53 / 86
全てを一つに
楽しいはずだったのに
しおりを挟むユシュアさん、元気?
また陽が沈むね。
夕日を見てると、赤い髪を思い出すよ。あなたの髪と同じ色。
お昼はね、ぴかぴかのお日様で左の瞳を、青い花を見かけると右の瞳を思い出す。何を見てもあなたの姿を映せるんだよ。
だから寂しく無い……ううん、寂しくないって言ったら嘘だ。本当は今すぐにでも逢いたくて堪らない。でも我慢できる。
ユシュアさんは僕の事、少しでも思い出してくれてる?
あれから何日か経ったけど、こっちは襲われることも無く過ごしてるよ。そっちは幾つか用事が終わったかな?
不思議な力を持ってるマルクさんも、きっと上手く行く、そう言ってくれたもの。だから待ってるね、約束守ってるね。
でもね、この頃僕、少しおかしいんだよ。
何だか時々ぼうっとする。昼間、歩いてる時も何だかふわふわしてて、地に足がついてないみたいに感じる時があるし、時々記憶が抜けてる時がある。はっと気がつけば時間も経ってて、その間に何があったのかも思いだせない。
ルイドも他の皆もちょっと心配してるけど、体の調子が悪いわけでも無いし、何なんだろうね。
あ、でも少しいい事もあるんだよ。ルイドが随分真っ直ぐ飛べる様になったんだ。まだ若いから慣れるのも早かったみたい。まだ小さい獲物は狙いが定まらなくて上手く獲れないけど、これもすぐに何とかなりそうだよ。
それに、僕におっきな弟分が出来たから嬉しいんだ。今まで人に頼ってお世話になってばっかりだったけど、こっちがお世話してあげられる人がいるっていいよね。ちょっとお兄ちゃんの気持ちになったよ。
ああ、夜が来るね。
でも暗くなったらなったで、またあなたの素敵な羽根を思い出せるからいいんだ。前は夜は好きじゃなかったけど、闇の時間はあの黒い羽根に包まれてるみたいで今は大好き。
窓辺で外を見てると、でっかい手が僕の肩に掛かった。
「ごはん、だよ」
ジンデさんだ。相変わらずたどたどしい喋り方だけど、随分慣れてきた。大きい体に似合わず、そんなに低い声じゃないから可愛いんだ。
「ありがと。一緒に行こうね」
今日は久々に小さな村の宿屋でお泊り。しばらくテントばかりだったから、ベッドで眠れてちゃんとした食事にありつけそう。
宿の人が、竜馬と同じ小屋にルイドの寝床も用意してくれたから、お兄ちゃんも今日は屋根の下で眠れるから安心。
「今日は支度しなくていいから助かりました」
マルクさんもご機嫌。
お姫様は昨日からいない。僕にははっきりした理由は言わなかったが、ラルクさんを連れてこの国の王都に大事な用があると出掛けて行った。
「わあ、おいしそう」
食堂に行って、思わず声が出た。
小さな村の宿屋だから大した物は無いと言われたわりに、結構なご馳走が並んでいた。
宿屋のおばあさんがにこやかに説明してくれた。
「今日はこの国の王子の誕生日なんですよ。ですからお客さん達も一緒にお祝いしてくださいね」
それはおめでたい、って……。
「王子って……あの?」
えっと、フィランだったっけ? 冷たそうな氷みたいな人。
「第一王子のアトス様ですよ。長くは無いとずっと言われておいでですが、また一年ご無事で過ごされましたので」
「それはお祝いしないといけませんね」
少し複雑な表情で、リンドさんが笑った。
確かに複雑な心境だよね。おめでたい事ではあるだろうけど、確か事故で寝たきりになったって……本人は嬉しいのかな。でも命があるのは良い事だと思う。
「お嬢さんはどこの国の方? 海の向こうから?」
宿のおばあさんが僕に料理を取り分けてくれながら言った。むう、またお嬢さんと言われた。
「あの、僕……」
「お隣のトトイからですよ。それにシスは男の子です」
僕が言う前に、マルクさんが説明してくれた。
「あらまあ! ごめんなさい、あんまり綺麗だからどこかのお姫様だとばかり。なんとなくフィラン王子に似ていらっしゃるから、海の向こうの方かと思って」
がーん。
あの王子に似てるって言われたの、すっごいショックぅ。そりゃ白いけどっ、無駄に髪がぴかぴかしてるけどっ。
ではごゆっくり、とおばあさんが奥に行っちゃったので、とりあえず食べる事にする。ヤケ食いしてやるっ。
「あ、シスが怒ってる」
マルクさんが呆れている。
「だってっ。あんなのに似てるって言われても」
「にーちゃ、よしよし」
うう、ジンデさんに頭ナデナデされて慰められるとは。お兄ちゃん情けなくてゴメン。
でも美味しい料理だったので、すぐにご機嫌になったけどね。僕よりもまだ道具を上手に使えないジンデさんもいるから、あーんしてあげたりされたりして、楽しく食事を頂きました。
リンドさんも久しぶりにお酒が飲めたので喜んでたし、その後お風呂もゆっくり入れて、とても良い夜だった。
……途中までは。
ジンデさんは早々に眠くなったみたいで、一人で寝ちゃったし、その後しばらくマルクさんとリンドさんとお茶を飲みながら話をしていた。
まだ眠くなかったのに、またちょっと意識が途切れていたみたい。
「シス?」
気がつくとリンドさんの顔が目の前にあった。
「何?」
「さっきからずっと呼んでたのに返事が無いから。眠いならもう横になるか?」
「ううん。まだ眠くは無いけど……」
「やっぱりこの頃少しおかしいぞ。本当に大丈夫なのか?」
「うん、どこも痛い所も無いし」
リンドさんの顔がずんっと近づいて来て焦った。そのままおでこにぴたっと自分のおでこをくっつけて、
「熱は無いみたいだな」
そう言っただけだったけど。
「疲れてるんじゃないですか?」
マルクさんも心配そうに見てる。
「それとも、あの人の事考えてた?」
「ち、違うよ。やっぱりもう寝るね」
そりゃいつも考えてるけど。でもさっきは違ったよ。
部屋に行こうと立ち上がった瞬間、ぐるんと景色が回った気がした。
「あ……」
倒れはしなかったが、また体がふわふわしてる。目が回る……。
「おい!」
支えられて何とか持ち直した。リンドさんが受け止めてくれたみたい。
あれ、体に力が入らないよ。おかしい、やっぱり。
「とにかく寝かした方がいい」
声は聞こえるのに遠い。視界も少し暗い。
抱き上げられたのがわかった。そのまま運ばれてるのも。
『おいで、おいで』
誰かの声が聞こえる。マルクさんでも、リンドさんでも無い声。
『金色の綺麗な草兎ちゃん』
この言い方……聞いた事がある。
「シス、シス! 聞える?」
マルクさんの声だ。僕、目開けてるよね? でも顔が見えないよ。
自分の手が持ち上がったのがわかった。動かしてる感覚は無いのに。脚も。まるで誰かに持ち上げられてるみたいに。誰にも触れられている感触は無いのに。
何これ?
夢なのかな? でもなんだかおかしいよ?
ねえ、助けてよ。ユシュアさん!
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
226
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる