67 / 86
全てを一つに
搭の上の秘密の部屋
しおりを挟むとりあえず夢じゃない。
何が何だかさっぱりわからないけど、僕は今こうして生きてる。
フィランさんは優しくしてくれる。
この部屋は広くてトイレもあって、食事も持って来てくれるし、お湯も用意してくれて体も洗えて。服も恥ずかしいくらいピカピカですべすべのを用意してくれるから、困る事は無いのだけど。
それでもこの部屋でもう三日、ずっと外に出ずにいると退屈で寂しくなって来た。
お仕事もあるのか、フィランさんは時々いなくなる。
一人の時、退屈だったらどうぞと本も用意してくれた。何語なのかもわからないので文字は読めない。でも印刷じゃない手書きで皮の紐で綴じた本は、綺麗な模様や絵があって、それを眺めては楽しんでいた。それでもやっぱり退屈で。
危ないから窓には近づいちゃいけないって言われて、カーテンも開けないまま。薄い布越しに差し込んで来る光の加減で、昼なのか夜なのかがわかるだけ。せめて外がどんなのかだけでも見てみたい。
フィランさんは、僕の髪をナデナデするのが好きみたいで、今も一緒にソファに座って僕の髪をいじってる。傍にいるだけで幸せなんだって。僕もナデナデされるのは嫌いじゃない。でも何だかペットにでもなった気分。
「ねえ、どうして外に出てはいけないの?」
「この搭の外には怖い人がいて、君が見つかると大変なんだよ」
そうなのかぁ。それはちょっと怖いな。でも……。
「どうしたの? ここが嫌?」
「そうじゃないけど、一度外を見てみたいなと思った」
僕が思いきって言うと、端正な顔が悲しそうに翳った。
「……ごめんなさい」
「いいよ。そうだね、何もせずにいるのも退屈かもしれないね」
立ち上がって、僕に手を差し出すフィランさん。
「この窓は開けてあげられないけど、違う部屋に行ってみる?」
うんうん。行くっ。たとえほんの少しでも冒険みたいで楽しみ。
大きなドアを開けると、薄暗い狭い石の廊下だった。すぐに階段。
「一つだけ上がろう。静かにね」
他の人に見つかったら怖いんだったね。
そーっと忍び足で歩くと、横でくすくす笑ってる。僕の動きが面白かった?
狭い螺旋になった階段を上がると、いろんな色の光が差し込んで階段を染めていた。虹色? わあ、キレイ!
搭のてっぺんなのか、行き止まりになった階段の踊り場、そこの大きなはめ殺しの窓が見事なステンドグラスになってた。色のついた光ははその窓から差し込んできてる。
赤や青のとりどりの色が散りばめられた背景に、黒い長い髪の女性らしき人の横顔と白い鳥の絵柄。簡素な絵柄だけどとても美しい。
そして不思議と涙が出そうなほど懐かしく思えた。
「素敵なステンドグラスだね」
「すて……? 色絵窓の事? 君は時々難しい事を言うね」
「この女の人誰?」
「女の人じゃないよ。これは大聖者様。まあ、実際に見た人はほとんどいないらしいから、想像図なんだろうね」
大聖者様? 僕、この人知ってる――――。
それよりも差し出された手に小枝を渡そうとしてるみたいな白い鳥の事が気になった。
白い鳥。
大きくて、優しくて、強くて。そのふかふかの羽根の感触も嘴でかしかしされるのも大好き……。
『俺の幸せはお前と一緒にいること』
そう言ったのは……。
「おいで」
名前が出そうになった瞬間、フィランさんに手を引かれた。
簡素なドア。さっきまでいた部屋とは全然違う。
「ここはね、僕の秘密の隠れ家。今まで誰も入れた事が無いんだよ」
悪戯っ子の様に笑うフィランさんがちょっと可愛く見えた。
ドアが開くと、ふわっと風を感じた。
「入っていいの?」
「うん。アキラなら大歓迎だよ」
入った途端、わぁと声を上げてしまった。
正面に大きな開口があって、ガラス戸も何も無いバルコニー。お日様の光も差し込んで来る。
そんなに広く無い部屋の、石のままの壁や床は飾り気も何も無いけど、石の窪みみたいに棚があって瓶や何に使うのかもわからない道具、本などが詰まってる。部屋の隅には下の階とは比べ物にならないほど質素なベッドが一つ。ここで寝たりもするのかな? 秘密の部屋っていうのが何となくわかる。
「外見ていい?」
僕が訊くと頷いたフィランさんと一緒にバルコニーまで行く。後ろから抱え込むように抱きしめられてだけど、外が良く見えた。
足元に広がる町。緑の綺麗な所だった。遠くには低い山、森、小さな村らしきものも見える。遥か彼方に細く青い線が見えるのは海かな。
「もういいかい? 落ちると危ないからね」
「うん」
手摺もあるからそう簡単には落ちないと思うのだけど、とっても心配性だね。本当はもう少し外を見てたかったのに。確かに風が強くて煽られそうではある。とりあえずここは周りで一番高い建物の一番上なんだってわかった。
「ちょっとこっちに来てごらん」
少し強引に手を引かれて、バルコニーから引き離された。
部屋の真ん中くらいに来て、僕の顔をじっと見てフィランさんが黙る。
え、何? 何だかフィランさんの目が怖い。
表情は怒ってるようにも見えないけど、何だろう、ぞくぞくするような。
「あ、あの?」
何も言わずに、突然フィランさんの手が僕の服のボタンに掛かった。
「何を……!」
「脱いで。全部」
何ですと? 何でいきなり裸にならないといけないんですかっ?
「は……恥ずかしいよ」
「じゃあ僕が脱がせてあげる」
それも恥ずかしいから、後ずさったらついてくる。睨むような目がすごく怖くて、僕は仕方なく言われるままに自分で脱いだ。
「そう。それでいいよ」
そのあと、ベッドと反対側の壁際に連れて行かれた。
そこには全身映るくらい大きな鏡があった。
「見て、君の姿だよ。こんなに綺麗なもの、他にある?」
「あ……」
そこに映ってるのは、『僕』が思ってた『僕』じゃなかった。
この数日で、自分がとても色が白くて、髪も黒じゃなくて金色だっていうのはわかってた。でも……。
これは晶じゃない。
男なのか女なのかわからない不思議な生き物がそこにいた。
薄い金の髪に、目の色も限りなく白っぽい水色。唇だけが妙にピンク。頼りない手足に女の子みたいな細い腰、痩せてるのに筋ばったカンジじゃ無くてほわほわと柔らかそう。アバラは派手に出てないけど鎖骨がくっきり浮いてて、首も細くて。
ちょっとでも胸のふくらみがあって股に余計なものついてなかったら、女の子としてはそこそこいけてる気がするけど。ってか、ピンクの乳首とか妙にいやらしい気がする。
「やっぱりへにょへにょ……」
筋肉無さすぎ。貧相なモノはついてるけど男っぽさの欠片も無い。何と言うかその、人が作った羽根のない失敗作の天使のお人形みたい。
人間にしてはふわふわしすぎてて、天使にしたら生々しくていやらしすぎる。少なくとも僕にはちっとも魅力的に思えない。
「全然綺麗じゃないよ?」
「どうしてそう自信がないんだろうね、君は。完璧なのに」
「フィランさんの方がキレイでしょ」
鏡の天使モドキの後ろで覗き込んでる銀の髪の長身は、同じ様に薄い色の髪に肌なのにとても人間っぽい。
「赤子と呼ばれていたのがわかるよ」
すぅっと背中を撫でられて、鏡の中の『僕』はびくっと震えてる。
「もう駄目だよ……我慢してたけど限界……」
後ろから抱きしめられて、赤くなってる姿を見るのが嫌で鏡から目を逸らした。
「欲しいならあげると言っただろ?」
言ってないと思うんだけどっ!? 僕、言ったの、そんな事?
ひょいと抱き上げられて、部屋の隅のベッドに運ばれた。
ばふっと硬いベッドに降ろされると、いきなりフィランさんは覆いかぶさってきて、激しく唇を貪るように重ねてきた。
え、ええ? 舌っ、舌が!? 息できないっ、苦しいっ。
口を離さないまま、手が乱暴に僕の体をまさぐる。
抵抗しようと、強く押さえつけられて逃れる事が出来無い。
どうしよう、何されるんだろうこれから。手に触れられた所がくすぐったいだけじゃなくて、変な気持ちになってくるのは何故?
突然、僕を助けてくれるように、部屋に音が響いた。
リンリン。軽やかな鈴の音。
「ちっ、兄上が呼んでる」
慌てて僕から離れたフィランさんは、すごく怒ってるみたい。
ほっとしたような、でも少し寂しいような。
「行くの?」
「うん。でもすぐに帰って来るから。下の部屋よりこの部屋の方が退屈しないでしょう? 帰って来るまで鏡の中の君と仲良く待っておいで」
「え……」
「あ、そうだ」
部屋の隅をごそごそやって、布の紐を持ってきたフィランさんは僕の片足をベッドの足にくくりつけた。そこそこ長さはあるといっても……。
「あのっ、何で?」
「勝手にバルコニーに出ると危ないからね。特殊な結び方がしてあるから解けないよ」
がちゃっと部屋に鍵がかけられる音がした。
鍵をかけられたって事は閉じ込められたって事。僕が逃げると思ったのかな? だからって紐で縛らなくても。
すぐそこに外に通じてる窓があっても、鳥みたいに翼でもないとここからは出られないじゃない。
鳥……。
またさっきの白い鳥を思い出した。
「お兄ちゃん……ルイド……」
知らず知らずのうちに口から言葉がこぼれる。
少しづつ、無茶苦茶になってしまった記憶が集まりはじめたような気がする。ひっくり返ってバラバラになった本棚の本を、タイトルを確めながら並べ直すみたいに。パズルを組み立てるみたいに。
この晶でない体が辿って来た時間の記憶。それは確かにあるのに、バラバラになってしまったからわからないだけ。何か切欠があれば、きっと……。
日が傾いて、赤い夕日が差し込む時間になっても、フィランさんは帰って来なかった。
0
お気に入りに追加
229
あなたにおすすめの小説
金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】
悪役令息だったはずの僕が護送されたときの話
四季織
BL
婚約者の第二王子が男爵令息に尻を振っている姿を見て、前世で読んだBL漫画の世界だと思い出した。苛めなんてしてないのに、断罪されて南方領への護送されることになった僕は……。
※R18はタイトルに※がつきます。
キスから始める恋の話
紫紺(紗子)
BL
「退屈だし、キスが下手」
ある日、僕は付き合い始めたばかりの彼女にフラれてしまった。
「仕方ないなあ。俺が教えてやるよ」
泣きついた先は大学時代の先輩。ネクタイごと胸ぐらをつかまれた僕は、長くて深いキスを食らってしまう。
その日から、先輩との微妙な距離と力関係が始まった……。
王子様のご帰還です
小都
BL
目が覚めたらそこは、知らない国だった。
平凡に日々を過ごし無事高校3年間を終えた翌日、何もかもが違う場所で目が覚めた。
そして言われる。「おかえりなさい、王子」と・・・。
何も知らない僕に皆が強引に王子と言い、迎えに来た強引な婚約者は・・・男!?
異世界転移 王子×王子・・・?
こちらは個人サイトからの再録になります。
十年以上前の作品をそのまま移してますので変だったらすみません。
姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王
ミクリ21
BL
姫が拐われた!
……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。
しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。
誰が拐われたのかを調べる皆。
一方魔王は?
「姫じゃなくて勇者なんだが」
「え?」
姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?
本物のシンデレラは王子様に嫌われる
幸姫
BL
自分の顔と性格が嫌いな春谷一埜は車に轢かれて死んでしまう。そして一埜が姉に勧められてついハマってしまったBLゲームの悪役アレス・ディスタニアに転生してしまう。アレスは自分の太っている体にコンプレックを抱き、好きな人に告白が出来ない事を拗らせ、ヒロインを虐めていた。
「・・・なら痩せればいいんじゃね?」と春谷はアレスの人生をより楽しくさせる【幸せ生活・性格計画】をたてる。
主人公がとてもツンツンツンデレしています。
ハッピーエンドです。
第11回BL小説大賞にエントリーしています。
_______
本当に性格が悪いのはどっちなんでしょう。
_________
その部屋に残るのは、甘い香りだけ。
ロウバイ
BL
愛を思い出した攻めと愛を諦めた受けです。
同じ大学に通う、ひょんなことから言葉を交わすようになったハジメとシュウ。
仲はどんどん深まり、シュウからの告白を皮切りに同棲するほどにまで関係は進展するが、男女の恋愛とは違い明確な「ゴール」のない二人の関係は、失速していく。
一人家で二人の関係を見つめ悩み続けるシュウとは対照的に、ハジメは毎晩夜の街に出かけ二人の関係から目を背けてしまう…。
【完結】闇オークションの女神の白く甘い蜜に群がる男達と女神が一途に愛した男
葉月
BL
闇のオークションの女神の話。
嶺塚《みねづか》雅成、21歳。
彼は闇のオークション『mysterious goddess
』(神秘の女神)での特殊な力を持った女神。
美貌や妖艶さだけでも人を虜にするのに、能力に関わった者は雅成の信者となり、最終的には僕《しもべ》となっていった。
その能力は雅成の蜜にある。
射精した時、真珠のように輝き、蜜は桜のはちみつでできたような濃厚な甘さと、嚥下した時、体の隅々まで力をみなぎらせる。
精というより、女神の蜜。
雅成の蜜に群がる男達の欲望と、雅成が一途に愛した男、拓海との純愛。
雅成が要求されるプレイとは?
二人は様々な試練を乗り越えられるのか?
拘束、複数攻め、尿道プラグ、媚薬……こんなにアブノーマルエロいのに、純愛です。
私の性癖、全てぶち込みました!
よろしくお願いします
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる