僕に翼があったなら

まりの

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全てを一つに

マルクさんの涙

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 お昼休み。
 赤いの、ピンクの、水色の、ハート柄の。リボンも可愛く包装されたカラフルな包み。いっぱいあるね。
「すごいね、モテモテだね、匠君」
 バレンタインにいっぱいチョコをもらって、普通なら嬉しいと思うんだけど、どうして君はそんなに不機嫌な顔してるのかな。しかもなんでそれを僕の机の上に置くかな?
「……あのね、義理チョコすらもらえない僕に向かって、そういうのは嫌がらせにしか見えないんだけど?」
「これもらって。俺チョコ苦手なんだよ。晶甘いの好きだろ」
 ううっ、確かに好きだけど。女の子達の視線が痛い。
「駄目。女の子が勇気を出してくれたんだよ。ちゃんと受け取ってあげなきゃ。全部気持ちが篭ってるんだし」
「好きでも無いのに?」
 酷いね匠君。女の子達にも、そして僕にも。
 くそぉ、モテる男は相手の気持ちがわからないんだな。僕なんて誰も相手にしてくれないどころか、敵視されてるんだよ、匠君に想いをよせてる女の子達から。その上これだもの……。
 仕方ないから耳元に顔を寄せてこっそり囁いておく。
「分けてくれるのはいいけど、後でこっそりにして。僕、これ以上女の子達の敵になりたくないから」
 そう言うと、納得した様に持ってったけど、どうしてそこで赤くなってるのかはわからない。
 いつもの様に一緒の帰り道、駅前のベンチに二人で掛けて紙袋にいっぱいのチョコをくれた匠君は、困ったように笑ってた。
「ゴメンな、やっぱああいうのは良く無いって、お前が女子にいじめられたらどうすんだって皆に怒られたよ」
「わかってくれたならいいけど。でもさぁ、なんであそこで赤くなってたの? 何を言ったんだーって、皆にものすごく問い詰められたよ」
 まったく迷惑なんだから、匠君は。
「……だって、耳に息掛かるくらい近くに顔があったから」
 ほえ? なんだそりゃ。ひょっとして耳くすぐったい人? ふふふ、いい事聞いちゃった。弱点発見っ!
 今日は色々迷惑を被ったので、ちょっと逆襲。がしっ匠君の顔を捕まえて、耳にふうってしてみた。
「ひゃっ!」
 わあ、おもしろーい! また真っ赤になってわたわたしてるぅ。いつも落ち着いててクールな匠君がこんなになっちゃうの可愛い。
「こういうの好き」
 耳元で囁くと、真っ赤になったまま真顔で手を引き剥がされた。
「あ、晶っ、お前……」
 わっ、怒ってる? 軽い冗談なのにぃ~。
「ゴメン、もうしないから」
「いいけど……嬉しいけど、こんな事他の奴に絶対すんなよ」
 他の人にする理由ないもん。変なの。それに嬉しいって何?


 また昔の夢を見てた。
 相変わらず顔も名前も、起きた瞬間に頭の中から消しゴムで消しちゃたみたいにすっぽり抜けるけど、今日は少しだけ夢の中身をおぼえてる。どうでもいい事だったけど、僕が一番楽しかった頃だと思う。
 学校、休み時間、制服……僕が夢で見るのはそういう事ばかりみたい。不思議ともっと小さい頃の事とかは出て来ない。
 いつも一緒にいる人、あの人が昔のユシュアさんなんだろうか。本当の名前、起きてる時にも思いだせるようになるんだろうか。
 でも、考えてみたら僕は事故で死んだのだからわかる。じゃあ、あの人も死んで生まれ変わったって事なのかな。何だかそれも嫌かも。
 ……起き抜けに考えてたら、また頭が痛くなってきた。やっぱりまだ早いんだね。もう少ししないといけないんだろう。
 どうせ起きててもロクな事が無い。僕、今部屋から出られないし。
 外でお兄ちゃんに会いたいんだけど、縛るのも可哀想だってそのまんまにするかわりに、部屋に鍵が掛けてある。僕が頼んだんだけど。
 早くこの変な魔法が解けないとまた……怖くてベッドから起き上がる気にもならない。暴れたり押さえられてた体も節々痛いし。あ、でもこのまま寝転んでて、また触られたりするのはなぁ。
 ベッドの上でもぞもぞしてると、トントンってドアが鳴った。
「シス起きてる?」
 マルクさんだ。ああ、気まずいな、何かあれから恥ずかしくてマトモに顔を見られなくて。さんざんお世話になってるのに。
「起きてる……けど」
「入っていい? 朝ごはん持ってきたよ」
「ん……」
 スープを持って来てくれたのに、正直食欲も無い。
 あの手の感触を思い出すと吐きそう。僕は一口食べただけでやめてしまった。
「ちゃんと食べないと倒れちゃうよ」
「……いっそ動く元気も無くなっちゃった方がいいかも」
「何て事を言うの、シス」
「だって……僕なんかいても迷惑なだけだもの」
 そう言ったら頬にばしって痛いのが走った。
 ぶたれたんだってわかるまで、ちょっと間があった。
「そんな事、冗談でも言わないで!」
 マルクさんの赤い目に涙の粒が盛り上がってくのを、じんじんする頬を押さえて見てた。
 はじめて見る顔。とっても怒ってて、泣いてて。いつも笑ってるかすましてるか……困った顔もあるけど、考えてみたらマルクさんの怒った顔って見たこと無い。
 それに涙も。
「ご……ごめんなさいっ」
 慌てて謝ると、はっとしたようにマルクさんが僕の頬に触れた。
「ああっ、ぶつなんて私は何て事を……」
「いいの。僕が悪いから、マルクさんは悪くない」
 ぽろぽろと涙が濃い色の頬を滑ってくのを見て、胸がズキってした。
「辛いのは君なのに、私が取り乱して……本当にゴメン」
 ぎゅって抱きしめられて、その少し震えてる細い腕の感触に僕も泣きそうになった。リンドさんも自分が情け無いって泣いてたし、マルクさんまで。誰も悪くないのに。皆いい人なのに。
 僕はこうやって人を傷付ける。体だけでなくて心まで。
「迷惑だなんて微塵にも思ってないから、誰も」
「でも自分が情けなくて……見えない手に触られて、すごく嫌なのに体はすごく反応しちゃって。あんなのおかしいよね。恥ずかしいよね?」
「おかしくなんか無い。誰だって快楽には勝てません。たとえ頭でイヤだって思っても。それは普通の事なんです。でも……見てて辛かった、殴られる方がマシだって思える。それは気持ちがわかるからだよ」
「……」
「私は子供の時から何人もの大人に玩具にされてきた。酷く扱われて、怖くて、嫌で……ラルクの目の前でされた事もあった。それでもやっぱり体はそれなりに感じるし、生理的に抑えられない。そんな自分が一番情けなくて怖かった。きっと君が感じたのもそうだと思う」
「うん……」
 僕が一番落ち込んでたのはまさにそこだから。
 ぎゅってしてた腕が緩んだ。見えた顔はもう怒ってなかった。けど涙はまだ溢れてて。
「わかるから辛かった。でも何もしてあげられなくて……」
「……いいの」
 こうしてわかってくれるだけで、僕はとても感謝しないといけないのに。辛い話までさせて。当たって、こっちこそゴメンなさい。
「無茶を言うけど、もし今度ああなっても恥ずかしいなんて思わないで。それで悩むのを見るのは嫌。これは普通なんだって開き直ってね」
「……う~ん、頑張る」
「もうすぐ姫様達が帰ってきますよ。そしたら魔法も解けるかも」
 ほんの少し心が軽くなった気がする。
 ゴメンね、本当に。ありがとうね――――。

 いざとなったら殴ってでも止めてもらう覚悟で、部屋から出た。一度ルイドに会いたかったから。
 宿の人は僕が体調が悪くて寝込んでると思ってたから、酷く心配してくれてたみたい。もういいのかって何度も声を掛けられた。
 外の空気を吸うと気分がスッキリした。
 いいお天気の青い空に飛ぶ白い姿。
「シス――――!」
 空から僕をみつけてルイドが舞い降りてくる。すっかり元気になったみたいだね。
「心配したんだぞ。大丈夫なのか?」
 お兄ちゃんも僕が病気だったって思ってるみたい。余計な心配を掛けたくないからそのままでいいや。
「元気だよ」
「良かった。そうだ、さっき空から姫さんと同じ顔の片割れが帰って来るのが見えたぞ。もうすぐ着く」
 わあ、マルクさんも言ってたけど、お姫様が帰って来たんだ。
 これで助かるかも!

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