僕に翼があったなら

まりの

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旅の空

口付けは涙味

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「石版を探してた時、精霊が騒いでたから帰って来たんだが。そうか、そんな事が……」
 僕が灰色の鳥のことを話すと、ユシュアさんは難しい顔になった。
「私達がついていたのに情け無い事だ」
 リンドさんが何故か謝ってる。勿論ユシュアさんはリンドさんを責めたりしない。
「王子の事は気に掛けていたが、まさか鳥に襲われるなど誰も思わない。あなた達のせいではない」
 今、僕達は昼間雨宿りさせてもらってた宿の納屋。
 怪我をしたルイドを外に出しておくのは可哀想だと、宿の人が入れてくれた。
 僕がお兄ちゃんから離れないので、何故かリンドさんやユシュアさんまで一緒。双子は夜の支度をしに行った。
「シス、大丈夫だから人間の部屋に戻って休め」
 ルイドが言うけど、僕はぎゅーっとしがみついて放さなかった。
 あの灰色の鳥は絶対僕を狙ってた。
 そのせいでルイドがこんな事にと思うと、とてもじゃないけど離れられない。
 でもわからない。どうして鳥があんなことを? 僕は何か悪い事をしただろうか?
「あの鳥、僕がルイドの事を捕まえてる悪い人間だと思ったのかな?」
「いや違うと思う。あれは普通じゃなかった」
 うん、普通じゃなかった……挨拶しなかったし、喋らないし。
「まあとにかく夜だから、アイツもマトモに飛べない。今日はもう来ないから安心しろ。こんな傷、そんなに痛くもないから」
 すりすりって嘴で頬を撫でられたけど、痛くないはず無いじゃない。ルイドはこんなになっても僕の事を心配してくれる。いつもお世話になりっぱなしなんだもの。僕がお兄ちゃんの世話をするんだ。守ってあげなきゃ。
「まだこの村の用事は済んでない。でも明日には終わらせる。問題はお兄さんが動けるかだ……」
 ふいにユシュアさん達の話の方が耳に入った。
 そっか。今現在の事もだけど、先の事も考えなきゃいけないんだ。またユシュアさんと一緒いられる、諦めないんだって思ってたのは、状況が変わってしまったのだから。
 羽根は無事だけど、多分しばらく真っ直ぐ飛べない。でもルイドを置いて行くわけにもいかないし、ユシュアさんは急ぎたいだろうから、足止めするわけにもいかないし。
 ユシュアさんとずっと一緒にいたいのは変わらない。
 でも僕のせいで傷ついたお兄ちゃんを放ってなんか行けない。
『今はまだ言えないけど……課題を終えたら君には話す』
 あれもすごく気になる。
 どうすれば一番いい? 考えろ、僕。
「シス、どうした? 難しい顔して」
 気がつくとユシュアさんが覗き込んでいた。
 うっ、迷いが深くなるじゃないか。その金と青の目で見つめられると……。
「か、考え中」
「そっか。でも無理しちゃ駄目だよ。お兄さんはオレが見てるから君はリンドさん達と部屋で寝なさい」
 僕の方に手を伸ばしかけて、ユシュアさんは手を引っ込めた。もう夜。触れてはいけない時間……。
「僕もお兄ちゃんと居たいのっ」
 リンドさんの方を見ると、小さく頷いてくれた。
「わかった。じゃあ私達は部屋にいるから。何かあったら呼んでくれ」
「うん……ありがと」
 優しいね、リンドさん。本当にゴメンね。

 しばらくユシュアさんと、ルイドを挟んで黙って座ってた。
 痛み止めだという薬草を飲ませると、ルイドは眠ってしまった。でもやっぱり傷が疼くのか、時々もぞもぞして唸ってる。小さな怪我をした時にお母さんがよくやってくれたように、ナデナデしてあげるとしばらくはすうすう息が聞える。さっきからその繰り返し。
 ごめんね、ルイド。本当にゴメン……。
「シス、もう肩は大丈夫?」
「うん。僕も痛いの治る薬飲んだから。動くし大丈夫だよ」
「亜脱臼で良かった。完全にははずれて無かったから。でもきっと青くなるから後で湿布を貼りかえてもらいなさい」
 ユシュアさんは何でも知ってるんだね。すごいなぁ。
「お医者さんみたいだね」
「医者じゃないけど理学療法士を……いや、何でも無い」
「りがく?」
 今、絶対この世界の言葉じゃない事言ったよね? でも僕わかった。やっぱりユシュアさんは、僕と同じ世界の記憶があるんだ。
「……本当に全部話してね。いつか僕に」
 何をとは言わなかった。きっとわかるだろうから。
「ああ絶対に。だからいつか思い出してくれ。シスも大事な事を」
「うん。絶対に」
 また落ちる沈黙。
 じんわりと嬉しさがこみ上げて来て、同時に不安も大きくなった。
 こうして知れば知るほど、一緒にいればいるほど、僕がユシュアさんの探してる人なんだよって思える。それはとてもとても嬉しい事。でもだからこそ怖い。彼の邪魔をする事が。面倒な奴だって思われたくない。ちょっとでも嫌いにならないで欲しい。
 僕は決めた。
「明日……もしお仕事終わったら、ユシュアさん先に行って。僕、お兄ちゃんとゆっくり行く」
「駄目だ! 置いてなんかいけない」
 ランプの光に赤い髪が揺れる。それがちょっとずつぼやけてく。
 僕はこの頃泣いてばっかり。オスなのにこんなに泣き虫でいいのかな。
 こっちに伸ばされた手が止まる。そのままぎゅって抱きしめて欲しいのに、その手はいつもすんでで止まる。それが切なくて、悲しくてどうしようも無く寂しくて。
「シス。君と少しでも離れたくないんだ。もうわかってる、君がオレの探してた人なんだって。だから、だから……」
 その言葉は胸に突き刺さる。嬉しくて他の事なんかもうどうでもいいって思えるほどに。だから余計に痛い。身を引き裂かれるように。
「僕も離れたくなんか無い。だけど足手纏いになるのはもっと嫌。早く呪いを解きたいでしょ? そうでないと辛いでしょ? そんなユシュアさんを見るの、僕もとっても辛いよ。一生懸命長いこと探してた人がこんな面倒な奴だったなんて、がっかりして欲しく無いから」
 僕、笑えてる? 微笑んでるつもりなんだよ。でも涙が頬を伝う感触がある。変な顔になってるよね、きっと。
「がっかりなんかするわけ無い。君と出会えた事に心から感謝してる。足手纏いだなんて微塵にも思ってない。だからそんな事言うな。たのむから……」
 ユシュアさんも泣いてる? 泣かないで。胸に刺さる棘がもっと大きくなって痛いから。
「僕のわがままきいて。先に行って一刻も早くご用を済ませて。そして僕に全部話して。僕も思いだすから、大事なこと」
「でも……」
「色々いっぱいありすぎて、考える事多すぎて。ユシュアさんの事、ルイドの事、この先のこと。それにあの王子様の事も。僕お馬鹿だから心が壊れちゃう。せめて一つでも軽くしてよ。お願い」
「シス……」
「ずっとお別れは嫌だ。でもちょっとの間なら我慢できる」
 また沈黙が落ちた。
 低く呻いたルイドを撫でると、また安心した様に眠った。
「……絶対に迎えに行くから」
 ユシュアさんの小さな声は震えてた。心のどこかでぱりんと何かが割れる気がした。
「オレが迎えに行くまで、絶対に待っててくれるなら」
「うん。待ってる」
 お別れだね、ユシュアさん。
 信じてるからお別れ出来るんだ。だからきっとこれでいい。
「もう一つだけわがままがあるんだけど」
「何?」
「ぎゅってして」
 これにはユシュアさんが躊躇ったのがわかった。
 今は夜。触れてはいけない時間だから。僕はわかってて言ったんだけど。
「羽根が出ても嘴があってもいい。僕はあのユシュアさんが好き」

 ルイドが良く眠ってるのを見て、二人で納屋を出た。
 ゴメンね、お兄ちゃん。少しの間だけだから。
 外は月明りだけの夜更け。宿の窓にも、村の家の窓にも灯りは見えない。皆が寝静まった時間。
 逞しい腕が僕を包んだ。胸に顔を埋めるとドキドキユシュアさんの鼓動が聞えた。
 ばっと広がった黒い翼。左の目と同じ金色の嘴が月の光で鈍く光ってる。ああ……とても綺麗。
「好き。本当に好き……」
「オレも……愛してる」
 二回目の月夜の口付けは、ちょっとしょっぱい味だった。
 涙味。
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