユシュアさんは自分からは斬りかからなかった。彼はとても優しい。そして強い。きっとリンドさんが言った様に、傷付けずに諦めてくれるまで付き合うだけのつもりみたい。
でもフィランさんは必死。自分でも言った様に、もう堕ちてしまったならどんな事でも出来る。
そして恐れていた事が現実になってしまった。
二人が移動し、ユシュアさんがあの大きな鏡を背にした時の事。
フィランさんが何か呟いた気がした。その直後にユシュアさんの動きが止まった。
「なに?」
鏡からいっぱいの手が! にゅっと生えてきた手が、剣を持った手を、足首を掴んでる。
「捕まえた」
無邪気にも聞えるフィランさんの声。
「離せ! 卑怯だ」
「それは僕の手だもの。卑怯なんかじゃないよ」
ユシュアさんが逃れようと必死にもがいてるけど、手は離れそうにない。にゅっと肘くらいまで伸びてきた新しい手がユシュアさんの剣をもぎ取った。
「ふふ、勝負あったね」
細い剣を構えなおしたフィランさん。
本気だ、この人は本気でユシュアさんを刺すつもり!
きらっと冷たく剣が光った。
「やめて――――!」
僕は思わず飛び出していた。
今まで普通に歩いてても転ぶくらいトロくて、ドジな僕からは想像もつかないほど、速かったと思う。
あと一歩という所までは辿りつけた。でもやっぱりトロかったみたいで。
「シス!!」
みんなの叫び声と、床に躓いたのとは同時だった。
その半瞬後、火を押し当てられたみたいな熱さが肩を貫いた気がする。
あれ? 痛い……かも?
景色が傾いて来た。僕ってドジなんだな。やっぱ何にも無い所で転ぶんだね~そう情け無い事を思いながら倒れていくのが、スローモーションみたいに長く感じられた。
でもいつもみたいにべちゃっと床に打ちつけられる事は無かった。ユシュアさんが受け止めてくれたみたい。
いつの間にか鏡の手は無くなっていた。
「イラエル!」
「シス! 何て事を!」
え~っと……肩、ものすごく痛いな。剣が刺さったんだね、うん。
フィランさんの手の方を止めるつもりではいたけど、間に合わなかった所を転ぶ勢いでつんのめったので、結果ユシュアさんの盾になったみたいだ。
け、結果オーライ?
「ユシュアさん、怪我無い?」
「ああ、でも! でもっ!」
ユシュアさん泣いてる? すごく慌ててる?
座り込んだユシュアさんに抱っこされてると、段々痛いのが酷くなってきた。怪我した時って結構後で痛かったりするでしょ? そんな感じ。特に鋭い切れ味のものとかって……どうでもいいけどそんな事でも考えてないと気が遠くなる。どくどく血が流れてる感触がある。
横でからん、と音がした。
「……僕は……なんて事を……」
目を遣ると、フィランさんが床に膝をついて崩れ落ちた。さっきの音は剣を落とした音だったんだね。
「良かった、もう止めてくれるよね?」
こくこく頷くのが見えた。良かった。
「つっ……!」
首を動かしただけでズキっとして、思わずユシュアさんの服を握った。僕を抱きしめてるユシュアさんの手が震えてて、ぽたぽた涙が落ちてくる。こんなにおろおろしたユシュアさんはじめて見た。
「とにかく止血を!」
リンドさんがベッドからシーツをひっぺがして持ってきたみたい。びーって布を裂く音がして、傷口をぐっと押さえられて悲鳴を上げた。
「ほら、二人ともどけ!」
もうどうしていいかわからないというユシュアさんとフィランさんを押しのけて、リンドさんがてきぱき手当てをしてくれる。ルイドが横で布を咥えて待機している。どうなの、この名コンビ。
「ゴメン……本当にゴメン」
「イラエル、死なないで……」
いえ、死なないから。このくらいでは。
同時に手が伸びてきてナデナデされた。泣いてるし、二人とも。
すごく痛いけど、ケンカをやめてくれて良かったよ。
「胸に刺さったわけじゃないから死なないよ」
「そんな事言って。少しズレてたら危なかったぞ。シス、無茶しすぎ」
それにリンドさんがいてくれて良かった。僕、このうろたえた二人に放置されたままだったら、たとえ肩だったってもう一度出血多量で死んじゃうところだったかも……。
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