僕に翼があったなら

まりの

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全てを一つに

記憶の津波

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(★前半と後半で視点が変わります)

 僕はお母さんが餌と間違えて巣に持ち帰ったんだってルイドが言ってた。
 同じ。僕と同じ。
 じわじわと心の中に広がっていく、何か暗い影。
「じゃあ、それって。その呪われた赤ん坊は……」
「お前だ。母上に生き写しのその顔に髪、父王と同じ薄青の目。間違いようが無い」
 待って、待って。
 お母さんが同じって事は、あの王子様と僕は……。
「お前を弟とは知らず、フィラン様は手に入れるために必死になっておいでだ。そのために、もう一人の血の繋がった兄上を口にするのも憚る形で利用された。その上、もし弟までとなれば……」
 あの悪夢のような手の感触、舌の感触。
 僕にあんな事をしていたのが、血の繋がった兄弟だなんて。
 もう一人のお兄さんというのは、この国の第一王子の事だろう。事故で動けなくて、いつ死ぬかもわからないような人だって聞いた。その人に何をしたのかは知らないけど、ルミナがこんなに怒ってるんだもの。きっと悪い事。
 それは僕を手に入れるためだって言った。だったらやっぱり僕が悪いのかな? 僕は何もしてないつもりだけど、やっぱり僕はいてはいけない存在なのだろうか。
 ぐらりと足元が傾いた。
 ぴきっ。心のどこかで何かにヒビが入ったのがわかった。
 ダム。
 そう、水を堰き止めるダムのように巨大な壁に空いた穴からちょろちょろと水が流れ出るように、はじめはゆっくりと何かが見え始めた。


 雪原の様な真っ白い砂漠を越え、緑の森を越えて網目のように水路が巡らされた町。その中央に白く輝く美しい建物はお城。
 そこには銀のお髭に薄い青の目の優しいお父さんがいて、長い長い金の髪の綺麗な人はお母さん。僕は皆が大好きで、中でも一番好きだったのは優しい優しいお兄ちゃん。濃い青の瞳でいつも僕を見て笑ってくれて、ちっちゃな手で抱っこしてくれて、銀色の髪を触っても怒らなかった。
 僕は死んじゃったのを覚えてたけど、この人達の元に生まれ変われて本当に幸せだった。
 大好きなお兄ちゃんと早くお話したくて、僕は一生懸命早く大きくなろうって思ったんだ。
「フィランだよ、僕はフィラン。言ってごらん?」
「まだ赤ちゃんだもの無理よ」
 お母さんが笑いながら後ろから言ってても、お兄ちゃんは一生懸命に何度も教えてくれるから、僕も頑張ってみたんだよ。でも赤ちゃんの体じゃ上手く発音できなくて。
「ふぃ、りゃ?」
「聞いた?! 母上、イラエルが僕の名前を呼んだよ!」
 イラエル……これも僕の名前。希望イラエの聖者様の名前と、お母さんの名前エルノアから半分ずつもらってお兄ちゃんが考えた名前。
 短い間だったけど、とても幸せで温かくて、皆の事が大好きだった。
 知らない所に一人ぼっちになった時、また死ぬんだって思った。どうしてあの電車みたいに僕にとどめを刺してくれないのと、置き去りにした人や鳥を恨んだ。
 本当に大好きだったから、僕は自分に魔法をかけた。
 何度も何度も、僕は大好きな人と、大事な人と死に別れてばかり。
 こちらの思いを伝える事も出来ずに。
 悲しくて、もうこれ以上繰り返すのは嫌だったから。
 蓋をしたのは僕自身。

『晶は可愛い。だから守ってやりたいの』

 黒い髪の背の高い男の子の顔。いつも僕の傍にいてくれて、友達以上に大事だった人。その顔と、赤と金と青の優しい顔が重なった。
 ユシュアさん、ううん、匠君。

『イラエルは僕がどんな事からも守ってあげるからね』

 子供だったお兄ちゃんの顔が、同じ銀の髪に白い肌、青い目の冷たい顔に重なった。
 フィラン王子、ううん、お兄ちゃん。

 その瞬間、ちょろちょろと穏やかだった記憶の流れは、堰き止められていたダムが粉々に壊されて中身があふれ出したように、津波みたいに押しよせてきた。
「う……わああああっ!」
 すごく遠くで自分の叫んでる声が聞こえた。
 頭が痛い。割れちゃう、壊れちゃう!
 いたい、痛い、イタイ……頭が、ううん、もっと奥底の大事な所。魂が泣き叫んでる。
 記憶の津波は渦を巻いて『僕』という存在をバラバラにして、何もかもを曖昧にして行く。
「だから、だから聞かないでって言ったの! 自分で忘れてしまうように細工をしてるのがわかったから。無理に記憶を戻したら土台から崩れてしまうって……」
 女の人の泣いてるみたいな声が聞こえた気がするけど定かでは無い。
 誰だかもうわからない。
 もう、僕は音を聞く事も、何かを見る事も放棄してしまったから。
 それからの事は知らない――――。


 *****


 その日、昼間なのに突然翳った空に星が流れた。
 この世界で流星は良い方にも悪い方にも、大きく事態がうごく兆候だと言われている。
 先程、この村の水源を堰き止めていた魔物を退治して来た。何人も人を殺した悪い奴だったので、こちらも躊躇無く切り捨てた。
 村の人々は命の水を再び得る事が出来て、急に空が暗くなろうと星が流れようと、これは吉兆だと喜んだ。
 だがオレにはそうは思えなかった。
 これは何か悪い知らせ。そう思えてならなかった。
「ありがとうございました!」
「本当に感謝してもしきれません」
「よろしければずっと村に……」
 口々に礼を言ってくれる村の人々の言葉も上の空で聞いていた。
 気持ちばかりが焦って、つい無愛想になってしまったのを詫び、早々に村を後にした。
 課題はあと五つ。
 二つはこの近く、二つは先の海の傍だ。だが、最後の一つは未だ明かされていない。いつもは十くらい先まではわかるのに。
 百一の課題は紙に書かれているのでもなく、近くなると頭の中に勝手に情報が流れ込んでくる。きっと聖者様達の力のなせる技なのだろう。
 一筆書きで旅が出来るよう、順序は配慮されているようで大陸の端から順に進んできた。
 気になるのは、一つも海の向こうの大陸の用件は無かった事だ。向こうは聖域がある事からその必要が無いと言えばお終いなのだが、ひょっとして明かされていない最後の一つだけが向こうだったらどうしようという思いもまだ拭えない。
 それよりも何なのだろう、この気持ち。
 空に星が流れた時から感じるこの違和感は。
 ものすごく嫌な感じだ。
 ふとシスの顔が浮かんだが、なぜか酷く印象が薄かった。いつもは離れていても髪の一筋までも鮮明に思い出せるのに。
 それに笑顔じゃなく、涙を溜めた悲しい顔しか思い出せない。
 ドキドキと胸が鳴るのを感じた。
 良く無い事が起きてるのではないだろうか。
 ああ、今すぐにでも飛んで行きたい!
 もう呪いなんてどうでもいいから、今すぐにでも。

『一刻も早くご用を済ませて。そして僕に全部話して』

 そうだな。約束したから。オレは約束を破るわけにはいかないから。
「シス、シス。どうか無事で……」
 今は祈るしかないのがもどかしくて、あの時嫌われてもいいから手を離さなければ良かったと、今更ながらに後悔した
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