僕に翼があったなら

まりの

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全てを一つに

必ず手に入れる(フィランside)

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 今日も腹が立つほどいい天気だ。
 バルコニーの篭の中で脳天気に唄う 麗歌鳥ヘーナクレの声さえ耳につく。
 この部屋は壁も白いし明るすぎる。動く事も出来ぬ部屋の主を慰めるためか、毎日生けられる花の匂いにも苛立ちを覚える。
「兄上、お呼びになりましたか?」
「こっちに来て」
 弱々しく伸ばされた細い腕。元はこの国の男子らしく濃い色の肌だったのだろうが、日の下に出る事が無いからかなり白い。それでも僕よりは黒いから、余計に細く見える。
 壊してしまわないようそっと手を握ると、兄上が微笑んだ。その顔も嫌いだ。儚げで優しそうなのに、何もかも見透かして内心蔑んでいる様なすました顔。
「お加減が悪いのですか?」
「違うよ。この頃フィランがあまり来てくれないから寂しくて。顔を見たかった」
「色々と忙しくて……寂しい思いをさせてすみません」
 別に僕がいなくても、とっかえひっかえ人が訪れては相手をしてくれるでは無いか。たとえ寝たきりでも、僕よりも皆に愛されているではないか。何を寂しく思う事があるというのだ。
「この前の草兎の尾のついた首飾りは気に入ってもらえましたか?」
「うん。とても綺麗な緑で気に入ったよ。触り心地がとてもいい。つけて見せる相手がいないのが残念だけどね」
 ……気が利かないと言いたいのだろうか。確かに着飾って出歩く事も無いので、見せる相手もいないからその通りなのだがな。半ば幽閉されている様なものだから、少しでも気が晴れる様にと、こちらは気を利かせたつもりだったのに。
 僕は兄上が嫌いだ。
 一生懸命好きになろう、好きになってもらおうと努力した時期もあったけれど、本当の意味で心を開いてくれる事など一生無いだろう。だったら僕も同じでいいじゃないか。
 国王と正妃の正統な嫡子である兄上がこんな体にならなかったら、王の一時の気まぐれで生まれた異国の血の濃い僕など、存在すら公になる事も無かったのだから。母の嫁いだ先で連れ子として蔑まれたまま、海の向こうの国でいずれは普通の民に混じって、地味に生きていく予定だったのに。
 でも兄上も可哀想な人だ。だから表向きだけでも優しくしてあげる。それに跡継ぎとしか考えていない父上や、明ら様に嫌そうな城の他の人間よりは、まだ僕の事を少しでも見てくれる兄上の方がマシだからな。
「兄上、何か欲しいものはありますか?」
「ううん、無いよ。いや、そうだね、髪を梳いて。侍女はやり方が乱暴で痛くて嫌い。フィランみたいに優しくやってくれないんだ」
 そんな事のために呼んだのか。後で侍女を叱っておこう……。
 でも、僕はこれは嫌いじゃない。
 首から下は左手以外動かないから、座らせるのも容易では無い。背中に手を入れて身を起してあげると、小さく「ありがとう」と言われた。
 初めて見た時から既に動けなかったし、まだもっと子供だったはずなのに、段々と軽くなっていく気がして少し胸が痛む。最初僕より大きかった背も、もうとっくに抜き去ってしまった。手に触る感じも段々と骨ばって行く気がする……医者もそう長くは無いかもしれないと言っていた。
 そっと、ゆっくり髪を梳く。兄上のこの金色に近い薄い茶色の髪は好きだ。柔らかくてくりくりとした巻き毛で、櫛を入れるととても綺麗に光る。昔、船から見た波立つ夕方の海のよう。
「すごく気持ちいい……」
「良かったです」
 ふわりと微笑まれて、こちらもつい頬が緩む。
「フィラン、何か良い事でもあったのかい?」
「え?」
「何だか少し雰囲気が違う」
 こういう妙に鋭い所も気に食わない。代わり映えの無い生活を送っていると敏感になるのだろうな。
「どんな風に違いますか?」
「うーん、そうだね。何か恋でもしてるみたい」
 恋……なのだろうか? このもやもやした気持ちは……。
「好きな娘が出来たら、私にもちゃんと紹介しておくれ」
「ええ、勿論」
 適当に誤魔化して、また来るからと兄上の部屋を後にした。

 僕はどうしてしまったというのだろうか。
 もう何日も、ろくに眠れていない気がする。
 目を閉じると思い出す一つの顔。一時の気の迷いだと思っていたのに、忘れるどころか日増しに強まってゆく、この焦りに似た感情。
 あれが欲しい。
 親の気まぐれ、都合に流されるまま、僕は自分の意思で動く事も無かった。欲しいと思うものも無かった。今の王子としての地位も別に望んだものでは無い。
 僕が本当に欲しかったもの、心の底から愛おしいと思った者は、この世に生まれて来てすぐに消えてしまった。
 もう失うのが怖いから、誰も本気で愛せなかったし、愛そうと思った事も無い。世継ぎとして認知された今、何人もの女が寄って来るが、僕は女はどうも苦手だ。なまじ美しすぎる母を知っているが故か、どの女を見ても魅力的に見えない。僕は母親依存なのだろうか。
 正式に即位する事になれば、そのうち嫌でも次の代を産む妻を娶らねばならないだろう。だが今はまだ、子を成して不幸にする位なら産まない男の方がいいと、遊ぶ相手は同性ばかりだった。
 だが僕は見つけてしまった。母上にそっくりな、いやそれ以上に美しい者を。
 明るく輝く金の髪、真っ白な肌、薄い青の瞳。可憐な花の様な唇。弓を射たのは僕なのに、草兎を抱きしめたその姿に、心を射抜かれたのはこちらだった。
 ぱっと見は性別はわからなかったが、その後少年だとわかった。だが、女でもよかったなと初めて思った。
 ほんの一言二言しか言葉を交わしていない、しかもいきなり怒らせて泣かせてしまった。我ながら反省すべきだったろう。
 それでも忘れられず、謝ろうと近くの村を探してその姿を見つけた時、他の男と親しげにしているのを見て、つい手荒な事をしてしまった。
 だが気がついてはいないようだ。村で夜射た矢は本気で射抜くつもりで無く、 まじないだった事は。
 この大陸では王族や一部の者しか魔力を持たないが、向こうの大陸では多くの者が魔法を扱える。
 生まれ故郷シネイは特に魔法が盛んな国。この銀の髪は伊達では無く、精霊の加護の強い証。この名に「フィ」がつくのもそれゆえだと、母の嫁いだ王宮で僕は城付の魔法使いに師事した。
 あの美しい少年がどこにいても僕にはわかる。
 そして、あの母と同じ金の髪を手に入れた今、新しい魔法もかけた。ゆっくりと効く術だから、そろそろ効いて来る頃だろうか。
「ルミナ、来い」
 部屋のバルコニーに出て、指笛を鳴らす。
 僕の忠実な相棒は、何処にいてもすぐに飛んで来る。
 この城の高い搭の天辺が僕の部屋。最上階には誰も近づきはしない。僕だけの秘密の部屋。
 ばさばさ……素敵な羽音を響かせて、ルミナが舞い降りる。
「お呼びですか、フィラン様」
「明日の朝、夜明けと共に飛んでくれ。今晩はここで過ごせ」
 濃い灰色がとても綺麗な、僕のルミナ。艶やかで柔らかな羽根に身を埋めるととても気持ちがいい。
「……またあの少年の所へ?」
「嫌そうだな」
「あれはいけません。近くに私と同じ鳥もおります」
 ルミナは今まで僕に意見した事など無かったのに、あの少年の事になると酷く嫌がる。髪を手にいれてきた時、同じ大翼鳥を傷付けてしまった事を後悔しているのだろうか。
「他の何事も、フィラン様の望みは叶えましょう。しかし、あれは……あの金の髪の少年だけは駄目です。必ず後悔します」
「後悔などするものか。僕に他の望みなど無い。今、僕が欲しいのはあの子だけだ」

 翌朝、文句を言いながらも、ルミナは僕の言いつけを守ってまだ夜も明けきらぬ空を飛んでくれた。
 そして、僕は見た。
 朝靄のたちこめる泉で、この世のものとは思えぬ美しい眺めを。
 一糸纏わぬ姿で、真っ白の鳥と水浴びしているその姿。
 やはり、あれが欲しい。
 何があろうと、必ず手に入れる。
 もうすぐ。
 
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