僕に翼があったなら

まりの

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全てを一つに

おあずけは一回まで

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 床に脱ぎ捨ててた服に手は届いたから上は着たけど、片足縛ってあるからズボンが履けなかったので変な格好。上の服の丈が長いから、見えないのでいいけどスカスカするなぁ。
 バルコニーから夜のひんやりした風が吹き込んできて、寒くなって膝を抱えてベッドの上で丸くなってると、いつの間にか眠ってた。
 ほかほか温かくなったなと思ったら知らない間にフィランさんが戻ってて、毛布を掛けてくれてたみたい。
「眠ってしまったのか……」
 半分起きてたけど気持ちよくって目を閉じてたら、髪をナデナデしておでこにちゅってされた。あの部屋を出て行く間際の荒々しい感じじゃ無くて、とても優しかったから、怖くなかった。
 起きたらさっきみたいに戻っちゃうかな。もう少し寝たフリしてたほうがいいかな? でも足の紐解いて欲しいし、ちょっとおしっこしたいよぉ。
 仕方なく目を開ける。
「フィランさん?」
「遅くなってごめん。お腹空いただろ?」
 そんなに動かないせいか、お腹も空かない。僕は首を振っておいた。
 もう部屋は暗い。でも部屋の隅の小さなランプがささやかに光を湛えていて、逆光だけど綺麗な顔が見えた。フィランさん、疲れた顔してる? なんだかとても辛そう。
 僕が起き上がって座ると、フィランさんもベッドに腰掛けた。
「どっか痛い? 疲れてる?」
「……痛いのは心だよ」
 そう言って、ぎゅっと僕を抱きしめた。いつものいい匂いとちょっと違う匂い。髪が少し湿ってる気がする。お風呂入って来たのかな。
 痛いのは心……何かあったのかな。
 心が痛いっていうのは何となく僕にもわかる。今もこうしてぎゅっとされたら、何故だかひどく胸の奥が痛い気がする。
 僕は、晶でない今の僕には、この人では無く大事な人がいる。もっともっと大好きな人がいる……はず。それはさっき一人の部屋で夕日を見てて思い出した。
 でも何て言ったら良いのだろう、はっきりしないのだ。
 色々な事をぽつりぽつりと思い出すのに、その順序がわからなくて、バラバラのジグソーパズルを前に途方に暮れてるみたいなカンジで。
 だからそんな人がいるのに、ここでこうして抱きしめられてて、優しくされると辛くて胸が痛い。その大好きな人に対しても、そしてこの人にも。僕はとても罪深いのでは無いだろうか。
「お兄さんが呼んでるって言ってたね。何か用だったの?」
「その話はしないで」
 口を塞ぐ様に唇が重ねられた。また少し乱暴。イライラしてる?
「んんっ」
 怖くなって顔を背けようとしても、頬を両手で押さえられて逃げられなかった。
「もう兄上の所には行かないから。君を放さないから」
 あのう、今は放して紐解いてください。ズボン履きたいよぉ。
「紐……」
「ああ、ゴメン。これじゃ用も足せ無いものね」
「ズボン履けなかったよ」
 するっといとも簡単に解いたのを見て何だか拍子抜けした。ひょっとして僕にでも解けたんじゃないだろうか。そう思ってると、まるで頭の中を読んだみたいにフィランさんが笑った。
「何で自分で解かなかったんだろって思った?」
「うん」
「勝手に解かなかった君はいい子だよ。残念ながら僕にしか解けなかったから。魔法がかけてあったんだ」
「ま、魔法っ?」
「そう。無理に解こうとすると、びりびりって来たかもしれない」
 ううっ、怖い。良かった、何もしなくて。
「嘘。逃げようと思えば逃げられたのに、待っててくれて嬉しい」
「魔法ってウソなの? こことても高いから羽根でも無いと出られないし、それに逃げようって思わなかったよ」
 そう言うと、フィランさんがまたぎゅーってした。今度はちょっと嬉しそうに笑って。
「僕が怖くない?」
「んと……時々怖いけど、優しいから好き」
 そう。とっても優しいから好き。でも時々すごく怖いと思う時ある。
 たとえば、部屋を出てく前みたいに乱暴にされた時や、さっきみたいに口付けされた時。笑ってても怖いと思う時もある。あと、魔法でって言った時、ホントに怖かった。
「ああ、もう本当になんて可愛いのだろう」
 またぎゅーですね。好きだね、抱きしめるの。
 そ、そうだ。ズボンを履こう、ズボンを!
「ちゃんと服着ていいですか?」
「ダメ。隠してしまうのは勿体無い」
 するっと腿を撫でられて、膝にちゅってされたら全身がぞわっとした。
「とてもさわり心地がいい」
「いや、でも、そのぉ……寒い?」
「暖めてあげるから」
 何とか逃れようとしたけど、力が強くて捕まったまま。
「……いい?」
 返事になってないよぉ! 何がいいの? 暗くても思いきり潤んだ眼で僕を見てるのわかるよぉ。なんか微妙に息荒いよ?
「苦しいんだ……忘れさせて、嫌なこと、兄上の事……」
 怖くてベッドの上を後ずさると、壁に背中が当たった。僕の膝の間に入って来るように、フィランさんが迫って来る。また怖い人になっちゃったよぉ。
 無言で再び抱きしめられる。
 うう、どうしよう。何だかイライラしてるみたいだし。
 その時、ぶるぶるっと体が震えた。怖いとかじゃなくてアレだね。
 そういえばおしっこしたいんだった。喉も渇いたな。でも言うのも恥ずかしいし、叱られるかなぁとモゾモゾしてると、気付いたみたい。
「どうしたの?」
「えっと……おしっこ……」
「……すごい、おあずけだな」
 呆れた様に笑って、僕の頭をふわふわって撫でた顔はわりと穏やかだった。ちょっとイライラが収まったのかな?
 でも何だろう。もっと撫でるならがしがしって、乱暴に頭を撫でられた方がしっくり来るんだけどなと、ワケのわからない感慨が残った。


 下の部屋に帰って用を足して、ついでに甘い飲み物をもらった。
 もう結構遅い時間だけど、さっきも寝てたから眠くならない。温かいお湯を桶に用意してくれたので、拭いて体を綺麗にして、足を浸すとほわんと温かくなって気持ちよかった。
「ひゃんっ」
 とてもいい匂いの香油を肌が乾燥しないようにと足や腕に塗ってくれるんだけど……くすぐったいよぉ。
「ふふ、変な声出して」
「だって、くすぐったいんだもん」
 寝巻きに着替えて、一緒にまた上の階に上がった。お疲れっぽいフィランさんは下の部屋のふかふかベッドで寝ればいいのに、なぜか上の部屋の方がお気に入りなんだって。
 ランプも消えた部屋は二つの月の月明りだけだけど、室内は青く照らされて影も出来るほど。
 狭くて固いベッドで一緒に毛布に包まる。ぎゅっと抱きしめられた僕は抱き枕みたいになってます。
「あのっ、僕床でもいいよ?」
「ダメ。寒いから暖めてあげるって言ったでしょう?」
 それはさっきまでの話で……ううーん、でも腕の中は確かに温かくて気持ちいいな。すごく細くて華奢に見えるけど、薄着になるとかなりいい体してるよね、フィランさん。しっかり固い筋肉ついてて。
「さて、先程思いきりおあずけも喰らった事だし、今日はもう諦めた気でいたけど、駄目だな、君の匂いを嗅ぐとおかしくなる……」
 ぼ、僕クサイですかぁ? ついさっきいい匂いの油を塗ってくれたばかりなのに? 確かフィランさんも同じ匂いじゃなかったかな?
「変なニオイする?」
「なんていったらいいのかな……甘い、誘うようないい匂いだよ。こう中から湧き出してるみたい。特にこの辺……」
 そういって僕の耳の下の辺をくんくんってする。ひゃああ、くすぐったいですぅ!
『お前も魔物か? こんなに綺麗で何も知らぬ様な顔をして、人を誘い、惑わせて狂わせる匂いをたてて……』
 誰かにも言われた気がする。誘ってないから、別にっ。
「ねえ、今度こそいいでしょう?」
 フィランさんがくるんと体を返して、僕の上に被さった。
 ベッドに両手首を押さえ付けられ、膝で両足の間に割って入られると、心臓がドキドキしてどうしていいかわからなくなった。月の光に照らされて僕の上から覗き込んでる顔は冷たくて無表情だけど、なんだか熱っぽい目をしてるのがわかる。怖い、ホントに怖いよ。違う人になっちゃったみたい。
「何……するの?」
「わかってるくせに」
 わからないよっ! いや、本当は何となくはわかるけど……僕、こういうの初めてじゃないはず。『気持ちいい事』するんでしょ?
 折角着た服の前はあっさり広げられてしまった。手は言う事きかないし、ぼって顔が熱くなった。
 綺麗な顔が僕の胸に頬ずりする。すべすべした感触と、長い髪が胸を撫でて、くすぐったくて身を捩った。
 触れてる部分は頬からいつの間にか唇に変わって、何度もキスの雨が降ってくる。吸い付くように。
 ちゅっ、ちゅって恥ずかしい音がするたび、唇が触れた所だけじゃなくて体のもっと芯が熱くなって、むず痒くて痺れるようなおかしな感覚が広がっていく。
 それと同時に、頭の隅で冷たく目覚めていくもの。
 この唇の感触、指の感触、知ってる。
 嫌だった。悲しかった。この体は大好きなあの人にだけあげると、誰にも触れさせないと誓ったのに。
 唇が胸の突起に触れたとき、体がぴくんと跳ねた。
「ほら、知ってるじゃない」
「だ……め、やめ、て」
「もう止めてあげられない。受け止めてよ、僕を。好きだから、本当に大好きだよ。だからちょうだい、全部……」
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