僕に翼があったなら

まりの

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全てを一つに

これは予想外

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 どのくらい沈黙があったろう。
 フィランさんが僕から離れて、座り込んでしまったので僕も足を閉じ身を起こした。
 ぼうっとしてしまったフィランさんが自分の両手を見る。
「うそ……」
 小さな呟き。
「うそ……嘘だ! イラエルは、弟は死んだんだ!」
 激しく首を振るのを、銀色の髪が月の光で揺れるのが見ていて胸が痛くなった。
 やっと上がってた息が整ってきて、僕もちゃんと喋れそう。
「ルミナに聞いた。不幸を呼ぶ赤ん坊だからって、捨てられた事を。僕をこの大陸に運んだのはルミナ。もう死ぬと思って荒野に捨てたけど、僕は鳥のお母さんに拾われて育てられた」
「……そん……な」
 ガックリと手をついて項垂れるのが痛々しくて、手を伸ばしたかったけど縛れてたままだから膝でいざって擦り寄るしか出来なかった。
 また沈黙の後、フィランさんが顔を上げた。
「本当に? 本当にイラエルなのか?」
 優しく頬を撫でる手に、少し安心する。
「うん。僕ね、覚えてる。ううん、思い出した。まだ小さいお兄ちゃんがいつもニコニコ笑って抱っこしてくれたの。僕はね、赤ちゃんだったけど、頭の中は十四歳で死んだ晶のままだったから、言葉も全部わかってた。生まれて来てくれてありがとう、僕の宝物だよって言われた時、本当に嬉しかったんだよ」
「……言ったよ、確かに」
 ぎゅってされるのも嬉しかった。
「髪の色や目の色が似てると思ってたけど……だから惹かれたのだろうけど……」
「僕は死ぬ前に好きだった人にもう一度逢うようにって、大聖者様に生まれ変わるチャンスをもらった。そしてその人にも出会えた。だからその運命の人と結ばれなきゃいけないの」
「……」
 フィランさんは目を閉じてる。とてもとても悲しい顔で。
「フィランさんは大好き。でもお兄ちゃんとして好きなの。兄弟はこんな事しちゃいけない」
 だから紐を解いて。僕だってぎゅーってしたいのに。
 しばらくして、フィランさんの肩が小刻みに震えてるのに気がついた。泣いてるのかな? 悲しいのかな?
 でも違った。
「くくく……」
 それは笑ってるんだと気がついて、また少し怖くなった。
『フィラン様のお心を壊してしまった』
 ルミナが言ってた。
 お兄ちゃんはもう、壊れてしまったの?
「お兄ちゃん?」
「ふふ。僕はもう血の繋がった兄上を抱いてしまった。だからもう怖いものなどないよ。越えてはいけない壁を壊してしまったから。どうせもう堕ちてしまったのだから」
「え……」
「だからこんな事しても平気」
 再びベッドに押し倒された。
「お兄ちゃん!」
「好き。本当に大好き。失ったはずの僕の宝物。だからこうやって帰って来た今、もう他の奴になんか絶対にやらない!」
 こ、これは予想外だよ!?
 ころんとひっくり返されて手首を縛られた両手では踏ん張りが利かなくて、あっけなく腹這いになった。
 腰を掴れて、引き寄せられると顔だけをベッドにつけたままお尻を突き出すみたいになってしまった。
 もう駄目かな、このまま……。想像するとお腹の奥が熱くなった。
 怖い、変だけどするのが怖いんじゃない、これ以上いけない事をしてフィランさんを壊してしまうのが怖い。
 ぐい、と熱い塊があてがわれるのを感じて目を閉じた。
「お兄ちゃん――――!」
 僕が呼んだのはどっちのお兄ちゃんだろう。
 人間のお兄ちゃんか、それとも真っ白の大きな鳥のお兄ちゃんか。

 ばさばさばさ……。

 目を閉じた僕の耳に聞き覚えのある音が響いた気がした。
 でもこれは多分夢。まだ暗い空を大翼鳥が飛んでくるはずがないもの。
「シス――――っ!」
 え?
 どかん、と音がした。
 僕の腰を掴んでた手もお尻に当たってたモノの感触も消えた。
 ものすごいデジャヴなカンジ。
 ……こういうの何度もあった気がするんだけど……。
「シスっ!」
 すごく思いがけない声に思わず目を開けた。
「ユシュア……さん?」
 ええっ? どうしてここに!?
 自分が酷い格好だと思い出して慌てた。裸で腕縛られてお尻だけ突き出してるって……。
「み、見ないでっ!」
 とりあえず座ったけど、足がぶるぶる震えて力が入らない。それにユシュアさんの顔を見られない。
 ふわっと抱きしめられた。
 この腕の感触、ニオイ……間違いなくユシュアさんだ。でもマトモに顔を見られなくて顔を背けたまま。
 嬉しいのに、泣きたいくらいに嬉しいのに。でも、でも……。
「シス、こっち向いて」
「や……っ……」
 こんな姿、絶対に見て欲しくなかった。
 絶対、ユシュアさんは僕の事嫌いになっちゃう。
 ぐい、と顔を強引に向けられた。
 固い感触が唇に触れる。これは嘴のキス。
 堪えてたけど、涙がぼろぼろって出て、せっかく向いたのに逢いたくて仕方が無かった顔がぼやけて見えない。
 叱っていいのに、罵っていいのに。
 月の光さえも無い闇に包まれた。この感じはあの黒い羽根に包まれたんだ。優しい闇に。
 するっと紐が解かれ、手が自由になった。
「遅くなってゴメンな」
 優しい、優しい声。
「僕……約束、守れ無かったよ? せっかく来てくれたのに……嫌いになったでしょ?」
「そんなわけないだろ。オレだってまだ課題は終わってない」
 ユシュアさん、やっぱり好き。
 この世で一番大好き。

 永遠にも思える抱擁を、叫び声が遮った。
「わー! ルイドっ! さすがに王子様のを引っ張っちゃ駄目っ!」
 うっ……そういえばこのパターンのその後はっ!
 それにこの声、リンドさん?
「シスにっ、シスに何しやがる! 絶対許さない!」
 ルイドがすごく怒ってる。止めなきゃフィランさんが殺されちゃう!
 床に倒れたフィランさんの所によろめきながらも何とか辿り着けた。
「やめて、ルイド! お兄ちゃんを傷付けないで!」
「どけ、シス。何でそんな奴を庇うんだ? お前のお兄ちゃんは俺だぞ?!」
「ルイドはシスのお兄ちゃん! フィランさんはイラエルのお兄ちゃんなのっ! どっちも大事なお兄ちゃんなの!」
 何だか言ってる間に自分でもよくわからなくなってしまったが、何とかルイドを止める事は出来た。
「一体何が……?」
 床ででも頭を打ったのか、少し気を失ってたらしいフィランさんが起き上がって、部屋の状況を見て固まった。
「え?」
 うん、気持ちはわかるよ。俄かには信じられない状況だよね。
「シス、これ……」
「ありがと」
 リンドさんが上着を貸してくれたのでとりあえず羽織った。
 はっきりした頭でフィランさんが一番最初に見たのがリンドさんだったみたいだ。
「貴様っ! やはり貴様か? この子の運命の人とやらは。ここまで取り返しに来たというのか!」
 思いきり指差されて今度はリンドさんが固まった。
「あ、いや。取り返しには来たけど。シスの運命の人は私では無いから。その辺は誤解無きように。あっち」
 リンドさんが苦笑いでユシュアさんを指した。
「ま、魔物っ!?」
「酷い、こんなに素敵なユシュアさんに向かって魔物だなんて!」
「いや、シス。これが普通の反応だから」
 なんでシュアさんはホッとしたみたいに笑ってるんだろう。
「シスは返してもらう。本当のお兄さんらしいから傷付けたくない。大人しく返してさえくれれば今夜の事は忘れる」
 僕は力強く言ったユシュアさんにぐいっと肩を抱き寄せられて、何だかほっとした。
「……そうはいかない。魔物などに大事なこの子をやれるか」
 脱いだ時と同様、魔法なのかいつの間にか下を履いてたフィランさんが立ち上がった。するすると例の紐が部屋の奥から剣を引きずって来る。この部屋は秘密の部屋だもの。フィランさんの思い通りになるんだ。
「簡単に取り返せると思うな」
「……仕方が無いな」
 ユシュアさんが背中の大きな剣を抜くのが見えた。
 え、ええ? もしかして決闘とかしちゃうの?
 やめて――――!
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